ショッピングモールの内部にあるマクドナルドのテナント。
 その店内で、一人の少女が二人掛けの席についていた。テーブルの上にはSサイズのシェイクだけが乗ったトレイが乗せられており、そんなテーブルに少女はやや気だるげな様子で膝を突いている。その理由の幾分かは店内に流れる耳触りだけを重視したような益体の無い流行曲だろうが、主な理由は、やはり冷房の掛かったモールの中に居てもじんわりと感じる外の陽気のせいだろう。
 テナントの外を歩く買い物客は、時折物珍しいものでも見るような視線を少女に向けている。その視線は不快なものに違いはないが、実害は無いし、何よりその視線の原因を取り除くことは己のポリシーを捨てることと同義であるため、無視を決め込む。
 半端に温くなったシェイクを喉の奥に流し込む。待ち人はまだ来ない。尤も、待ち合わせ時間にはまだ少々早い。単に少女が別の用事で少々早めにショッピングモールを訪れていただけなので、待ち合わせの相手がまだ見えぬことに文句を言うつもりはない。
 それに、まあ。こくり、と喉を鳴らしながら少女は思う。あの娘のことを考えれば、それほど待つということも無さそうだけれど。
 そんなことを考えながら、ぼんやりと少女は壁に掛かったポスターに視線を向けた。A3サイズのそれには、夜空を背景に神社の境内と並んだ屋台、そしてその間の参道を行く幾人もの浴衣姿の人物が写されている。伝えている内容は簡潔だ。近くの神社で催される毎年恒例の夏祭り、その告知である。
 デザインこそ微妙な差異はあれ、同じ内容のものは市内のあちらこちらで見ることが出来る。このショッピングモールとて例外ではない。通路の壁に等間隔で張られたそれを目で追い――あ、と少女は声を上げた。
 その視線の先。鍔有りの帽子を目深に被り、やや俯き加減でこちらへと歩んでくる友人、千石撫子の姿があった。



 こちらに気付いた撫子がやや早足でこちらに近づき、テーブルの対面に腰を下ろす。時刻は丁度、待ち合わせに指定した時間の十五分前だ。自分のように偶々早く来た、というわけではないだろう。
 テーブルに着いた撫子は、懐かしそうな顔で笑みを零す。
「久しぶりだね、ららちゃん」
 その言葉に、マクドナルドで撫子を待っていた少女――阿良々木月火は、うん、と頷いた。
「久しぶり、せんちゃん」
 月火も撫子も共に同じ小学校を出ているが、月火はそのまま公立の中学校に進んだ撫子とは異なる中学校に進学している。小学校の頃はよくよく遊んだが、実際に顔を合わせるのは結構な久しぶりだった。
 小学校の頃の記憶に居る撫子と、いま正に目の前に座っている少女との差を認識ながら、まぁ、と月火は胸の内で呟いた。瞳を隠さんばかりの長さでありながらも綺麗に整えられた前髪はあの頃とほとんど変わっていないが、それでも全体の印象は大きく変わっている。しかしそれは雰囲気が変わった、というような類ではなく、端的に言うのなら。
「可愛くなったね、せんちゃん」
「え?」
 月火のそんな言葉が余程意外だったのか、撫子は一瞬惚けた顔をしたあと、音さえ立てそうな勢いで頬を赤くした。え、とか、あ、とか言葉にならない音を洩らしながら身を竦め、照れているその姿は、嘘偽り無く可愛らしいものだと思う。
 こうして会うのは本当に久しぶりだが――何時からだろう。六月を過ぎた頃からだろうか、時折電話を通して声を聞くことはあった。電話口から聞こえた声は記憶の中の撫子のものそのままだったが、実際に顔を合わせると、驚くほど可愛くなったと思う。
 ……だから、まあ、色々と納得がいかないではあるのだが。
 それで、と月火は口を開いた。顔を赤くしたままフリーズした撫子が復帰するのを待つのは、正直、退屈になるだろう。
「私に何の用? 急に呼び出すなんて」
 せんちゃんらしいくないね、という言葉は胸の中に飲み込んだ。言葉自体に他意はなく、純粋に、用件のあるその当日になって連絡を寄越すことが初めてであるという意味でしかないが、言葉そのものの棘を折ることができそうになかったからだ。
 元来大人しい少女である。突然の呼び出しにこちらが怒っている――などと思われるのは嫌だ。顔を合わせるのは久しぶりな訳だし。
 撫子はごめんね、と前置きした上で言葉を続けた。
「ららちゃんに、相談に乗ってもらいたくて」
「私に?」
 なんだろう、と月火は首を傾げた。心当たり――なぜ自分に、と今更考るには自分と姉である火燐の名前が周囲の中学校に知れ渡っているという自覚はあるので、なぜ、ではなくなにを、というものだ――は、ない。つい先日まで実害を持った恐怖の噂話、という火蜂のおまじないが流行っていたし、それに関する相談や嘆願なら幾つも耳にしたが、その一件だって火燐の行動でけりがついている筈だ。
 月火自身はその途中経過を知るだけで結末に関わってはいないが、あの火燐が終わったと言ったのだ。ならば、そのおまじないに関する諸々の問題は全て終焉したと考えていいだろう。事実、それ以降おまじないに関する噂はぷつりと消えている。
 ならば−−なんだろう。月火は思考する。いくら小学校の頃の友達とはいえ、わざわざ違う中学校に通う自分を呼び出してまでしたいという相談だ。内容が何であれ、軽いものではないだろう。
 しかし−−いいや、だからこそ、月火にはそれを断る、という選択肢が存在しないことを理解していた。あるにはあるのかもしれないが、確実に選択しないなら、そんな分岐はただの死に分岐でしかない。
 だから。
 うん、と月火は頷いた。
「いいよ。せんちゃんの頼みだもん。何でも相談して」
「ありがとう」
 撫子の顔に微かに安堵の色が差す。やはり緊張していたのだろう。幾分表情を柔らかくした撫子は、なぜだかとても綺麗に見えた。
「あのね、相談っていうのは……その。あれ……なの」
 途切れ途切れに撫子が言い、言葉と共に指先が示したのは、さきほど月火も見ていた夏祭りのポスターだ。
「お祭りに着ていく服を、選んでもらおうと思って」
「……え?」
「ダメ、かな」
 予想だにしなかった"相談"に月火が間の抜けた声を上げると、それを不快の印と採られたか、撫子が寂しげな声を上げる。
 月火は慌てて首を横に振った。
「え、あ、ううん。まさか」
「本当?」
「本当だよ。でもまあ、ちょっと不思議かな」
「そうかな」
「うん。なんで私なの?」
「だって――」
 言って、撫子はこちらの装いを指差した。
「ららちゃんなら、詳しいかなって」
 そういうことか、と月火は思う。いまの月火の装いは、普段家で着ているものと柄違いになる浴衣だ。先ほどからショッピングモールを行きかう客が時折こちらに興味深そうな視線を向けてくるのもきっとこの服装が原因だろう。以前と比べれば平素から和服というのも一定の市民権を得た感があるが、首都圏から離れたこんな街ではやはりまだまだ奇異なものとして映るらしい。
「浴衣ってことかな?」
「うん。折角のお祭りだし、お母さんに相談したら、浴衣がいいんじゃないかしらって。それに、」
 言いかけて、撫子は言い難そうに視線を泳がせた。はて、と首を傾げた月火に、たっぷり数秒の間を経て、告げる。
「ららちゃんなら、どんなのが、その、ええと、好きなのか、分かるかな、って」
「……ああ」
 そういうこと――と月火は口には出さず頷いた。ようは好みのリサーチ対称として自分に白羽の矢が立った、という訳だ。誰の、なのかは、まあ、聞かぬが華というものだろう。よくもまあ、まめなことである。
「ええと、どうかな、ららちゃん。お願いしてもいい?」
「うん、勿論。私に出来ることなら」
「あ、ありがとう!」
 月火が頷くと、撫子はその顔に満面の笑みを浮かべて礼を述べた。やはり気負いがあったのか、その顔には明らかな安堵が見て取れる。
 基本的に撫子は引っ込み思案な子で、自分から進んで他人に服を選んでもらう――それどころか、隠してはいるが、意中の異性の好みを調べた上で――などという頼みごとをしてくるようには思えなかったのだけれど。加えて言うのなら、その意中の誰がしがよりにもよってあの兄だというのが正直に言えば意外どころか仰天なのだが、まあ、ともかく。友人の、明らかに一大決心を伴うような頼みごとを無碍に断ることなんて出来はしない。
「でも、そうなると私より適任が居るかな……」
「え?」
 疑問符を上げた撫子に構わず、月火は袖口から携帯電話を取り出して着信履歴を開いた。
 目当ての番号は、一番上に残っている。
「ちょっと助っ人、呼ぶね?」
 でもこの人選もどうなのかなー、と頭の片隅で思いながら、月火は携帯電話の発進ボタンを押した。

 
 
 【続く】  
 
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