姉の心得。


MAR







 ふかふかと、私の顔を包み込んでくれる二つのふくらみ。その心地よさに溺れるように、私は

目を細めて、ぎゅっと自分の顔を押し付けた。普通なら息が詰まってしまうような行為だけど、私

にはどうと言う事もないから。ただ、その気持ち良さだけを堪能する。

 背中に回した腕に力をこめる。ぎゅっと、こっちの思いが伝わるように。強く、でもきつくなり過


ぎないように抱きしめる。

 夢に思っていたような事。だけど叶う筈ないと思っていた事。それが今、目の前にいる。

 やすらかな寝息を立てている私の妹。

 彼女と一緒に眠る。ただそれだけの時間が、私のこれまでの陰鬱な時の残滓を全て洗い流し

ていってくれているかのようだった。

 何よりも心が満たされる快感に、私の顔は少し赤く火照ってしまっていた。

 この時間が永遠に続けば良いのに。

 そんな私の思いは、だけど儚く崩れ去ってしまう。

 不意に私の肩に手が回される。それは一再の躊躇いもなく私を妹の身体から引き剥がす。

私はそれになすがまま。

 だって私を引き剥がしてしまったのは、ほかならぬ妹自身なのだもの。

「…………姉さん」

「あはは……もう目が覚めちゃったのね、アルクェイド」

 誤魔化すように笑いを浮かべる私の顔を、妹の冷たい視線が射抜く。

「どうしていつもいつも私が寝てる隙にベッドに潜りこんでくるのよあなたは!」

「えと……その、そう! 姉妹のスキンシップよ、スキンシップ!」

「いらないわよそんなもの〜!」

 そんな叫びと共に、手当たり次第に私に向かって物を投げつけてくるアルクェイド。唸りを上

げて飛んでくるそれをひょいひょいと躱しながら、私は彼女を宥めようとしたのだけれど。

「ちょ……ちょっと話を聞いてくれると嬉しいんだけどなぁ、アルクェイド」

「うるさい黙れあっち行ってー!」

 私の言葉に聞く耳持たず、アルクェイドは投げつけられそうな最後の物に手を伸ばした。

 って……それはちょっと本気で痛そうなんだけど!

 一挙動で跳ね起きた私が、文字通り転がるようにアルクェイドの部屋から出て行ったのと、私

が閉めたドアに半ば貫通する勢いで目覚し時計がめり込んだのは、ほとんど同時だった。

 私はその様に目をやり、深々と溜息をつく。

 はぁ、今朝も失敗してしまったみたい。






 私は妹の事を愛している。

 勿論それは肉欲の対象とか、その豊満で美しい体を思うが侭にしたいとか、そういう意味の

愛ではなく。単純にこの世でただ一人の妹だから、姉として大事にしたいという愛情。

 ……いやそういう欲望も全くゼロとは言えないかも。正直千年も年を重ねていれば、倒錯した

性体験だって数え切れないくらいしてるから、今更同性に対する嫌悪感も無いし。

 でも、アルクェイドに対しては親愛の情が遥かに上である事は間違いない、と思う。

 とにかく、妹を大切に思う気持ちは、ただ一人を除いて誰にも負ける気はしないのだけれど。

それをどう自然に伝えれば良いのか……それが全く分からなくて、私は困り果てている。

 なにせ周りには手本となるような姉妹はいなかったし。家族の愛情、などと言う物も私やアル

クェイドにとっては無縁だったから。

 だから、どう言う態度で接するのが一番良いのか、それが全然分からない。

 何かの参考になるかと、この日本で隆盛している「マンガ」と言う出版物や小説に目を通し、

そこに出ている方法を試してみたりもしているのだけれど。結果は今朝の通り。

 変よね。昨日見たマンガだと、姉妹仲むつまじく寝ていたというのに。何で私とアルクェイド

だと上手く行かないのかしら。

 結局あの後もアルクェイドは御立腹で、私と顔を合わせてもくれない。少し哀しくなった私の口

から、隠し切れない溜息が漏れだした。

「どうかなされたのですか、アルトルージュ様」

 不意に投げかけられた言葉に我に返る。見ればティーポットを手に抱え、この家のメイドさん

――たしか琥珀ちゃん、だったっけ――が、心配そうな視線で私を見つめている。

 自分の様に気付いて、内心苦笑してしまう。確かに、ティーカップを持ったままじっと動きが止

まっていれば、不思議に思うのも無理はないわね。

「ああ、何でもないわよ琥珀ちゃん」

 私は慌てて頭を振った。

 今この家にいるのは私とアルクェイドと彼女、そして彼女の妹であるメイドの翡翠ちゃんの四人。

翡翠ちゃんは屋敷の掃除をしていて、アルクェイドは自分の部屋から出てこないから、今この

居間にいるのは私と琥珀ちゃんの二人だけ。

「よかった〜。一口お茶を飲まれた後、随分と深刻な顔をされてましたので。淹れ方を失敗して

しまったかとドキドキしてしまったんですよ」

「そんな事ないわよ琥珀ちゃん。いつもの通り、とても美味しいお茶だわ」

 いつもの明るい笑顔を浮かべてそう言う琥珀ちゃんに向かって、私も微笑み返し、そしてふと

気付いた。

 双子とは言え、この琥珀さんも姉なのよね。

 ひょっとして、姉妹の絆を深める良い方法、知っているんじゃないかしら?

「ねぇ琥珀ちゃん。ちょっと聞いても良い?」

「はい、なんでしょう? あ、この紅茶のブレンドは企業秘密ですよ?」

 いや、それはそれで興味があるのだけれど。

「ううん、そうじゃなくてね。

 えっとね。あなた……妹さんいるじゃない?」

「ええ、居りますけれど。

 もしかして翡翠ちゃん……何か粗相をしてしまいましたか?」

 そう言って顔を曇らせる琥珀ちゃん。

 しまった、この言い方だと誤解しちゃうか。

「違う違う。翡翠ちゃんは良くやって下さっているわ」

「よかった! そう言って頂けると姉としても安心です」

 再びいつもの笑顔に戻った琥珀さんの顔を覗きこむように、私は身を乗り出す。

「あのね、ここだけの話なんだけど……

 あなたって、翡翠ちゃんととても仲がよろしいじゃない? そう言うコツ、って何かあるの?」

 私の言葉に、一瞬きょとんとした彼女。その顔が、徐々に困ったような、考えこむような微妙な

表情へと変わっていく。

 何故だろう? 私はそんなに変な質問をしたのだろうか?

「ええっと……コツ、と言われましても……」

「だって、いつも二人ともとても優しい雰囲気で、本当に微笑ましくて。「ああ、姉妹ってこういう

物なんだな」って傍目にも思うのよ。

 だから、私とアルクェイドの間もそう言う感じになれれば良いな、って思って」

 少しの羨望を込めて、私はそう彼女に微笑みかけた。

 こうして口に出してみて、改めて思う。

 本当に、傍で見ていてもこの二人のメイドさんの間に流れる空気は心地がいいのだ。お互い

を信頼しあっている、そんな二人の思いが傍にも伝わってくるのだから。

 まさに、私の理想とする姉妹の関係。是非ともその秘訣を聞き出しておかないと。

「う〜ん。そういう事ですか」

 やっぱり困った顔のまま、顎に手を当て考えこむ琥珀さん。

「失礼ながら、アルトルージュ様とアルクェイド様はごく最近仲直りをされたのですよね?」

「ええ。だから少しでも早く、あの子ともっと仲良くなりたくって……」

「ダメですよ、こういった事は焦っても良い結果は出ないのですから」

「私が、焦ってる……?」

 琥珀ちゃんの言葉が、私の胸にそっと染みていく。

 焦っている。

 言われてみれば思い当たる節は沢山あった。

 自分だけがあの子を大事に思っていれば良い。大切なのは自分の気持ちなのだから――少

し前までそう思っていた私の心は、今はもうそれじゃ満たされなくなっていたから。

 最初からその幸せを知らなければ、これほどまでに気が逸ることはなかったのだろうけど。私

はアルクェイドから「姉さん」と呼ばれる嬉しさを知ってしまった。あの子に愛情を向けてもらえる

喜びを知ってしまったから。

 だから、もっとアルクェイドを大事にしたい。アルクェイドに甘えてもらいたい。

 そんな思いが、変に私の背中を後押ししてしまってるのだろう。まるで恋に恋する人の子の少

女のように。

 私のそんな心に釘を刺すかのように、あは、と笑いながら琥珀ちゃんは言う。

「私と翡翠ちゃんは、十何年も姉妹として一緒に暮してきて自然に出来た関係ですから。コツと

言うのは残念ながら自分達では分かりませんし、簡単なやり方と言うのも無いとは思います。

 でも、決して焦らないで。のんびりと、自然に付き合っていくのが一番なのでは無いでしょうか?」

「……そっか、やっぱりそうだよね」

 私はそう呟き、紅茶を一口啜った。

「……でも、一ついい方法があるかもしれません」

 ふと、そんな事を呟く琥珀ちゃん。心なしか、その笑顔がどこか先ほどの物と変わっている気

がする。

 それでも、私にとってその言葉はあまりに魅力的だったから。

「――教えて頂戴、是非」

 一も二もなく、そう答えていた。





 どうしよう。

 目の前に広がるのは、ちょっとした部屋ほどもある浴場。満面のお湯を湛えた湯船は、来客

を今か今かと待ち構えているかのよう。その光景に私は途方に暮れた。

 琥珀ちゃん曰く、「日本では古来より「裸の付き合い」という言葉がありまして。お風呂に入りな

がらお話すれば、きっと打ち解けて話せますよ」との事。

 確かにリラックスすれば色々と心も緩むだろうし、日本のように水が豊富で「入浴」と言う文化

が発展した国ならではの風習だと思う。

 うん、その事自体は非常にいいアイデアだと思う。

 ……私が死徒と真祖の『混血』じゃなければ。

 死徒と言うものにとって、『流水』は滅びをもたらすほどのタブー。海や川といった場所で平然

と過ごせるような輩は、私は一人くらいしか知らない。

 それゆえ、殆どの死徒は水そのものが苦手となる。それは私でも例外ではなく……

 そう、実は私はお風呂が嫌い。

 入る事が即滅びに繋がるとか、そう言うわけじゃないけれど。精神的にダメ。

 そもそも代謝の仕組みそのものが人間とは違うから、汗などかかないし、必要な時は侍従に

身体を拭かせる事で用を足してきた。こういった湯船に入った経験など、記憶にない。

 でもそういった事を説明する前に、琥珀ちゃんは問答無用で私をここまで引っ張ってきてし

まった。ぽいぽい、と手馴れた仕草で脱がされ、「脱いだ服があるとバレてしまいますから」と、

服まで取り上げられてしまった。

「……入らなくちゃまずいわよね」

 もう彼女はアルクェイドを呼びにいってしまっている。勿論お風呂に私がいる事は伏せて。

 ……その心遣いと行動力は嬉しかったんだけど、出来れば別のプランにして欲しかったな。

 溜息をつきながら、私は手に持ったタオルで自慢の髪を纏め上げる。濡らしてしまうと乾かす

のが大変だし。

 そのまま恐る恐る、湯船に近づく。ゆっくりと、足を伸ばして水面に近づけてみる。

「ひゃう!」

 ちょっと熱めのお湯に、反射的に足を引っ込めてしまう。私にとってはどうという事もない温度

の筈なのに、やっぱり苦手意識が先に立ってしまっているのかもしれない。

 やっぱり足からいきなり入るのは難易度が高かったかも。まずはこのお湯自体に馴れないと。

 今度はそろりそろりと手を伸ばしてみる。

 一秒……二秒……三秒……沸き起こる不快感を抑えつけ、ゆっくりと腕をお湯の中へ。

「ふぅ……」

 心の底からの溜息をつき、もう片方の手も湯船の中に。

 今までいろんな敵と、数限りない死闘を繰り広げて来た事があるけれど。今回のこれって、あ

る意味最強かも。

 でも、避けて通るわけにはいかない。アルクェイドと打ち解けて話すためにも!





 ……結局十分くらいかかってしまったけれど、どうにか湯船の中に入る事が出来た。本当は

「かけ湯」と言うのをするのがマナーらしいけど、ごめんちょっと無理。

「うう、やっぱりなんかイヤ………あれ?」

 肩までお湯に漬かってみて、何とも言えない感覚に、思わずそんな呟きが口から漏れた。

 熱めのお湯に程よく刺激された血行。ぽかぽかと火照る身体に、無駄な力がすっと抜けてい

く感じ。

 これは……かなり気持ち良いかも。

 思わぬ快楽に、私の顔もふにゃ、と蕩けてしまう。

 湯船の中で思いっきり手足を伸ばせるだけのスペースがあるというのも有難かった。縁に背を

預け、はしたなくも大の字に手足を広げて、ぼぅっと天井を見つめてみる。

 ふふ、自分の城にいる時はとても出来ない行動よね。

 勝手気ままに動きたがる死徒達を束ねる、「黒の姫君」としての行動をいつも求められる毎日。

それが嫌という訳ではないけれど、こうして全てを忘れて羽を伸ばせる一瞬は、やっぱり嬉しい。

「ふぅぅぅ……」

 顔をほころばせながら、うつぶせに向き直り、縁に腕と顎を乗せる。

 と、脱衣場から伝わってくる強い気配。間違えようもない存在感。

 どうやらアルクェイドが来たみたい。

「お風呂〜!」

 そんな、良く通るソプラノと共にガラガラと、勢い良く開け放たれる風呂場の戸。

 一糸纏わぬ姿で元気良く飛びこんできたアルクェイド。張りのある、存在感を主張するその

胸も。くびれた腰も、なだらかなお尻の曲線も。計算され尽くしたかのようなその美しさは、永久

に変わらぬ自然の芸術品。

 彼女は何気なく風呂場を見まわして……私と目が合った。

 かちん、と音すら聞こえる雰囲気で動きが止まる彼女。

「あ……あ……あ…………」

「あら、どうしたのアルクェイド」

 とりあえず、そ知らぬ振りをして、何事もなかったかのように問いかける。

「あの、そのなんで、あれ? 琥珀は誰も居ないって……」

「変ねぇ。琥珀ちゃんにお風呂入るって言っておいた筈なんだけど」

 怪訝そうな表情を作ってアルクェイドを見やる私。まぁ、演技にはかなり自信があるからばれ

る事はないだろう、うん。

 案の定、アルクェイドは不承不承と言う感じではあったけど納得した様子で、そのまま回れ

右を……ってちょっと待って!

「ちょ……ちょっと何処行くのよアルクェイド」

「何処行くのって、姉さん入ってるから出直そうと思っただけなんだけど」

「う……」

 至極真っ当な理由に一瞬納得しかけるけど、そこで納得したら意味がないわけで。私は朗ら

かな笑顔を作って彼女に微笑みかける。

「良いじゃない、折角これだけ広いお風呂なんだもの。一緒に入りましょうよ」

「……えー」

 明らかに不審と不満の顔で私を見てくるアルクェイド。

 正直、その視線は心に痛い。私はそんなにあの子に疑われるような事をしてしまっただろうか。

 ……してないと胸を張って言えないのがとても哀しい。

「ほら、とっても良いお湯よ? これを目の前にして引き返すと言うのはすごく勿体無いんじゃな

いかしら?」

「……姉さん、前にお風呂苦手とか言ってなかったっけ?」

「覚えに無いなぁ」

 露ほども表情を動かさずに即答する私。アルクェイドは眉をしかめて深々と溜息をついて、

「……分かったわよ、一緒に入ればいいんでしょ?」

 そう言うと彼女は、すたすたと私のいる所の反対側まで歩いていって、そのままちゃぽんと湯

船に滑りこんだ。水の浮力でぷかりと浮かぶ二つのふくらみが、何とも言えず羨ましい。

「あー、本当だ。気持ちいい」

 気難しげに寄せられていた眉が、すぐにふにゃと崩れる。その様を見て、私はこの国の言い

伝えが正しかった

と言う事を納得する。確かにこういう状態なら、初対面の人とでもすぐに話が出来そう。

 だけど、私もアルクェイドもしばらく無言で、静かにお湯に漬かっていた。

 湯船の中で微妙に隔たるアルクェイドとの距離は、そのまま今の彼女との心の隔たり。多分、私

から焦って話かけたところで、詰められない間だから。

 だから、ただお湯に身を任せる。

「――あのさ」

 むぅ、と、頬を膨らませるように。視線に少し怒りを乗せて、アルクェイドが私を睨んできた。

「私、怒ってるんだからね?」

「朝の事、よね」

「そうよ! なんであんな事するの、姉さん?」

 嘘は許さないぞ、と言わんばかりの目で、私を睨んでくる。

 私は内心苦笑を浮かべて、優しく彼女を見つめ返した。本音を話そう。そうする事が、多分一

番良いことだから。

「甘えたかったし、甘えて欲しかったの。本当に、ただそれだけなのよ」

 私がそう言うと、アルクェイドはきょとんとした顔で私を見てくる。

 ……また、私はそんなに変な事を言ったのだろうか?

「そうだったんだ……てっきり、私の事をからかって遊んでいるんだとばかり思ってた」

 本当に意外そうに言うアルクェイド。

 ……それはつまり。

 やはり今までの私のやり方は全力で間違っていたと言う事で。

「あはは……そんなつもりは全然なかったんだけどねー」

 私は、恥ずかしさのあまり、そのままお湯の中に沈みこんでしまった。

「あー、なんかすごく恥ずかしい。思いっきり間違ってたのね私」

 ややあって湯船から顔を出した私は、照れて火照った顔で、あははと苦笑する。そんな私を

ちょっと呆れた顔で見つめてくるアルクェイド。

「だってさ……私には志貴がいるんだし。姉さんは姉さんだしそもそも女なんだし。なのにベッ

ドに潜りこんできてあんな事されれば、どうしたってからかってる風にしか思えないじゃない」

「それは悪かったわよ、本当に」

「勿論、姉さんが私の事を大事に思ってくれてるのはすごく伝わってるんだよ? だけど、ああ言

うやり方じゃ、やっぱり、真面目には受け取れないわよ」

 それに、と言いかけたアルクェイドは何故か急に歯切れが悪くなってしまう。

「何、どうしたのアルクェイド?」

「あのね……やっぱり、ベッドの上で抱きしめられるのは志貴が良いの。姉さんの事も大切だけ

ど、こればっかりは、譲れないと言うか……」

 消え入りそうな声で真赤になってそう言うアルクェイド。その様は反則的に可愛らしくて。思わ

ず近寄って抱きしめそうになってしまった。

 こんなに可愛らしい妹を独占できる志貴君は、果たしてその幸運を十分理解しているのだろ

うか? 姉として、今度きっちり確認しておかないといけないだろう。ええ姉として。

 ……いや決して嫉妬とかやっかみとかそう言う気持ちではなく。

 でも、そんな事はさておいて。

「――ねえ、アルクェイド。あなたは今幸せ?」

 これだけは聞いておきたかった。

 その態度を見れば答えは十二分に分かってはいるんだけど。だけど、ちゃんと言葉として聞

いておきたかったから。

 真剣な目で見つめる私に、彼女はまだ赤い顔のまま、満面の笑みを浮かべて言ってくれた。

「うん!

 志貴がいて、妹がいてメイドさん達がいて。そして姉さんもいる。

 ロアはもういなくて……そしてもう少ししたら私はお嫁さんになれる。こんなに幸せな事なんて、

イフでも考えた事なかった。本当に、今の私はとっても幸せだよ?」

 そう言うと、アルクェイドは湯船の中をゆっくりと私の側に寄ってくる。そして――

 私は、彼女にきゅっと抱え込まれた。今の私は少女の身体だから、アルクェイドの腕の中にす

っぽりと収まってしまう。

「ア……アルクェイド?」

 驚きで少し声が上ずってしまう。そんな私の耳元に、ゆっくりと、優しい声が染み渡った。

「だから、本当にありがとう、姉さん。こうして姉さんがいてくれる事も、幸せの理由なんだよ」

 ……参った。その言葉は不意打ちもいいところ。

 多分、今の私の顔は耳まで真赤になってしまっている。嬉しさと、照れが入り混じってしまって

アルクェイドの顔などとても見ることが出来ない。

「私こそ……本当にありがとう、アルクェイド」

 そう呟くのが精一杯。

 それに答えてくれるかのように、アルクェイドの手に力が篭る。

 今の私は、嬉しすぎてきっとまともに喋れないから。

 だから、この暖かい揺り篭に身を任せる事にした。





「上手くいかれたみたいですね」

 鏡台の前に座る私の髪に櫛をいれてくれながら、そう琥珀ちゃんが話しかけてくる。時折触れ

る彼女の、少しひんやりした手が、お風呂上りの火照った肌には少し気持ち良い。

 アルクェイドは学校帰りの志貴を迎えに出掛けてしまっている。それを邪魔するほど私は野

暮じゃない。

「ん〜、まぁ、きっかけは手に入った、って所かも。

 まだまだ、これからだとは思うけどね」

 私は鏡越しに彼女に向かって微笑んだ。

「でも、すごく強引な手段になってしまって。しかもお風呂が苦手だったとは想像もしておりませ

んでした。

 本当に申し訳ありません」

 すまなそうに頭を下げてくる琥珀ちゃん。私はぱたぱたと手を振って。

「いいのよ、本当に気にしなくて。お風呂、とっても気持ち良かったし。

 感謝してるわ」

「そう言ってもらえると、本当に助かります」

 あは、と相好を崩した琥珀ちゃん。そんな彼女に、ふと問い掛けてみたくなった。

「ねえ。もし翡翠ちゃんに好きな人が出来て、そしてこの屋敷から出ていく事になったら。

 やっぱり寂しい?」

 いつまでもここにいたい。一人の姉としてアルクェイドを側で見守っていたい。

 だけど、私はアルトルージュ・ブリュンスタッドとして、いずれは自分の場所へ戻らないといけ

ない。この場所はあくまで、私にとって一時の夢なのだ。

 今の私はその寂しさに耐えられるのか、正直自信がなかった。

「そうですね、きっとその時はすごく寂しいと思います。わんわん泣いちゃうかもしれません」

 いつもの笑顔は崩さぬまま、でも何処か寂しそうにいう琥珀ちゃん。

「だけど、翡翠ちゃんが幸せなら。それが何物にも替え難い私の幸せなんですよ」

 私にとって、たった一人の大事な妹ですから。

 そう言って、彼女は再びゆっくりと私の髪を梳かし始めた。

「……そっか、やっぱりそうだよね」

 私は目を閉じ、ゆっくりとそれに身を任せる。

 姉として先輩の琥珀ちゃんでもそうなのだ。まだまだ姉として駆けだしの私が、そう思うのは当

然なのだ。

 だからこそ。あせらず、今出来る限りの事をしていこう。

 遠く離れる事になって、その顔を見る事が出来なくなっても。この思い出があればきっと私は

大丈夫。

 アルクェイドが華のように笑いつづけられる日々。それが一日でも多く続く事が、私にとっての

幸せなのだから。






 終 


 「マリ見て」は読んだ事がありません!(挨拶

 12/6が「姉の日」であると言う事を、「PUNPKING」の夢刀 紅夢さんより
お聞きしまして、急遽書き始めたSSですが。
 ……ごめん妄想とか入りまくり。というか誰だこのアルトルージュは(汗
 何か書けば書くほどシスコンの度合いが上がっていく模様。と言うかか
なり引かれそうだなー(汗

 時制的には「絆」のちょっと前。この後、すこし互いの距離を縮めた姉妹
がヨーロッパへと向かう事になるわけです。
 ともあれ、このような作品を最後まで読んで頂いて、本当にありがとうご
ざいました。
 ではまた、次の作品でお会いしましょう。