■ セルフィッシュクイーンズ サンプル ■









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 なるほど。これは危機的状況だ。
 一目その部屋の様子を確認したアルテラは、背筋を冷たい物が滑り落ちるような感触を覚えていた。
「ふむ? 我らがマスターが疲れを癒すために、私が手を貸す事がそんなに気に入らんか?」
「ええ、ええ。確かに休息は大切です。旦那様には一分一秒でも長く心安らかに体を休めていただかなければなりません。だからその汚らわしい手を離して旦那様を解放してくださいましね? スカサハさん」
 マスターの部屋で、二人の女が殺気を露に向かい合っている。黒地の着物を身に纏っている長髪の少女は、恋慕から炎竜に化身した伝承を持つ狂女、清姫。だがアルテラにとってはもう一人が問題であった。スカサハ。彼女こそはローマのガリアの更に先、ケルトの民に畏れ敬われた影の国の女王。類稀な武勇を誇る神殺し。
 死神すらも忌避した永遠の女王が、英霊としてカルデアに召喚されている。それこそが世界に起きている事態の異常を示しているのかもしれない。
 そんな彼女に抱きかかえられるように、マスターが立ちつくしている。
 文字通り蛇に睨まれた蛙という状況にアルテラには見受けられた。あるいは前門の虎、後門の狼というものであろうか。スカサハの腕の中から抜け出す事も出来ず、石に変えられたかのように微動だに出来ずにいるようだ。
 スカサハは彼の肩に顎を掛けて時折肩を震わせている。存分にこの状況を楽しんでいるのが見て取れた。対して清姫も微笑を浮かべているのだが、その周囲の空気は揺らめき陽炎を作り始めている。。
 一触即発とは正にこの事だった。そして、端的な事実をアルテラは結論付ける。
 残念な事に清姫ではスカサハに勝つ事は叶わない。力強き化生がバーサーカーとして更に力を引き上げられている。であってもスカサハとの間にはなおあまりにも深い差が広がっている。
 その事自体はアルテラにとってはどうでも良かった。英霊に平等などありえない。どのような種類であっても持った力こそが頼みであり、他者からの評価そのものだ。スカサハが清姫を打ち負かすのならばそれもまた運命なのだろう。
 だが、問題は両者の間にマスターが挟まっているという事だった。
「何度も止めようとしたのですが、私の言葉は耳に届く気配もなくて……」
 すがるような目つきでマシュが見上げてくる。アルテラはしばし目を閉じ考えを巡らせる。ただ割って入っただけでは均衡が三つ巴になるだけで、むしろマスターにとっては状況が悪化しかねない。
 一撃で状況をひっくり返し、二人を出し抜かなければ意味がない。
「止めれば、いいのか?」
「はい!」
「そうか……ならば代わりのベッドの手配をよろしく頼む」
「え?」
 マシュの返事を確認する前に、アルテラはマスターの部屋の中に飛び込んだ。既に手の中には三色の光を眩く放つ愛剣を握り締めている。
「うむ?」
 諍いに興じていても、さすがに目ざとい。振り返ったスカサハの脇をすり抜け、彼女と清姫の間に据えられたマスターのベッド目掛けて、アルテラは剣を振り下ろした。
 轟音が部屋の中に響き渡る。粉微塵に砕け散ったベッドの欠片が清姫を、そしてマスターの体に降り注ぐ。アルテラの心の中を申し訳なさが掠めたが、問題はまだ解決していない。マスターには後で湯浴みをしてもらえばいいだろう。
「な、な、な、なななななな……」
「何してるんですかアルテラさん!?」
 声を上げたのはマシュと、マスターだった。
 埃塗れの清姫は茫然自失といった呈で吹き飛んだベッドを見つめている。体よくマスターを盾に埃から逃れたスカサハですらも、目を丸くして状況に飲み込まれていた。その隙を見逃す事無く、アルテラはスカサハの腕の中から少年の体を引き抜いた。
「止めたぞ。マシュ」
「先輩のベッドが大変な事に!」
 ひどく納得いかなさげな声を上げてくるマシュに向かって、アルテラは淡い微笑を浮かべた。
「マスターの身体が大変な事になるよりはいい」
「それはそうですけど!」
「それにこうすれば、矛先が変わる」
 小さく肩を竦めたアルテラは、マスターを背中に回して一歩足を進める。
「アルテラ、さん」
「なんとも大それた闖入振りじゃな」
 ようやく我に返った清姫とスカサハが、アルテラを睨みつける。込められているのは彼女にとって馴染みの気配だった。戦場で数限りなく向けられた、深く冷たい殺意に安堵すら覚える。知り尽くした感情には、恐怖も困惑も覚える必要はない。
「それをいうなら、お前たちも闖入ではないのか?」
「さての。マスターの寝所ならばつまるところ私の寝所と変わらないというわけじゃが」
 何の躊躇もなく彼女の手には二槍が握られている。
「そこのお婆さんの妄言は横に置いておくとしても、旦那様を危険に晒すような露出狂女は竜に焼かれて死んでしまうべきですね」
 清姫の周りの空気も陽炎のように揺らめいている。チリチリと肌が焼ける痛みにアルテラは小さく眉を寄せた。
 血が騒ぐ。己の魂に刻まれた戦いへの、否、「破壊する事」への渇望が鎌首をもたげてくる。
 だがアルテラは静かにそれを押さえ込む。今はそれを開放してはならない時だ。






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「なあ、マスターよ。お主は一体何だ?」
 質問の意図を図りかねたのか、問符を顔に浮かべているマスターに向かって、スカサハは言った。
「目指しているのは万夫不当の戦士か? はたまた神代の魔女を唸らせる一流の魔術師か?」
「そ、それは。叶うならば腕を磨いてスカサハさんたちが少しでも戦いやすくなるようになれれば……」
「うむ。落第点じゃな」
「えっ?」
 無慈悲にそう告げたスカサハに、少年は慌てふためく。
「え、いや。落第って、どういう事なんですか!?」
「勘違いする前に言うておくが、私だけではないぞ。メディアが聞いても同じ事を言うだろうさ」
 スカサハは指折り数える。
「お主が仮に可能な限り限界まで鍛え上げたとしても、サーヴァント同士の戦いに首を突っ込めばすぐに死んでしまうだろうさ。魔術であってもそれは変わらない。むしろ死ぬより酷い目に合うのが関の山じゃな」
「いや、それは分かっていましたけど……」
 そう口にするマスターの表情には微妙な不満感が見て取れる。スカサハが幾度も目にしてきた男たちと同じ表情だ。
 超えられぬ壁を突きつけられた時、人は大体反発するか挫折する。その壁を生きて乗り越えてこられる者など一握りだ。
 反発して立ち向かうものはスカサハにとって望ましい。しかし、超えようとする壁を間違えても時間が無為に失われるだけで、誰も幸せになれはしない。
「勘違いしてはならんぞ、マスター。たゆまぬ努力を続ける事も才能の一つであるし、見たところお主はその才能は十二分に持ち合わせておる」
「でも、目指している道が間違っているって」
「一流の戦士や魔術師を目指す意味は無いと言っているのさ」
 スカサハは立ち上がり、マスターにも立ち上がる事を促した。首を傾げながら従い、椅子から立ち上がった少年に歩み寄ると、スカサハはその体に手を回し始めた。
「ちょ、スカサハさん!? 何を……!」
「身長はまだ伸びるかも知れんが、肉付も悪いし骨も弱い。すまんが私が今まで教えたどの男よりも弱い事は断言してやろう」
「ありがとうございます……」
 スカサハに体中をまさぐられ、羞恥で顔を真っ赤にしているマスターはぐったりとうな垂れた。
「じゃが、私たちを指揮するのにそれは要らない力じゃろう?」
「スカサハさん……?」
「一騎当千の戦士たちも、マナを手足のごとく使いこなす魔術師も、このカルデアには指折り数えられるほどに存在しておるじゃろう? わざわざ同じ場所に殴り込みを掛けても返り討ちが関の山じゃ。私はマスターにそんな事を望んでおらん」
「じゃあ……俺は、何を目指せばいいんですか?」
「決まっておる。「勇気ある者」さ。そればかりは私が教えてやる事は出来ん」
 そう言ってスカサハはマスターの頭に手を回して、ぐいと勢いよく己の胸元に引き寄せた。
「え、ちょ、ま……!?」
 慌てふためくマスターの顔を、豊満に張り出した乳房の谷間に押し付ける。じたばたと暴れていた少年の力が少しずつ抜けていき、ぐったりとしがみ付いてされるがまま。
「こんな細い体で、お主はよくやっている。逃げ出しても、投げ出しても、私らの誰一人責めたてようとは思っておらん。人一人が背負うには、あまりに重い状況じゃ」
「は、はい……」
「じゃからな? マスターよ。余計な無理まで背負い込む必要はない。出来る事を一歩一歩、一日一日こなしておれば、必ずお主の努力は報われる」
「いえ、そう言って頂けるのは有り難いのですが、離して……」
「なんじゃ? 男は皆女のおっぱいに顔を埋めるのが夢の一つだと思っていたのじゃが」



挿絵:ちはる



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 浅黒い肌の、堂々とした体躯の壮年の男であった。背はスカサハよりも頭一つは高い。逆立つ銀の髪は狼を思わせ、晒された上半身の肌の至る所に、幾何学めいた文様が淡い光を放ち刻まれている。
 性別も、顔ももちろん異なるのに、その印象の悉くがアルテラと重なっていく。
 何よりも。男の手にしている異形の巨大な剣が、あまりにもアルテラの物と似通っていた。
 紫暗の瞳で目の前のサーヴァントたちを睥睨した男は、ゆっくりと口を開いた。
「王の帰還である」
 無造作に両の手を振り上げる。それだけで、たやすくアルテラとスカサハが弾き飛ばされた。
「なっ……!」
 誰の叫び声か、確認する間もなかった。ただ一歩、足を踏み出しただけに見えた。それだけで男がマスターの眼前に詰めより、螺旋に渦巻く光を放つ大剣を振り被っている。
「我が前に立つ者、尽くを破壊する」
 間に合わない。指一本動かす事が出来ない。少年の目には、振り下ろされる剣があまりにもスローモーションに映っていた。
「先輩!」
 マスターの体が、後ろに引き倒された。視界に盾を掲げるマシュの背中が映る。
 光の剣がマシュの大盾によって受け止められ、そして次の瞬間彼女の体が弾き飛ばされ、大地に叩きつけられた。
「がぁっ……!?」
「マシュッ!!」
 くぐもった悲鳴を上げながら、二度三度とマシュは大地を転がり、そしてうずくまったまま起き上がる気配がない。
 しかし男は不思議そうに己の剣と、マシュの手にしていた盾を交互に見やる。
「破壊……できない、だと?」
 小首を傾げた男だったが、思い直したように踵を返し、倒れ伏したマシュへと歩みを進めていく。
 まずい。
 数秒先の未来を確信し、マスターはマシュの元へ駆け寄ろうとする。しかし震える足は言う事を聞かず、一歩を踏み出す事が出来ない。オケアノスでヘラクレスに追い立てられた時にすら全力で回った足が、あまりにも濃厚な死の気配に大地に縫い止められてしまっている。
「それでいい、マスター」
 その肩が軽く叩かれ、彼は我に返る。
「あいつは、そういう存在だ」
 アルテラが軍神の剣を構え、男に向けて突きつける。
「だから、アッティラよ。貴様に立ち向かうのはこの私だ」




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