月姫 ショートストーリー



 
琥珀の歌 カレーライスの歌



 作 ユウヒツ
  






 第一夜 夕方 遠野家厨房にて



 「琥珀さん、さといものカット、全部終わったよ」

 エプロンをつけた志貴が、同じようにエプロンをつけて魚をさばいている琥珀に声をかけた。

「ありがとうございます。志貴さん。それにしても見事な包丁さばきですねー。包丁だけならわたし以上

の腕前じゃないですかー。さすが殺人貴ですねー」

 なんだか誉めているのかけなしているのかよく分からない感想をする。

「ははっ、まあ、刃物だけは昔から好きだったからね。有間の家にいた頃、文臣さんが持っていた日本

刀を抜いて、しこたま怒られた事があったな。普段は温厚で優しい文臣さんだけど、あの時は本当に

怖かったな」

 有間の家は茶道の家元としても知られているが同時に剣道の道場としても知られている。

 これは有間の家に婿入りした文臣さんが開いたもので、普通の剣道ではなく古流の剣術の方も教え

ている。その関係で何振りか日本刀を所持しているのだ。

 ちなみに志貴が触ったのは居合などに使われる練習用の安物だが、文臣さんが怒ったのは当然、

刀の値段うんぬんではない事は言うまでもないだろう。

「そうですか……ところで有間の家と遠野の屋敷では、やはり生活はぜんぜん違いますか?」

 琥珀が料理の下ごしらえをしながら聞いてくる。志貴は自分が手伝う分は終わったので、包丁を洗い

ながら、

「そうだな。やはりぜんぜん違うよ。有間の家も大きかったけど、ここはまさに豪邸だし。それに有間は

何だかんだいっても庶民の分類に入るからね。こことは違うよ。そうだな──特に違うのはやっぱり料理

かな」

 志貴がそう言うと、琥珀は少し手を止めて、

「やっぱり料理ですか」

 と言った。

 「うん。今日はたまたま和食だけど基本的にはここは洋食が中心だろ。でも、有間の家は何が何でも

和食だったからね。学校の給食以外でパンを食べた事は無かったぐらいだからね」

 今日の遠野家の献立はさといもなどの野菜の炊き合わせに魚のしょうが焼き。これを中心とした純和

食。遠野家では非常に珍しい事で、いつもは秋葉の意向で洋食が多い。たまに中華も出るが今日み

たいな和食は志貴の要望によるのだ。

「やっぱり、志貴さんは和食のほうがいいですか? まあ秋葉さまは洋食派なんでそうそう和食は出せま

せんけど」

 琥珀の言葉に志貴は少し考えてから、

「うーん。そうでもないよ。琥珀さんの料理はどれも美味しいから。これはこれで新鮮だよ。ただ、一緒

に食べてくれるようになるともっと美味しくなるんだけどね」

 巧みに一緒に食事をとろうと誘いをかける。

「あはっ、わたしたちは使用人です。一緒に食事をとるなんて、とてもとても──それで、啓子さんの和

食びいきはそんなに凄いのですか」

 あっさりかわされた。

「そうだね。さっきも言ったけど給食ぐらいしか洋食は食べる機会は無かったしね。ハンバーグを作っ

てもらってもしょうゆと大根おろしを使った和風ソースか豆腐ハンバーグといったぐらいだし。今は和風

びいきだけど、子供の頃はほら、スパゲティーとか洋風に惹かれがちだろ。有間の家の和食ばかりは

実は 結構いやだったな」

 そういって、志貴は笑う。

「あははっ。凄いですね。やはり有間の家も遠野の一族です。頑固で一歩も譲らない所がそっくりです」

 秋葉は言うまで無く頑固で一度言い出したら聞かないのは言うまでも無い。

「確かに。秋葉も大きくなったら啓子さんみたいになるのかな」

 いつも落ち着いて静かに笑う啓子さん。でも、譲らない事は決して譲らない。前にこんな事があった。

 成金野郎が己の虚栄のために有間の茶道を習いたいといってきた。いかにも「弟子入りしてやる。

ありがたいと思え」という態度だった。

 だから、啓子さんは断った。何が何でも断った。そいつの権力は 遠野グループ全体を合わせたより

も強かった。それは遠野家全体の危機まで発展したのだが、それでも啓子さんは己の意地を貫き通し

たのだ。

 結局、当時遠野家当主であった槙久の介入により事無きを終えた。親戚の中には有間を批判する

のが多数いたが、他の力ある分家、軋間や刀崎家の取り成しによって不満は抑えられた。特に刀崎家

は積極的に有間家を援護した。刀崎家は刀鍛冶の家柄。分野は違うとはいえ文化と芸術のこだわりに

は 通ずるのがあったのだろう。

「あははっ、そうかもしれませんねー。ところで志貴さん。有間の家にいた頃で一番の思い出の料理 は

何ですか? やっぱりさといもの煮っ転がしとか肉じゃがとかですか」

 琥珀の問いに対して志貴の答えは意外なものだった。

「そうだな。そういうのもあるけど、やっぱり、一番の思い出はカレーかな。うん」

 懐かしそうに志貴は笑っていた。

 それとは対照的に琥珀の顔は──

「カレー……ですか」

 昏く静かになっていた。

「そう。有馬の家で唯一洋食だったしね。もっとも隠し味にしょうゆとかカツオ節とか使われていたけど

ね。こう、でかいジャガイモとかがごろごろ入っていてね。なんか懐かしいなー。そうだ。今度、琥珀さん

のカレーを食べさせてよ。シエル先輩からはさんざんご馳走になっているけど、琥珀さんのカレーも食

べてみたいな。俺は」

 直死の魔眼と並ぶ志貴の必殺技、女殺しの笑顔で琥珀におねだりしてみる。

 しかし。

「だめですよー。わたしはカレーを料理と認めてないのですから。さっ、無駄話はこれぐらいにして夕食

の準備をすすめちゃいますね。あっ、志貴さん。お手伝いはもういいですから。居間か自室でくつろい

でいてくださいね」

 ああっ忙しい、忙しいと笑いながら琥珀はてきぱきと夕食の準備をしていた。

 志貴は気づいた。

 琥珀の笑顔が昔の虚ろな笑顔になっている事に。






 第二夜 お昼 学校の茶道室にて




 「遠野くん。今、何て言いました」

 シエルは志貴を睨みつけながら静かに言った。

 その眼光は鋭い。それは学校の先輩としての眼ではない。神の代行者。埋葬機関第七位「弓」の

シエルとしての眼だ。

 志貴はいつものようにシエルと茶道室で昼食を取っていた。  昼食代を少しでも浮かせるためにパン

を二個だけ買ってきて、シエル先輩から弁当とお茶を分けて

貰っていたのだ。

 そしてそれは志貴がシエル先輩のちくわの天ぷら(カレー味)を摘んだ時に起こった。

「えっ、何か言った? 俺」

 志貴は箸を持ったまま固まっていた。

「ええっ、言いました。カレーは料理でない。それは一体どういう意味でしょう。説明してもらえますよね」

 シエルは巷で言われるほどカレージャンキーではない。しかし、カレーに対する愛情は深いのは 確か

だ。志貴の答えいかんでは血を見るのは必至だ。

「あっ、いや。違うんだ。 俺はカレーは立派な料理だと思っているし、好物の一つだよ。ただ、この 前に

琥珀さんが……」

 そういって、慌てて説明する。説明を聞くうちにシエルの殺気は消えていく。

「そうですか。そうですか。そんな事があったのですか」

 ほっと一安心する志貴。だが、シエルが考え込んでいるのを見てるうちに不安になる。

 シエルは埋葬機関に所属する。

 キリスト教は異端を認めない(偏見)

 すなわち、自分に合わないのは修正するのだ。それは歴史が証明している(大偏見)

「あの……シエル先輩。これは琥珀さん個人の意見ですからね。個人の意見は尊重しないとね」

 志貴は弱々しく声をかける。

「もちろんですよ。わたしだってそんなに心が狭いわけではありません」

 にっこり微笑むシエルに一安心。

「例えばわたしはサバの味噌煮などは苦手であまり食べたいとは思いません。琥珀さんがカレーが嫌い

というのならそれはそれでいいと思います。辛いのは苦手な人は結構いますからね」

 なぜだろう。いやな予感がするのは。

「けど、カレーは料理で無いというのは間違ってますねー。カレーはインドはもとよりヨーロッパ、 東南

アジア。そして日本にまたがる文化圏の料理。料理人たる琥珀さんの偏見は治さないといけませんね」

 ああっ、やっぱりー。

「あの、シエル先輩? 個人の意見は……」

 無駄だと思うが聞いてみる。

「遠野くん。わたしは嫌いですけどサバの味噌煮は料理として認めてますよ。ちゃんと日本の文化を 尊重

してます。琥珀さんにもみっちりその辺を教えてあげましょう。それは世界に広がるカレーへの愛する人

たちのためにも教えなければならないのです」

 やっぱりシエル先輩は異端狩りだー(大々偏見)

「ふふっ、カレーが料理で無いですか。そうですか。彼女に教えてあげましょう。カレーの本当の素晴 ら

しさについてみっちりと教えてあげましょう」

 ふと、頭によぎる。シエル先輩が琥珀さんに迫りカレーを強要されて泣き叫ぶ……

 ……なぜだろう。琥珀さんではなくシエル先輩が泣き叫ぶ姿しか想像できないのは。

 琥珀さんはフードの奥で邪悪な笑みを浮かべてる姿しか思いつかないのはなぜだろう……

「というわけで、遠野くんにも協力してもらいます。よろしいですね」

 にっこり微笑むシエルに志貴は断る事ができる筈無かった。





 第三夜 昼前 公園にて




「それで、なんでわたしがシエルなんかに協力しなければならないのよ」

 アルクェイドはプリプリ怒りながら志貴に文句をいっていた。

「しょうがないだろう。シエル先輩の要望だし、あの暴走に俺が止められるとでも思ってるのか」

 志貴もウンザリした口調で歩きながら言う。現在二人はシエルに呼ばれて公園に向かう途中なのだ。

 今回の件にはアルクェイドの協力がぜひとも必要だとシエル先輩が言うのだ。

「それにしても、よく妹が了承したわね、こんな事」

 アルクェイドの言葉に志貴は、

「ああ、俺もそれは驚いてる」

 と同意した。

 燃え上がるシエル先輩に志貴は「秋葉がこんな事を許すわけ無い」と言ったのだが「なら、頼んで みて

ください」と志貴の意見を一蹴した。

 志貴は秋葉に駄目元で頼みにいき、断られたらそれを理由にしようとしたのだが──

「いいですよ」

 秋葉の言葉に一番志貴が信じられなかった。

「ただし、屋敷内の物を壊したりしたら兄さんに弁償してもらいます──さしあたって昼食代を半分に減

らしますから」

 とキツイ言葉が返ってきた。

 シエル先輩に話したら「秋葉さんも本当はカレーを食べたくて仕方なかったのですね」とさらに暴走

する。

「頼むから喧嘩しないでくれよ。俺の唯一の収入が減るんだから」

 志貴の現在の収入源は昼食代の一日五百円のみ。バイトは一切禁じられている。

「わたしは別に喧嘩しようとは思わないわよ。シエルの奴が突っかからなければだけどね」

 アルクェイドの返答に志貴はため息をつくしかなかった。   

 もう少しで待ち合わせの場所につく。公園の時計柱の所だ。そこにめったくそに怪しい奴がいた。

 なんと全身黄色いパッツンパッツンのタイツに身を包み、タラコ唇のマッチョなインド人がそこにいた。

「カリー・ド・マルシェ!」

 アルクェイドは驚愕の声をあげる。

「おいっ。あんなメタメタ怪しい奴と知り合いか」

 志貴は思わず突っ込む。

「なに言ってるのよ志貴。彼は死徒二十七祖に匹敵する力の持ち主で暫定的だけど真祖の力も有して

いるのよ」

 アルクェイドの思いがけない言葉に志貴は驚く。

 カリー・ド・マルシェ。本名、空柩のキルシュタイン。シエルがロアの時代に取り巻きにいた死徒の一人。

 その力は特異ですまざじく触れたものの物質の性質を自由に変える事ができるのだ。

 そう、彼の手にかかれば鉄も粘土のようになり紙が超合金なみになる。想像絶するほど強力な力の 持

ち主なのだ。

 しかし、彼の特異な点はそれだけではない。なんと、血を吸わない吸血鬼なのだ。

 いや、以前は吸っていた。しかし、インドでカレーに出会い、その素晴らしさに衝撃を覚え、血を吸う

のを止めたのだ。

 とはいっても血を吸うのは真祖ならともかく死徒には絶対必要な事。そうでなければ体が維持でき ない

のだ。
 ここで彼は真価を発揮した。カレーの性質を血と同じにしたのだ。それによって己の体を維持している

のだ。吸血欲求をカレーの欲求に切り替えているのだ。

 まさに想像を絶する力の持ち主。空想具現化に匹敵する物質変換能力。現在は教会に協力して吸血

鬼を狩るのに協力している。それゆえに死徒二十七祖のリストには登録されてない。

「あら、真祖の姫君じゃない。それにあなたがシエルのいい人の志貴君ね。よろしく。あたしはカリー・ド・

マルシェ。カレーの使徒よ」

 カリーが志貴たちに気が付くとおねぇ言葉で挨拶してきた。

 ちなみに今は昼間。太陽の光がさんさんと輝いている。  カリーは太陽光の性質を変えて己に無害な

のにしている。これだけでも彼の恐ろしさは理解できる

だろう。たぶん。

「どうして、あなたがここに」

 アルクェイドは油断無く聞いてみる。負けるとは言わないが戦ったら強敵な相手なのは確かなのだ。

「シエルに呼ばれたの。何でもカレーを料理と認めない不届き者がいると聞いてね。徹底的に教育する
つもりよ」

 カリーの言葉には志貴はぽかんと聞いていたが。

「琥珀に何するつもり。返答次第ではただで置かないんだから」

 と、アルクェイドは激昂していた。

「はいはい。大丈夫ですよアルクェイド。わたしも彼も力尽くでする積りは全く無いですから」

 シエルが待ち合わせの場所にやって来て言った。

「シエル。一体、なに考えているのよ。カリーまで連れてきて」

 アルクェイドの言葉にシエルは、

「もちろん、さっき言ったとおり琥珀さんにカレーの素晴らしさを伝えるの。それにはカリー。そしてアル

クェイドの協力がぜひとも必要なのです。もちろん、協力してくれますよね」

 シエルはアルクェイドの手を握り懇願する。

「あっ、いや、わたしは別にカレーなんてどうでも……」

 シエルの眼の輝きに押されてアルクェイドはしどろどろになる。

「それはいけません。カリー。まず、始めにアルクェイドから教育するわよ。あそこに連れていきます」

 そう言ってシエルはアルクェイドを引っ張っていった。

「いや、そういう意味じゃなくて、だから──助けて志貴、拉致られるー」

 ネコアルクとなって手足をじたばたするが、

「人聞きの悪いことを言わないで下さい。さっ、カリー行きますよ」

 そういって、シエルとカリーはネコアルクを連れ去っていった。

「えっと」

 呆然と事の成り行きを見守っていた志貴だが、慌てて追いかけていった。





第四夜 昼前 メシアンにて





「オイシイー」

 ネコアルクは尻尾をピーンと伸ばして言った。

「カレーがこんなにおいしいなんてわたし知らなかったー」

 アルクェイドはそう言うとさらにカレーを食べる。

 ここはメシアン。知るひとぞ知る。カレーの名店。

 カナダ人の似非インド人だがカレーは本格派。その味はアルクェイドもとよりカレーの使徒たるカリー

もうならせる。

「本当ね。日本でここまで本格的なインドカレーが味わえるなんて信じられない」

「ふっふー。わたしの言ったとおりでしょう。カリー」

 得意げに誇るシエルに「始めに知ったのは俺だー」とはいえない志貴だった。

「それで、カレーの素晴らしさを知ってもらえましたか」

 シエルがアルクェイドに話し掛けると、

「うんうん。とってもオイシイよー。志貴ー、今度カレーを作って。志貴が作るともっと美味しくなると思う

から」

 いきなり惚気はじめる。

「そうですか。そうですか。ならば、金を出してください」

 何とか抑えたシエルはアルクェイドにそういった。

「はい?」

 アルクェイドは可愛く首をかしげた。

「わたしが必要だといったのはこの事だったのねー」

 アルクェイドは少々ウンザリした様子で言った。

 厨房ではシエルとカリーがアルクェイドの小切手帳片手に交渉している。

 早口のフランス語なので志貴にはさっぱり分からないがかなり難航しているようだ。

「ふうー。いくら金を積んでもレシピは教えてらえませんでしたが、なんとか厨房は使わせてくれる 事は

了承してもらいました」

シエルとカリーが戻ってくると小切手帳をアルクェイドに返していった。

「いくら使ったの」

「はした金ですよ。あなたには」

 志貴から見ればぜんぜんはした金ではないのは言うまでも無い。

「まあ、いいでしょう。カリー。そのためにあなたを呼んだのです。ここの設備ならあなたの腕を存分に発

揮できるでしょう。頼みましたわよ」

 シエルの言葉にカリーは、

「ふっふっふ。いいでしょう。教えてあげます。これがカレーを作るということを」

 どこかで聞いた事あるせりふだなー。と志貴は思った。





続く


 私と利一さんと一緒に「新人SSトリオ」を結成しておりますユウヒツさん
より、SSを寄贈していただきました。

 マルシェキタ━━━(゜∀゜)━━━!! 

 と、思わず叫んでしまうほどにお約束の方も登場し、期待を持たせる滑
り出し! カレーを挟んで交錯する互いの思い、飛び散る火花! 裏で暗
躍する割烹着の悪魔!(まだしてない)!!
 先が凄く気になる展開に、MARの期待も高鳴ります。はてさて、どのよ
うな結末を迎えるのでしょうか。

 ユウヒツさんへの感想はこちらに。SS作家にとって感想は力の源、どし
どし送ってあげてください。