月姫 ショートストーリー




 
琥珀の歌 カレーライスの歌 



作 ユウヒツ





 第十一夜 昼前 遠野家居間にて




 全員の眼はテーブル上の物に注がれていた。

 そこにはシエルが作ったケーキが置いてある。

 作品名「カレーライス」

 どうコメントすればいいのだろう。

 志貴はちらりと秋葉を見る。

 秋葉は睨むようにケーキを見ていた。

 琥珀を見る。

 琥珀は困った顔で曖昧な笑みを浮かべていた。

 レンを見る。

 レンはケーキと聞いて嬉しそうだったがみんなの様子に戸惑い、きょろきょろしている。
 
 カリ‐を見る。

 カリ‐はケーキはいらないとあらかじめ言っていたので少し離れた所でみんなを見ている。

 そして、シエル先輩を見る。

 シエル先輩はニコニコと微笑みながらみんなを見ていた。自分の作ったケーキ自信を持っているようだ。

 アルクェイドはまだ寝ているし、翡翠はなにやら仕事があるのでこの場にはいない。

 昨日、今日と学校が休みだったため、シエル達は遠野家に泊まったのだ。

 そして、朝食時にシエルがお茶会にケーキを作ると言い出したのだ。 

 あらためてケーキを見る。

 薄いスポンジケーキの上に黄色い……カレー色のクリームが半分トッピングされている。もう半分は

 普通のホイップクリームのようだ。ただ、米の粒のような固まりも見える。
 
 カレー色のクリームの上にも黄色い何かが乗っかっている。

 まさかとは思うけど……。

 志貴はどうしても不安をぬぐいきれない。

「さあ、どうしましたか。わたしの自信作です。どうぞ食べてください」

 ニコニコ笑うシエルの催促に皆はお互いを見て牽制する。

 そして、ケーキを見る。

 沈黙。

「遅くなって申し訳ありません」

 ひと仕事を終えた翡翠が居間に入ってきた。

 ソファーに座り、自分の分の紅茶をポットに注ぐ。

 ふうっ、と一息ついた後、みなの様子が変なのに気付き、首をかしげる。

「どうかしたのですか」

 翡翠の問いにシエルが、

「聞いてください翡翠さん。みんながあたしのケーキを食べてくれないのです」

 すこしすねた声で翡翠に言った。

「そうですか……とてもおいしそうなのに」

 そう言って翡翠はケーキを手にとる。

 そのまま口に入れる。

 ゆっくりと食べる。

 みんながそれを注目する。

「おいしいでしょう?」

 シエルの問いかけには、

「ええっ、おいしいですよ。ただ、少し味が薄いですね」

 と、翡翠は静かに言った。

 駄目だー。

 翡翠はかなりの味オンチ。

 かすかに梅の風味と志貴の要望にたいして出したのが、梅の漬け汁に浸した梅サンド。
    
 そんな翡翠にまともな味の批評を期待することは出来ない。

「ほら、皆さんも食べてください。翡翠さんもおいしいと言ってくれてるでしょう」

 シエルの催促に皆はどうしても応える事はどうしても出来なかった。

「は〜あ、みんなおはよう」

 やっと起きたアルクェイドが居間に入ってきた。 

「なんですか、その格好は」

 秋葉がアルクェンドの格好に眦をあげる。

 アルクェイドの姿は小さなスキャンティーに大きめのワイシャツを引っ掛けた物。いわゆる裸ワイシャツだ。

 足を動かすたびに裾からまぶしいフトモモが垣間見えるし、ついでに白いスキャンティーも見える。

 シャツのボタンは全て外れている。豊かな双球の頂点のつぼみにかろうじて引っかかっている程度。

 志貴のような男でなく女性でもドキドキする。

「あっ、妹、おはよー。これは志貴の服と同じサイズなの。志貴って、小柄に見えて結構逞しいのよねー」

 両手を上げると手首が袖で隠れてしまう。だらりと下がった袖がなんとも可愛い。

「ですから、妹でないと何度言ったら……それは長くなるから置いておくとしても、その格好で屋敷内を歩くとは

ふしだらすぎます。早く着替えてきてください」

 秋葉はドアのほうに指差していった。

「あっ、おいしそ‐。琥珀ー。わたしにお茶入れてー」

 聞こえていなかったかのようにソファーに座る。しかも志貴の隣りに。

「聞こえなかったのですか、アルクェイドさん」

 秋葉の激昂には、

「別にいいじゃん。男は志貴しかいないし、志貴には全部見せてしまっているから今更恥ずかしがる間柄でない

しね」

 どうやらカリーは男として認識されていないらしい。

 アルクェイドは琥珀に入れてもらった紅茶をすするとシエルのケーキを手に取った。

「ほんと、おいしそうー。ね、誰作ったの」

 「話を聞いてくださーい」と喚く秋葉を尻目にアルクェイドはみんなに聞いてみる。

「わたしですけど」

 シエルは少し困った顔で言った。

「ふーん。結構余ってるみたいだけど、みんな食べないの」

 アルクェイドが回りを見渡して言うと、

「ええ、なんか皆さん、わたしのケーキを警戒してるみたいなんです。でも、翡翠さんはおいしいといってくれまし

たよ」

 シエルとすれば秋葉みたいにアルクェイドのふしだらな格好には文句の一つや二つは言いたい所。

 ただ、自分の作ったケーキに興味を示している所に水を差したくないのも本音だ。

「ふーん、もったいないね」

 そう言ってアルクェイドはケーキを口に運ぶ。

 注目。

 もぐもぐ。

「おいしいよー、志貴。早く食べなよ」

 口元についたカレー色クリームをぺロリと舌でぬぐうと、もう一口かぶりつく。

「おっ、おいしいのか?」

 志貴はおそるおそる聞いてくる。

「うん。おいしい」

 単純明快な答えが返ってくる。

「かっ、カレーの味とかしないのか」

 志貴の危惧していた事を聞くとアルクェイドは少し考えて、

「そうね、確かにカレー粉は使っているね」

 と、意地の悪い笑みを浮かべていった。

「そういうわけで、遠野くんも食べてくださいね」

 ニコニコ笑いに強いプレッシャーを乗せてシエルは言った。

「そうだよー。ほんとにおいしいよ」

 足をばたつかせて勧めるアルクェイド。

 周りを見ると期待に満ちた目で秋葉と琥珀は見ている。

 万事休す。

 志貴はケーキを手に取った。

 万が一のために紅茶を近くに寄せておく。

 一気にかぶりつく。

 そして……

「美味しい」

 驚いたように言葉が漏れた。

「美味しい。凄く美味しいよ」

 安堵のあまりはしゃぐ志貴。それを見て、琥珀と秋葉もケーキを手に取った。

「美味しい」

「美味しいです」

 二人も感嘆の声をあげる。

 黄色のクリームはカレーの味は全くせず、むしろ控えめな自然な甘さが美味しい。何かの果物の味だと思うが

志貴には分からなかった。

 米のような固まりはアラレ。軽い歯ごたえが程よいアクセントになる。白いホイップクリームと黄色いクリームも

一度に味わうと絶妙な味になる。

 一番の驚きは黄色い塊。これはかぼちゃを甘く煮たもの。意外だがそれが本気で美味い。

 甘さ控えめだがしっかりとした味わいは本当に最高だ。

「本当に美味しいですよシエル先輩。カレーだけでなかったんですね」

 志貴の言葉にはなぜかこめかみを引きつらせて、

「わたしだって、毎度毎度カレーばかりを作ってるわけではないですよ。それにカレー味のケーキとは何事です

か。そんなの美味しい訳ないでしょう。そういうのを作るのはカレーとケーキに対する冒涜です」

 とシエルは言った。

「ほんとに美味しい。アルクェイド、どこがカレーの味だよ。ぜんぜん違うじゃないか」

 志貴の言葉にアルクェイドは、

「わたしはカレー味がするとは言ってないよ。カレー粉を使ってるといったのよ」

 と言った。その言葉に志貴の動きは止まり、

「えっ、それって……」

 首をかしげる。

「お汁粉の原理ですね」

一つ食べ終えた琥珀は静かに言った。

「ええっ、その通りです」

 シエルはにっこりと笑って肯定した。

 お汁粉の甘さを引き立たせるために塩をひと摘み入れる。逆の味を入れることで味を際立たせるのだ。

 シエルのケーキも味を際出せるためにカレー粉を入れたのだ。それによって味がより鮮明に引き立つ事が出

来たのだ。もちろん、ただ入れればいいと言うわけではない。微妙なさじ加減が必要なのだ。

「黄色いクリームはかぼちゃを使った物。トッピングもかぼちゃとアラレを使用してますよね。

 和洋混合のこのケーキ。本当に美味しいです」

 琥珀も手放しで誉める。

「本当ですね。シエルさんにこんな特技があるなんて、意外でしたわ」

 秋葉も美味しそうに食べながら言った。

「ありがとうございますね……昔からの夢があるんです。小さな田舎町に小さなケーキの店を愛する人と開くの

が小さなころからのわたしの夢。少し前まで諦めていたんです。けど、この頃は希望が持てましてね。こうやって

ケーキをまた、作り始めたのです」

 優しい口調で話すシエルに、

「あららっ、奇遇ですねー。わたしも小さい街に小さな喫茶店を翡翠ちゃんと開くのが夢だったんです。

 でも、この頃はそこにわたしの愛する人も加わったんです。お互い叶うといいですねー」

 ……なぜだろう、空気が緊張し、こわばりを持つのは。なぜだろう。

「ははっ、かっ、カレー粉が隠し味に使うなんてさすがだなー」

 なぜか、志貴の背筋が凍りつく。

「ありがとうございます。これは琥珀さんのために考えたのです」

 ふたたび、空気が和らぐ。

「わたしにですか?」

 琥珀は不思議そうに首をかしげる。

「はい。そもそも、インドにはカレーという料理は存在しないんです。あれはヨーロッパの人が勘違いした物です」

 カレーの起源については諸説は色々ある。有名なのものにインド人の料理を見てポルトガル人が「これはな

んと言う料理か」と言う質問に、インド人がご飯にかけられているソースの事だと思い、現地の言葉の「カリ」と

答えたと言う。

「いわば、日本の醤油のようなものなのです。カレーとは一つの料理ではなくスパイスを巧みに使った料理の総

称です。このケーキもカレーのひとつと言えるでしょう」

 真逆の発想。シエルはからめてで責めたのだ。

「うーん、確かにそうですねー。こんな美味しいケーキではか弱い女の子には抵抗できません。見事です」

 琥珀の言葉に秋葉とアルクェイドはうんうんと頷く。

 ここのどこにか弱い女の子がいる?

 そんな事考えているのがばれたら殺されるだろうなー。

 もう一つ食べていい?

 一つ食べ終えたレンが懇願するかのようにシエルを見る。

「いいですよ。お一人二つずつ用意しましたから……あなたはもう二つ食べたでしょう」

シエルはレンに優しく微笑み言う。同時に三つ目に手を出そうとするアルクェイドをたしなめる。

「そうですか……では、お言葉に甘えまして」

 琥珀はそう言うと二つ目のケーキに手を出した。

 にやりとカリーは笑う。

 二つ目のケーキを少し食べた琥珀は突然、眼を白黒にし、あわてて紅茶を流し込む。

「姉さん?!」

 翡翠がすぐに琥珀を介抱する。

「大丈夫です。少し、むせただけです」

 けほっけほっ、と咳き込みながら琥珀は翡翠を押し留める。

 周りの皆も何事かと琥珀を見る。ただ、アルクェイドだけがカリーを見ていた。

 涙目で「うー」と周りを見渡した後、琥珀は、

「カリーさん、紅茶が無くなったみたいですね。よろしければおかわりを注ぎますよ」

 にっこり微笑んでいった。

「ええっ、いただくわ」

 カリーもにっこり微笑む。

「どうぞ」

 カリ‐の席に近づき、カップに紅茶を注ぐ。

「ありがとさんね」

 そういって、カリ‐は紅茶をすする。

 ブッフォー。

 飲んだ瞬間、盛大に噴きだす。

「血……血の味がするー」

 そう言ってぴくぴく痙攣する。

「ふふっ。あなたのやったことをそのままお返しさせていただきました」

 目を不気味に光らせて琥珀は言った。

「カリ‐、何をしたんですか」

 慌てて、開放に向かったシエルはカリーに問い詰める。カリ‐はぴくぴく痙攣するだけだ。

「力を使って、琥珀のケーキの味を変えたみたいね」

 アルクェイドは静かに言った。

 そう、カリーは物質変換能力を使って琥珀の食べたケーキをカレー味にしたのだ。その逆襲にカリーの飲ん

だ紅茶を琥珀は薬で血の味に変換させたが。

「あははっ、その通りです。こんな事もあろうかと血の味に変換させる薬を調合していて良かったです。

 でも、このままではわたしの腹の虫はまだ収まりません。さらにおしおきです」

 そういって、袖元からリモコンを取り出しボタンを押す。

「ワッ」

「キャッ」

「ちょっとー」

「何で俺までー」

 床がパカッと開き、カリ‐とシエル。さらに近くにいたアルクェイドと志貴まで巻き込む。

「あはー。少し失敗しましたー」

 琥珀はごまかすかのように笑った。

 レンは、みんなが居なくなったからもっとケーキ食べていいかなと考えていた。





 第十二夜 昼過ぎ 遠野家中庭にて




「やっと、戻ってこれたー」

 志貴たちは息も絶え絶えと言った感じで地上に出てきた。

 遠野家は長い歴史をもつ魔の一族。その闇の深遠たる地下は想像を絶する物。その冒険だけで一章分の

量に達するが長くなるので割愛する。

「ううっ、琥珀怖いよー」

 ネコアルクは耳をたれ下げ尻尾も垂れて震える。

「はあっー、疲れました。まったく、カリーのおかげでとんだとばっちりです」

 シエルは溜息をつく。

「……面目ないです」

 カリーは力なくうなだれる。地下でも散々責められた。

「ねえー、シエルー。もう諦めようよー」

 アルクェイドはそう言って懇願する。

「そうですね……そのほうがいいかも知れませんね。残念ですけど」

 ボロボロになった服をみて、シエルは溜息をつく。

「いや、そうはいかない」

 志貴の言葉に皆が驚く。

「ちょっと、志貴ー。どうしたのー」

「そうですよ。遠野くんはあまり乗り気でなかったじゃないですか」

 アルクェイドとシエルは口々にそういう。

「確かにそのとおりだ。だけど、気になるんだ。琥珀さんのカレーに対する笑顔は昔の虚ろな笑顔だ。

 俺はそれがなぜだか知りたい」

 志貴はずっと考えていた。琥珀さんのカレーに対する態度を。昔の己を捨てた笑顔と同じ。

 それがなぜなのかをずっと考えていた。

「志貴……」

「遠野くん……」

 二人が呆然として志貴の決意を見ていると。

「知りたいですか、志貴様」

 突然、後ろから翡翠が現れた。アルクェイドとシエルは気配も感じさせずに翡翠が現れたのを見て驚いている。

「知っているのか、翡翠」

慣れている志貴は動じずに聞く。

「はい。どうして姉さんがカレーを料理として認めないのか。そして、それはわたしの味覚がおかしいと言う事に

も関係しているのです」

 翡翠は淡々と言う。

「私たちの母親、瑠璃のせいなんです」

 そう言って翡翠の告白が始まった。




 
  志貴さまも知っての通り、わたしたちは巫淨の分家の出です。しかし、母の犯した罪により家を追い出され

てしまいました。

 わたし達の父親については何も知りません。母は何も語ってくれませんでした。

 物心ついたときには母と姉さんとわたしで各地を転々としながら生活していたのです。

 生活は貧しく苦しかったです。

 母はお嬢様として育てらました。ですから世間に疎く、女のか細い手でわたし達を食べさせるのは並大抵の

事ではなかったと思います。

 冷たいコロッケひとつを姉さんと分け合ってご飯を食べた事もあります。

 部屋が寒くて薄い布団に三人で包まって寝たこともあります。

 そんな日々を毎日送ってました。

 ですが、貧しい中でも贅沢できる日はありました。 

 月に一度。いえ、三月に一度くらいは美味しいのをたくさん食べる事が出来たのです。

 そして、そのときに決まって出るのがカレーライスだったのです。 

 本当に美味しかったです。

 暖かくてからだじゅうがぽかぽかしました。

 あのころの灰色に満ちた日々に唯一の色彩にあふれた日でした。

 わたしも姉さんを何度もおかわりしました。

 本当に何杯も……

 ですが、そんな日々は長くは続きませんでした。

 慣れない生活とわたし達を育てるのに疲れ果てた母は倒れてしまったのです。

 そして死んでいったのです。

 母の遺言の一つに姉さんに「翡翠を守るのよ。琥珀は姉さんなのだから」と言うのがあります。

 姉さんは身を呈してわたしを守ってくれました。

 志貴さまも知っての通り槙久様に己の体を差し出して……わたしを守ってくれました。

 幼いころのわたしは何も知りません。

 母が死んでからもそれを認めずに母の味を求めてました。

 これは違う。これも違うと、段々濃い味を求めていったのです。

 志貴さま。わたしは罪深い女です。わたしは姉さんに守られて生きてきました。

 姉さんがカレーライスを否定するのも母を否定しているからです。

 カレーライスが料理でないのは母親を否定したいからです。

 わたしも姉さんも今は幸せです……ですが、姉さんの傷は癒えてません。

 かつての人形として生きたのは母のせいと考えてるからです。

 母の愛情の証たるカレーライスを否定するのがその証拠です。

 どうか、志貴さま。姉さんを救ってください。




 翡翠の告白に皆は黙っていた。

 何も言えずにいた。

 遠野の闇が琥珀の心を未だに蝕む。

 荒涼たる思いが志貴の中を駆け巡っていた。

「違うと思います」

 沈黙を破ったのはシエルだ。

「わたしの母は、詳しい事は分かりませんが古い名家と聞いてます。母と父が結婚するのに家は大反対したそ

うです。半ば喧嘩し勘当されて、フランスに渡ったそうです。そして、一度も里帰りをしなかったそうです」

 シエルの言葉に皆黙る。シエルは知っての通り自らの手で家族と故郷を滅ぼした。そのことを口に出すだけ

でも辛いはずだ。

「遠野くん。わたしが茶道室を拠点としているのも母の影響です。母は家を嫌って飛び出しました。

 しかし、故郷を懐しいのか、日本の物を良く取り寄せてました。茶はわたしの祖母が好んでいたそうです。愛

情と憎しみは表裏一体です。母は祖母を憎んでましたが愛してました。琥珀さんもそうだと思います」

 シエルの言葉を引き継ぐかのようにアルクェイドはいう。

「志貴。わたしと琥珀は似てると思う。琥珀は自らの意思で。わたしはそういう風に育てられて。

 無機質な人形として生きてきた。正直、母親、父親の事はよく分からない。そういうのはわたしには居なかった

から……じいやはいたけどそれは違うと思う。姉は居るけどそれも違う。だけど、家族が大切なのは分かる。居

なかったから分かるの。志貴。琥珀を助けてあげて。わたしを‘殺して’助けたように琥珀も助けてあげて」

 二人の懇願には志貴は考える。

「でも、どうやって?」

 志貴の思いを代弁するかのようにカリーは言う。

「方法は一つある」

 志貴は静かに言う。

「琥珀の母親のカレーを食べさせてあげればいい。そうすればきっと、分かるはずだ」

 だが、志貴の言葉に苦汁は見える。

「だけど、どうやって再現すればいいか分からない」

 そうだ、翡翠と琥珀の母親、瑠璃の味は二人しか分からない。琥珀に聞けるのではないし、翡翠の舌は母の

味を求めて‘壊れているのだ’

 志貴の苦しみには以外のところから助けが出た。

 あたしがいるの。

 振り向くとレンが立っていた。

 琥珀は言っていた。秋葉のくそまずい料理がおいしくて、カリーの美味しいカレーがだめ。
 
 あたしは知りたい。どうしてかを。だから協力するの。 

「そうか、レンなら……志貴ー。翡翠と琥珀の母のカレーを再現できるよ」

 アルクェイドは嬉しそうに言う。

「けど、辛いわよ。覚悟はいい」

 その脅しには動じず、

「もちろん」

 と志貴は応えた。

「そう。シエル。カリー。あなた達も協力してもらうわよ。そして、翡翠。あなたもよ」

 アルクェイドの言葉には誰も拒む者は居なかった。

 そして、それを遠くから見ていた者がいた……。




 
  第十三夜  深夜 遠野家にて



 はあー、疲れました。

 琥珀は一息つくと玄関のドアを開けた。

 あの後、秋葉から突然の用事を言い渡されたのだ。かなり遠くまで使いに出されたのだ。

 もう、かなり遅くなりましたね。皆さん、食事はどうしたのでしょうね。

 そう考えながら奥に進む。色々忙しくて、夕食はとっていない。なにか、簡単な物でもと食堂に向かう。

 ぴたりと足を止める。

 またですか……。

 正直、ウンザリした気持ちになる。

 廊下からでもカレーの匂いが漂ってくるのだ。

 いい加減にしてもらいたいです。まだ、懲りないのですか……

  何か文句をいってやろうと食堂に入った。

「おかえりー」

 志貴が、

 アルクェイドが、

 シエルが、

 翡翠が、

 レンが、

 カリーが、

 皆が琥珀を出迎える。

 満面な笑顔で出迎える。

 これには琥珀も少したじろぐ。

「お疲れ様、琥珀さん。夕食は出来ているよ」

  志貴が笑顔で言う。その手にカレーの入った鍋が握られている。

「志貴さんもそんな馬鹿げた事に参加するのですか。わたしはカレーは料理として認めてません。

 したがって食べる気はありません」

 きっぱりという琥珀に翡翠が声をかける。

「姉さん。このカレーはただカレーではありません。わたしの求めていたカレーなのです」

 その言葉に首をかしげる琥珀。だが、カレーの匂いをあらためて嗅いだ時に気付いた。

「まさか」

 本当に驚いた顔でカレーの入った鍋を見る。

「そう。琥珀と翡翠の母さん──瑠璃さんの作ったカレーだよ」

 今度こそ驚愕な顔になる。

「でも、どうやって……」

 かろうじてそれを呟いた。

「レンが協力してくれたの。翡翠の思い出からカレーの味を志貴に覚えこませて、シエルとカリーで作ったのよ」

 アルクェイドはレンの頭をなでて言う。

 だが、それは容易な事ではない。何度も試食し失敗しながら作り上げたのだ。

「だったら、なおさらです。

 わたしはあの人を母親として認めていません。そんな物はそれこそ犬も食わないものです」

 きっぱりと拒絶した。

「いいえ、あなたはそれを食べなければならないのよ」

 意外なところから声がかかる。食堂に入った秋葉が強い口調で言ったのだ。

「秋葉さま──」

 不思議そうな顔で秋葉を見る。同時に理解する。全ては秋葉の思惑なのだ。シエルが琥珀にカレーを食べさ

せるという計画に便乗して描いたものだったのだ。

 考え見れば不思議だった。どうしてシエル達を屋敷に招きいれたのか。どうして昨夜の夕食時に自室に篭ら

せたのか。どうして用事で遠くに出かけさせたのか。

 全ては琥珀にカレーを食べさせるためだったのだ。

 けど、なぜ?

「いくら、秋葉さまの命令でもこればかりは聞けません」

 少々、声をこわばらせて琥珀は言った。

「違うわ、琥珀。これは命令でなく懇願なの。あなたに母の味を大事にしてもらいたくて──琥珀。

 あなたが羨ましい。私には母の味は知らない。いいえ、兄さんだって本当の……」

 一転して優しい口調で諭すように秋葉は言う。その言葉の途中に志貴が

「秋葉。俺にとってのお袋の味は啓子さんの味だ。それでいいじゃないか」

 少し強い口調でさえぎった。

 琥珀は気づいた。秋葉がなぜ荷担したかを。

 秋葉と四季の母親は秋葉の物心がつく前に無くなった。

 だから、秋葉に母の味というのは存在しない。

 一流ホテルから引き抜いたシェフの一流料理は毎日味わっていた。

 美味しいが空虚な味を毎日……。

 だからこそ琥珀には母の味を大切にしてもらいたい。奇しくもアルクェイドが言ったとおり、知らないからこそ

分かるのだ。母の味の大切さを。それが遠野の行った罪の償いになるとは思えない。

 だが、否定して欲しくなかったのだ。母の味を。

「分かりました」

 そう言って、琥珀は椅子に座る。

「ほら、翡翠も」

 そう言って翡翠も座らせる。

 いつもと逆に志貴と秋葉が給仕するのだ。

 カタンとカレーの入った皿が置かれる。

 二人はスプーンを手にとる。

 そっとカレーをすくう。

 口に運ぶ。

「これです。これがわたしの求めていた母の味です」

 翡翠は嬉しそうに声をあげる。

 だが、琥珀は動かない。

「まずいです」

 一言だけ呟く。

「酷い話です」

 さらに呟く。

「ルーは市販の安物にお湯でといた物。しかも量を作るためにかなり多めにお湯を足している。これではトロミ

はほとんどありません。小麦粉だって入れすぎです。風味がとんでます。野菜もくずばかりだし肉も賞味期限ギ

リギリ。それを細かく刻んでいるだけのごまかし。本当に酷い味です」

 声が震えていた。

「そんなのを当時は美味しいと思っていたのです。そんな物を当時は何度もお代わりしたのです」

 もう、堪えきれない。

「志貴さん。どうして貴方は何度も壊すのです? どうしてそっとしてくれないのです?」

 くしゃくしゃの泣き顔で志貴に向かって言った。  

 歌が聞こえる。

 琥珀に歌が聞こえる。

 隙間から寒風がぴゅーぴゅー吹き荒れる部屋。

 なのに体はあったかい。

 それはカレーがあるから。

 大好きなお母さんが作ってくれたカレーがあるから。

 何度もお代わりした。

 みんなで笑いながら食べた。

 貧しかったあの日。

 それでも母は大事にしてくれた。

 知っている。

 琥珀は知っている。

 母はいかに琥珀たちを大事にしてくれたかを知っている。

 スーパーには閉店ぎりぎりに入る。

 惣菜が安いから。

 けど、数は少ない。

 だから、ほとんどを二人に分け与える。

 二人にはコロッケ。自分は漬物だけをおかずにした。

 カレーの日もほとんどお代わりしなかった。

 常に二人の事を優先させてきたのだ。

 憎めるか?

 憎めるはずは無い。

 そんな母を憎めるわけは無い。

 ああっ、思い出が蘇える。

 母がいかに自分達を大切にしてくれたかが思い出される。

 貧しかった日々。

 けど、愛情だけは確かにあった。

 暖かいぬくもりに包まれた愛情が。

 琥珀は泣いていた。

 泣きながらカレーを食べていた。

 志貴にはそれがひまわりのような満面な笑顔と同じに見えた。

「あの……」

 琥珀は恥ずかしそうに志貴に言う。

「お代わり……いただけませんか?」

 その言葉に志貴は応える。

「いいよ。さあ、食べよう。みんな食べよう。琥珀と翡翠の母さんの瑠璃さんのカレーをみんなで食べよう」

 そう言ってみんなに勧める。

 皆は席に座ってカレーを食べる。

 暖かく笑いながらカレーを食べた。

 その日を境に遠野家の食卓にカレーが出るようになった。

 カレーの日は椅子に座るのは二人ではない。

 四人全員で椅子に座ってカレーを食べるのだ。

 もっとも、四人で無い日も多々あったが……。




























「それにしてもねー」

「どうしました、カリー」

「あたしの丹精こめたカレーよりこんなカレーが美味しいとはね」

「ふふっ、確かに。でも、料理の最大のスパイスは愛情です。これはそれがテンコ盛りですよ」

「そう、だから、志貴の料理も美味しいの。志貴の料理は愛情一杯なのー」




























「あははっー、やっぱり、カレーは料理じゃありませんね。素人のわたしがカレーの使徒たるカリーより美味しい

カレーを作ったのですから」

「くっ、悔しいー」




























「ところで翡翠」

「何でしょう志貴さま」

「いや、翡翠の味オンチの原因は分かったけど、琥珀の掃除オンチの原因は何なのかなーと思って」

「さあー、わたしも知りません」

「そうか……」




 終わり


 ユウヒツさんより頂きました、「琥珀の歌 カレーライスの歌」、堂々の完
結でございます。

 最初第一話頂いた時は、コテコテのギャグ作品になると信じて疑わな
かったこの作品、まさかこんな展開になろうとは。
 琥珀が何故カレーを料理と認めなかったのか――その理由には正に
涙を誘われます。俺はこういう作品に弱いんです(/д\;)
 親子の絆、家族の絆……それを取り巻く暖かい仲間達。
 やっぱり、素敵ですよね。

 ユウヒツさん、素敵な作品、どうもありがとうございました〜

 そして同時にちょっとしたおまけも受け取っております。
 NEXTの先にありますので、どうぞ御堪能下さい。