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 ベッドに据付のデジタル時計からけたたましくアラームが鳴り響く。シーツの中からよろよろと腕を伸ばし、二度三度と指を滑らせながらもそれを止めると、呻き声を上げながら藤丸立香は起き上がった。
 瞼が重い。昨日のクエストは思わぬ敵の量と強さにずいぶんと長引き、結局自分の部屋に戻ってこれたのは日付が変わってからであった。欠伸を噛み殺しながら自分を叩き起こした時計に視線を落す。6時30分。2月1日。そして、西暦2017年。それは人理修復を成し遂げる事が出来た証である、新しい未来の象徴であった。
 時計から己の掌に視線を戻す。数多の戦いを潜り抜けてきたその手は、同年代の少年たちに比べると角ばり、いくつもの傷跡が残されている。何よりも右の手の甲には令呪と呼ばれる非日常の象徴が刻み込まれているのだ。
 だからといって己が特別な存在である、などと彼は考えた事がなかった。考えられる筈もなかった。人理の修復を成し遂げたと言っても、それはあまりにも沢山の犠牲の上に、辛うじて成し遂げられた奇跡の産物なのだから。
 そう、本当に犠牲は大きかったのだ。このカルデアに、もうお人好しのあの青年の姿はない。
 小さく溜息をついた立香は、頬を軽く己の手で叩く。それで、こびりついていた眠気も飛んでいった。
 人理焼却は確かに防ぐ事が出来た。しかし世界は未だに不安定な揺らぎが無数に発生しているという。幸いにも縁を結んだサーヴァントたちの多くは座に帰還する事を選ばず、カルデアへの助力を継続してくれている。契約を結んだマスターとして、彼らの期待に応える努力をしなければ。
 立香がベッドから立ち上がったその時、唐突に部屋のインターホンが鳴り響いた。
「え?」
 管制室からの呼び出しではない。部屋そのものの入り口からの呼び出し音だ。
 マシュだろうか? しかし緊急事態でもない朝一番に、彼女が直接部屋に来る事はなかった気がする。小首を傾げながら、立香は通話ボタンを押した。
『……マスター? もう、起きているだろうか』
「え、アルテラさん?」
 予想外の人物の訪問だった。立香は思わず間の抜けた声を上げてしまう。
 カルデアに召喚されたセイバークラスの中でも随一の力を持つ彼女は、時間神殿の攻略においてもその剣で数多くの危機を切り開いてくれた。立香が命を救われた事など数え切れない。
 「戦闘しか知らない」などと常々口にするのだが、数々の冒険を繰り広げる中、実は感情と好奇心豊かな女性である事を今の立香は良く知っている。とは言え突然朝一番で自分の部屋に来るような真似は今まで一度もなかったのだが。
「ど、どうかしたの?」
『実は……マスターに見てもらいたい、物があって。もし寝ていたのであれば本当にすまない、のだが』
「いやそれは大丈夫だけど。五、五分だけ待ってもらっていいかな?」
『構わない。突然押しかけてしまったのは私の方だから』
「す、すぐに開けるからちょっとだけ待っててね!」
 そう言って立香は一旦通話を落とす。彼女がこんな真似をするのだからよほどの訳があるのだろうが、さすがに寝起き寝巻きのままで部屋の中にお招きするわけにはいかないだろう。
 慌てて寝巻きを脱ぎ捨てた立香は手早く制服に着替えていく。男は本当に着替えが楽で有り難い、などと益体ない事を考えながら寝癖を整え、最低限の身繕いを終えた彼は、再び入り口の扉の前に舞い戻る。
「ごめんね、お待たせ!」
 そう言いながら立香は開閉ボタンを押す。
 はたして入り口の前に立っていたアルテラの姿を目にした彼の思考は、一瞬で凍りついた。
 なるほど、これは予想外の事態だ。
 本当に予想外の事態過ぎて、立香は完全に言葉を失ってしまったのだった。
 丈の短い白のワンピースの衣装。その首元には彼女の振るう剣と同じ三色のタイが留められ、だらしの無い印象は皆無であった。しかしスカート部分の丈はずいぶんと短く、彼女のしなやかに伸びた褐色の太股が惜しげも無く晒されている。普段はベールに覆われている銀糸のような髪は結い上げられ、やはり純白の帽子が載せられている。
 カルデアに来る前の立香は、何度か同じような衣装の女性を目にした事があった。あったが、なぜアルテラがそれと同じ格好をして目の前にいるのだろうか。
「…………ナースさん?」
 自分でも相当に間の抜けた声で呟いている気がする。口にした後にそんな事を思って思わず顔を覆いたくなった立香だったが、それを聞いたアルテラはずいぶんと不思議そうな顔で小首を傾げる。
「ナース? 私は、アルテラだぞ。マスター」
「ああ、いや。そうじゃなくてね。それは外の世界で病院で働く女性スタッフが良く身に付けている格好なんだ」
 実際こんなに丈の短いスカートでは無いし、そもそもこんなに美しい看護士など立香は目にした事は無いわけだが。
「なるほど……ナースというのか」
 手を広げ、己の体を眺め回しながら呟くアルテラは心なしか声が弾んでいるように聞こえた。彼女は顔を上げ、背筋を伸ばして改めて立香に向かい合う。



挿絵:ちはるさん 

 
 
「どう……だろうか?」
 どうって何がでしょうか!? などと呟くほどには立香も察しが悪いわけではなかった。聞かれている事は良く分かるし、その答えも決まっている。
「うん、似合っているよ。普段の格好とは違いすぎて驚いたけど、その格好のアルテラさんもとても似合ってる」
 偽らざる本音であった。普段の衣装もそうであったが、褐色の美獣の如き均整の取れたアルテラに、白い服は非常によく映えるのだ。隠されている部分は普段より遥かに多いのに、初めて見たというその事実が殊更に彼女を輝かせてみせる。
「そうか。そうか……! 似合っている、そう言ってくれるのか、マスター」
 そして立香の言葉を聞いたアルテラの表情が、一瞬で綻ぶ。
 初めて敵として出会った時、そしてカルデアに召喚したばかりの時。アルテラは表情に乏しいという勘違いをしていた。しかし今の立香は、彼女が普通の少女のように感受性が豊かで好奇心旺盛なのだという事を良く分かっている。
 しかしそれはそれとして、解決しておかなければならない事があるのだ。
「ところでアルテラさん。その服装は一体どこから手に入れたの?」
 このカルデアに数多住まうサーヴァントのマスターである立香にとって、避けては通れない根源的な疑問であった。
 そもそもサーヴァントが身に纏っている衣装は、実体化にあたって己の魔力から組み上げられる代物であり、例え汚れても再構成すればすぐに元の清潔さを取り戻す便利極まる代物だ。ゆえにどの英霊もほぼいつも同じ格好をしているものであるし、立香もそれが自然だという認識であった。メイヴや鈴鹿御前あたりは己の趣味としてあの手この手で現代社会のファッションを手に入れ楽しむ事に余念が無いが、彼女たちはあくまでレアケースである。
 アルテラが「人間らしい行為」にアンテナを伸ばし始めているのは間違い無いのだが、まだファッション界隈には手を出していないと思っていたのだが。
「今朝目を覚ましたら、枕元に並べられていたのだ」
「どうして疑いなく着てしまうかなそういうの!?」
 思わず立香は声を上げてしまう。
 誰だ。誰が犯人なのだ。疑いようもなくカルデア内の頂点の一人であるアルテラの寝室に忍びこんで、そういう悪戯を成し遂げられる蛮勇と実力の持ち主など限られている筈だ。ダ・ヴィンチちゃんか。はたまた黒幕が他にいて隠業に長けたハサンの誰かに命じて運び込ませたのか。だとしても理由がさっぱり見当がつかない。
「マスター?」
「あ、ああ。ごめん。でもアルテラさんも躊躇いなくそういうのを着てしまうのは……」
 怪訝そうに顔を覗きこんできたアルテラに向かって、立香は取り繕うように微笑む。しかしそれを見たアルテラの表情が僅かに曇る。
「もしかして、本当は似合ってないのだろうか? マスターは、私がこういう格好をするのは嫌、なのだろうか?」
「いやいやいやいや、違う、そうじゃない! 似合ってる! アルテラさんのそういう格好が見られて俺は嬉しいよ!」
「本当、に?」
「もちろん! 嘘なんかつくわけがな……」
 言い掛けた立香の視界が唐突に真っ暗に染まった。滑らかで厚みのある生地と、その下の慎ましいふくらみの柔らかさが顔に伝わってきて、自分が今アルテラの胸に抱き締められているのだと気がついた。
「え、ちょ、アルテラさ……!?」
「嬉しいぞ、マスター。そう言ってもらえるのが、私もとても嬉しい」
「こ、光栄ですがー!?」
 朝っぱらから自分の部屋の入り口でアルテラに抱きしめられていると言うのは公序的な意味で憚られる状況ではなかろうか。しかしいかなる技を用いられているのか、アルテラの腕は強くはなくてもしっかりと立香の頭を押さえ込み、決して逃してはくれない。
「普通の女の子というものは、衣装を変えるのが嗜みだと聞いたのだ。私も……同じ事をしてみたいと思った。だからマスターに褒められて、本当に私は嬉しいんだ」
 こちらも嬉しいですが、ですがとりあえず腕を離して欲しい。
 そんな立香の心の声は、当然届く様子も無い。
 と言うか、起きてからずいぶんと時間が経ってしまった気がするのだが。
「あれ、先輩もう起きていらっしゃったんで……」
 不安が具現化したかのように、聞き覚えのありすぎる声が立香の耳に飛び込んできてしまった。
「せ、先輩!? アルテラさん!? 何してるんですかー!?」
 どちらかと言うと、こっちが教えてほしい。アルテラの胸元に顔を埋めたまま、立香の口から深い溜息が漏れ落ちたのだった。

















「第一回ケルト会議の時間だ!」
 澄んだ張りのある声が部屋の中に響き渡る。続けて指し棒でホワイトボードを叩く乾いた音。
 音の主は戦闘の時と変わらぬ紫暗のボディスーツに身を包んだスカサハだった。ホワイトボードには何枚かの写真がマグネットで留められている。写っているのは全てアルテラであった。それも全てマスターである立香と一緒に写った物だ。
 部屋の人口密度は高かった。サーヴァントに与えられた居住スペースはマスターの物と変わらない。一人で過ごす分には十分な広さを備えているのだが、残念ながら今は六人も詰まっている。
 苦虫を噛み潰したような顔でクー・フーリンがベッドの端、スカサハに向かい合うように腰を下ろしている。若かりし姿で召喚されたクー・フーリンが、キャスターとして召喚された彼と部屋の片隅でチェスに興じている。反対側の隅では、歪められた可能性(オルタナティブ)として召喚されたクー・フーリンが甲殻類を思わせる禍々しい鎧を身に纏ったまま腕組みをし、目を閉じて居眠りを決め込んでいた。
 カルデアにサーヴァントとして召喚されているクー・フーリンが全て一つの部屋に集まっている。戦場でもそう目にする事は無い壮観な光景であった。ただし受け容れるにはこの部屋ではあまりにも手狭であったのだが。
 やはり会議室でも借りれば良かっただろうか。そんな事がスカサハの頭の中を掠めたが、それはないなとすぐに思い直す。そもそも今回の会議は秘匿性が高くてしかるべき代物だ。手綱をとれる面々で行いたい。その点でも弟子であるクー・フーリンの部屋はおあつらえ向きだ。狭いくらいは我慢せねば。
 それにしても。スカサハはクー・フーリンの隣に視線を向ける。
 純白の毛皮のコートに身を包んだ、艶と気品に溢れた長い赤髪の女が当たり前のように腰を下ろしている。
 コノートの女王、メイヴ。
 クー・フーリンに執着し彼の命を奪うきっかけを作った酷薄なる女傑である。スカサハにとっては彼がらみの事で何かと絡まれ面倒な相手ではあるのだが、それ以上にメイヴの方が蛇蝎のごとく嫌っている筈だった。しかし何故か今、彼女は楽しくてたまらないと言わんばかりの表情でスカサハの向かい合いに座っている。
 苦虫を噛み潰す、とは今時分が浮かべている表情だろうか。溜息をつきながらスカサハは言った。
「……何故居る貴様」
「馬鹿ね、大嫌いなアンタが頭悩ませてる姿が至近距離で見れるだなんて、こんなイベント見逃す筈ないでしょう?」
 胸を張ってそう言うメイヴの姿が、今日のスカサハには殊の外憎たらしく感じられてしまう。あまり調子が良いとは言えないようだ。
「大体あんた一人でクーちゃん独り占めして悪巧みだなんて、ずるいにも程があるわよ」
「巻き込むな。俺は帰る。帰らせろ師匠」
「異な事を。ここはお前の部屋であろうが?」
「分かってるならなんで俺の部屋を占領してるんだよ! 大体他の俺とかまで連れて来る必要あるのか? あ?」
 立ち上がったクー・フーリンの目の前に、スカサハは指し棒を突きつけた。魔槍もこれも長物だ。操る事など造作もない。生意気な愛弟子の顔面ごと部屋の壁を貫く事も可能だろう。
「言ってるだろう、ケルト会議だと。アルスターの光の御子などとおだてられたお前が出ずに誰が出る気だ、セタンタよ?」
「そんなこそばゆい呼び名を自分でした記憶はねぇぞ!? だったら何でフェルグスの叔父貴がいねぇんだよ! いやこの上叔父貴までこの部屋に来られてもどうしようもねぇが、その括りでいないのはおかしいだろ!」
「無論首に縄つけて引っ張ってくるつもりだったがな、何故かあの男トンと朝から姿を見せぬ。勘の良い男よな」
 いつもは呼ばなくても声を掛けてくるか、人通りの多い通路で女性サーヴァントやスタッフに対して己の肉体美を誇示して回っている女好きが、今日に限っては気配も捕らえられず終いである。
「全く。困難には進んで立ち向かうのがケルトの流儀であろうにな」
「師匠! 何なら俺たちで探し出して連れて来てやろうか?」
 若かりしクー・フーリンがチェス盤から顔を上げて言うのが聞こえてきた。スカサハは冷たい視線で彼とキャスターのクー・フーリンを睨みつける。
「魂胆は分かっておるぞ。そのまま姿を消す気であろうが」
「止めるなよ。別にいたってこいつら何もする気ねぇの見え見えじゃねぇか」
「そのような姑息な真似で会議から逃げようと言うのが気に食わぬ!」
「私知ってるわよ。これってブラック企業の経営者の論理って奴でしょ? 前にシアタールームで見たマスターの国のドラマで出てきたわよ」
「喧しいわ、メイヴ」
 ブラック企業と言う言葉が良く分からないが、メイヴが使っている以上褒め言葉でない事だけは明白だ。苛立ちを抑えきれず、スカサハは手にした指し棒でホワイトボードを何度か叩いた。



挿絵:ちはるさん



「とにかくだ。このアルテラめが目下の問題なわけだが」
 ホワイトボードにはナース姿のアルテラが立香の腕を抱き締め身を寄せている写真がが張り出されている。提供者はゲオルギウスである。引き換えに何枚か彼の望むポーズや背景で写真を撮られる事になったが、物事には対価がつき物なのだから仕方がない
「勇士は私も好む所であるし、歯ごたえと言う面ではこのカルデアでも一等筋金入っておる。私とそれなりに本気でやり合って生きていると言うだけでも大した物だ」
「へぇへぇ。さしあたってアンタを殺してやれない俺のふがいなさよ。で? 問題解決するためにも、またアルテラの奴と殺しあう場でも整えよ! とかいうつもりかよ?」
 口元を引き締め、クー・フーリンがスカサハを睨み返してくる。
「言ってるだろ。今はそれどころじゃねぇだろって」
「早とちりするでないわ。ひりつく殺し合いはいつでも求める所だが、今の私が求めているのはそちらでは無い」
 スカサハは再び指し棒を突きつける、しかしその相手はアルテラではない。写真の中で困惑の表情を浮かべている藤丸立香であった。
「へ?」
 クー・フーリンは思わず目を丸くしてそれを見つめる。再びチェスに興じていた二人も驚いた顔でスカサハに向き直った。オルタは未だに我関せずとばかりに寝息を立てている。メイヴだけが楽しそうな顔でその光景を見やっていた。
 五者五様の顔を浮かべる参加者たちが面白くもあったが、これこそが今日の会議の本題である。スカサハとしてはあまり話が脱線したままでは困るのだった。
「……本気で坊主目当て?」
「何を驚く? あの小僧はお前たちでも私でも成し遂げられないだろう偉業を成し遂げたのだぞ。目を掛けるには十分だろう?」
 ようやく口を開いたクー・フーリンに向かって、スカサハは小さく肩を竦める。木石でもなければ夢見がちな乙女でもない。気にいった男がいれば積極的に手を伸ばしていくのが彼女の流儀である。
 そして藤丸立香は、手を伸ばすのに値する男であった。少しばかり歳が若くはあるが、定命の人間の年齢を死ねない自分が気にしてもしょうがない。
 とはいえ、そう考えるのが自分だけではないのが事をややこしくしている。スカサハは小さく溜息をついた。
 特に積極的に彼に絡んでいる女性サーヴァントは清姫だったが、彼女だけであればどうと言う問題ではなかった。しかしまさか匈奴の女王までご執心とは。美姫や妖艶なる女王に思いを寄せられるのが勇士の宿命とは言え、面倒な事この上ない。
「やはり頃合を見て影の国へ連れていくべきか……」
「やめろ、それだけは。本気で」
 温めている最終手段が口をついて出てしまったらしい。本気で眉を吊り上げて怒りを向けているクー・フーリンに気づいて、スカサハは小さく頭を振った。
「冗談だ。ともかくニホン人とやらの習性なのかも知れんが、とにもかくにもあの小僧めは奥ゆかしいにも程がある。私が誘っても尻込みするばかりとか、フェルグスの奴の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいものだが」
「そりゃ無理ってものでしょ。だってあの子見るからに身も心も童貞じゃない」
 思わぬ方向から掛けられた声に、スカサハはそちらに向き直る。メイヴが底意地の悪い笑みを浮かべているのはいつもの事だったが、真面目に会議に首を突っ込んでくるとは思っていなかった。
 それにしても、理解の出来ない事を口にするものだ。
「何故だ? 女を知らない若人は我先に知る機会を求めてまわるものではないのか?」
「これだもの。アンタ本当に男の子の事分かってないわ」
 立ち上がったメイヴがつかつかとスカサハの前に歩み寄ってくる。
 何の前触れもなかった。無造作に手を伸ばしてきた彼女は、スカサハの豊満な乳房を無造作に鷲掴んできた。
「は?」
 呆然としてしまったスカサハだったが、間の抜けた声を上げたクー・フーリンの声で、己が何をされているのかようやく理解する。みるみるとその形良い眉が吊り上っていく。
「……メイヴ。貴様一体何の真似だ?」
「まあ全体的なバランスは私の方が上だけど? 腹立たしいけど男が放っておかない体をしてるわよねアンタも。しかもこんな体の線出しまくりのボディスーツなんか着てればさぞかしマスターの目に毒な事この上ないだろうけど」
 払いのけようとしたスカサハの手を滑らかに交わして身を翻したメイヴが、指先でこんこんとホワイトボードに張られた立香の写真を叩く。
「ありていに言って、私みたいなイイ女に迫られて受け止められるような甲斐性してないって事よ、マスターは。まあアンタも一応イイ女カテゴリではあるわけだから、同じ事よねぇ」
「……儂の乳を揉みしだいた理由はなんじゃ?」
「そんなのアンタが嫌な顔するからに決まってるでしょう?」
 怒りのあまり肩を震わせ口調まで変わっているスカサハに対しても、メイヴの態度は一切変わりない。その不遜さには生前から何一つ変わりない。美徳かどうかは怪しいが、メイヴをメイヴたらしめている核のようなものだ。





 明けて翌日。
 スカサハが食堂に足を踏み入れた瞬間、周囲の人間や英霊たちがざわつき動揺が広がっていく。予想通りの反応に、スカサハの胸の中を小さな高揚感が湧き上がり広がっていく。
 最初は何を考えているのだあの子娘と思っていたが、なかなかどうして。
 メイヴの用意した「土俵」は今の所悪くはなさそうであった。しかしそれも、当の相手に突き刺さらなくては意味がない。
 スカサハは食堂の中を見渡す。果たして目的の相手は片隅のテーブルについて朝食を取っていた。おあつらえ向きにもう一人も隣に座っている。不必要に椅子を寄せているように見えるがまあ、これから巻き返せばいいだけの話なのだ。
「おはよう、マスター」
 背中から声を掛けるとマスターが体を震わせ、ゆっくりと振り返る。
「あ、おはようございますスカサハさ……」
 言い掛けた立香の声が止まり、目を丸くしたまま呆然とスカサハの姿を眺めていた。
「おや、どうした? 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしおって」
 豆鉄砲を叩きつけた側が何を白々しい。そんな意地の悪い事を考えながら、スカサハは腰に手を当て背中を屈め、じっと立香の顔を覗きこむ。
「どれ、ずいぶんと顔が赤いではないか。体調が悪いのではないか?」
「いや! その! そんな事はないです大丈夫ですけどでもスカサハさんその格こ……」
「うむ? 私がどうかしたか? 何も普段とは変わりあるまいが?」
「絶対そんな事ないですよね!? 分かって言ってますよね!?」
「困ったな。やはり体調が悪いのではないかマスターよ。声がよく聞こえぬ。どれ、仕方がないから私の方がもう少し側によってやろう……」
 そう言って立香の隣の椅子に座ろうとしたスカサハだったが、その間に白い影が滑りこんでくる。
「……何の真似だ、アルテラよ」
「それは私の台詞だ、スカサハよ。マスターと大事な話をしている最中に突然割り込んできて。しかもその格好は何なのだ。貴様何を考えている」
 不機嫌さを隠す素振りもなく、アルテラがスカサハの前に立ちはだかる。その格好は昨日の写真の中と同じくナース姿であった。
 お前が言うなと反射的に口にし掛けたが、逆にその格好である事に安堵する。出なければ自分が今この格好を選んだ意味も失われる。
 そう、スカサハの今の服装は普段のボディスーツではなかった。色は変わらぬ紫暗であったが、綺麗に測り誂えたレディスのビジネススーツに膝上の丈のタイトスカートである。薄手のストッキングからは太股の肌色がうっすらと透け、隠しようもなく豊満な胸元が少し窮屈そうにスーツを押し上げている。そして、影の国の女王としてもサーヴァントとしても初めてスカサハが装着しているのが、アンダーリムの眼鏡であった。人間の視力矯正用の器具だと言う知識はあったが、無論自分が使う事があるなどとは思っていなかった。しかし「これは外せないでしょ!」というメイヴの強い押しの結果嵌めている次第であった。
 昨日のケルト会議の後、着せ替え人形のようにメイヴが調達して来た服を着せ替えさせられていた時の事をスカサハは思い出す。

「師匠って事は教師みたいな物なのだから形から入りなさいよ」
「また動きづらいにも程がある服だな、これは」
「マスターちゃんの時代の男には割と鉄板で刺さる衣装の筈よ。向こうもナースで来ているんだから」
「ふむ、セタンタよ。お前の目からはどう思う?」
「……メイヴが面白がって生徒の方の制服を持ち出してきたら全力で止めようとは思った」

 ――そんな益体もない会話を繰り広げながら押し付けられた衣装であったが、殊の外効果は絶大であったようだ。満足げにスカサハは立香の顔を見つめる。
「ところでどうだ、マスターよ。私のこの格好は似合っているか?」
「そ、それはもう……でも、どうして?」
「いや何、目の前で私を睨みつけているこの娘に倣ってな。私も少しは女らしい真似と言うのをしてみたくなった。という訳でアルテラよ」
「……何だ、スカサハ」
「先ほどダ・ヴィンチの所で確認して来たのだが、今日のクエストの敵はアーチャーがメインらしくてな」
 そう言って、スカサハは素早く彼女の横をすり抜け、立香の隣の椅子に座る。
「さあ、クエスト前のミーティングといこうではないか、マスターよ」
「え? いやそんな事ダ・ヴィンチちゃん言って……」
「なあ、マスター」
 立香の左腕を取り、自分の右腕を絡めてスカサハはそっと彼の体を引き寄せる。
「最近はずいぶんとアルテラ一人にかまけているのだろう?」
「そんな。かまけるって、そんな事は」
「気づいておるか? ずいぶんと背中に熱い視線を注がれている事に」
 スカサハは首を傾け自分たちの背後を見やる。言葉通りに殺意すら篭った嫉妬を飛ばしてきている女性サーヴァントが幾人も食堂の中に見受けられる。その筆頭は今にも口から火を吹き出しそうであったが。
「このような危険な場所に、お主を一人で放り出すなどとてもとても。ここは私に甘えておいた方が良かろう?」
「余計なお世話だ。マスターを守るのであれば私がいればいい」
「む?」
 スカサハの腕から立香の体がすり抜ける。反対側に座っているアルテラの腕の中へ、彼の体が吸い込まれていく。
「……ずいぶんと強欲さを隠さなくなったものよな、匈奴の女王めが」
「隠すも何もない。人間はしたい事をしても良いのだと教えられた。それでなくてもお前にマスターを預ける事など出来る筈もない……ってああっ!?」
 再び立香の体が、スカサハの腕の中へ。
「まあ、何と言われようと今日は譲る気などないが」
「そもそもお前は最初から何一つ譲る気などないのであろうが!」
「おや、よく知っておるな」
「ぬけぬけと!」
「いやその……僕の意思とかそう言うのは一体……」
 右へ左へと行きつ戻りつする立香が何か言っている気がするが、さしあたってスカサハは聞こえない振りをしておく事に決めた。
 何せこの後に控えているだろうアルテラとの戦いはさぞや熾烈を極めるのが容易に想像できるのだから。







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この続きは会場にて! よろしくお願いいたします!


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