■ C83新刊サンプル ■







アラサーセーラー服魔法少女 暁美ほむら



 暁美ほむら(31)、実は魔法 女時の服が変更できる事に二十八歳になるまで気付かなかった。 
「どうして教えなかったのよ、キュウべえ!」
「だって聞かれなかったし」
「ぐぬぬ」
「最近の君を見ていて僕の中に湧き起こっていたこの何とも言えない気分が多分君たちのいう感j」
 その日、インキュベーターのスペアボディが千個ほど消滅したとかしなかったとか。

 そして三十一歳現在。頭のリボンが外せそうな気配がない。

「なぁ……」
「言わないで、杏子」
「歳考えろっつーか、無駄に似合ってる感じなのがまた救えないっつーか」
「いっそ殺してほしいわ……まどかめ」
「だから誰だよ、それ」
「…………この世界を作った神様って、本当にサディストよね」
「はあ?」



掛け続けていればそんな事にはならなかったのに



 暁美ほむら(31)、今日も今日とて一人さびしく残業中、誰かの忘れものの眼鏡を見つける。
「そう言えば、魔法少女始めた頃は眼鏡だったわね、私」
それは懐かしさの皮を被った悪魔のささやきだったのか。
十七年ぶりに眼鏡を掛けた自分の姿は、あの頃とはあまりにもかけ離れていて、ほむらは激しい目まいを覚えた。。
いやいやまてまて。おかしい。こんな事は許されない。
今だって自分であることに変わりあるまい。これほどまでに差がある筈がない。
そうだ。髪型もあの時のようにしてみたらどうだろう。


「……あの時なぜそんなことを思ってしまったのか。自分で自分を撃ち殺してやりたいわ」
「あたしとしては だな。なぜそんなことを会社でやったのかを問い詰めたいんだが」
「残業続きで疲れてたのよ……」
「しかもその姿を、気付いて取りに戻って来た眼鏡の持ち主に見られたんだろ?」
「正直死にたい」


魔法 女コタツ☆ほむら



 暁美ほむら(31)、十月末にこたつを作ってしまう。
「ほむら、さすがに一日中その、コタツだっけ? そこから出てこないのはどうかと思うよ、僕は」
「うるさいわね、キュウべえ。今の私はこたつ神様の信徒よ。たとえまどかの願いでも、ここから動きはしないわよ」
「だから誰なんだい、そのまどかって……」
「偉い神様よ。こたつ神様の次に」

 その後のほむら、こたつ神様に備えるためのミカンが手に入らず、オレンジを積み上げてみる。

「ちがう……やっぱりこれではダメだわ」

「そういうわけで、巴さん。ミカンを少し分けていただけないかしら? いえ全く他意はないのだけれど、ミカンの事を考えていたらあなたを思い出したの」
「一発殴らせてもらってもいいかしら、暁美さん?」
「それはご遠慮するけれど、あるのでしょう?  ミカン」「あるのが悔しい……」




【悲報】 暁美ほむら、分けてもらったミカンを一日で食べつくす。

【重ねて悲報】 暁美ほむら、コタツでうたた寝してしまい風邪をひく。有給はもうない。




■ 魔法少女三十路★間近 暁美ほむら最後の一週間 ■




 この時期のカレンダーを見る度にため息をついてしまうようになったのは、果たして何年前からだったか。
 十九から二十歳になった時は、そんな事に思い悩む事などなかった。
 当然だ。二十歳なのだ。月に叢雲がかかる事もない。風に吹かれても受け流し咲き誇れる華盛りだ。
 それがどうだろう。大学を卒業しても魔法少女を続けて。何とか仕事先を見つけても、やっぱり魔法少女を続けて。がむしゃらに働いて、魔法少女もやめられず、気が付けば十年経とうとしている。
 いや分かっている。分かっているのだ。
 魔法少女は辞められない。日曜日の朝八時半にテレビの中で躍動している少女たちとは違う。一年経てば敵のボスが出てきて、それを倒して次世代にバトンタッチ。そんな理想的なサイクルが組めるほど、この世界は優しくなんかない。
 私たちは、死ぬまで魔法少女を続けていく。その事に後悔なんてしていない。
 後悔なんてしていないけれど、ただ、辛い。
 魔獣は私たちの生活の考慮なんかしてくれない。どれだけ会議が長引いて翌日の仕事に差し支える状況であろうとも、久しぶりに温かい布団でぐっすり眠れそうな土曜日の夜であろうとも、ヤツらは容赦なく現れる。日付が変わりそうな時間までかかったプレゼン資料の完成が見えた時に、突然同僚に呼び出しをくらって駆けつけなければならない時の気持ちは、ヤツらは考えた事があるのだろうか。つい怒りに任せて全力で撃ち滅ぼした後、トボトボと会社に戻らなければならないあの悲しみ。世界が違えば魔女になれそうな程に、心が汚れていく瞬間だ。
 使命に燃える瞳で魔法少女への扉を開いた新人たちを見るのも辛い。「自分にもこんな頃があったのだ」――そんな思いを抱いてしまう位にこの世界に長く居続けているのだと言う事を自覚させられるのが辛い。そしてそんな彼女たちに生き残る術を教えるために、心ならずも上辺の優しさをかなぐり捨て、鬼とならなければならないのも辛い。どれだけしごいてやっても、筋肉痛が一日どまりでけろりと回復してしまうあいつらの若さが憎かったりはしない。自分が二日遅れだと言う悲しみなどない。ないと言ったらない。
 だけど何よりも辛いのは、二十歳を超えた女がなお「魔法少女」として同僚やあの白ナマモノから呼ばれているという事実だった。
 何か他に呼び名はないのか。雑誌やテレビが自分より上の女に対して媚を売るように「女子」と連呼しているのにだって居たたまれなさを感じるのに、よりによって「少女」とは。「少女」とは!
 しかも、だ。
 私はカレンダーをにらみつけ、深い、深いため息をつく。
「その日」は刻一刻と近づいている。もう少し、魔法をこう、何とか頑張れば「その日」が消し飛んだりはしないだろうか。
「巴さん、一体どんな気分で後輩たちからの「魔法少女」って言葉を受け止めているのかしらね……」
 一年前、先に「その日」を迎えてしまった巴マミは、果たしてどんな気分だったのだろうか。
「だから言ってるじゃないか、暁美ほむら。魔法少女が成長したのだから素直に「魔女」って名乗ればいいじゃないかって」
「黙りなさい」
 足元から聞こえるたわ言を踏みつぶしながら、私は鏡の前に立つ。
 出勤用のスーツに着替える前の、下着姿の自分の姿はやはり変わらない。身長は伸びてくれた。さやかほどではないけれど、百六十cmは超えてくれたし十分だ。しかし一向に胸に栄養が行き渡らないのはどういう事なのだろう。重力に負けて、全て下に溜まってしまっている。恐る恐る脇腹の当たりをつまみ上げ、指先にしっかりと伝わる厚みにうなだれてしまう。
 ダイエットをせねば。とりあえず今日は仕事だから、明日から頑張ろう。
 それにしても、だ。お腹まわりの不法滞在者も問題だけれど、目の周りの隈がひどい。どれだけスマートに魔法……女の仕事を片付けても、結局今日もベッドに潜り込めたのは二時を回ってからだった。一日二日の徹夜に耐えられるのは若者の特権。いえ私だってまだ若いけれど、若い筈だけれど睡眠時間の短さは確実に体の奥底を削ってくる。
「休みたい……」
 頭を振りながら本音が口を突いてくるけど、残念ながら有給の残りは赤信号を灯している。何より、今の自分の立場が突発的な休みなど許してくれない。
 ぱんぱん、と強めに頬を叩いて、頭の中を切りかえる。魔法……女の時のように、頭の中を仕事に切り替えて頑張らないと。とにかく今日は残業をしない。まっすぐ家に帰ってきて、晩酌をしてベッドに倒れてしまおう。
 踵を返して、私はアイロンがけを済ませておいたシャツを手に取る。壁掛けのカレンダーがもう一度視界に入ったけれど、頭の中から叩きだした。
 あと一週間だ。
 あと一週間で、私の二十代は終わる。
「結局一人なのは変わらない、か」
 踏み過ぎて目を回しているキュウべぇをソファに投げ捨てて、私は手早く着替えを済ませていったのだった。


「暁美さん、ちょっといいかしら?」
 部署の違う同僚からそう声を掛けられたのは、社員食堂で昼食を取っている時だった。
 顔見知りに毛が生えた程度の相手だけれど、彼女は積極的にアンテナを張り巡らせるタイプの人間なので、私もそのどこかに引っかかっているのだろう。
 ついでに言えば、私と同じく同期で独身だ。だから彼女がアンテナを張り巡らせる理由も良く分かっている。
「ええ、構わないけど」
 私が頷くと、彼女は向かいの椅子に腰かけ、両手を顔の前に合わせて曖昧な笑みを浮かべる。
「実はね、今日の夜合コン企画していたんだけど……男子側が一人参加人数増えちゃったのよ」
「あら、まあ。それは大変ね」
 大げさに驚いた声を上げると、彼女はぺこりと頭を下げ、
「お願い! 暁美さん、もし今日の予定なかったら出てもらえないかな? 会費は男子側の方が多く持ってくれるって言うから、そんなに気にしなくても大丈夫だし!」
「……今日の夜?」
「ダメ、かな?」
 上目遣いで見上げてくる彼女の表情は、小柄な体格とブラウンのショートカットも相まって愛らしい。私にはない物だし、自分のそれが武器だとよく自覚しているのだろう。なまじそれが武器として通じるからこそ、選択肢が増え過ぎてなかなか一人の相手と長続きしないのだろうけど。
 しかし今日とは。
 眠いのだ。今この場でさえ、気を抜けば机に突っ伏してしまいそうになるくらい眠い。だけどこの時期に合コンの誘いは、正直魅力的だった。
 何せ私はあと一週間で三十になってしまう。
 三十までには結婚したい、と思ったのは佐倉杏子が結婚した時だった。さすがにその目標は二十九の誕生日で修正を余儀なくされたのだけど、彼氏を作る位は成し遂げたいと思っていた。
 挫けまくりの目標達成の、ひょっとして最後のチャンスになるのかもしれない。少なくとも職場から家に直行してビールを飲んでいるようでは、可能性はゼロだろうし。
 もっとも、合コンに出たからと言って可能性がゼロではなくなるだけで、大して高くはならない事くらいは覚悟している。そもそもこの誘い自体男性側が増えたのではなく、女性側に欠員が出たからだろう。どちらにしてもていの良い数合わせなのだ。それでも「○×さんの代わりに〜」と面と向かって言われるよりは角が立たない誘い方なのは、その辺の機微を心得ているからだろう。
「暁美、さん?」
「ええ、いいわ。大丈夫よ。私でよければ、参加させてちょうだい」
「ありがとう! 恩に着るわ、暁美さん!」
 私が応えると、彼女は飛び上がって喜んでみせる。どの程度作っているかは知らないけれど、この位テンションが高い方が飲みの席でも受けが良いのだろう。
「それじゃ、あとで場所と時間をメールしておくから」
 そう言って手を振って去っていく彼女の背中を見送りながら、私の頭の中には、前に巴さんとさやかと一緒に出た合コンの事が頭をよぎる。
 あれはひどかった。本当にひどかった。相手の男たちがどうこうではなく、私たちがいろんな意味でやらかしてしまった。半分位は巴さんのやらかしだったけれど……いや、いい。やめよう。始まる前から、悪いイメージを思い浮かべてもしょうがない。
「……飲む量、少しはセーブした方がいいのかしらね」
 酒が強い人が好きですよ、なんて言われてしまったものだから、ついつい調子に乗っていつものペースで飲んでしまったのは反省しておこう。ほろ酔いだった相手の目から酒が抜けて、しまいには何か違う生き物のような目で見られたのはさすがに辛かったし。
 どんな店で行われるのかは知らないけれど、私の目を引いてしまうような、あまり珍しいお酒が入っていない事を祈りたいところだった。





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