■ 後厄の物語 サンプル ■






/1


「これで今月四回目。真面目に考えた方がいいぜ、そろそろ」
 ウーロン茶のグラスをあおった杏子が忌々しげに呟くのを、暁美ほむらは眺めていた。彼女の前には、既に空になった大ジョッキが並んでいる。もちろん最近三人目を出産した彼女とは違いビールである。花見の季節は終わったが、ビールが美味しいのには変わりがないので仕方がない所である。
「縄張り荒らし、なのです?」
 お盆片手に空いたグラスを下げにきた百江なぎさが、小首を傾げて空いたジョッキを片付けていく。
「昨今どこも魔法少女たちはグループ化しているものですが、元気のいいルーキーもいるものなのです」
「ルーキーとは限らねぇだろ? 長年の狩場失って、えっちらおっちら見滝原まで来た奴かも知れねぇ。そもそも、あの手口は始めたての尻の青いガキに出来る仕事じゃねぇよ」
「わたしたちから見れば、大体の魔法少女なんてルーキーみたいなものなのです」
「まあ、そりゃそうかもしれんけどさ」
「そもそも、新人以外の実力者で一匹狼気取っている魔法少女がいれば、何らかの形でわたしの耳に入ってくるのです。そんなバランスを崩すような存在を野放しにしておくなんて事は許されないのですよ」
「おお、怖い怖い」
 なぎさが肩を竦め、杏子は苦虫を噛み潰したような顔でウーロン茶の残りを飲み干す。
「お代わり。後は鳥串追加」
「アルコールですらないのにまだ飲むのですか!」
「母親は体力勝負なんだよ! 飲めない分、せめて食って満足してやる」
「それでその体型は本気で理不尽なのです、まったく……ほむら先輩は?」
「頂くわ。さやかと巴さんは……必要なさそうね」
 別のテーブルで黒いオーラを撒き散らしながら手酌で冷酒をあおっている二人を見つめ、ほむらは首を横に振った。なぎさも納得顔で、厨房の中へと引っ込む
「お前の結婚が決まってからこっち、さやかとマミさんのメンタルが加速度的に奈落に落ちていっているんだがどうしたものかね」
「え、それ、私のせい?」
「お前の責任じゃないかも知れんが、お前が原因ではあるだろう」
「理不尽な話だわ……」
「まあ、本当の理不尽なんてものは結婚後に待ちうけているわけでな。覚悟しておけよー」
 意地の悪い笑みを浮かべた杏子が、皿の上の焼き鳥にかぶりつく。もも肉を焼き上げた後にタレの代わりにチーズが掛かっているという代物であったが、理不尽に美味しいのがほむらたちにとっては不思議な代物であった。
「それよりも、だ」
 串を振り回しながら杏子は目を細めた。
「ほむら、お前はどう思う?」
「どう思うと言われても……私だってその現場を見たわけじゃないもの。伝聞では何とも言えないわ」
「そうなんだよなぁ。不思議と、お前がいない時に起きてるんだよなぁ……」
 呟いた杏子が、意地悪く目を細めてほむらを見つめる。
「実はお前ひっそりと仕事してたりしねぇ? グリーフシードへそくりしたいとかそんな理由で」
「馬鹿馬鹿しい」
 ほむらは心底呆れた声で、切って捨てた。
「何が悲しくて、これ以上無駄に自分の時間を切り売りしないといけないのよ。そんな時間があれば彼と一緒に過ごしているわよ」
「まあ、今のお前はそうだわな」
「大体、どこかの誰かが魔獣狩りして仕事を減らしてくれるなら願ったり叶ったりよ」
「分かってるだろ? そう旨い話でもないって事」
 杏子の表情が真面目な物に変わり、ほむらは気おされたように小さく息を呑む。
「グリーフシードはあたしらの生命線だ。この見滝原は他所に比べて魔獣も多いが、格段に魔法少女の戦死率は低い。要はあたしらが頑張って鍛えてるって事なんだが、魔法少女の数が減らなければ、グリーフシードの必要数だって減りはしない」
「……需要が供給を上回りそうって事?」
「無論今すぐにってわけじゃねぇ。そんな自転車操業はそもそもなぎさの奴がゆるさねぇだろうさ。でも、今のままルール破りの狩りを続けられると、破綻の足音が少しづつ聞こえてきやがるぜ」
「つまり……早いところ犯人探しをしたいという事ね?」
「そういう事。準備も必要だから明日明後日ってわけじゃねぇけど、その時はお前さんの手も借りたいんだ」
 張り詰めていた杏子の表情が、そう言って人好きのする笑顔に変わる。
「ま、ほむらも自分の結婚式の準備とかで忙しいだろうしな。ただ頭には入れておいてくれっていう話」
「否やもないわ。私自身にも関わってくる問題だもの」
 そう言って、微笑んだ。
 魔法少女は辞められない。結婚をしても、子供を産んでも、辞める事が出来ない。少しでも長い間続けられるシステムを維持する事は、ほむら自身にとっても直接的に必要なことなのだ。
「はいはい、先輩方。ご注文の品なのです」
 話の切れ目を見計らったように、なぎさが両の手に抱えたお盆の上の料理を二人の前に並べていく。
「まあわたしの方も情報は集めておくのです。他の街のコミュニティでも起きているなら、集めやすいでしょうし」
「宜しく頼むわ。あたしはまあ……向こうとも打ち合わせして来ないとなぁ」
 より一層、纏う闇を深くしているさやかとマミを見て、杏子は盛大に溜息をついた。
「……日を改めたら?」
「鍵はマミさんだし、そもそも今日を逃すとしばらくここに来られないんだよあたしは。上と真ん中のチビたちもそろそろ夏休みだしなぁ……」
「……本当に良くやっているわ、あなた」
 とても三人の子供がいるアラサーの女性には見えない。結婚した後、自分が杏子のようになれるのか、ほむらとしてははなはだ自信に欠けるのだった。







 結婚情報誌を手にとってもダメージを食らわなくなる日が来るだなんて、想像もしていなかった。
 自分の家のソファに背中を預け、ぱらぱらとページを捲りながらほむらは緩む頬を止める事が出来ずにいた。
 キャンセルの隙間に滑り込むかのように、六月に式場も予約出来てしまった。お互い仕事が忙しい合間を縫ってであったが、順調に段取りも固まっている。彼の家に比べて親族が少ないのはやむない所だが、代わりの友人たちが皆曲者揃いなので釣り合いが取れると信じたい。
「……釣り合いになるのかしら?」
 ほむらは小首を傾げた。さやかとマミさんが何かやらかさないだろうか。いやしかし、さすがにその辺のスイッチの切り替えは出来る人間たちだ。
 それよりも、仕事関係の人々はどこまで呼ぶべきなのか。同じ会社に努めているおかげで、新郎新婦それぞれの勤め先のパワーバランスに頭を悩ませなくていいのはありがたいけれど。
 同期以外の魔法少女関係? 何があろうと呼んでたまるものか。
「とはいえ、妹さんが同業者だとは思わなかったわ……」
「あれ、何か言いました?」
「ふえっ!?」
 突然後ろから掛けられた声に、ほむらは慌てふためき振り返った。そこには髪をタオルで拭きながらスウェット姿で歩み寄ってきた彼氏の姿がある。ほむら自身も既にスウェット姿で髪を上に纏めて、すっかりくつろいでいる状態だ。
「ああ、いえ。何でもないわ」
「そうですか」
 空耳だと判断したのだろう、彼はそう言って笑い、自然にほむらの隣に腰を下ろした。そんな彼の肩に、ほむらは背を預けるように寄りかかる。
 翌日が休みの日の夜に、彼が泊まっていく回数は最近増えていた。そのくせ艶のある展開になだれ込む気配は未だになかったが、もうここまで来れば結婚した時で良いではないか、とほむらは割り切っている。おそらく彼もそう思っている筈だ。確認したわけではないけれど。
「そう言えば、ほむらさん。今日借りてきたDVD……ええと、マッドマックスでしたっけ? どんな話なんです?」
「あら、やっぱり見た事なかったのね」
「申し訳ありません。映画に関しては不勉強極まりなくて」
「まあ、ダイ・ハードも見た事なかった人間がマッドマックス見ていたらそれはそれで驚きなんだけど」
 立ち上がったほむらは、バッグの中からレンタルショップの貸し出し袋を取り出し、TVの前へと向かう。
「少し先だけど最新作が三十年ぶりに劇場公開する、アクション映画のシリーズ物よ。あなたは多分見た事ないだろうけど、これの2がものすごく流行って、世界観に影響された漫画が日本でも流行ったくらいに」
「へぇ。て言うか、三十年ぶりって凄いですね。前作が僕まだ生まれてない時に作られたとか、ちょっと想像がつかないです」
「……そういう事になるのね」
 時の流れと言うのは重い。それから外れる経験を気が遠くなるほど繰り返してきたからこそ、ほむらには刻まれる時の大切さが身に染みている。同時に積み重ねられる肌年齢と腹に纏わりつく脂肪の重さもだったが。
「とにかく見てみるのが早いわ。正直3は好き嫌い分かれるんだけど、1と2は素晴らしい世界観だから」
「どんな感じなんです?」
「1は資源不足で文明崩壊し掛かった世界で、暴走族に妻子を殺された元警官が復讐する話よ。そして2は完全に文明崩壊してしまった世界で同じ主人公がモヒカン頭や半裸ホッケーマスクの暴走族に追い立てられながらガソリン求めて汗を流すの」
「……凄く殺伐としてますね」
「これに関しては筋がどうこうより、見てみて肌に合うか合わないかよ」
 笑ったほむらは、デッキにDVDをセットする。
 その時だった。背筋を走りぬける悪寒にほむらは飛び上がり、思わず身構える。
「ほ、ほむらさん!?」
 彼氏の言葉が耳に届くが、ほむらは答える事が出来ない。濃密な悪意と澱んだ気配が叩き付けられ、うめき声を上げる。
 魔獣の気配ではある。しかしそれだけではなかった。至近距離で退治していても、アレがこれほどまでに明確な悪意を個人に向けてくる事はない。魔獣は具現化した世の歪であり、目に映る自然災害そのものだ。殺意を向けてくると言う事は、魔獣に個人の意思が存在すると言う事になる。
「そんなの、まるで魔女じゃない……」
 小さく呟き、ほむらは歩き出す。
「ちょ、ちょっとほむらさん!」
「ごめんなさい……少し、野暮用よ」
 留めようと手を伸ばしてきた彼の手を、ほむらはゆっくりと包み込む。
 詳しく自分が何をしているのかを、まだ彼には語っていない。ただ、それが彼女にしか出来ない事なのだと言う事を、不承不承であれ理解してくれている。
 彼に、甘えているのだ。
 精一杯笑顔を浮かべて、ほむらは言う。
「DVDでも見て待っていて。すぐに片付けて戻ってくるから」
「お断りします」
「え?」
 ほむらに包み込まれていた手を抜いて、彼は腕を伸ばし、彼女の体を抱き締める。
「ちょ、ちょっと――」
 彼の名前を呼ぶ、ほむらの体を、一層強く抱き締めてくる。
「僕はついていけないし、助けになる事も出来ないんですよね?」
「……こればかりは、私の仕事なのよ」
「だから、ほむらさんが帰ってきて、一緒にDVD見るのを大人しく待っています。ほむらさんに解説してもらいながら、見たいですから」
「……分かったわ」
 彼の背中を二度、三度優しく撫でさする。それで優しい拘束がゆっくりと解かれ、ほむらはゆっくりと玄関に向かって歩き出した。
 ハリウッド映画なら送り出す前に恋人がキスをしてくれるのは定番なのだけど。そんな益体もない事が頭をかすめ、ほむらは小さく吹き出す。頭の中を切り代えるには十分な見送りだった。










この続きは会場にて! よろしくお願いいたします!