月姫ショートストーリー



 
琥珀の歌 カレーライスの歌



 
作 ユウヒツ



 
 第五夜 夕方 遠野家食堂にて




「美味しい」

 彼女がスプーンでカレーをすくい口に入れた時にそう洩らした。
 
 彼女はあまりカレーは好きでは無い。食べる機会はあまり無かったからというのあるが、
 
 所詮、肉と野菜を大鍋に入れてカレー粉で煮込むだけの物。辛いだけの誤魔化しと考えていた。


 これは考えを改めないといけないわね。


 始めに舌を襲ったのは辛さ。けど、苦痛ではない。程よい甘みが逆に刺激し、食欲を増進させる。

 肉や野菜は香辛料でごまかしている物ではない。逆に厳選された素材の味を引き出している。

 特に驚きは肉だ。牛肉には別の香辛料で下味をしっかり付けており噛みしめるたびに肉汁と共に

じわっと新しい香辛料の味と香りが引き出される。

 ご飯も固めに炊かれておりカレーをしっかりと受け止めてくれる。

 まさに、
  
 まさに驚異の一品だ。

「美味しいですか?」

 シエルがニコニコ微笑みながら話し掛けてきた。隣りを見るとネコアルクが「みょっみゃっもみー」と、

訳の分からない事を呟きながら一心不乱にカレーを食べていてた。

 無駄な事を知らなかったという彼女。それだけにこの刺激は堪えられないだろう。

 もう一口だけカレーを食べる。

「ええっ、とても美味しいですよ」

 水を一口飲んでから彼女は言った。

「そうですかそうですか。美味しいですか。成功です。カリー」

 まさに満面の笑みを浮かべてシエルはカリーのほうを見る。あの怪しい黄色い全身タイツ姿にコックの

白衣を着込んだ姿は、もはやフォローのしようの無いほど怪しさが爆発している。夜道で会ったのなら

殺人貴でさえ裸足で逃げ出したくなるほどだ。

 こんな怪しい奴がここまで美味しい物を作る。なんとなく屈辱に思うのは彼女だけだろうか。

「ほんと、嬉しいですわ。喜んでいただいて」

 カリーのおねぇ言葉を聞いて確信した。絶対に屈辱だ。

「ふっふっふっ。秋葉さんもカレーに屈服しました。これならば琥珀さんも一撃です」

 シエルの怪しい含み笑いに、彼女──秋葉は眉をひそめた。

「翡翠さん。琥珀さんを呼んで来てくれませんか。琥珀さんにもこの美味しいカレーを食べさせてあげ

たいのです」

 シエルが翡翠のほうに振り向いて言う。翡翠は普段からあまり感情を表に出す事は無い。特に食事の時

は、ただひたすら黙々と箸を動かすだけだ。今回も同じようにも黙々とスプーンを動かしている。隣りで

食べているレンも黙々とスプーンを動かしている。だが、かすかな顔の表情。スプーンの速さからこの

カレーの事をかなり気に入っている様子だ。

「はい」

 丁度、一皿食べた翡翠はそう言うと食堂から出て行き琥珀の部屋に向かった。

 志貴は一度、スプーンを置き、去っていく翡翠を見つめる。

 確かにカレーは美味しかった。

 今まで食べた中でも一番美味しいカレーだろう。

 けど。

 なぜか、不安が胸によぎるのだ。




  第六夜 夜 琥珀の部屋




 翡翠のノックにドアを開けた琥珀は全てを理解した。

 秋葉さまから「今日の夕食の準備はいい。自室で休んでなさい」と言われた時、言外に部屋から出る

なということまでは分かった。だが、なぜ、そんな事を言い出したのかまでは分からなかった。

 調べても良かったが気楽に構え、自室でゲームを楽しんでいた。

 今、琥珀がお気に入りのゲームは対戦格闘のスーパーロボット対戦K。古今東西のスーパーロボット

が集まるという夢の対戦ゲームだ。製作はバン○○ストと名作「機動戦士ガンダム 連邦○○ジオン」

を作ったカ○コンとの共同開発。そのゲームの出来は期待以上のものだ。

 ガンダムとマジンガーZが。コンバトラーVとバルキリーが。ビックオーとジャイアントロボが戦うというの

はアニメファンならこたえられない。

 琥珀は時間を忘れて遊んでいた。

 今度の姉妹作「ガンダム・ザ・ファイト」の発売がとても楽しみだ。
  
 このゲームも古今東西のガンダムシリーズが勢ぞろいする。

 スーパーロボット対戦Kではフォロー出来なかったガンダムシリーズも再現されるのだ。  

 そんな気分も翡翠を見たときに無くなっていた。

 まるで背中に冷水をかけられたような気分だ。

「翡翠ちゃん。おいしかったですか」

 静かに琥珀は聞いてみる。

「わたしの口からはなんとも……ただ、秋葉さまやレンさまは気に入っていたみたいです。もちろん、ア

ルクェイドさまも──志貴さまも」

 翡翠の言葉に琥珀は「そう……」と呟いただけだった。

 そして、虚ろな顔で食堂に向かった。




  第七夜 夜 遠野家食堂にて




 席に座った琥珀にカレーが置かれる。

 静かにそれを見る。

 少し深めの皿にライスとカレーが盛られている。

 典型的な欧州風カレーだ。

 既に他のものは食事を終えている。

「シエルー、おかわりー」

 訂正。アルクェイドはまだ食べていた。 

 見ると、志貴と秋葉がこちらを見ている。

 シエルとカリー・ド・マルシェも期待に満ちた目で見ている。

 琥珀はスプーンを手に取った。

 一口分、カレーをすくい口に運ぶ。

 ゆっくりと食べる。

「おいしいですね」

 琥珀は一言だけ言う。シエルとカリーは「勝った」という顔になる。

「これを作ったのはカリーさんですよね」

 大喜びする二人に琥珀は話し掛ける。静かに。

「ええっ、そうよ。とてもおいしいでしょう。苦労したのよ」

 ニコニコと満足そうな笑みでカリーは答える。

「これをもし売るとしたら一皿はいくらぐらいになります。五千円ですか。六千円ですか」

  琥珀の問いにカリーは少し考えて、

「そうねー。大体、八千円ぐらいの値をつけないと元は取れないわねー。それだけ厳選した素材とこっ

た調理法をしているからね」

 カリーの言葉に琥珀は満足そうにうなずいて。

「そうですか。やはりそれぐらいしますよね」

 その言葉と同時に琥珀は口笛を吹く。

「クールトーちゃん」

 二代目ネロカオスから貰った遠野家の番犬(狼)クールトーがすぐに食堂に入ってくる。

 足元で尻尾を振って座っているクールトーに琥珀はなんとあのカレーの皿を床に置き、

「さー、クールトーちゃん。お食事ですよ。おいしそうでしょう」

 クールトーに食べさせた。

 クールトーは尻尾を激しく振っておいしそうに食べ始める。

 これには皆が唖然とする。

「犬のえさ。あたしのカレーが犬のエサ」

 カリーは屈辱のあまり悶絶する。

「あら、クールトーちゃんは犬ではなく狼ですよ。そこを間違えないで下さい」

 琥珀の言葉にカリーはキレタ。

「うがー」

 一声あげると琥珀に飛び掛る。

 カリーは血を吸わないとはいえ吸血鬼である事には変わりない。その暴力的危険性は何ら変わりない。

 耐久力はただの人間である琥珀などボロクズ同然に切り裂かれるだろう。

 誰も動けなかった。志貴も。シエルも。秋葉も。そして、アルクェイドはただ、カレーを食べていた。

 琥珀の行動。カリーのまさかの暴走。誰も予想していなかった。

 琥珀は割烹着の袖元から毒々しいピンク色の薬の入った注射器を取り出すと、飛び掛ってくるカリー

に投げつける。

 プスッ。

 カリーの首筋に注射器が突き刺さる。同時にカリーの動きが止まる。

 飛び掛ろうとしたその姿勢のまま倒れこむ。

「オクレ兄さーん。激ラブー」

 訳の分からない事を叫びながらぴくぴくと痙攣する。

「ゴチソウさまでした」

 琥珀はそう言うと席から立ち上がる。

「琥珀さん」

 慌ててカリーを介抱するシエルが琥珀を呼び止める。

「確かにカリーの行動は許される物ではありません。一般人である琥珀さんに手をかけようとしたのです

から。けど、琥珀さんも酷いではありませんか。人が丹精こめた物をペットの餌にするなんて」

 やや、強い口調で非難した。

「誤解しないで下さい。わたしはそのカレーを美味しいと思ってますよ。だからこそ駄目なんです」

 それだけいうと食堂から出て行き自室に戻った。

 秋葉はそれを見届けると黙って厨房のほうに向かった。

「シエルー。おかわりー」

 静まりかえった食堂でアルクェイドの能天気な声だけが響いた。




 第九夜 夜 琥珀の部屋にて




 ノックに応えて琥珀がドアを開けるとレンが丸い小さなオニギリと温かい味噌汁を乗せたお盆を持って

立っていた。

 これ秋葉さまから琥珀に。

 レンの声無き声が琥珀の頭に響く。同時に琥珀にお盆を差し出す。

 琥珀は夕食をほとんど食べていない。だから、秋葉が作ったのだろう。ちなみに余談だが翡翠も秋葉

の手伝いをしようとしたが追い出された(笑)

「あらー。レンちゃんありがとうございます。

 どうぞ、レンちゃんも入ってください。お茶でも入れますからね」

 そういって琥珀はレンを招き入れる。

 レンはこくんとうなずくと黙って部屋に入った。

 レンのためにちゃぶ台にお茶とかりんとうを差し出すと琥珀は同じようにちゃぶ台に乗せたおにぎりと

味噌汁を食べ始める。

「ふふっ、おいしいです」

 おにぎりを食べながら琥珀は呟く。それをレンはじっと見つめる。

「レンちゃんも少し食べてみます」

 その視線に気付いた琥珀がレンにおにぎりを差し出す。

 おにぎりを受け取ったレンが一口食べて、

 琥珀の作る物の方がおいしいの。

 と、琥珀に伝えた。

「ふふっ、そうですね。おにぎりを握る力が強すぎて中が潰れてますし、塩加減も甘いです。味噌汁も

沸騰させすぎて味噌の風味が飛んでいます。でも、だからおいしいのですよ」

 優しい笑顔で琥珀は言った。

 レンは理解できないのか首を軽く傾ける。

 琥珀にききたいの。どうしてカレーを食べなかったの。あんなにおいしかったのに。

 レンの問いかけに琥珀は少しため息をついて。

「そうですね。確かにあのカレーは美味しかったですよ。それだけではありません。たとえばレンちゃん

のカレーにはココナッツミルクを入れてマイルドに。秋葉様のはやや薄味に。志貴さんのは醤油とカツオ

節、それに梅干を潰したのを混ぜたようですね。さすがに翡翠ちゃんのは普通のみたいでしたけど──

まあ、翡翠ちゃんの味覚に合わせるのは大変ですからね。けど、確かにカリーさんは最高の素材と調理

法で最高のカレーを作りました。それだけでなく、各個人の好みに合わせた味付けに心掛けてます。

 でも。だからこそ認めるわけにはいかないのです。わたしにとって美味しいければ美味しいほどカレー

は料理では無いのですよ」

 虚ろな笑みで琥珀は語った。

 秋葉さまの料理がおいしくて、カリーさんのは駄目。どうして?

 レンの再度の問いかけに琥珀は、

「さあー。どうしてでしょうね。でも、一つ言えるのは秋葉様の料理こそが原点だという事でしょうね」

 琥珀はそういって、いとおしそうにおにぎりを食べ始めた。

 レンは黙って見ていた。




 第十夜 夜 居間にて




 「ううっ、酷い目にあいましたわ」

 まだ苦しいのか、カリーはソファーにグッダリと座って濡れタオルで頭を冷やしていた。

「琥珀の薬は真祖であるわたしにも効くもんね。ただの死徒であるあんたが抵抗できるわけ無いじゃん」

 アルクェイドはお茶をすすりながらカリーをからかった。

「アルクェイドは琥珀さんがあの場で薬を用意していたのに気づいていたのか」

 志貴の問いかけにアルクェイドは、

「うん。袖元に力が集中していたし、目の動き、間合いから、カリーを挑発して迎撃しようとするのはあり

ありと見て取れたよ」

 あーぱーのようでいて、こと戦闘に関しては確かな目をもつ。だからこそ、あの場で何もしなかったの

だろう。

「それにしても、あのカレーでも駄目だなんて。一体どうしたらいいのでしょう」

 シエルは憂鬱そうに語る。

「そうですわね。あのカレーはあたしが最高の技術と厳選した素材を組み合わせた究極のカレーです。

 あれ以上のはそう簡単に無いでしょう」

 カリーが自信を持って言った。

 確かにあのカレーは美味かった。あれで駄目なら他のカレー、例えば本格的なインドカレーや東南

アジアのアジアンカレーなど小手先を変えても無駄だろう。

「そうかなー。確かにおいしかったけど、志貴の料理のほうがずっとおいしいよ」

 アルクェイドの何気ない言葉にシエルは、

「十杯以上もお代わりしておいて何を言うのです。せっかく、余ったらアパートに持って帰ろうとしたのに

全部たいらげてしまっておいて図々しいです」

と図々しい反論をした。

「うーん、なんて言うのかな。凄いおいしいのは認めるけど、‘凄い美味しいだろ’という気負いが見える

のよね。なんか傲慢というか、そんな感じがするのよね──志貴のはそんなのが無くていつも食べてい

ても安心できるの。なんか胸が幸せになるの」

 と、アルクェイドは惚気やがった。

「ははっ、そう言ってくれると嬉しいよ」

 志貴もなんて言ったらいいか分からず、曖昧に笑う。

「だから、今度カレーを作って。志貴のほうが絶対に美味しいって見せ付けてやって」

 あのー、二人の視線が怖いのでこれぐらいにしませんかアルクェイドさん。

「と、とにかくだな、問題は琥珀さんの事だ。どうするつもりですシエル先輩」

 志貴が強引に話題を変える。シエルは志貴の問いかけに少し考える。

「そうですねー。あのカレーでも駄目となると、正直、途方にくれてしまいます。一体、何が駄目なのか

見当もつきませんから」

 そうだよな。確かにそうだよな。

「ふっふっふっ。あたしに秘策があります」

 復活したカリーがそう告げる。

 何するつもりというみんなの視線に応えて。

「琥珀という輩にはもう正攻法は通用しません。ならば、少々強引に行くべきです。そう、これは最早、

戦いです。死合です。いいでしょう。殺し合いましょう。琥珀さん……!」

 激しく興奮してカリーは言った。

 志貴はやはりどこかで聞いた事あるなーと思った。






 以下 続く。

 

 ユウヒツさんから頂きました、「琥珀の歌 カレーライスの歌」
第二話です。
 むぅ……(驚 こてこてのギャグ路線かと思いきや。予想を大き
く裏切るシリアスっぷりですよ。琥珀のカレーライスに対する、何
かの決意。それは彼女にとって非常に大切で、決して譲れない
物のようです。
 くぅ、早く第三話が読みたくなります。楽しみですね。

 ユウヒツさん、どうもありがとうございました。