■ メルトリリスはかく踊り サンプル ■






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 サーヴァントにはマスターと言う存在が切っても切り離せない。例え私が複数の神霊を霊核に宿した、ただのサーヴァントの枠に収まらない存在であったとしても、その理から逃れる事は出来ない。
 だからといってマスターであれば誰でもいいかなどと言えば、そんな事などあるわけがない。私を使役するのであれば、それに相応しい格という物があってしかるべきではないかしら。
「もう今更ではあるけれど。本当にマスターらしさの欠片もないわね、アナタ」
 意地悪く口元を歪めて、囁いてやる。マスターの顔は近い。当然だ。私が腰を下ろしているのは、ベッドに腰掛けた彼の太股の上。少し顔をよじって上に向ければ、耳の先まで真っ赤になった、幼さの抜け切らない少年の顔が見て取れる。
 はてさて、私ははしたない真似をしているのかしら。しかし、この部屋の中にあるのは適当な機能追及だけを求められて組み上げられたベッドにワンセットのテーブルとチェア、申し訳程度の観葉植物にサイズだけはそこそこのモニター程度。人類史とやらを守るべく駆けずり回っているマスターの部屋としては見合わない事この上ない。当然、あんな粗末な椅子に腰を下ろすなんて真似は私の矜持が許しはしない。
 妥協点。そう、言うなれば妥協に次ぐ妥協を重ねた結果、こうしてマスターの太股に腰を落ち着かせる事になっただけ。彼がどう思っているのかなどは知った事ではない。私がある程度満足しているのだから、それでいいじゃない。
「いいのよ? こんな真似をするな。サーヴァントとしての分を弁えろ。マスターとして言いたくなる事の一つや二つや三つや四つ、あるんでしょう?」
「……言ったからって聞いてくれるつもりもないんだろう、メルトは」
 不機嫌そうに呟くその言葉よりも雄弁に、早鐘を打つ心臓の音が、彼の思いを伝えてきてくれる。
「ええ、もちろん。本心を取り繕った言い訳なんて空虚なもので、私が止まる筈がないじゃない」
 モニターの向こうでスワンレイクを舞う、プリマドンナのように。
 カルデアと呼ばれているこの施設は、場所柄息苦しいことこの上なかったが、こと映像素材に関してはずいぶんと恵まれている。マスターはもちろんスタッフや他のサーヴァントたちに宛がわれた個室のモニターから、膨大な量をストックされている様々なエンターテインメント映像を見る事が出来る。
 人間たちが愚かで鬱陶しい存在だという認識は今でも変わる事はないけれど、そんな彼らが生み出し積み重ねた文化と言うものは目が眩みそうなほどに眩い。
 何年か前に、権威のある映画賞をとった映画なのだという。賞の名前とかそんな物に興味はないけれど、主役を演じる女優の演技には執念にも似たものが感じられて素晴らしいわ。
 彼女は本職のバレリーナではない。あくまでそれを演じる女優だ。世界に名を残した偉大なプリマたちと比べるべくもない。しかし彼女が演じるヒロインは、その座を、栄光を掴もうともがき苦しみ己の闇に押しつぶされそうになる未熟な人間なのだから、それで構わない。
 届かないという恐怖を押し殺しながら、己の心と体が傷つく事もいとわず、頂を目指し続ける。その行為に価値があるのだから。それを己の演技で観客に叩きつけてくる、この映画はだから評価されたのだろう。
 もっとも。共に見ているマスターには別の感想があるみたいだけれど。
「ダメじゃない、マスター」
 こみ上げてくる笑い声を抑える事が出来ない。本当に我が事ながら性格が悪い。だけど、そうさせるマスターが悪いのだ。
「私の体は完璧で、髪の毛一本にも価値があるのは確かだけど。そんなに顔を埋めていたら映画が見られないでしょう?」
「いや、でも……メルト、これは……」
 モニターの中では、ヒロインがライバルのバレリーナにベッドの上に押し倒されている。それが現実の事なのか、飲まされた酒とドラッグの効果が見せる幻覚なのか。母親に抑圧され続けた性衝動が形を変えた願望なのか。彼女自身にも判別が付いていない。だけどマスターにとっては、美しい女性二人が織り成す濃厚なラブシーンにしか見えていない事だろう。
「気まずい。居心地が悪い。逃げ出したい。メルトリリスは間違えてこの映画を選んだのか……なんて事辺りを考えている?」
「え、いや。その。そういうわけじゃ……」
「数え切れないくらい見ているわよ? この映画。私がカルデアに召喚されてから。内容なんかいくらでも、ソラで説明してあげられる」
「だったら……わっ!?」
 背中に力を掛けて、寄りかかっていたマスターの体を押し倒す。困惑の声を上げるマスターのお腹の上に、そのまま跨って動きを封じてしまう。もちろんジゼルで傷をつけないように、細心の注意を支払いながら。
「だって、私が見たかったのはその顔なのよ、リツカ」
 マスターの名前を呼ぶ。リツカ。不思議な響きのその名前を唇に載せるのは心地良い。倒れ込むように胸の上に圧し掛かって、息が掛かる距離まで顔を寄せる。火が出そうな程に熱く、赤くなっている彼の顔をじっくりと眺めていると、衝動が抑え切れずに私の心を突き上げてくる。
「快楽のアルターエゴにベッドの上でこうして動きを封じられてしまえば、もうこの先どうなるかなんて、よく分かるわよね? リツカ」
 余計な言い訳や逃げ口上など言わせてやるものか。そのまま私は強引に、リツカに唇を重ねていく。
 温かい。魔力で編まれた仮初のこの体であっても、リツカの体の温もりが余すところなく染み込んで来るのを感じる。舌先を進めて唇の隙間から滑りこませていくと、おっかなびっくりという感じで彼の舌も応えてくれる。ぴちゃぴちゃと互いの舌が絡み合い立てる水音が、耳からも私を犯し急き立ててくる。
「ダメ、だ。メルト、こんな事、されたら……」
「歯止めが気かなくなる? 止まれなくなる?」
「はうっ!」
 ひっくり返り、少女のような声を上げるリツカ。私が腰を滑らせて、彼の下腹の辺りをなぞり上げたからだ。そこは既に鉄の棒のように固く張り詰め、ズボンの生地を押し上げている。健康な少年である証明をその一点で強硬に主張してきていて、私の内からも悦びが熱となり全身に染み渡っていく。
 私の毒でドロドロに溶かして、一滴残らず吸い上げてしまいたい。そんな凶暴な欲望を今だけは奥底に沈めておいて、ただひたすらに彼の唇を貪りながら、ソコに私の股間をすり寄せ、そそり立たせていく。
「自分で脱いでちょうだい、リツカ。私の手では、乱暴に引き裂く事しか出来ないから」
「本気、なのか。メルト……メルトリリス」
 キスを止めて唇を離して、再び彼の顔をじっくりと見下ろす。先ほどまでとは違って、明らかに彼の目にも欲情の熱が点っている。
 ここまで来れば、もう彼の方から獣になって襲いかかってきても良さそうなのに、どこまでも私を気遣おうとする、鈍感でお人よしの少年だわ。
 だからこそ。だからこそ私は彼に恋をした。
 唇を舐めまわし、彼の唾液の味を噛み締めながら、微笑む。
「もちろんよ。私を隅々まで味わい尽くしてちょうだい。愛しいアルブレヒト――」













 フジマルリツカを見ていると、私は苛立ちを抑える事が出来ない。
 今日も彼の周りには、幾人ものサーヴァントたちが寄り集まり、益体のないやりとりを繰り広げている。清姫に静謐のハサンあたりは視線に篭った光の質が違っているが、それは関係のない事だ。
 被害を蒙るのは彼であり、私にとばっちりがこなければどうでもいい。
「……と言える程度に割り切れれば良かったんでしょうけど」
 我知らず、溜息が漏れる。みっともない。手にしたタンブラーを口元に運んだ。程よい酸味が口の中に広がり、少しだけ気持ちが落ち着いていく。
 目覚めは大変に悪かった。夢を見た気がするのだけれど、その内容を覚えていない。人間と違って睡眠が必須と言う訳ではないのだけれど、必要がなければ起きている理由もないわけで。
 まあ、カルデアと言う場所はずいぶん映像施設が充実しているお陰で往々にして夜更かしをしてしまうものなのだけど。人間だったら翌日の仕事に差し障りがありそうな生活習慣よね、本当。
 習慣と言えば、サーヴァントの面々は生前の習慣からよく食事を口にする。アルターエゴとして月の裏側で暴れていた頃の私やリップは、そもそも食事という概念が存在していなかった。私にとって栄養とは獲物から吸い上げたデータであり、その存在自体を溶かしきり、吸い上げる時に絶頂にも似た満足感に満たされる。
 私は中身が半分ほど残っているタンブラーを軽く振る。鮮やかな黄色の液体が波打つ。己が欲望がまま全てを飲み込む筈の私が、今ではこの食堂で作られたオレンジジュースときたものだ。牙の抜けた行いである事甚だしいけれど、今ここに召喚されている私は、それを是として受け止めているわけで。
 とはいえ、だ。
 再び視線をそちらに向けると、私の口から重い溜息が滑り落ちる。
 目の前で不快な光景が繰り広げられていれば、凪いだ湖面のような心のままではいられない。
 静謐のハサンが立香の右腕を取り、しなだれかかっている。清姫はその反対側だ。源頼光は食堂に姿を見せていない。ライダーとして現界している坂田金時も居合わせていない所を見ると、どこか別の場所で必死で押し止めているのかもしれない。
 リツカは困り果てたような、しかし決して迷惑ではなさそうな表情で二人になされるがまま。マシュ・キリエライトは慌てふためきながらそんな二人から彼を取り戻そうとしている。無駄な努力をと思う反面、そのまっすぐな行動はほんの少し目の毒だった。
 不意に、リツカと目が合ってしまう。
 失敗した。別にこちらに気づかせる必要はなかったのに。かと言って私の方から視線を反らすというのも何か腹立たしい。
 だというのに彼は急に顔を赤らめると、思い切り顔を俯けて、私の視線から逃げ出した。
 何、それ。
 思わず奥歯を噛み締め、耳障りな音を立ててしまう。めり込むほどの勢いでタンブラーをテーブルに置いて、私は椅子から立ち上がった。ずいぶん大きな音を立ててしまったが、手足の感覚が他の面々より鈍い私にとっては仕方のない事だ。
 そのままくるりとトゥターンを決めて、大股で食堂を後にする。何やら背後から声が聞こえたような気がするけれど、私にはもう関係のない事だ。
 微小特異点の修復をするにしろ、シミュレーターでの訓練にしろ、お呼びが掛からなければ出る幕もない。不愉快な物を見続けているくらいなら、自室のベッドの上で転がっている方が健全ではないかしら。
 もしくはコルキスの魔女の工房に、作品を見せて貰いにいくのもいい。後は、
「黒髭……エドワード・ティーチも一角のコレクション持ちらしいのよねぇ……」
 悩ましい。いつぞや彼がマスターに見せつけていた美少女フィギュアのコレクションは、確かに素晴らしいものだった。他にもあるのならば見てみたい。だけど彼の部屋に私一人でいくなんてのは、どう考えても鴨が葱背負って飛び込みにいくような愚考ではないかしら。
 戦闘能力的な意味ではなく、精神的な意味で。
「……行くのなら、リツカを無理やり引きずっていくべきよね」
 思わず口をついて出た、その言葉に気づいて頭を抱えたくなる。他に誰でも良いじゃない。どうしてここでよりによって彼の名前が口に出るのよ。
 情けなさに力が抜けて、私はそのまま通路の壁にもたれかかった。
 幸いにもと言うべきか、人間や他のサーヴァントが通ってくる気配はない。食堂の方から喧騒が聞こえてくる。あの後騒ぎが大きくなって、皆そちらに掛かり切りなのだろう。
 マスターとしては物足りない男だ。魔術王の亡骸から生まれた人類悪に打ち克ったというけれど、魔術師としては平凡の域にも達していないし、一人の人間としてみればどこにでもいそうなただの少年だ。様々な偶然や運命の悪意がなければ、私たちのいる世界とは生涯関わりあう事もなく平凡な一生を過ごしたに違いない。
 そんな人間にこの私が、サーヴァントとして付き従うだなんて!
 召喚に応じよう、などと思ったその気まぐれの理由がなんだったのか、今となっては自分にも分からない。
 ただ、一つ見所を上げるのなら。彼は己の力不足を正しく認識していて、それを言い訳にはしない事だろうか。
 そしてそういう性格であるからこそ、カルデアに数多いるサーヴァントたちが彼に力を貸す気になっているのかも知れない。
 食堂での光景のように、それ以上の執着を見せている女性サーヴァントたちもいるわけだが。
「――ああ、もう!」
 思考が堂々巡りになっていやしないかしら。私は一体何を求めているのかしら。
「おやおやー? 随分とご機嫌斜めじゃないですか?」
「げ」
 背後から突然掛けられた声に、私は露骨に顔をしかめた。全く気配が感じられなかったけれど、この女の神出鬼没ぶりは筋金入りで今更だ。
 はたして振り返れば、そこには、私と大変よく似た顔をした女が軽薄な笑顔を浮かべている。これ見よがしに無駄に育った胸を突き出しながら黒いスーツとスカートに身を包み、頭には私と色の違うリボンで髪を彩っている。
「何の用よ、BB」
 嫌悪感を欠片も隠さず名前を呼んでやっても、この女には暖簾に腕押しだ。自分が嫌われている事を理解した上で、ずかずかとこちらの庭に踏み込んでくる。
 本当に、嫌な女。
「べぇつにぃ? BBちゃんは人間どもの日常とかには興味とかありませんが、自分の分身さんが絵に画いたような不機嫌フェイスで寂しくトボトボ歩いてたら、俄然気になるじゃないですか。どうしたんです? ケンカですか? センパイと痴話ケンカでもしちゃいました?」
 ――訂正するわ。最悪の女だった。
「してないわよ! 何よ痴話ゲンカって!」
「ああ、そうでしたね。他のサーヴァントたちとイチャイチャしてるセンパイを不機嫌そうに遠くから見つめて、そのまま尻尾丸めて逃走でしたっけ! やー、BBちゃん勘違いでした! メルトちゃんてばケンカも出来てませんでしたね!」
「……よし、殺すわ」
 この女が今目の前に立っていること自体が、私にとっての災厄だ。人間たちなどどうでもいいと言う事は完全に同意だけど、この性悪電脳魔を野放しにしておくのはこの世のためになるわけないじゃない。
「え? 本気で怒ってます? BBちゃんなりのスキンシップのつもりなのにメルトちゃんには通じてくれない? そんなのお姉さん悲しすぎて涙出そうで――」
 べらべらと回るその口目掛けて、足を振り上げジゼルを叩きこむ!
「すばしっこいわね!」
 手ごたえ無し。間一髪、身を翻してBBの奴に逃げられる。
「ちょっと! 今本気でしたね!? メルトちゃん今本気で蹴ってきましたよね!? 何考えてるんですかー!」
 ほんの一瞬で10メートルは飛び退ったBBが、顔を真っ赤にしてがなりたててくる。
「何から何までアンタが悪いんでしょうが!」
「こんなのいつもと変わらない挨拶じゃないですか! 今日はどんだけ機嫌悪いんですか!」
「ええ、ええ! 本当に今の気分最悪なのよ! わかったら黙ってつっ立ってなさいな! ブチ抜いてあげる!」
「お断りです〜♪」
 口調だけは軽いくせに、冷静に私の間合いから外れた位置に移動しているBBが本当に腹立たしい。どっと疲れがこみ上げてきて、肩から力が抜けた。
「あれ? 止めちゃうんですかぁ?」
「初太刀で殺せなかった私の未熟よ。とっととどこかに消えてくれないかしら」
「いえいえ、何言ってるんですか。そうしたら私なんのためにメルトちゃんの前に現れたのか分からないですよ」
「知ったこっちゃないんだけど、そんなの」
 心の底からそう思ってるんだけど、もちろんそんな事でこの女が引き下がるわけもない。つかつかと歩み寄ってくるBBは軽薄極まりない笑顔を浮かべながら口を開いてくる。
「いやー、BBちゃん驚きです! いえよくよく考えるとそれで正しい気もするのですが、でもでも今の貴女がまさかまさか!」
「……何が言いたいのよ」
 要領を得ない事この上ないんだけど。しかしこの女は構う様子もなく親指を立ててのたまってきた。
「サクバンハオタノシミデシタネ!」
「……は?」
 ちょっと、本当にこの女が何を言っているのか分からないんだけど。誰か翻訳して貰えないかしら。
「まあまあ。照れる気持ちは分かりますけど隠さなくてもいいじゃないですか!」
「いや、本当にアンタが何を言いたいのか私にはさっぱり……」
「センパイに夜這いを掛けただなんて、やりますねぇ!」
 ――夜這い、ですって?
「……私が?」
「メルトちゃんが」
「…………リツカに?」
「センパイに♪」
 綺麗に悪戯が決まった童女のような、心底腹の立つ笑顔で言うBBの言葉を私はよくよく噛み締め、理解して、そして。
「は、はぁぁぁぁぁっ!?」







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