■ 月奏 サンプル3■








 いつものように三人で馬鹿話しながら昼飯を食べ終えて、有彦に俺達を待っていた用件とはなんなのか聞くことにした。
「んで、有彦。わざわざ待ってたなんて言うからにはなんかあるんじゃないのか?」
「おお! よくぞ聞いてくれました親友」
 大仰な仕草で有彦はドンと音を立ててテーブルに拳を置いて、俺と隣に座ったシエルの顔を順に見渡した。
「遠野も先輩も、一緒に街に遊びに出掛けようって約束、覚えてるか?」
「ん、そりゃ勿論」
「忘れるわけないじゃないですか。色々タイミングが悪くて叶ってませんけど」
 そう、三人で一緒に遊びに出掛ける――その約束は結局、有耶無耶になってしまったままだった。
 ロアの件があって、その後遺症で俺がしばらく安静にしていなくちゃいけなかったり、色々な後始末に先輩が奔走したりと――なんだかんだしているうちに今日まで経ってしまってはいるが、忘れたわけでは決してない。
俺と先輩の言葉に満足げに笑い、有彦は身を乗り出す。
「そこで、だ。此処まできたんだからせっかくだし、ちょっと豪勢にその約束を果たそうじゃねえか」
「は? 何を言い出すんだ有彦」
「ふっふっふ、この街じゃなくて春休みにどっか遠出する計画とかどうよとか思うわけですよ俺は」
 まるっきり悪戯を企む子供の顔で有彦は笑う。しかしどうしてこう、含み笑いが様になるんだろうこいつは。
「三月にさ、隣の県に大規模なレジャーパークが出来るって話は知ってるか?」
「いや、悪い。知らない」
 なにせ遠野家には琥珀さんの部屋にしかテレビがない。なので世間の話題にはとんと疎くなってしまうのであった。
「あ、わたし知ってます。こないだチラシで見ました。この街からも日帰りで行ける距離に出来るやつですよね?」
「おっ、流石先輩! 話が早いね! 実はよ、姉貴が仕事のツテでそこの割引券を手に入れられるらしくてさ、自分じゃ行かないから俺にくれるって言うんだよ。これを利用しない手はないだろ?」
「なるほど、そういうことか」
「確かにそれは使わなくちゃ勿体ないですねー」
頷く俺と先輩に気をよくして有彦はさらに続ける。
「だろだろ! 先輩も春休みなら大丈夫だよな?」
「そうですね。日帰りで済むなら、全然オッケーです」
「よっしゃ!」
大袈裟なまでのガッツポーズをする有彦に、先輩と視線を交わして笑いあう。
「そういうことで決まりだな! 詳しい日程はまた後日考えるとして、遠野もちゃんと予定空けとけよ。これがラストチャンスになるかもしれないんだし」
「……うん?」 
ラストチャンスってどういうことだ――と問い返そうとした俺の機先を制して、有彦が言葉を継いだ。
「俺達だって流石に三年に上がったら色々と遊ぶどころじゃなくなるだろうしな。特にお前なんてそうじゃねーの?」
「……うぐ。まあ、確かに」
脳裏に浮かんだのは妹の秋葉の仏頂面だった。現状、遠野家の当主を務めている秋葉だが、俺の進路については今のところ何も言ってはきてない。けれどそれに甘えすぎるわけにもいかないだろう。
 就職か、進学か。それともそれ以外の道か。
 三年に上がったら、嫌でもなんでも、俺はこれからのことを考えなくてはならない。遊ぶ暇とそれを許す状況があるのかと問われれば――否、だ。
有彦が言う通り、三年に上がる前の春休みが、何の気兼ねもなく遊ぶことの出来る最後の機会になるかもしれない。
「……なるほど、了解した。その辺はちゃんと予定空けるように交渉しとく」
「うむ」
「あとは――そうだ、軍資金も必要になるよな」
「ああ。それは勿論各自調達な。バイトするなり小遣いもらうなり、なんとか出来るだろ?」
「む、多分」
「はい。わたしは大丈夫です」
 視線を泳がせながら俺と、有彦をしっかり見つめたまま先輩がそれぞれ頷いた直後、昼休みの終わりが近いことを告げる予鈴がなった。
「おっと、もうこんな時間か」
 慌てて三人とも立ち上がって使った食器を片付ける。随分と長いこと話し込んでいたせいか、食堂にはもう他に数人の生徒しかいなかった。その数人も慌ただしく席を立って次の授業に向かうために食堂から去っていく。
 俺達も倣うように食堂を出て自分たちの教室へ向かう。三年の教室がある階まで辿り着いて、有彦が先輩を振り返った。
「とにかく、用件はさっき言った通り。また改めて三人で予定立てるために話し合おうと思うんで、先輩もよろしくな」
「わかりました。さ、二人ともちゃんと午後の授業頑張って受けてくださいね」
 にこりと笑みを浮かべる先輩の声に背中を押されるようにして、俺達はもう一階分階段を上がり、どうにか本鈴が鳴り終わる前に教室へと滑り込んだのだった。


「――さて、どうしたもんかな」
 放課後。
 校門の前でシエルと別れ自宅へ帰る途中で、思わずそんな呟きが洩れた。
 考えてるのは勿論、昼休みの件のことだ。
 まあ正直。三人で遠出して遊びに行くという有彦の提案は魅力的に思えた。
 遠出ということで少しだけ貧血持ちの自分の体調のことが気にかかるが、その辺を差し引いても行ってみたいという気持ちの方が強い。俺自身いわゆる遊園地的な場所など行ったことがないことに加え、面子がシエルと有彦となれば、つまらない時間を過ごすことにだけはならないだろう。体調については俺がきちんと自己管理をすればいい話だし。
 ――そう、行くことになればそこに不安はない。
 そこに至るまでの道のりに問題が山積みっぽいだけの話だ。
 ぶっちゃけてしまえば軍資金がないのである。今だって財布の中には――いや、悲しくなるだけだから敢えて確認はすまい。
 となると足りない分の軍資金をどうにかしなければならないんだけど――バイト、バイトかぁ。
「……秋葉に内緒でってのは……無理だろうなぁ」
 はあ、と溜息が零れる。普通に考えて、高校生がバイトして自分の小遣いを稼ぐっていうのはおかしなことではない。うん、当たり前の話だ。むしろ親から金をせびって遊ぶとかいうほうがどうかしてると思う。思う、のだが――あくまでそれは一般家庭においての話なのであった。
 曲がりなりにも格式と古い伝統を持つ名門である遠野家。
 最低限必要となる金額の小遣いは、妹の秋葉から毎月渡されていたりする。今まで俺がバイトをしなかったのは慢性的な貧血持ちという理由が最たるもので、さらに言うならその小遣いで事足りてしまっていたからだ。
 しかし有彦の言う通り隣の県まで足を伸ばし、尚かつ遊ぶ場所が遊園地となると――いくら割引券があるとはいっても――とてもじゃないが足りないだろう。
 故に人生初のアルバイトというものをして稼ぐ必要があるのだが、それを遠野家当主である秋葉は許してくれるだろうか。
「そんなわけないよなぁ。はは……」
 溜息の代わりに今度は乾いた笑いが洩れた。バイトしたいという言葉を「却下します」と容赦なく一刀両断にする秋葉の姿が脳内でくっきりと再生されるのが余裕過ぎる。しかも多分大体ほぼ確実に間違いなく合ってると、兄として断言できるもんだから始末が悪い。
 でもまあ、それでも、やるしかないんだ。
 よし、と気合いを入れるように一人頷いて――見えてきた屋敷の門を俺は睨み付けるのだった。







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