■ ネロとオルタと喧しい奴ら サンプル ■






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「えー、まことに申し訳ないんですが。君たちしばらく相部屋でお願いします」
「……はぁ?」
 腹の立つ笑顔を浮かべながらそんな事をいうマスターに向かって、思わず鉄拳打ち込みそうになるのを必死でこらえた。
「え、不満?」
「何をどう頭の中腐らせれば、私が素直に納得するだなんて思ったのよ!」
 やっぱりこのにやけ顔に全力で拳を叩きこんでやるべきではないだろうか。
「今現在普通に私は部屋があるのよ! 何で突然相部屋にされるのよ!」
「最近またズズッと人が増えてね。それで満杯になってしまってるんだよ。この先の事を考えると、余裕持たせておかないと困るだろ?」
「それはそっちの都合でしょうが。私に負担を求められても困ります。勝手に解決してください」
 当たり前だ。別に食っちゃ寝して部屋から出てこない居候めいた事をしているわけではない。召喚されてからこちら、馬車馬のように働いている私にこれ以上余計な負担を求められても困る。
 当然、ネロ・ブライドも同じ反応なのだろうと思ってそちらを見たら。
「相部屋とな! マスターよ、余とジャンヌの黒い方が一緒の部屋とな!」
 なぜか目を輝かせている。そしてまた黒い方呼ばわりか!
「お、皇帝陛下は不満なさげですか?」
「相部屋というのはあれだろう? マイルームで寝る前にパジャマパーティーとか、お菓子を持ち寄って食べ比べとか、好きな男の話で盛り上がるとか女同士の秘密会議でキャッキャウフフする素敵なイベントの事であろう? もちろん良いに決まっている!」
「いつの時代の少女マンガよそれ!」
 もし尻尾がついてれば千切れそうなほどに振っているのが目に映るようだった。ネロ・ブライドのやつ、すっかり盛り上がってしまっているんだけど。
 そしてマスターの奴、そんな彼女の姿に我が意を得たりとこちらに視線を向けてくる。
「彼女はこう言ってるけど、どうかな?」
「お・こ・と・わ・り、よ! 他の人を当たりなさいな!」
「なぜじゃ、余と一緒の部屋になる事の何が気に入らん?」
「アンタと一緒の部屋が嫌なんじゃなくて、誰かと一緒の部屋が嫌なのよ!」
 ただでさえ、そりの合わない連中と四六時中顔を付き合わせて仕事をしているのだ。部屋で一人でいられる時間くらいは大切にしたいに決まっている。
 それに、ネロ・ブライドは明らかに私とは合わない。こんな根アカが服を着て歩いているような女と部屋まで一緒になるだなんて、想像しただけで疲労困憊戦闘不能待ったなしだわ。
「でももうオルタさんの部屋のある区画、スタッフが工事に入ってるらしいんだよね」
「はぁぁぁぁぁっ!?」
 なんかとんでもない事言い出してるんだけどこのマスター!
「もう他のサーヴァントには了解とってて、後はネロ・ブライドさんとオルタさん、二人だけだったんだよね」
「取れてないでしょ、了解! 私の!」
「でもネロさんからは多分大丈夫だろうからまあ良いかなって」
 どうしよう。
 私、凄くこいつのバカ面に宝具叩きつけてやりたい。
「あ、お互いの部屋の私物はとりあえず仮説ルームの方に運んであるから安心して」
「心の底から要らない気遣い、本当にありがとうございます謹んでおくたばりあそばせ!」
「それよりもマスターよ、その相部屋に案内せよ! 私と黒いのが共に過ごし友情を育む大切な場所なのじゃからな!」
 ネロ・ブライドはすっかりその気になってしまっている。勝手に話を進められて腹を立てないのかこの女。
 ……まあ、戦場で花嫁衣裳で剣を振り回している位ぶっ飛んでる女に今更なのかもしれない。
「……どうせここで嫌だと言い張ったら、今度はネロも加わっての大説得大会始まるんでしょ?」
「ごめんよ。まあ一週間くらいで終わると思うから何とか頼むよ、オルタさんも」
「いいわね? 貸しよ。でっかい貸しですからね。絶対に後で取りたててやるわよ」
 苦笑いを浮かべるマスターの顔からは全く誠意を感じられないのが腹が立つ。それで流せると思っているなら大間違いだという事を、後できっちり叩きこんでやるんだから




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 どうしてこうなった。
 二十人くらいは一度に入れる規模の浴室――この規模だと浴場と言うべきかしら――がカルデアには併設されている。それとは別にシャワールームも幾つか併設されているし、普段私が利用するのはそちらの方だ。自室ならばいざ知らず、わざわざお湯を張った大きな湯船に他の人間と浸かりたがるのはローマ出身か日本出身の英霊たちくらいである。
 そんな場所に、なぜか今私はいる。裸で。ネロ・ブライドと。セイバーオルタと。
 もう一度言いたい。どうしてこうなった。
 取り付く島もなく切って捨てると思ったセイバーオルタの奴までもが、「まあ、たまにはそういうのも良かろう」などと言い出したのがそもそもおかしい。ドクター・ロマンが顔を引き攣らせながら「お疲れ様。風呂くらいならいくらでも貸し切りで使ってくれて構わないよ。でも暴れるのは勘弁ね……」などと言い出したのも空気が読めない。
 そんなわけで、回れ右する暇もなく引きずってこられた私は、今こうして巨大な湯船に体を沈めていると言うわけだった。
「無論余が作らせたテルマエには及ばぬが、未曾有の戦の前線基地で、これだけの湯の贅沢に預かれるのは悪くない。悪くないぞ! そうは思わぬか黒ジャンヌよ?」
「ああはい、そうですかそうですか。て言うか上がって良いかしら?」
「何を言い出すのか! まだ入って一分も経ってなかろうが!?」
 一分も入っていれば十分ではないだろうか。どうしてローマの人間はそうも長風呂を楽しもうとするのだろうか。
「ていうか、何でアンタも当たり前のように風呂に入っているわけ?」
 私たちから離れた場所で、セイバーオルタも湯船に体を沈めている。いつものように腹の立つ無表情だけど、そこはかとなく頬が赤く染まっている辺り、こいつも十分に風呂を楽しんでいるらしい。
「勝利の余韻を楽しもうと言ったのはお前たちだろうが。おっとり刀で駆けつけた田舎娘と違って、私は最初にあの狂戦士に絡まれた立場だ。汗の一つも流したくもなる」
「……そもそもなんで絡まれたのよ、あんたら」
「知るか。そこの暴君に治世がどうだのなどと話を振られたら突然襲い掛かられただけだ。何重にも拘束が掛けられている筈なのだが、「圧制」と言う単語に反応する辺り筋金は入っているな」
 この女、何故か私の顔を見て含み笑いを浮かべてくる。
「何か言いたい事があればはっきり言ったらどうかしら?」
「いや何、何かに立ち向かうにしても色々だなと思っただけだ。私もそこの暴君殿も立ち向かわれる側しか知らんからな」
「あ、これ売られたわね。売られたんなら言い値で買うしかないわね、喧嘩」
 沸点が高いとは口が裂けても言えない自分だけど、とにかくこの女の一挙手一投足がいっそ感心するレベルで私の神経を逆撫でしてくる。
 立ち上がり、湯を掻き分けながら私はセイバーオルタに歩み寄る。そもそもマスターを鍛えるとか寝言ほざきながら私の心象世界に殴り込みを掛けてきた時点で、この女は私の敵だと決めていた。今こうして雁首並べて風呂なんかに入っているのがおかしいのだ。
「田舎娘には恥じらいと言う言葉がなさそうで、生きていくのが楽みたいだな。羨ましい話だ」
「……や、やかましいわよ! 同性ばかりで気にしやしないわよ今更! て言うか湯船から出ろ、数百年越しの百年戦争のリターンマッチしてや……」




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「来るわよ!」
 竜が巨大な顎を開き、喉奥に死の灯りが点る。
 ただかわすだけならば容易、だが。マスターが距離をとるまで引き付けなければならない。セイバーオルタもネロ・ブライドも覚悟を決めた顔を見せる。
 来るがいい。竜の炎の一発や二発、耐え切れずに何が竜の魔女か。
 目の前が白く染め上げられる。
 太陽が地に落ちたかのような白炎が叩きつけられる。直撃だけは避けたが、鎧の隙間から容赦なく潜り込んでくる炎が肌を焼き、忌まわしい記憶に頭が締め付けられる。
「く、っぅぅぅ……」
 耐え切れないほどではない。横目に見れば二人とも、ダメージは隠せないが耐え切っている。
 ブレスを吐き終えた黒竜が、再び翼をはためかせ始める。
 拙い。このまま上空から攻める手段を取られれば私たちの剣は届かないし、そのままマスターたちの方向に飛ばれれば止められない。それでは、今私たちがあえて焼かれた意味がなくなる。
「走るぞ……!」
 セイバーオルタが手を伸ばす。方向は、マスターたちが逃げ込んだ森とは反対側に広がる森であった。
 否も応もない。竜の視界に入るように大仰な動きを取りながら、私たちは駆け出した。セイバーオルタの動きも普段よりは鈍っているが、しかしネロ・ブライドの動きが更に鈍重だった。
 この馬鹿、ブレスをまともに喰らったのかしら!?
「何やってるのよ!」
 彼女の手を引っつかんで、私は全力でセイバーオルタの後を追う。
「すまぬ……!」
「やかましい! 引き付けて、逃げ切らないと意味がないんだから!」
 サーヴァントのくせに世話を焼かせる! ひりつくような殺気が背中から叩きつけられ、それはすぐにむせ返るような熱気へと変わる。
 二発目!
「ああもう!」
 ネロ・ブライドの体を勢いよく突き飛ばし、黒竜に向かって向き直った。
 吐き出された轟炎が、再び私の視界を白光に染め上げる。しかし我が身は既に泡沫。竜の炎であろうが夢を焼き焦がせる筈もない。
 視界の端で、ネロ・ブライドもセイバーオルタも姿を隠した事を確認する。ギリギリと霊核が締め上げられる激痛をこらえながら、私は炎の中を駆けぬけ竜の巨体を目指す。スキルの効果が続いている間に、やらねばならない事がある。
 私たちを焼きつくさんと、黒竜はもたげた鎌首を地表近くに引き伸ばしている。今ならば、容易に私の刃もそこへと届く。
 勢いよく大地を蹴り、竜の首を駆け上がる。燃え尽きた筈の獲物が目の前に現れた事に焦ったか、感情の篭らぬ無機質な瞳が僅かに大きく見開かれる。
 本当に、おあつらえ向き!
「くらえっ!」
 抜き放った剣を渾身の力を込めて竜の瞳に叩きこむ! 私の剣は導火線だ。この身の内に燃え盛る憎悪の炎を、無防備な体の内へと流し込む。
 瞳の中の水分が、一瞬にして蒸発して爆ぜた。想像もしていなかっただろう激痛に竜が悲鳴を上げ、のたうつ。弾き飛ばされた私の体が、軽々と空へと舞い上げられた。



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