■ 我が家のおデビルさま サンプル ■




「あなたは神を信じますか?」
 駅前や大学の構内でそんな言葉をかけられた時、鹿目タツヤは決まってこう言い返す。
「もう悪魔の相手で手一杯だから、間に合ってます」
 あっけにとられた相手が我に帰る前に、さっさと歩き去ってしまう。普通の相手であればそれで関わり合いを避けてくるし、追いすがってくるような相手は本物なのでまかり間違っても関わりあいたくない。避けられる面倒事はなるべく避けて回るべきだし、何より嘘はついていないのだ。
 神様なんかいるのかどうかは分からない。
 だけど自分を悪魔と名乗る存在と、タツヤはひどく長い付き合いを続けているのだ。




「それじゃすいません。今日はこれで上がります」
「はーい。タツヤくん明日もよろしくなのです」
 アルバイト先の店長の声を背中に受け、タツヤはバックヤードに引っ込む。金曜の夜は掻き入れ時でホールスタッフも厨房も忙しいのだが、学生に無駄に残業させないのが方針なのだという店長の言葉は正直ありがたかった。三十になるかならないかであろうその姿とおっとりとした口調からは想像もつかないほど、労働や人間関係に関して厳しくしっかりとしている女性である。元々は発酵食品の取り扱いからいつの間にか居酒屋になってしまったのだという成り立ちらしく、取り扱っている料理にとにかくチーズが多いのはまあご愛嬌といったところかもしれないが。
 着替えと荷物を入れているロッカーからタツヤがケータイを取り出すと、一通のメールが届いていた。内容を確認した彼の顔は一瞬でどんよりと曇りきる。

「買い置きのビールがなくなってしまったわ。帰りがけに買ってきてもらえないかしら。ホムフフフ……」

 シンプルな内容からあふれんばかりにこめられた理不尽さと不吉さに、こめかみのあたりに痛みを覚えてタツヤは深いため息をついた。というか、どうしてメールにまで訳の分からない笑い声の擬音がついているのだろうか。
 差出人の心当たりはありすぎる。顔も姿もよく知っている。もちろん、メールアドレスも登録済だ。
 暁美ほむら。
 姉である鹿目まどかの、中学校時代からの友人だという設定だ。真実ではあるらしいのだが、便宜上最近その関係を復活させたとのことで、やはり設定ということで問題ないとタツヤは思っている。
 何故設定などと言う言葉で表現するのかと言えば、彼女が人間ではないからだ。
 鹿目タツヤは神様なんか信じない。
 だけど悪魔はとてもよく知っている。
 暁美ほむらという名前の女悪魔は、彼が物心ついた頃から今の今まで現在進行形で、鹿目タツヤに迷惑をかけ続けているのだ。



「ただいま……」
「お帰りなさい、タツヤくん。遅かったじゃない」
 アパートに帰り着いたタツヤを、落ち着いた女性の声が出迎える。ため息混じりに部屋のドアを開けた彼の目に、最近ひどく見慣れ過ぎてしまった光景が今日も広がっていた。
 部屋の隅に備え付けられたパイプベッドの上に、一人の女性がうつぶせに寝転がっている。その格好は体のラインがくっきりと浮かび上がる扇情的な漆黒のドレス姿であった。スカートの裾は太ももの辺りまでまくれ上がり、投げ出された足のラインが艶めかしい。大きく空けられ露になった背中の白い肌が殊更にタツヤの目を引き付ける。
 それだけであれば目に毒なだけの心躍る光景で済まされた。しかしその背中からは巨大な翼が生えているのだ。鳥とも蝙蝠ともつかぬ異形の黒い翼は、それが作り物ではないと主張するかのように、彼女の呼吸に合わせてやんわりと羽ばたいている。六畳間の中では大層迷惑極まる行動であった。
 タツヤは深い、深いため息をついてベッドを占領する悪魔に向けて声をかける。
「もう色々諦めましたけど、せめて羽だけはひっこめて頂けませんかねほむらさん」
「別に部屋の物を倒したりはしていないんだけど?」
「俺の居場所が奪われているんですがねものすごい勢いで」
「やあねぇ。カリカリしちゃって」
 まるでタツヤが悪者だとだと言わんばかりにほむらが小さく肩をすくめると、羽はまるで幻であったかのように跡形もなく姿を消してしまう。後に残されたのは、艶やかなドレス姿でベッドにうつ伏せで横たわる妙齢の美女だけだ。顔の前には漫画本が積みあがっている。さぞ楽しげにそれを読みふけっていた事だろう。
「ねえタツヤくん。このマンガ、続きは無いのかしら?」
「昨日出た最新刊ですから、それ」
「じゃあビールをちょうだい。喉が乾いてしまったわ」
 ベッドから体を起こしたほむらは、艶の籠った視線をタツヤに向ける。正確には、その手に握られたスーパーマーケットのビニール袋に。
 しげしげとその姿を眺めるタツヤは、再びため息をつく。
 一人暮らしの大学生の男の部屋に、無防備極まる格好で三十前後の女がベッドの上に身を投げ出している。ちょっと人間ではなかったり、見た目はだいぶ年上ではあるけれど、人に話しても自分が聞いてもこれ以上ないくらい羨ましい状況なのは間違いない。その筈なのに、先に頭に思い浮かぶのが「残念」の二文字なのは何故なのか。
「……あれだよなぁ。恥じらいとか奥ゆかしさって、想像以上に大切なものだよなぁ」
「何か言った?」
「いえいえ、何も」
 ビニール袋から500ml缶を取り出したタツヤは無造作にそれをほむらに投げ渡すと、残りをテーブルの上において踵を返す。
「あら、付き合ってくれないの?」
 器用にキャッチしたほむらが軽く缶を振って誘うのに対して、顔を向けたタツヤは首を横に振る。
「バイト帰りですから。シャワー浴びてくるんですよ。それ飲んで満足したら帰ってくださいね」
「なんてこと。下僕が主の酌に付き合わないとは、世が世なら切腹ものだわ」
「なんでちょっと目を離すと互いの関係性がひどい方にひどい方に転がっていくんですかね……」
「付き合ってくれれば少しくらい褒美を与えてもいいわよ?」
 そう言って悪戯っぽい微笑を浮かべたほむらは、指先で己のドレスの胸元をつまみあげる。スレンダーと呼ぶには随分と控えめに過ぎるふくらみの乳房ゆえか、その程度の隙間でも先端の桃色の突起まではっきりとタツヤの目に晒される。
 一瞬息を呑んだタツヤだったが、深いため息をついて、
「今の俺にはシャワーの方が魅力的ですから」
「なんてこと……この少年、無機物を選ぶような変態だったのね。信じがたい人間失格だわ……」
 クローゼットからバスタオルと下着を取り出したタツヤは、悪魔の暴言に耳をふさいで、風呂場へと向かったのだった。


「いや本当……勘弁してもらえないかなぁ」
 シャワーを浴びながら肩を落としたタツヤの視界には、がっちりとそそり上がっている愚息の姿が。
 甘んじて暴言を受け入れたつもりであったのに、肉体の方はしっかりと正直に反応してしまっていた。
 それでもつい一週間くらい前までは、もう少し我慢できていた筈なのだが。
「結局、あのせいだよなぁ……」
 その時の事は、忘れようにも忘れられない。手触りも、肉の重みも熱も匂いもすべて鮮明に焼き付いてしまっている。
 面と向かって話している時も、脳裏にその姿が重なってしまう。
「やっぱりこう、頼み込んでお帰りいただこう。このままじゃ何にも手につかないし」
「いやよ」
「……へっ?」
 独り言にある筈のない答えを聞き、タツヤは思わず声を上げる。次の瞬間、背中に伝わる湿った布地と柔肌の感触に今度こそ彼の体は石のように固まりついてしまう。
「ほ……ほむらさん!?」
「お酒に付き合わずに何をしてるのかと思えば……あらあら。まあまあ」
 ほむらの両の手がタツヤの脇の間から滑りこみ、悪戯っぽくお腹を撫でまわしてくる。そしてゆっくりと彼女の指は下へと流れていく。
「なぁに? これは」
「はぅっ!」
 ベルベットの長手袋に包まれたしなやかなほむらの指が、勃ち上がったタツヤのモノの先端をつまみあげてくる。
「ちょ、やめ……」
「早くシャワー浴びたいって、これを何とかしたいって事だったのかしら?」
「違います、違いますから! これはたまたま」
「あら、こっちの方をご所望?」
 もう片方の手が、タツヤの陰嚢を撫でさする。腰を突き抜ける甘い痺れに、思わずタツヤは膝が震えよろけて慌てて壁に寄り掛かる。
「ほむらさん! まずいから、それ!」
「パンパンに張りつめてるわね。すごいわ、男の子って。毎日毎日こんなに溜まっちゃうんだ?」
 ほむらの手は攻撃を緩めてくれない。先端を撫でさすっていた右手は人差し指と親指で輪を作り、そそり上がった肉竿を扱き上げてくる。左手は包み込んだ陰嚢をわずかに力を込めて握ったり、付け根の所を指先で撫でてくる。まだどこかたどたどしさが残る手つきであったが、熱心に弄んでくるその様子は、猫がお気に入りのおもちゃにじゃれ付いているようだった。
 じゃれつかれているタツヤは、もはや立っていられない。膝をついて、荒い息でバスタブの縁にうつ伏せにもたれかかってしまう。その背中にぴったりとほむらは覆いかぶさっている。
「ビクビク、震えてるわよ。もう出ちゃいそうなの?」
「で、出ますから。出しちゃいますから! ほむらさん、手が汚れるから……」
「いいわよ? タツヤくんので汚されるのなら、全然構わないわ」
 耳元で、熱い吐息と共に吹きこまれるその言葉は、若く健康な男の魂を堕落させるには充分過ぎる物だった。
 ひときわ張りつめたタツヤの肉竿の中を、熱いものが込み上げていく。鈴口から勢いよく吐き出された精液はバスタブと、そしてほむらの黒手袋に白くまだらに飛び散る。
「やだ、こんなに沢山私の手の中に出しちゃって。タツヤくんは本当にいやらしいわね」
 悪戯っぽい笑い声を残して、タツヤの背中に掛かる重みが抜けていく。荒い息をつきながら、よろよろとタツヤは体を起こし、彼女に向き直る。
 出放しのシャワーが二人に向かって降り注いでいる。濡れた長い黒髪とドレスがぴったりと体に張り付いたほむらから、タツヤは目をそらす事が出来ない。右手を口元に寄せ、飛び散った精液を舌先で掬いあげた彼女は、スッと目を細めてタツヤを見つめる。
「すごい匂いよ、タツヤくん。悪魔相手にこんなことしてしまうだなんて、末恐ろしいわ」
「いやほむらさんが勝手に……!」
 羞恥が頭の中を埋め尽くし、タツヤはか細く呟いた。
「あら、そう?」
 ぺろり、と。右手を汚す白濁を全て舐めとったほむらがそのまま床に手をついて、四つん這いで再びタツヤに向けてすり寄ってくる。
 一匹の、危険な黒い獣が哀れな獲物に舌舐めずりをしている。それが分かっていても、タツヤは動く事が出来ない。ドレスの胸元の隙間から覗く、彼女のつつましい胸の膨らみの先端からも。丸く柔らかく熟した肉付きの尻が、悩ましく揺すられながら自分に近寄ってくる所からも。
「つい一週間前に、私にそれを教えてくれたのは一体誰だったかしらね」
「それから毎日じゃないですか! さすがに体がもたないんですが……!」
「あら。ここはとてもそうは言ってなさそうだけど?」
「はうっ!?」
 根元から肉竿を掴まれ、弱々しい悲鳴がタツヤの口から洩れる。
 気づけば鼻先が触れ合うほどに、ほむらの顔がタツヤの真正面に寄せられていた。紫暗の瞳がまるで魔法のように自分の視線をからめ取り、放してくれない。息苦しさを覚え後ずさりしようとするタツヤだったが、すでにバスタブに逃げ道はふさがれている。
 そしてあっさりと、タツヤの視界はほむらの顔に埋め尽くされた。唇をふさぐ熱は蕩けそうなほどに甘い。先ほど舐めとっていた筈の精液の生臭さなどみじんも感じない、咲き誇る蘭花のごとく秘めやかで、香しい。
「もっともっと、教えてちょうだい。別の幸せの形を」
「ほむら、さ……ん、んむ……」
「悪魔に手を出した責任は、深く暗くて重いのよ、タツヤくん……」
 太ももに掛かる心地よい重みに、ほむらが馬乗りになったのだとタツヤは気がつく。すでに一度吐き出したことなど忘れたのだと言わんばかりに、股間の肉竿は固さと力強さを取り戻している。ゆっくり、焦らすようにソコを扱きたててくるほむらに応えて、タツヤも彼女の腰に手をまわした。
 なるほど。
 これが堕ちるという事なのか。
 タツヤは大きく開いて晒されている彼女の背中を撫でまわし、そして尻へとゆっくりと手を滑らせていく。吸いつくような肌の感触に蕩然としながら、彼の脳裏にはこの事態を引き起こした、あの夜の事が思い起こされていた。








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