連作短編 セイバーの食いしん坊万歳




<その一 タイガーのお料理教室>
→これはユウヒツ版のMARさんの連作(「逆転勝利」)裏話です。




 どたどたと廊下を駆ける音が聞こえる。
「やっほー、今日の夕飯は何かなー」
 藤ねえが士郎の家をいつものように強襲したのだ。
「てっ、あれー、セイバーちゃんだけ。士郎は?」
 居間に入るとセイバーがふてくされた顔でテーブルに頬杖をつき、テレビを見ていた。
「シロウとリンはデート中です。まだ、帰ってきてません」
 セイバーは憮然とした顔で不機嫌そうに答えた。何も二人きりのデートが不満なのではない。ただ、腹が減っているのだ。
「あらら、若いってのはいいけど、ちょっと遅すぎよねー。うーん、これは帰ってきたら一言いわないといけないわね」
 いかにも年長者らしい発言をする。藤ねえも士郎と凛が付き合うことには反対ではない。ただ、少しさびしいだけだ。
「はあ、お腹が空きました」
 セイバーは少しため息をついて呟く。昼から何も食べていないのだ。
「よし、今日はおねえちゃんが作ってあげよう」
 そういって、藤ねえは腕まくりし、台所に向かう。
「はっ? 大河。何をするつもりです」
 セイバーは藤ねえの行動に呆然とする。
「なにって、お料理作るのよ。セイバーちゃんもおなかが空いてるみたいだし、このまま待っていても埒があかないでしょうしね」
 呆けた顔のセイバーに藤ねえはそう説明する。
「しかし……」
 何とか食い下がろうとするセイパー。
「むっ、なによセイバーちゃん。わたしが作るのに何か文句あるの。それとも、セイバーちゃんが作る。士郎達がいつ帰るか分からないでしょうしね」
 珍しい事に論理整然とした藤ねえの反論にセイバーはうめく。
「くっ、背に腹は帰られないという事ですか。おのれシロウ。この屈辱、この怒り。決して、決して忘れません」
 セイバーはそれこそ苦虫をつぶした顔でうめき、手をぎゅっと握り締める。あまりに強く握り締めるので血が滲み出ないか心配なところだ。
「うん。ご飯は炊いてあるし、卵にチーズ、作りおきのポテトサラダに牛乳。よし。ここはオムレツ丼ね」
 セイバーの焦燥をよそに藤ねえは次々と食材をチェックする。それだけ見るならばとても頼りになるのだが……。
 藤ねえは卵を溶き、そこに薄力粉と砂糖に塩を混ぜた物を入れる。さらに少し温めた牛乳を入れる。
 意外と手際がよい。
 フライパンにバターを入れる。じゅっと溶けていい香りがする。ホイップクリームの準備もしている。
 ポテトサラダにチーズ、刻んだハムも用意してある。

 そして──

「出来ました−」
 藤ねえはどんぶりを二つ持って宣言する。そこには大ぶりのどんぶりにオムレツらしき物を乗せたのがある。丁寧にもケチャップをかけてある。
「さあ、セイバーちゃん、食べましょう。美味しいよー」
 嬉々とした顔で藤ねえはメシを掻き込む。
 セイバーもすこし、オムレツ丼の匂いをかいでから箸を運ぶ。
 少し甘い匂いがしますね。
 そんな感想と共に口に運んだ。


…………………… 


「なんじゃぁぁぁぁ、こりゃぁぁぁぁぁぁ」
 トラが叫ぶ。
「こっ、これは」
 セイバーも固まる。

 それはオムレツではなかったクレープだったご丁寧にも生クリームまで入れているケチャップもかけてあるそれとハムとポテトサラダに熱く溶けたチーズが絡むそこにやはりほかほかご飯が加わるそれはなんといえない味になるケチャップと生クリームは相性が悪い生クリームとご飯も相性が悪い甘い味が支配する全てが台無しになる何を考えてこんなの作る不味いまずい拙いマズイああっこんなのくわなければならないのか!

 二人は混乱する。
「大河。これはこの前よりもさらに。さらに食べにくいです」
 吼えるトラにセイバーは苦しげに呟いた。

 何とか完食だけはした。
 しかし、満たされなかった。


 それから二人は一睡もせずに士郎達の帰りを待った。二人は朝になっても帰ってこなかった。
「フフフフ……」
「アハハハ……」
 朝──そこに二匹のケモノがいた。
 トラとライオンは笑いながら家を出た。
 自慢の得物を携えて──




†  †  †  †  †  †






<その二 セイバー、はじめてのがいしょく>

 →このお話は聖杯戦争中を想定してます。どのルートかはとくに決めてません。




 ぬうー。シロウ。お昼を用意していないとは何たる怠慢。ここは帰ってきたら、喝を入れてあげなければなりませんね。
 セイバーは両手を大きく振り、大股で歩きながらそう思っていた。
 士郎は学校。セイバーはお留守番。それはいいのだが、士郎はセイバーのお昼を用意せずに学校に行ってしまった。
 そうです。シロウは自覚が足りないのです。自分の立場というのが分かってないのです。これは私怨ではありません。あくまでこれからの戦いの気構えを促すために行なう稽古です。決して、食事を用意してくれなかったから怒ってるわけではありません。
 すこし、頬を膨らませている。冷蔵庫には色々と食材が入っていたがどう調理していいか分からず、外で食べることにした。ただいま、商店街を歩いている。お昼なので、店からはいい匂いが漂っている。

 だが……

 ふと、気づいて愕然とする。
 財布を忘れた。
 いや、そもそもセイバーはお金をもっていない。普段は必要としないからだ。だが、今の現状ではそうも言ってられない。
 戻るか。
 否。どこにお金が置いてあるのかセイバーには分からない。意味が無い。

 ならば……

 学校に行こう。

 うん。それがいいのです。シロウを守るためにも学校に行くべきです。そもそもシロウは甘いのです。危機感を持っていないのです。わたしはサーヴァントとしての役割を果たすためにも士郎の傍にいなければならないのです。そうです。そのためです。何もシロウからお昼を用意してもらうために行くわけではありません。
 そう考えながらセイバーは士郎の学校に足を向けようとした。

「ふむ。そこにいるのはセイバーではないのかね」
 声が掛かる。後ろを振り向くと言峰神父がセイバーを見下ろしていた。
「そんなところで何を──いや、今日は平日か。ふむ。あ奴のことだ。普段どおりの生活のため学校にでも行っているのだろう。ふふっ、本当に危機感の無い奴だな」
 そういって、言峰神父はすこし笑う。セイバーはむっとしながらも、
「危機があればすぐに駆けつけます。それに学校では人目も多くあまり危険がありません。ですが、ご忠告は感謝します」
 一礼して、セイバーは立ち去ろうとする。彼についてはよく知っている。前回の聖杯戦争を通じて知っているのだ。彼は油断なら無い相手だということを。そして、纏わりつく血と闇の匂いのことを。
「まあ、待ちたまえ。ここに来ていると言うという事は食事かなんかだろう。丁度、昼時だからな。もし、良かったら一緒に食べないかね。君との縁はまんざらでもないしな、ご馳走ぐらいはするぞ」
 突然の言峰神父の申し出にセイバーは愕然と共に戸惑う。
「……何を考えているのです」
 静かにセイバーは睨む。目は鋭い。鎧こそ纏っていないものの、姿勢を低くして構え、いつでも対応できるようにしている。
「そう構えることもあるまい。食事は一人より大勢で食したほうが美味しいからな。それだけのことだ」
 言峰神父はそういってセイバーを見る。
「……分かりました。無下に誘いを断るのも礼に反してます。ここは受けましょう。しかし──」
 一巡した後、セイバーは言う。最後の言葉をさえぎるように。
「安心したまえ。私がどうあがいてもセイバー。君に勝てるわけ無いだろうに」
 すこし苦笑しながら言峰神父はそういい。歩いていく。あわてて、セイバーも追いかける。
 彼のたくらみを調べるためです。決して。そう、食事を奢ってもらうから尻尾を振って付いていく訳ではありません。




「泰山」

「いらっしゃいアルー」
 店に入ると怪しげなイントネーションの挨拶で迎えられた。中は少し暗い。刺激的なラー油の匂いがする。他にも唐辛子などの香辛料の匂いが強い。なんとなく不穏な雰囲気がしてセイバーはきょろきょろと周りを見渡す。
「ここでいいだろう。中国料理は初めてか。ならば注文とかは任せてもらおう。なに。ここは本格派だ。きっと、気に入ってくれるよ」
 言峰神父は空いている席に座り、セイバーにも席を進める。恐る恐るセイバーも席につく。
「店主。いつもの倍だ。麻婆豆腐定食二人前と単品で麻婆豆腐を二つだ」
 言峰神父は常連なのか手馴れた様子で注文する。すぐに「はいアルー」と怪しい返事が返ってきた。

   二人に会話は無い。ただ、注文が来るのを待つだけだ。話すことは何もないし必要も無いのだから。

「お待たせアルー」
 店主自ら持ってきてくれた。ご飯とスープ。ザーサイの漬物。そして麻婆豆腐。それを二人前並べてくれる。

 赤かった。

 とても赤かった。
 ぐつぐつと熱くまるで溶岩を皿ですくったような印象だ。目が痛い。立ち込める湯気に目が赤くなる。
「……これは」
 セイバーは目の前に置かれた物体を見て呟く。
 告げる。これはキケンナモノダ。ケシテテヲツケテハナラナイ。
 目の前を見ると、そいつはレンゲを手にするとその物体をすくい口に入れる。ハフハフと美味しそうに咀嚼している。
 言峰神父。侮れない。
 半分ほど食べた後、ふと気づいたようにセイバーを見る。
「──食べないのか?」
 何気ない言葉だ。じっと自分の皿を見つづけるセイバーに不思議そうに声をかける。
 言峰神父の顔を見る。そして、自分の皿を見る。少し時間が経っているのにもかかわらずぐつぐつと音を立てて熱いままだ。
「──食べないのか?」
 もう一度問われる。セイバーは黙ってレンゲを手にする。

 すくう。

 口に入れる。

 そして──

 いたいからいあついーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 それは地獄だ。口の中に灼熱地獄が現れた。幾千の熱した刃で口の中を蹂躙する。
 慌てて水を飲む。

 だが。

 その激しさは倍加した。

 あなたは知っているだろうか。極端に辛いものを食べた後に水を飲むというのは逆効果だということを。
 コップの氷を口に含み噛み砕き、やっと一息つく。
「美味しいだろう」
 言峰神父は何でもないように呟く。
 これがですかーーーーーーーーーー。
 だが、舌が麻痺していて声が出せない。
「ふむ。まあ、いいのだがな」
 ちらりとセイバーを見ると、そのまま食事を続ける。
 目は語っている。

 これぐらい食べられないのかね。騎士王たるものが情けない限りだな。

 セイバーにはそう見えた。
 少なくともそう見えた。
 いいでしょう。これも騎士の試練です。見事打ち破って見せます。
 レンゲを手に取ると猛然と挑戦する。
 速攻勝負、早期決戦です。私の舌が破壊されるのが先かこれが無くなるのが先か。
「ふむ。気に入ってくれて何よりだ」
 言峰神父は猛然と食べ続けるセイバーを見て呟き、食事を再開した。




 勝ちました。わたしは勝利したのです。

 空になった皿を前にしてセイバーは高らかに宣言する。
 犠牲は大きい。舌の感覚は無い。唇はひりひりする。食道から胃にかけて熱いものが溜まっている。
 しかし、
 しかし、セイバーは勝った。
 言峰神父の挑戦を見事退けたのだ。
 どうです。
 視線に力をこめて見る。
 言峰神父は何事も無かったかのようにお茶をすすっている。

 むっ。

 なぜか、馬鹿にされた気がした。
 何か言おうとセイバーが口を開きかけたとき、
「はい、お待たせアルー」
 と、店主がさらに麻婆豆腐をセイバーと言峰神父の前に置く。

   ────

「ふむ。頂くとしよう──んっ、食べないのか」
 再びレンゲを手にして食べ始める言峰神父。ふと、目の前のセイバーが固まっているの見て声をかける。
 セイバーはレンゲを固く握り締めたまま、じっと皿を見つめていた。

 再びすくい始めた。

 意識が遠くに飛んで行く気がした。




「ふうー。とりあえずはこれぐらいにしましょう」
 さわやかな笑顔でセイバーは言った。
 衛宮邸の道場。学校から帰ってきた士郎を有無を言わさずここに連れ込むと稽古を始めた。
 食事の準備−とか叫んでいたが、まったく聞こえなかった。
 今日の夕食は凛が作ってくれている。
 セイバーは鎧姿のまま、へたり込む士郎を見下ろし、
「さて、食事が終わって一息つけたら再開しますよ。シロウ。さきほどから、何度言うようにあなたには自覚と危機感が足らない。弛んでいるのです。だから、いろいろ忘れたりするのです……具体的にはわたしの食事とか」
 最後のほうの台詞はかなり小さくして言った。えっと顔を上げる士郎の襟首を掴むとそのまま居間に向かった。
「今日の食事はなんでしょうね」
 そう呟きながら居間に入る。すると、とても刺激的な匂いがした。そう。具体的には今日のお昼にかいだあの匂いがしたのだ。
「ご苦労サマー。お腹空いたでしょう。今日は麻婆豆腐よ。そこらにある不抜けたのとは一味違う本格派なんだからー」
 凛はとてもさわやかな笑顔で言った。

 何も言わずにセイバーは倒れたのだった……




†  †  †  †  †  †





<その三 セイバー、遠野家に料理を習う(試食する)>
→このお話は私的セイバーグット後です。拙作「このカレーは私のもの」の続編です。




 カリッとかみ締めると熱い肉汁が口の中に広がる。香ばしくカリカリの衣とは対照的になんと柔らかい肉か。何度もかみ締める。そう、まるでここにいる事への幸せをかみ締めるかのように。
 うん。やはり、シロウの鳥のからあげは絶品です。
 夕食時、セイバーはなんどもコクコク頷きその味に浸りながら思った。
 士郎の家は一気に大所帯になった。セイバーが帰ってきたのをきっかけに、家族の失った桜と本当の姉妹である凛。藤ねえとイリヤが一緒に住むようになったのだ。
 それは賑やかで楽しい暮らしだ。
 同時に互いをけん制しあう日々でもあるのだが……
 ふと、気づくとイリヤがセイバーの方をじっと見ていた。
「……なんですかイリヤスフィール。人の顔をずっと見ていて」
 すこし、顔を赤らめてセイバーは言った。一応自覚している。大皿に載ったから揚げを自分が一番食べていることに。
「──別に。他人に塩を送るほど甘くは無いから。ただねー」
 そういって、イリヤの視線は士郎に向けられる。釣られてセイバーも見てしまう。
「うーん。中々いけるけど、野菜とあんを絡めた甘酢タレをかけたら、さらに良かったとおもうけど」
 から揚げを食べながら凛はいう。
「姉さん。そんな事したらせっかくのからりとした衣が台無しです。わたしはこれでいいと思いますよ。下味にしょうがを浸けたしょう油で馴染ませたのもグットだと思いますし。ただ、もう少し……いえ、脂というか油分が少ないとわたしは嬉しいかな……ねえ、先輩。今度はささみで揚げてみましょう。ささみも美味しいですよ」
 結構な量を食べていながら桜も言った。
「しかしだな、それだと少し味気ないだろう。チーズをからめてのフライならともかく、ささみはから揚げには不向きだと思うけどな」
 自分で揚げたから揚げを一口食べて、士郎は言った。
「そんなことありませんよ。唐辛子を浸けたしょうゆの下味など、工夫をすればささみもいけますよ」
 うん、そうしましょうという勢いで桜は頷く。

 むっ。

 なんとなく理解する。三人は料理談義に華を咲かせている。三人とも料理に関しては結構な腕前だ。残念ながらセイバーにはとても立ち入ることの出来ない領域なのだ。
「セイバー。どうするの。このままじゃ負けるよ」
 ポツリと呟くイリヤにセイバーは箸をぎゅっと握り締める。
「シロウ。今日のから揚げは絶品ですね。からりとしあがりまったりとしつつこくがありそれでいてしつこくないです」
 声が強張り、どうしても棒読みになる。士郎も突然の呼びかけにびくりとしている。セイバーが食事中に話かけてくる事はあまり無かったからだ。
「はっ、はあ」
 だから、どうしても気後れしてしまう。なにか、怯えた様子で士郎はセイバーを見る。
「ですが、味噌汁はいただけませんね。少し塩が強すぎると思います。もう少し薄味にすべきかと思いますが。どうでしょう」
 じろりと視線に力をこめてセイバーは士郎を睨む。気圧されたかのように頷くだけだ。
「うーん。そんなこと無いと思うけどね」
 士郎の救い手は凛だった。
「ええっ、そうですよね。だしとみそのバランスは取れてると思いますよ」
 桜も同調する。
 うぐっ、
 思わぬ伏兵にたじろぐセイバー。
 凛はさらに一口味噌汁をすすり笑みを浮かべる。そう、赤いあくまの笑みを。いつもは士郎限定だが今回はセイバーに向けられる。
「ふーん。なるほどね。どうしてセイバーには濃く感じたかわたしには分かったわ」
 今なら分かる。どうして士郎が凛に勝てないのかが今なら分かる。
「なっ、何を分かるというのです」
 たじろぎつつ、尋ねる。だが、告げている。このまま進むなと告げている。
「ふふっ、セイバーは学校に行っているわたしたちと違って家でゴロゴロしているだけだもんね。怠惰な生活しているから味噌汁が濃く感じるのよ。知っているセイバー? 疲れているときはどうしても塩分を求めてしまうのよ」
 ああっ、頭の中が白くなっていく。
「なっ、何を言うのですリン。わたしが怠けていると、だらけていると言うのですか。訂正してください。わたしはいかなるときでも騎士としての誇りと鍛錬は忘れてません。そう。毎日道場での自己鍛錬は怠っていません」
 きっぱりと告げるセイバー。だが、
「そうかなー。確かに毎日道場には行くけど、その時間より居間でテレビ見ているか部屋で昼寝している時間のほうが長いよ」
 ああ、同じようにいつも家にいるイリヤから見捨てられた。
「わたしはいつもきちんと勉強しているんね──セイバーと違ってね」
 ねっ、誉めて誉めてとイリヤは士郎に引っ付く。凛は笑っている。

   セイバーは敗北した。

 ちなみに藤ねえははむはむと普通に食事を続けていた。

「それで、わたしに相談ですか」
 電話の向こうでシエルはため息をついた。
 かつて、シエルとセイバーは壮絶な死闘を繰り広げた。
 たった一杯のカレーをどちらかが食べるかという素敵無敵な理由で。
 それいらい、二人は仲良くなっている。
 互いを強敵として認め合っているのだ。
 現世に召喚されたセイバーには知り合いというのが少ない。
 士郎達をのぞけばシエルぐらいだろう。
「はい。わたしが負けたのは付け焼刃の知識で立ち向かったからです。剣に関しては自信があります。が、考えてみれば日常生活に剣は役に立たない。私はそれ以外の面でシロウを支えたいと思うのです」
 現在、セイバーは簡単な掃除と洗濯ぐらいでしか衛宮の家で貢献してない。アルバイトとかはとても出来ないし(戸籍その他が存在しない)
 ……穀潰しといわれても仕方ないかも。
「そこで、料理くらいは習おうかと思いまして。それならば買い物など幅が広がるかと思います」
 一度、セイバーは士郎に買い物ぐらいはと申し出たことあるが断られた。
 その理由は料理する者でないと色々と不都合だという。
 当時は分からなかったが、今ならなんとなく理解できる。
「はあー、なるほどね」
 もう一度シエルはため息をつく。一度、士郎の家に遊びに行ったことがある。なんとなくデジャブに襲われた。いや、理解している。あの家と同じ状況をシエルは良く知っているのだ。
「シエルはカレーはもとよりケーキなどのデザート類に長けています。ぜひ、一手指南をお願いしたい」
 真面目な口調で意気込むセイバー。彼女の想像が広がる。
 士郎達が帰るとそこにはご馳走の山(具体的な料理名は無い。ただ、漠然とご馳走である)驚き感嘆する士郎達を前に胸を張る。
 あるいは──夕食後のお茶会。そのときに手作りのお菓子を提供する。
 ふふっ。完璧なのです。
「うーん。協力したいのも山々なんですがわたしもいろいろ忙しいので……」
 少し考えた後、シエルは言った。一応彼女は埋葬機関第七司祭。公私に渡りやらねばならないことは多くある(カレーを食べてるだけでないのですよ シエル談)
「そんな……」
 セイバーは絶望の声をあげる。なにか、足元が崩れ去る気がした。
「まっ、まあ落ち着いてくださいセイバーさん。わたしよりもっと料理の巧い人を紹介します──そう、士郎さんよりもはるかに腕の立つ料理の鉄人です」
 嘘は言ってはいない。士郎は確かに料理がうまく手間暇もかける。しかし、あくまで家庭料理の域を出ていない。しかし、これから紹介する人はまさに職人料理。プロの業を持つ。
 もっとも、色んな意味で他にも業を持つ人だが。
「ほっ、本当ですか」
 思わず受話器を握る手に力が篭もる。
「ええ。はっきり言って、そこらのホテルの料理人なんか足元にも及ばないほどの腕をもってます。しかも和洋中。何でこなしますし、薬膳料理というスキルも兼ねそろえています」
 まさに完璧超人である。
「紹介してください。ぜひ、お願いします」
 パキッ、という音がした。受話器にヒビがはいった。




「ここですか。大きい屋敷ですね」
 丘の上に上がると大きな屋敷がそびえ立っている。塀の囲いは広い。敷地内だけで一つの林くらいはすっぽり入るだろう。
 なんとなく気後れしてしまう。士郎の家も凛の家も桜の住んでいた家も大きかった。だが、目の前の屋敷はそれを全部合わせてもまだ広いだろう。
「ええい。いざ出陣です」
 ぱんっ、と自分の頬を叩くと呼び鈴に手を伸ばした。

「あはー、シエルさんからお話は伺っています」
 構えて屋敷に入ると親しみのこもった笑顔で迎えられた。洋風の屋敷だが以外と似合う割烹着の少女。
 琥珀である。
「愛する殿方のためにお料理を習いたいなんて……なんて、健気なんでしょう」
 演技過多に袖元からハンカチを取り出し、よよよっと目元をぬぐう。
「は、はあ」
 なんとなくセイバーは圧倒される。
「も−、任せてください。イギリス人の料理がマズイなんてのは過去の話です。わたしに任せてもらえばあなたを。アル……さん──ではなくセイバーさんを料理の達人に仕立てて見せます。あっ、謝礼とかはよろしいですよ。これは‘借り’ということで。今度、わたしのささやかなお願いを聞いて下さい。それだけでよろしいですから」
 琥珀に完全に圧倒される。なにか、言葉の節々に不穏当な発言が混じっていたような気がするのは気のせいか。
 そのまま、セイバーは琥珀に連れられて厨房に向かう。

   ふと、視線を感じる。

 見るとメイド服を着た少女がこちらを見ていた。
 無表情だがなぜか恨みのこもった視線で見ている。
 なんとなく琥珀に聞く気になれなかった。

 思ったより厨房は狭い。現在、この広い屋敷には五人と一匹しか住んでいないという。だから、この小さな厨房で十分だという。ちなみに大厨房は閉鎖。他の所にもいくつかこういう厨房はあるらしい。
 琥珀はセイバーにライオンのアップリケのついたエプロンを渡し、
「さて、今日は料理の基礎の基礎にしましょう。聞いた話ではセイバーさんはここに来たばかりで、基本的な知識しかないと思います。だから今日は料理に大切な心構えから行きましょう」
 ニコニコ笑顔だが言葉には真摯な響きが含まれていた。
「はい。よろしくお願いします」
 ああ、思えばこんな緊張感は初めて剣の稽古をしたとき以来ではないか──
「いーえ。こちらこそよろしくです。では、今日のお題は‘冷奴’です。美味しく作ってください」
 セイバーの頭の中は真っ白になった。
「……冷奴ですか」
 もちろん、セイバーは冷奴のことは知っている。とても美味しい食べ物だ。けど、
「そんなの料理であって料理で無いものですか。コハクよ。あなたは何を考えているのです」
 激昂し、まくし立てるセイバーに琥珀は袖元からスリッパを取り出し、スパコンとセイバーの頭を叩いた。避けることが出来ない鋭い一撃。思わず呆然とする。
「あはー。セイバーさん。あなた、お料理を舐めてますね。わたしは‘冷奴’を美味しく作ってくださいといったのです。さあ、作ってください。とても美味しくね。材料は冷蔵庫にある食材をなに使ってもいいですよー」
 怖い。はっきり言って怖い。なぜか言い返すことの出来ない迫力にセイバーはただ、命じられるままに冷奴を作り始めた。
 冷蔵庫からボールの水に浸けられた豆腐を取り出す。透明なガラスの器も準備しておく。水を切った豆腐を手のひらに載せて四方に切る。当然、包丁を引きながら切ったりはしない。
 少し深めのガラスの器に入れるとかつお節とねぎを準備する。ねぎを細かく刻み、かつお節と共に振り掛ける。しょうゆの入った小ビンを用意して終了。
「出来ました」
 多少、ぎこちなさもあったがしっかりと作ることが出来た。
 どうですと胸を張る。
「それで終わりですか?」
 やはりニコニコと微笑みながら琥珀は聞いてくる。
「なっ、何を言うのです。完璧な冷奴ではありませんか。これ以上何を求めるのです」
 反論してくるセイバーに、やれやれと肩をすくめて。
「やはり思ったとおりですね。セイバーさん。料理とは創意と工夫が大事です。もちろん、始めに基礎もしっかり身に付けなければなりません。しかし、忘れてはならないのは創意と工夫です。料理を作るときは一品だけではないでしょう。いくつも同時進行しなければなりません。そう。そのためにも頭をフルに使わねばなりません」
 そういって、琥珀はセイバーの冷奴を手にする。
「なるほど。確かに世間一般の冷奴です。しかし、セイバーさん。あなたはこれで満足なのですか。レシピどおりの料理を覚えるだけで満足なのですか」
 がーんと、頭を強く打たれた気がした。そう。自分は舐めていた「たかが料理」と舐めていたのだ。料理など剣の道に比べたら容易いものと決め付けていた。
「コハク。わたしは間違ってました。お願いします。わたしを……わたしを料理の道に導いてください」
 思わず膝まずき、頭を垂れる。その肩を優しく叩いて琥珀は。
「大丈夫です。セイバーさん。料理にもっとも必要なのは小手先の技術ではなく愛情なのです。あなたにはそれがあります。さあ、行きましょう。愛の道へ。二人で行きましょう。その代わり、少しわたしのお手伝いの方もよろしくお願いしますね」
 二人は歩みだす。共に手を取り合って(一部、不穏当な発言がある気もするが……)
「はい」
 セイバーが頷いた後、琥珀はセイバーに料理の基礎をレクチャーし始めた。

 すこし経って……

 セイバーは、ふと、視線に気づいた。後ろを振り向くと、厨房のドアの半分越しに先程のメイドがこちらを睨んでいる。
「──コハク」
 おそるおそる琥珀に声をかけてみる。ちらりと後ろを見ると、
「無視してください」
 そっけなく断った。
「……しかし」
 なんとなくあの視線は気になる。何もこめずにこちらを見るのは正直怖い。彫像のように動きもせずこちらを見続けている。
「翡翠ちゃんは料理を教えてくれなくて拗ねているのですよ」
 もはや、翡翠のほうを見ようとしない琥珀。
「姉妹──なのですか。だったら」
 なんとなく二人は似ている気がした。雰囲気がまったく違うため分かりにくいのだが。
「姉妹だからこそです。人には決して到達できない事があります。翡翠ちゃんの料理もその一つです」
 もの凄く酷いことを口にする。
「コハク。あなたは言いました。料理は愛情と。根気よく向き合えば上達するのでは。剣の道も同じです。確かに誰もが剣聖になれるわけではありません。しかし、鍛錬と努力を続ければ道は開くのです。天性の才をも越えることが出来るのです」
 セイバーの真摯な言葉。琥珀はため息を大きくつく。
「翡翠ちゃん。何の用です」
 感情を押し殺して声をかける。
「姉さん……志貴さまへの料理を作ったみたの。少し見て欲しくて──」
 おそるおそる、かすかに呟くように翡翠は言った。
「そう。持ってきなさい。セイバーさんが試食してくれるわよ」
 琥珀の言葉に翡翠はかすかに微笑むと「すぐに用意します」と立ち去っていった。
「というわけで、おねがいしますね、セイバーさん。翡翠ちゃんの料理は……独特だから」
 琥珀の言葉にはセイバーは胸を張り、
「安心してください。わたしの国の雑な料理に比べたら、ここの料理は皆ご馳走だ。それにヒスイも愛情を込めて作っておられる様子。ぜひ試食してみたいものです」
 知らないということは幸せなのだろう。
 まあ、人でないから大丈夫でしょう。それにある意味で極限の料理を味わうの一つの手ですよね。
 ポツリと琥珀は呟いた。ちなみにシエルはセイバーについては何も語っていないはずなのだが……




 セイバーは食堂で一人席についている。わくわくしながら待っている。
 どんな料理が来るのでしょう。
「お待たせしました」
 翡翠が深皿にシチューを入れて持ってくる。スプーン等の食器は既に用意してある。

 キケン

 皿には黒いシチューが盛られている。ゴロゴロと野菜や肉らしきものも見える。

 きけん

 なんともいえない香りだ。決して不快ではない。しかし、食欲をそそる匂いでもない。そう。たとえるならば‘異質’な匂いだ。

 危険

 告げている。逃げろ逃げろと告げている。なんだこれは。食べ物なのか。本当に食べていいのか。

 穴があくほど凝視する。

 キ・ケ・ン

 これは聖杯の孔から漏れ出るアレなのか。否。それ以上の存在なのだ。
「どうぞ。食べてください。わたしが試食した限りでは美味しかったです。自信作なのです」
 翡翠の言葉。信じられない。これを食べたのか。アレを食することが出来たのか。
 腰が浮き上がる。
 逃げなければ。ここから逃げなければならない。そう。全能力を駆使してでも逃げなければならない。

 プスッ。

 首筋に何かが刺さる。とたん、体から力がなくなる。
「あはー、自分の言った事は責任をとらなければダメですよー」
 怪しげな色の注射器を片手に琥珀は笑った。サーヴァントたる自分が、たかがくすり程度で動けなくなる。信じられない事態だ。
 手が動かない。足も動かない。当然、口も動かない。
「あはー。すこし、薬が強すぎたようです。セイバーさんの筋肉を全部硬直させてしまいました。ごめんなさい翡翠ちゃん。これじゃあ試食は無理ですよね」
 真逆。琥珀はセイバーを追い詰める振りをして助けに走ったのだ。そう。口が動かなければ物を食べることは出来ない。
 ああっ、琥珀よ。あなたに感謝します。
 動かぬ体でセイバーは琥珀に礼を言った。
「大丈夫です。こんなこともあろうかとそのシチューは‘自分から食べてもらえる’様にしてあるのです」

 えっ。

 信じられないことを翡翠は口にした。同時にシチューは蠢き始める。ゆっくりと皿から出てきてセイバーににじり寄る。ゆっくりとセイバーの口に向かう。シチューが。ゆっくりとよって来る。
「あっ、あはー」
 琥珀の笑顔も凍り付く。何と言っていいか分からない。予想外にして予想以上の展開だ。
「そうだ。姉さんもぜひ、試食してみてください。おかわりは沢山ありますので」
 すうーと、翡翠は琥珀のほうを見る。逃げようとする琥珀の足を誰かが掴む。

 シチューだ。

 床からにじり寄るシチューが琥珀の足を掴み体をよじ登ってくる。
 セイバーにもよって来る。幾多の敵と戦った。幾多の魔物と闘った。色んな物を食べてきた。そう、腐肉も食べたりした。だが、違う。これはそんな生易しいものではないのだ。動けない。琥珀のくすりはここまで強力なのか。視線だけが追う。ぞぞと上がり行くシチューを見続けるしかない。
 琥珀もだ。いつのまにかシチューが全身をからめとり動けなくなってきている。
 近づく。
 シチューが二人の口に近づく。
 ひっ、翡翠ちゃん。
 ヒスイ。
 二人の懇願の目をよそに翡翠は言った。
「とても美味しいですよ。ゆっくり味わってください。沢山用意してますから」

 そして、異界が展開された。



















 セイバーは毎週一日か二日、遠野家で料理や家事を習っている。

 ……それ以降、セイバーは士郎達の食事を今まで以上に幸せそうに食べている。
 あの、泰山の麻婆豆腐ですら美味しそうに食べるようになったとか──




終わり。










 次回予告 セイバー。屋台ラーメンを食す。

 伝説の屋台がある。機動屋台中華反転マークU。セイバーは挑む。このラーメンを食べるために。いま、秘められしスキル《騎乗》の正体が明らかになる。
 想像を絶するカーチェイスの果てにあるものは……こうご期待。





 ユウヒツさんより「硝子の月」の10万HIT記念として頂きました。
 その、何と言うかセイバーさんイトアハレw ユウヒツさんの食事ネタは連綿と受け継がれる伝統の技な訳ですが、それに合わせて翡翠の料理もグレードアップしてる気が。
 ……混沌方向へw
 三つともとても楽しませていただきました。ユウヒツさん、ありがとうございました〜