優しいキスより激しく抱いてキスをして


ユウヒツ





 グラスの中で丸い氷が揺れる。カランと音を奏でる。琥珀色の液体を並々と注がれる。常温の液体に浮ぶ氷。ピシリとひび割れる。水で薄めたりはしない。生のまま注がれる。コップのふちに溢れかえりそう。そのまま飲み干していく。小さく赤い唇に寄せて一気に飲み干す。飲んだ後の吐く息に酒精が帯びる。熱い吐息が漏れていく。
 もう一杯注ぐ。一気に飲み干す。味わってなどいない。高く希少な酒が無造作に飲み干される。
 軽く息をついて三杯目。手酌で注がれる。くいっとコップが傾けられる。こくこくと飲み干していく。形の良い顎が上を仰ぎ見る。首筋が露わになる。コクコクと咽喉が鳴る。琥珀色の酒の一筋が唇から漏れていく。つぅーと白い肌に伝わり落ちていく。口から首へ、そのまま白いブラウスに包まれた胸元へ降りていく。拭き取ろうとしない。少し頭を振ってコップを下ろす。
飲み干したら四杯目を注ぐ。乱暴に。高貴な香りも深い味わいも関係ない。水で薄めたりせずに飲む。酔うために飲む。だけど、いくら飲んでも顔色は変わらない。息は熱い。吐く息の酒精はますます強まる。しかし、それでもしっかりとした動作で飲み干して注ぐ。酔いとは無縁の体なのか。
 四杯目も飲み干した。さすがに少しは回ってきたのか。目がとろんとしてくる。息を吐くたびに胸が大きく膨らんで動く。乱暴に飲んだため幾筋も酒がこぼれている。自然にブラウスの上のボタンをひとつ、ふたつ外していく。ポケットのハンカチで拭う。胸元を少し広げて拭う。白い胸元が少し露わになる。大きく隆起こそしてないが、ほんのりと朱に染まり妖艶な雰囲気を漂わせる。髪も少し乱れている。いく筋もの黒い髪が額にかかる。乱暴に払い、熱いため息を吐いた。
 五杯目を注ごうとしたところで声をかけられる。
「なあ、秋葉。少し飲みすぎてないか?」
 志貴だ。少しだけうんざりした様子で秋葉を眺めている。軽いため息を吐いて、志貴はコップの中身を軽くすする。正面からは秋葉のほうを見ようとしない。ちらりちらりと眺めては目をそらす。それが不満。
 秋葉は切れ長の目でじろりじろりと志貴を見つめながら酒を飲み干した。五杯目。

 いつもの夜。普段は琥珀と翡翠を交えてのお茶会が開かれる。なのに今日は違う。夕食時、秋葉は「今日は兄さんと二人きりで話があります」そう宣言した。細かい指示を琥珀に出した後、ずっと黙っていた。
 居間のテーブルには大量のお酒しかない。つまみ一つもない。酒はあまり飲めない志貴はミネナルウォーターにライムを搾り、岩塩を1摘み入れたもので咽喉を潤していた。
 五杯目も黙ったまま酒を飲み干した。手酌でただ乱暴に飲み干した。向こうからじろりと睨まれた。
「──それで、話というのはなんなんだ」
 少し口調を強めて志貴は言った。秋葉はじろりと志貴を睨んだ後トンと軽い音を立ててガラステーブルにコップを置く。そして、
「兄さんはアルクェイドさんが好きなのですか?」
 と、問い掛けた。

 志貴は遠野の屋敷に帰った後、ある騒動に巻き込まれた。町を騒がす殺人鬼。全身の血を抜かれる死体。隣町で起きたホテルの惨劇。消えたクラスメイト。色々あって、それを志貴が解決した。全身がぼろぼろになりながらも解決した。その後には白い吸血姫が心を占めていた。

「なっ──」
 言葉に詰まる。前置きも無しの直球勝負。じろりと睨まれる。
「答えてください。兄さん!」
 さらに語調を強めて問い掛ける。志貴は軽く息を飲み、
「ああ、そうだよ」
 静かに告げた。
「どうしてですか。あれは吸血鬼なのですよ。人ではないのですよ。どうしてですか?」
 先ほどの空気を切り裂くような絶叫。あれだけ酒を飲んでもほとんど変わらない肌の色が赤くなっていく。強く叩きつけるように言葉を紡ぎだす。 ぎゅっと拳を握り締める。
「関係ないよ。俺にとってあいつがなんであろうと関係ない。アルクェイドが──好きなんだ。あいつだから大切なんだ」
 静かに木霊する志貴の言葉。淡々としていた。だから響いた。残酷すぎる本音が。
「私──よりもですか?」
 一転して弱々しい声になる。泣きそうなほどか細く問い掛ける。
「それは違うよ。秋葉は大切だ。家族として、妹としては秋葉を一番大切に思っている」
 慌てて志貴は言った。目を見開いて秋葉を見つめている。けど、志貴の言葉にふるふると首を振る。目に涙がにじみ出る。
「──家族としてですか? ……妹としてですか? 私はそれが不満です! 私はそれが嫌です!」
 熱く潤んだ声だった。今までテーブル越しに語り合っていた。しかし、立ち上がるとガラステーブルを横切り秋葉は志貴ににじり寄る。
「ねえ、兄さん。私は弱い女です。酒の力を借りなければこんな事が言えないのですから」
 一息ついて、じっと見つめる。軽く長い髪を手櫛で振り払う。ふわりと髪が舞う。ゆっくりと近付き志貴の隣に座る。静かに顔を向ける。熱く潤んだ目を向けて告白する。
「私は兄さんが好きです」
 志貴は大きく息を飲んだ。秋葉は見つめる。志貴も見つめる。互いの顔を。
「家族としてでなく。兄としてではなく。男として好きです。一人の女として兄さんを愛してます。──本当は兄さんと呼びたくありません。志貴と呼びたいのです。呼ばせてくれませんか?」
 嘆願だった。心からの願いだった。兄を男として意識し始めてからの想いだった。
「──ゴメン。秋葉」
 秋葉の想いを息を止めて受け止めた。二回ほど目をまばたきする。その後強く目を閉じて顔をそらし──搾り出すように告げた。
「なぜですか? 前にも伝えたように私と兄さんは血が繋がっていないのです。何の問題も──」
 放心する。頭が白くなる。たった一つの希望が壊されていく。目元が熱くなる。一筋の涙がこぼれ落ちていく。ポタポタと床を濡らす。筋となって顔を伝い首を伝い胸元に滑り落ちていく。ガラガラと自分が崩れていく気がした。
「ゴメン。秋葉」
 顔を背けたままもう一度言った。カっとなる。
「謝らないで下さい。惨めになります。どうしてですか? いいえ、納得できません。確かに八年間別れ別れになってました。もしかしたら兄さんに恋人が出来てるかもしれないという覚悟もしてました。学校の同級生、先輩。近所のお姉さん。けど、そうではなくアルクェイドさんなのですよね。どうしてです。一緒に幼い頃遊んだ翡翠や別れる時にリボンを渡した琥珀なら納得はします。思い出がありますから。けど、アルクェイドさんは──アルクェイドさんは──ほんのの少し前に兄さんと…………出会ったばかりなんでしょうに────それなのに──なんで」
 最後は泣き出してしまった。激しい吐露を吐き出して秋葉は泣き崩れていく。床に崩れて座り手で顔を覆い泣く。肩に手をかけられるがイヤイヤと振って拒絶する。
「ゴメン、秋葉。お前の気持ちはよく分かる。けど、そうじゃないんだ。時間とかそういうのは関係ない。俺は出会ってしまった。アルクェイドに。だからなんだ。もし違う出会いがあればお前に惹かれたかもしれない。他の誰かを選んだかもしれない。けど、俺はアルクェイドに出会い選んだ。ちっぽけな俺は他の誰かも支えることなんて出来やしない。秋葉も家族として、妹としてならお前を支えられる。でも、女としてはどうしても支える事が出来ない。見る事なんて────出来ない」
 志貴は秋葉の肩を抱き、優しく言葉をかけていく。ああ、志貴には分かっている。遠野家当主として強く見える。気高くまっすぐに見える。けど、本質は変わらない。泣きそうな顔で志貴の後ろをトコトコと付いて来たあの頃。まったく変わらない。秋葉は答えない。嗚咽だけを漏らす。
「……分かりました」
 不意に泣き声は止んだ。ポツリと呟く。顔は黒く長い髪に覆われて見えない。静かに静かに告げた。
「ならば、一つだけお願いがあります。今夜だけ。ほんのひと時だけでいいのです。私を女として扱ってください。もうこれから我侭は言いませんから。今宵だけでもお情けを頂きたいのです」
 髪を振り払って志貴を見つめる。熱いまなざしを向ける。涙を振り払いそれでもまっすぐに見つめて伝えた。心を振り絞って願いを伝えた。
「兄さん。いえ、志貴。私を──私を抱いてくれませんか?」
 驚いた顔をしていた。「なっ、そんな、妹であるお前を──」と少し小声で言いかける。しかし、真剣な秋葉の顔に志貴は黙り込む。互いに見つめ合う。じっと。

 沈黙が続く。秋葉の懇願に志貴の表情は揺れる。見つめられる。握り締めていた肩に少し力が篭もった。痛いほど。けど、感じる。愛する兄さん──志貴を感じた。ああ、音が聞こえる。自分の鼓動の音。志貴の鼓動の音。互いに早鐘のように鳴り響いている。風も聞こえる。静かにそよぐ風。星は瞬いている。静かな夜。こんな日に抱かれたい。思い出を頂きたい。ぎゅっと手を握り締めた。覚悟はしている。熱く激しく抱いて欲しい。キスをして欲しい。例えこれで最後になろうと────
「……いやっ、やっぱりお前を抱く事が出来ない────」
 打ち破られた沈黙は苦渋の顔で訪れた。 志貴は顔をさらに背けて肩から手を離す。離れていく。志貴は一歩、二歩と秋葉から離れた。それが永遠の距離の溝に見えた。深い断絶を感じた。
「どうしてですの?」
 その顔は無表情に近い。心が冷えていく。体も冷えていく。しかし、奥が熱い。激しく燃えている。頭が熱くなっている。冷えていく心と裏腹に力が篭もる。己の禁忌の力。鬼の力。抑えようとしたい。開放しようとしたい。ああ、本当に欲しければどうすればいいのだろうか?
 志貴は大きく息を吐いた。軽く頭を掻いた。目をそらしたまま口を開いた。
「──告白するよ秋葉。あの時。あの時、お前と久しぶりに会ったとき、本当に綺麗になったと思った。息が止まった。本気で女として惹かれたよ。ああ、今でもそうだよ。お前を抱きたい! 無茶苦茶にしたい! そんな汚く嫌な想いが心に渦巻いている。本音は妹として考えなければ正気を保てない。家族として考えなければいけない。実はこうやってそばにいるだけで理性を保ちつづけるのは本気で難しいよ」
 志貴の声に軽さが感じる。少しおどけたような口調だった。しかし、よく見ると手は震えている。目の奥には秋葉を女として見つめている何かがある。ケモノの目。少しだけ怖い。息も荒い。ギリっと歯をかみ締めた音が聞こえる。戦っているのだろう。欲望と理性が。渇望している。無理矢理押さえ込んでいる。視線を下に逸らすと股間が膨らんでいるような気がした。大きく肩も上下している。
「でしたら──」
 甲高く秋葉が言いかける。喜びを感じた。志貴の様子を感じて胸が熱くなった。期待が膨らむ。胸の先が固くなるのを感じる。ほおが紅潮するのを感じる。下が熱い。ぬるりとしたものを感じる。志貴を男として思った。声を口にしながら自分を何度も慰めた。想像だけの男。兄さんとしてでなく男として大きく志貴を感じた。
「けど、それはだめだ。秋葉の事が好きだからかどうかが分からないから。女として感じてるだけかもしれないから。男というのは情けないことにどうしても好き嫌いの感情を通り越して‘欲しい’という欲望が出てくるんだ。そして今の思いを抱いたまま秋葉を抱いたら深みに嵌る。絶対に! 一度だけで済まなくなる。それはアルクェイドも。お前も。俺も、全員をも傷つける事になる。だから──だから、どうしても抱く事が出来ない。ゴメン」
 志貴はきっぱりと拒絶した。頭を下げる。
 秋葉は大きい息をついた。何かを言いたい。言いかける。しかし、霧散していく。志貴の顔を見ていたら消えていく。少しだけ笑いがこみ上げてきた。希望がこみ上げてきたから。ああっ、自分も女として見られてた。ああっ、自分も認められていたのだ。本音は諦めるつもりだった。アルクェイドが一番好きなのは明白だったから。ならば想いを打ち明けて忘れるつもりだった。最後に思い出を貰って忘れ去るつもりだった。でも、見えてきた。──兄さんは私のことが好き。家族としてでなく、妹としてだけでなく、女としても好き。嬉しい!
「そうですか。まったく、男というのは本当に情けない限りなのですね」
 ふふふと笑う。仮面をかぶった。酒の力で外した仮面を新たにかぶる。こみ上げてくる思い。しかし、今宵はこれぐらいにしよう。悲壮な気持ちは消えている。ステップを踏む。明日から戦いが始まる。どうせ、兄さんのこと。翡翠や琥珀にも同じ思いを抱いてるだろう。シエルというえせ先輩にもだ。だから──
「兄さんの本音は分かりました。夜もふけてきた事だし今日はこれくらいにします。けど、私は諦めませんよ。兄さんの本音に私の事を女として‘好き’と言う感情があるのですから。それが分かっただけでもまあ収穫ですよね」
 いや、だから、と言いかける志貴の反論を嫣然とした笑みで封じて、
「ねえ兄さん。最後にキスしてくれませんか? 兄妹としてのおやすみのキスをお願いします」
 そう言って目を閉じる。少し時間がたつ。黒い影が覆う。ためらいがちに抱きしめられて額にキスをされる。優しく柔らかく親愛のキス。

 ──いつかきっと熱く激しいキスをしてもらいますよ兄さん。いえ、志貴……。

   心に誓った事。




 どうも、ユウヒツです。今回は自分なりに正面から向き合いました。なんていうか迷走してました。小手先だけにこだわっていた気がします。
 この話は僕だけの力で完成できませんでした。多くの方から指摘を受けて作り上げました。どこまで反映できたか分かりませんが二人の揺れる心が感じ取れれば幸せです。

 あっ、おまけも書きました。もしよろしければどうぞ。そちらは18禁ですが。

 では、次の作品をどこかにて。