◆ 嗚呼、女神様! ◆





 ――湯煙で曇った浴室に、抜けるような甘い声が響いている。
「ひゃぅ、ぁあぁ……」
 ぱしゃぱしゃと湯面が跳ねる度、声の主は身を捩り、額には湯気ではなく汗の玉が浮かぶ。頬は赤く染まり、目は固く閉じられている。口元に当てられた左手の人差し指をきつく噛み締め、懸命に何かを堪えている。
 艶やかな黒髪をタオルで纏めた、美しい女性であった。細く涼やかな眉と、すっと通った鼻筋が意思の強さを感じさせる顔立ち。平時ならば抜けるような白さを思わせる、張りのある肌が今は赤く仄かに色づいていた。それが湯の熱によるものだけでないのは、彼女の様を見ていれば一目瞭然であったが。
 湯に沈めた右肩が揺れ、水面が激しく波立つ。
「ふぁ、あ……ダメ、聞こえ……」
 先程よりも大きな声が、閉め切った浴室を振るわせる。押さえなければいけない筈の声が染みこんできて、耳からも彼女の内を燃え上がらせていく。
 声の元凶は止まる気配を見せなかった。右手が足の間に滑りこみ、秘めた泉の内を緩やかに掻き回している。
 自分の指の筈なのに、彼女は止める事が出来なかった。てらてらと、ぬるい湯に混じっている。自らの内よりあふれ出る淫らな液体が、指に絡みついてくる。
 自分は、今何をやっているのだろうか。
 お風呂なのに。しかも自分の家のお風呂ではないのに。
 いくつかの部屋を隔ててはいても、ここは他に人がいる家だ。なのにこんな無防備な体制で、あられもない声を上げながら自らを慰めている。
 気づかれてしまう。こんなはしたない姿を誰かに見られてしまう。
 幾つもの理由が頭を掠めても、彼女は指を止める事が出来なかった。
 それほど広くない湯船の中で、開けるだけ両の足を広げてしまう。人差し指と薬指で陰唇をめくり上げ、あふれ出る蜜を掻き出すように、中指を進めていく。途端身を突き抜ける電流のような快感に、彼女の体の震えが瘧のように震えだす。
 ゆらゆらと、指を動かす度に湯の中で恥毛が揺れる。指に絡みつく愛液は粘り気を増し、肉芽はぷくりと膨れ上がってしまっていた。
 触ってしまったらどうなるのだろう。
 赤くなるほど指を噛み締めても、声を押し殺せない。ここを触ってしまったら、多分叫んでしまう。
 理性が指の支配を取り戻したかのように、右手が恐る恐る股間から離れていこうとする。引き抜かれそうになった中指に、赤く卑猥に熟れた秘肉が絡みつき、殊更彼女の羞恥を煽りたてる。
 何をためらう必要があるの?
 奥底の声が、彼女の手を止める。
 最初に声を聞かせてきたのは向こうではないか。
 あの声にエンジンキーを回されたのだ。そしてアクセルはもう踏み込んでしまった。今更ブレーキペダルは見つからない。
 イってしまえばいい。遠くまで。気を失うほど、高く遠くまで。
 その声に逆らうには、今の彼女は快楽に酔いすぎていた。
 止まっていた指が再び動き出す。奥底を掘り上げ、膣の内襞を擦り上げてしまう。そして親指が、摘みとられるのを待っていた陰核を擦り上げ、痛みすら感じるほど強く押しつぶす。
「あぁ、ああああぁぁっ!」
 その感触はあまりに強烈に過ぎた。
 がくがくと震え出した腰が止まらない。固く閉じた瞳から、感極まった涙が溢れ出す。彼女の叫びは浴室に響き渡り、視界は白く、白く染まっていく。
 頭の中は朦朧としていて、気持ちいいと恥ずかしいが彼女の中を交互に埋め尽くしている。
 だから、浴室と脱衣場を仕切る曇硝子に人影が写っている事に気付けるわけもなかった。







 半年に一度の休暇に、冬木の街に戻ってくる。
 遠坂凛にとってそれは、決して欠かす事の出来ない大事な行事であった。
 時計塔へ活動拠点を移してから二年。もはや倫敦は故郷とさほど変わりないほどに知り尽くして馴染み深い土地となっていたが、やはり故郷とは違う。
 冬木の街は彼女にとって特別な場所である。
 自らの守護する霊地のある場所、と言うだけではない。あの聖杯戦争が行われたという事も、大きな理由ではあるが主ではない。
 彼女にとって重要な事。それは冬木の街は、自らを待っていてくれる人間のいる土地である、という事だった。
 魔術師としての研鑚を思えば心の贅肉かもしれない。研究費だって潤沢ではない留学生活で、費用を捻出するのも一苦労ではある。
 それでも、たとえいけ好かない同窓の金髪お嬢様に「そのまま尻尾を巻いて逃げかえればよろしいのにおほほほほ」などと嫌味を言われようが、帰省を止める事など凛は考えもしなかった。
「おかえりなさい、姉さん」
 そう言ってにこりと笑って自分を出迎えてくれる妹の顔を見れば、狭いエコノミーのシートに押し込められ、積もり積もった長旅の疲れもどこかへ拭き飛んでしまう。
「おお、ゆっくりしていけよ遠坂」
 桜の側に寄り添い、少年のような顔を見せる士郎の顔も微笑ましい。
 そして、二人を見守る紫暗の影。
 聖杯戦争終了後も桜に残された膨大な魔力を形となすように、現界を遂げているサーヴァント。
 すらりと伸びた手足をつつむ、飾り気のない黒のセーターもジーンズも、彼女の身に備わって美しさを妨げる事はなかった。むしろそのシンプルなデザインは素材の並外れた美を引きたてる役割を持っているようだった。
 戦いの終わった今でも、主たる桜を守りぬく。眼鏡の奥の紫水晶を思わせる瞳が、凛に向かって秘めた決意を如実に語っていた。
「いらっしゃい、リン。サクラも士郎もとても楽しみにしていたみたいで、一週間も前からそわそわしていましたよ?」
「ら、ライダーっ!」
 悪戯な微笑を口に浮かべるライダーに、照れて顔を赤くした桜が詰め寄る。
「ほ、ほら。遠坂も疲れただろうから早く入れって」
 急かすように凛に向かって促す士郎の様も、照れ隠しなのは明らかで。凛はそんな二人の姿に吹き出してしまった。その目に浮かぶ光は、どこまでも優しい
 ここは変わってない。三人とも、自分が好きな彼女たちのままである。
 顔を見に帰ってくるのが間違いではない事に、凛は心から安堵する。
「ええ、向こうで紅茶は飲み飽きたから。日本茶にしてね?」
 そう爽やかに笑いかけ、凛は衛宮家の敷居を跨ぐ。
 言葉を飾る必要もなく、例え心に贅肉が着こうとも。
 凛にとって、この衛宮の屋敷は帰る価値のある、心安らぐ場所なのである。



 ――その筈だった、のだが。



「どうしろってのよ……」
 布団の中で体を丸めて、凛は所在なさげに呟いた。
 耳には今も声が焼き付いている。

「ああ、先輩っ! もっと、もっとぉっ下さい! 先輩の熱いのぉ桜にぃ!」
「どこに欲しいんだ、桜?」
「ここにィ! おっぱいにだしてください!」
 
 今日も凛が水を求めて廊下に出た時、薄開きの扉の向こうから、はしたないやりとりが響いていた。
 淫らに湿った声の熱すらも伝わってくるようだった。二人の激しい息遣いが、まるで耳元に直接拭き付けられているかのよう。思わず凛は身震いし、自分の部屋に駆け戻ってしまった。
 これで五日目。
 毎夜毎晩、一部屋挟んだ隣である桜の部屋から。あるいは居間を挟んで離れた士郎の部屋から。一夜も途絶える事無く、二人が体を重ね合う淫らな声が屋敷に響いている。
 姉が泊まりに来ている事もお構いなしで、夜毎愛を確かめ合っている二人。あられも遠慮もないその様子に、布団の中で凛は溜息をついた。
 必要に迫られている。そう以前桜が語ったのは覚えていた。彼女の身に宿る魔力は膨大で、ライダー一人を支えるくらいではすぐに飽和してしまう。そして士郎の体はどれだけ精巧に出来ていても人工品であり、支障なく動かすには魔力が供給されていた方が都合良い。互いに抱えた問題を解決出来る、無駄のない方法である。
 そう、理性では分かっていても。
 納得出来る出来ないは別問題なのだ。
「せめて戸ぐらいしっかり閉めてからしなさいっての……」
 苛立たしげに呟いてみるも、その頬は赤い。そもそも二人のいないここ呟いた所で、意味があるとは言い難い。
 一番の解決策など決まっている。寝泊りを自分の家で行えば良いだけの話である。
 勿論凛がそれに気付かぬ訳もなく、二日目と四日目の朝にそれとなく二人に申し出てみたが、あえなく失敗した。
「姉さん、そんな寂しい事言わないで下さい。こっちにそれほど長く居られる訳ではないんですから」
 憂いた瞳でそう見つめられてしまえば、凛としても弱い。
 だったら居る間は控えてくれ。そう言えれば話は早いのかもしれない。しかし何分そちら方面の免疫が薄い凛は、朝食の席などでそう言う話題を直接口に出せなかった。奥ゆかしい自分の性格に涙するも後の祭。かくして、なし崩しと言うひどく後ろ向きな言葉に後押しされるかのように、凛は今日も嬌声に悩まされていたのだった。
 しかし我慢にも限度というものはあり。とうとう凛の限界水域は今日臨界に達してしまった模様であった。
「あー、もうっ! こんなので寝られるわけないじゃないっ! いくらなんでも盛り過ぎよあの健康優良児どもっ!」
 布団を跳ね除け、がーとまくし立てる様は二十歳を越えた女性としてはいささか無作法なものだったが、気にする様子は無さそうだった。
 汗ばんだ肌に夜着がまとわりついて、ひどく気分が悪い。壁越しに薄く響いてくる桜の嬌声が、痴態をリアルに頭の中に思い浮かばせて、凛はぶるぶると頭を振った。
 文句を言いに駆けこむにしても、寝乱れた今の格好ではみっともなさ過ぎるだろうか。どんな時でも余裕を持って優雅たれ――そんな遠坂家の家訓が彼女の頭を掠めた。
 せめてシャワーでも浴びて気分を落ちつかせねばなるまい。
 壁掛け時計に目をやる。時間は午前一時。客人が勝手に風呂を借りるには少々時間が遅い気もしたが、状況が状況である。
「乙女の安眠を妨害したんだから、その位は目を瞑ってもらわないとね……」
 代えの寝巻と下着を手にとって、凛は忍び足で廊下へと出た。

「ああ、先輩……後ろからっ! 後ろからお願いぃ!」
「どっちに入れて欲しいんだ? 桜の前の花弁も後ろの穴もてらてらしてる。濡れてぱっくりといやらしく、口を開けてしまってるぞ?」
「きょ、今日は後ろにぃ、桜のお尻の穴、犯して下さいぃ!」

 途端に大音声で響き渡る艶事の生中継に、思わず凛は廊下に崩れ落ちた。
 遠慮会釈も恥じらいもなく、貪欲に士郎を求めている桜。あまりにも露骨な物言いに、凛の顔は真っ赤になってしまう。
「てか、お尻って何よお尻って……なんでそんな所に入れようとなんて思うのよあの子は……」
 青ざめた顔で凛は呟く。
 後ろどころか前の方でも今だ経験の無い凛にとっては正に異次元、平行世界の果ての所行である。
 実の姉としては今すぐにでも駆けこんで、そんなインモラルな所業を止めなければいけない気がしたが、凛にはどうしてもその勇気が出ない。
 もし戸を開けた瞬間その行為の真っ最中だとしたら……もう桜を真っ直ぐに見れないのではないだろうか。妹の女陰ではなく不浄の穴に、士郎のたくましい――んだとおもう、おそらく――男根がいやらしい音とともに出たり入ったり……
 想像が限界を超えて、彼女は身震いする。
 結局疲労を露にした顔つきで、彼女は足早に風呂場へと向かったのだった。



「あー、気持ちいい……」
 少しぬるめの湯に体を沈めて、凛は深い溜息をついた。
 幸いにも湯船のお湯はまだ落とされておらず、少し沸かし直せば十分に使うことが出来た。こんな時間に髪を濡らしてしまうと乾かすのが大変なので、タオルで纏めて湯船に浸らないようにする。倫敦の生活ではなかなか湯船で温まるという習慣が取れない。こういう時は俗っぽいと思いつつも日本人である事に感謝する凛だった。
 肩まで浸かって浴槽の縁に持たれかかり、凛は茫洋と天井を眺めてみる。湯気でけむった浴室が、まるで自分の心の内のようで、彼女は眉を寄せた。
 喜ぶべき事であるのは分かっているのだ。
 間桐から。聖杯の頚木から逃れた妹が、罪を受け止め、それでも前を見て笑う事が出来るようになった事を。そして桜の隣に寄り添う士郎も、凛にとって好ましい方向に変わっている事も。
 「正義の味方」などと言う、彼女に言わせれば理解しがたい物を求め、我が身を守る勘定にいれていなかった。それが今は何よりも桜を守るべき者として見据えて、桜の味方として側に寄り添っている。
 姉として、妹が幸せであれば何にも変え難い。今がこれ以上望むべくも無い状態なのは分かっている。
 しかし、胸の奥に僅かなしこりを感じて、凛は苦笑を浮かべた。
「……嫉妬、してるのかなぁ……」
 誰に、かなどは決まっている。
 素敵に変わりつつある桜を、側で見届ける事が出来ない悔しさ。自分が妹の顔を見る事がほとんどできないのに、彼は彼女と二十四時間仲良くしている事実。士郎に妹を独り占めされているような不快感。
「……馬鹿みたい。心の贅肉もいいところよね」
 さらに湯船に体を沈めて、口元あたりまでお湯に浸かってしまう。子供っぽい所作であったが、今の自分には相応しいように彼女には思えた。
 魔術師たらんとした自分には乗り越えられなかった壁を、命を対価に魔術を道具として乗り越えた士郎。原則が等価交換ならば、士郎には彼女の笑顔をより受ける権利があるわけだ。
 否。そんな小難しく考えずとも、恋人と姉ではやはり立ち位置が変わって然るべきで、そんなことも理解していない自分こそが姉として未熟なのだろうか。
 回りまわってまとまらない考えに苛立ちを覚えて、凛は少しでも気持ちを落ち着かせようと湯船の中に手足を伸ばしてみた。
 火照った体の隅々に、お湯が染み渡っていく。
 火照った体。原因は分かっている。
 まだ耳に残る桜のはしたない叫び声。士郎を求める叫びが頭の中でぐるぐる回っている。

 ――先輩の熱い精液をください! えっちな桜のおっぱいに、沢山かけて下さいっ!

「あれって……熱いんだ……」
 水面に小波を立て、凛は伸ばしていた手を引き寄せる。
 湯船の中に沈む、自分の乳房に彼女はそっと指を這わせた。湖に小石を投げ込んだような、快感ともいえない静かな感触がじわりと広がっていく。
 桜に比べて、ずいぶんと慎ましやかなふくらみに彼女は嘆息する。これでも倫敦に旅立つ前よりは肉付きが良くなったのだが、いまだ妹の域には遠く及ばない。同じ血を分けた姉妹のはずなのに、ずいぶんとこの部分に関しては差別化されたものだと思う。
 自分の指以外触れられた事のない場所。ましてや精液など掛けられた事があるわけもなく。
 時計塔で魔術の触媒として売られていたそれを思い出し、凛は身震いする。
 青白く、どろりとした鼻につく生臭い匂いの液体。あんな物を掛けられたいなどとは露ほども思わない。
 思わないけれど。
 もし誰かに触られたら、もっと気持ちが良いのだろうか。それが好きになった相手ならば、自分も桜のようにはしたない叫びを上げるのだろうか。欲望の迸りを掛けてくれ、などと下卑たおねだりをしてしまうのだろうか。
 彼女の指がひそやかに膨らみをなぞり上げ、その頂点にたどり着く。小さな桃色の突起は、いつの間にか固くしこり、存在を主張していた。
 人差し指と親指で、そっと摘み上げる。途端、むず痒いような、痺れるような刺激が走り、脳が快楽だと認識する。
 気持ち、いい。
「はぁ、ああ……」
 肺の空気を全て搾り出すような吐息が、凛の口から漏れ出す。
 初めてではない。火照りが押さえられなくなる度に、彼女は自分の胸に指を走らせて、そしてそれ以上の事も行ってきた。
 しかし、ここは倫敦の自分の研究室ではない。遠坂の屋敷でもない。
 士郎がいて、桜がいる。そして彼女のサーヴァントも住んでいる、彼らの家。いくつかの部屋を隔てた先には間違いなく彼らがいるのに、人に知られたら恥ずかしさに悶死してしまうような行動をしている。
 止めなければいけない。
 こんな行動、万事において優雅たるべき遠坂凛らしくない。
 なのに彼女の体は止まる事無く、片手では足りぬとばかりに両の指で自らの胸を弄び始めた。
 右手は、掌で包み込むように乳房を揉みしだいている。
 左手は、宝石を扱うように、赤く染まった乳首を指で摘み上げ、捏ね回す。痛みを感じるほどに引っ張ってみたり、乳房の中に埋め込んでみたり。
 柔らかな快感と、痛みにも似た悦楽。両者がせめぎあい絡み合って、凛の中の熱を引き上げていく。
 ぱしゃぱしゃと、腕に跳ね上げられたお湯が水面を弾く音が浴室に響いている。
「ふぁう、あぁぁ……」
 悩ましげな声と共に、彼女は右の指でも乳首を摘み上げた。
「ぅあっ! だ、め……っ!」
 途端走り抜けた電流に、頭を湯船の縁に摺り寄せるようにして仰け反った。裸身がお湯をかきわけて、湯気にけむる外目に露にされる。
 小ぶりな乳房も、対して滑らかで女らしい肉付きをした腰も。髪と同じ漆黒の陰毛が塗れて肌に張りついて、ともすれば彼女自身の形すら浮かび上がらせてしまいそう。
 誰かが見ていれば、思わず息を飲んで見入ってしまいそうな、扇情的で淫らな姿。
 自分がそんなはしたない格好をしている事に頭の端で気付いていても、凛の指は止まらない。人差し指と薬指で挟みこんで、膨れ上がった先を中指でつついてみたり。親指でぐりぐりと押しつける間に、他の指で乳房を揉みあげてみたり。
 だけど指の織り成す快楽が膨らむ度に、物足りなさも頭を掠める。
 キスされたりすれば、もっと気持ちがいいんだろうか。
 唇を重ね合わせながら胸を愛してもらったり。痛いほど膨らんでしまった乳首を甘噛まれたりすれば、もっと気持ちよいのだろうか。
 凛の頭に今までに考えた事も無いような行為が浮かび、思わず一人遊びの指が止まる。
 付き合おうと思う相手もいない彼女にとって、自分の指以外の相手に愛撫をされる、などという考えが浮かぶ事などなかった。
 それが浮かんだ理由に思い至り、一度止まっていた凛の指が、なお一層の激しさを増していく。
 桜を抱く士郎の声が。
 士郎に抱かれ、なお深く士郎を求める桜の声が。
 残響のように耳に残り続けて凛の体を蝕んでいく。愛し合う二人の叫びが、そのような相手のいない自分へのあてつけのように感じてしまう。
 堰を切ったような快感の波に溺れ、腰に力が入らない。彼女の体は派手な水音を立て、再び湯船に沈みこんだ。
「はぁ、はぁぁ、はぁ……」
 荒い息を漏らし、凛は虚ろな視線で湯船にもたれかかっていた。
 胸のしこりは収まる事無く甘く蕩けそうな快楽を送りつづけている。しかしもはやそれで足りるとは思えなかった。
 体の線にそって、右手を滑らせていく。
 乳房から、腹部へ。お臍を通って更にその下へと。
 脚の付け根の恥ずかしい自分自身が、既に濡れ出している自覚があった。お湯ではない別の液体が、とめどなく奥から溢れ出している。
 ここに指が滑りこんだら。
 その瞬間を想像して、凛は左手を口元に当てがった。はしたない叫びを押さえる自信などない。
 右手の指先が、恥毛を掻き分けてその先へ。潤んだ泉の中心を探し出し、人差し指と中指が勢い良く突きこまれた――







「……何やってるんだろう、私」
 視界が色を取り戻す中。自嘲するように凛は呟いた。
 何度達したかもう覚えていない。
 ここは士郎の家のお風呂だというのに。自分の行動のはしたなさに、彼女は顔から火が出るような思いだった。そもそもあの二人に苦言を呈する前の身繕いのつもりだったのに、自分が同じ事をしていてどうするのか。むしろこちらの方が性質が悪い気がする。
「……もう今日はこのまま寝よう。さすがにあの二人も寝たでしょう……」
 重い溜息をつき、凛は湯船から立ち上がった。
 その瞬間。
 ガラガラと、まるで自動ドアのように浴室のドアが開け放たれる
「な、え、あ、ぇえっ?!」
 予想もしていない。している訳もない。
 まるで良く出来た彫像のように、片足を上げた態勢で凛は凍りついてしまった。
 瞬きすら出来ず、視線はドアに釘付け。
「おや。リンが先に入っていたのですね」
 その視線の先でクスクスと笑い声を上げているのは、ライダーだった。
 その美しい裸身を隠す事無く晒したまま、口元に手を当て、凛に向けて艶然と微笑んでいる。一糸も纏わぬ格好の中で、普段と代わらず掛けられた魔眼殺しの眼鏡がアンバランスな色気をかもし出していた。
「あ、え、その、えー、ら、ライダー? え、なんで?」
「リン、少し落ちついたほうがいいですよ。そのような態勢は非常にはしたないですし」
 ぱくぱくと、ほとんど意味を為さない単語を並びたてる凛に向かって、余裕を崩さぬままライダーは歩みよってくる。
「あ、と……その、そうね、ごめん」
 思わず頷いた凛は、ビデオの逆回しのように湯船の中に舞い戻り。
 そして我に返った。
「――っ! そうじゃなくてっ! なんでライダーが今ここにいるのよっ!」
「何でと申されましても。私も湯浴みに来ただけですけれど」
 湯船の縁を挟んで向かい合うように。両膝をついたライダーは小首をかしげる。そんな分かり切った事を聞かれても困る。そう言わんばかりの態度に、全身くまなく火照りきっていた凛の血があっさり頭に上った。
「服置いてあるんだから先客ありって気付くでしょーッ!」
「申し訳ありません、この通り目が悪いもので」
「目隠ししてたって普通に行動できる英霊が何を言うかー! 大体なんで風呂入るのに眼鏡掛けたままなのよ!」
「外してしまうとリンが困るでしょう? サクラの大事な姉を石にしてしまうわけにもいきませんし」
「だったら出なおしなさいっ! というかやっぱり私入ってるの知ってたんじゃない!」
「そんなっ! もう服も脱いでしまいましたのに。このような姿で待っていろなどとは殺生な」
 がーとまくしたてる凛に対して、ライダーの受け答えはどこかピントがずれている。
 暖簾に腕押し。糠に釘。古き良き日本の格言の生きた見本を目の前に、凛は項垂れた。
「……いいわよ。じゃあごゆっくり。私はもう上がるから」
 頭を振って、再び立ち上がろうとする。その腕にライダーの手がすっと伸ばされた。
「……何よ」
「まぁまぁ。そんな慌てずに。女同士なんですし別に困ることはないでしょう?」
「それは、そうだけど……」
 朗らかにそんな事を言われ、思わず凛は口ごもる。
 湯船が少し深めの設計のためか、ひざ立ちのライダーと中腰の凛の視線はほぼ一緒。眼鏡の奥の紫暗の瞳が、どこか面白そうに彼女を見つめている。
 確かに、士郎が乱入して来たというわけではないので、女性としての性的な羞恥心という問題は無いのかもしれない。しかし数分前までの自分の行動が見透かされているのではないだろうか。そんな凛の憶測が、必要以上の警戒となり、ライダーをきつい視線で見つめてしまう。
 それを見たライダーが、不意に真面目な表情へと変わった。
「なら問題無しですね? 実は貴方とお話したかったんですよ、リン」
「……え?」
「サーヴァントとして、これからも私はサクラを守っていきます。そのためには少しでもサクラの事を多く知っておきたい。だから貴方からいろいろ聞いておきたいんです」
 桜を守りたい。そう語るライダーの目には嘘は感じられなかった。
 サーヴァントとしての純粋な責務ではない、ライダー自身が桜を想う気持ちがそこに浮かんでいるように、凛の目には見えた。
 そう言われて否やと首を振るには、彼女にとって桜の存在が大きすぎる。深いため息と共に凛は頷いてみせた。
「……良いわよ、わかったわよ。貴女が満足できるかどうかはわからないけど。それでよければ」
「良かった。ありがとうございます、リン」
 途端、花の綻ぶような笑顔をみせるライダー。その顔に、同性である凛ですらも思わずぼうと見入ってしまう。
 魔術師らしくない、初心な小娘のような反応。それはライダー自身の魅力だけではなく、長湯と、先ほどまでの一人遊びの熱が彼女の意識を多少緩めていたのだろう。だから凛はその笑顔の裏に浮かぶ、悪戯めいた瞳の輝きに気づく事はなかった。


 
 しなやかな指がカランをひねり、湯桶にお湯が注がれた。
 両手で捧げ持ったそれを傾けると、腕や胸元に付いた泡が、芳醇な体の線に沿ってお湯と共に流れ去っていく。
 白磁のような肌に残り湯が玉雫となる様は、その滑らかさと張りをこれでもかと観客に見せ付けている。長い髪が水気を帯び、艶やかに光り輝く。無秩序に体に張り付いた様は、肌の白さを逆に浮かび上がらせるようで、いつの間にか凛は視線を外せなくなっていた。
 人ではない事は当然理解していた。
 美人という事も理解していたつもりだった。
 それでも、触れるほど近くでライダーが湯浴みをする姿はこの世の物とは思えないほど綺麗で、思わず彼女の口から溜息が漏れていた。
 女神の嫉妬でその身を怪物に落とされたと言う悲劇。それが事実であると納得してしまうような美貌。同性である事も問題とならなくなってしまうような、そんな危うい魅力を目の前ので惜しげもなく披露され、いつの間にか彼女の口から言葉が失われていた。
「どうかしたのですか、リン?」
「え、あっ! その……何でもないわよ」
 不意に掛けられたライダーの声に我に返った。体を洗い終わったのだろうか、手に持っていたタオルで濡れた髪を簡単に頭の上に纏め上げている。
 慌てて頭を振り、凛は彼女の体から視線を外した。
「そうですか。では申し訳ないのですが少しだけ場所を開けていただけるとありがたいのですが」
「……え、場所?」
 思わず間の抜けた呟きを漏らしてしまう凛だったが、自分の状態に気づいて納得する。
 足を伸ばして、縁にもたれかかっている。衛宮家の浴槽はかなり大きめのサイズであったが、確かにこのままではライダーが入ることはできない。
 慌てて凛が足を折り曲げ、体育座りのような格好で場所を作ると、ライダーは微笑を浮かべてそこに体を滑り込ませてきた。
 二人分の体積で、お湯が盛大にあふれ出した。派手な音と共に浴室が水浸しになるが、どちらとも気にも止めない様子だった。
 湯船の中で向かい合う。更に間近でライダーの裸身を目の当たりにしてしまい、凛の鼓動が高鳴りを覚えていた。
 湯の熱でほんのりと染まり始めた肌。髪が纏め上げられたせいで露にされたうなじの辺りを水滴が伝っている。お湯の中に揺らめく体の線には明らかに無駄な肉など付いておらず、完璧な均整をもって存在している。折り曲げられた足の付け根からお尻に掛けてのラインも女性らしい丸みにあふれている。驚くべきは胸の二つのふくらみがぷかぷかと、お湯に浮かんでいる事実であった。
 何もかも自分とは違う体つきに、普段は感じた事もない劣等感と、同性への禁忌を越える憧れがない交ぜとなってしまう。思わず凛は足を抱え込んで、お湯の中でうずくまってしまった。
「そんなに恥ずかしがらなくても。女同士なんですから」
「……だからよ。そんな物見せ付けられたら私の裸なんか晒せる訳ないじゃないの」
 上目遣いで恨めしげに睨み付ける凛に、わけがわからないとばかりに彼女は小首をかしげる。
「何故でしょう? こんなに背が高い体では、貴女のように女らしい魅力にあふれてるとは言い難いと思うのですが」
「……あのね、ライダー。それ桜とかにも言ってご覧なさい? 即座に魔力供給カットされるから」
「はぁ。そういう物でしょうか」
 美の化身のような存在から自分の魅力を卑下するような事を聞かされても、凛にはからかわれてる様にしか聞こえない。
「そういう物なの! わからなくても納得しておきなさい!」
 ほんとに、もう。
 そっぽを向いてぶつぶつと呟く凛に向かって、ライダーの口元が弧を描く。眼鏡の奥の瞳が、猫のようにすっと細められた。
「ところで、リン……先ほどは気持ちよかったですか?」
「?!」
 何の前触れもない言葉の爆弾に、凛の顔が跳ね上がった。
 気持ちよかったですか?
 その言葉に、痴戯にふけっていた自分の姿がリアルに頭の中に描かれ、ライダーの視線に目を合わせる事ができなくなってしまう。
 落ち着け、落ち着きなさい遠坂凛。別に何をしていたか、見られたというわけではない、筈だ。
「な、何の事よ普通に湯船に漬かっていただけよ!」
 必死に心の中で呟き、自分では平静を装ったつもりの声で答える。
 呪文を唱えるような早口で一息にそう言ってのけても、事前の態度がそれでは説得力があるとは言いがたい。
「ええ、ですからお風呂は気持ちよかったのかな、と。それとも他に何かなさっていたのですか?」
 おかしくてたまらないと言わんばかりの顔で凛を見つめてくるライダーに、凛は敗北を悟らざるを得なかった。
「……どこから気づいていたのよ?」
「おおむね最初から、という事にしておきましょうか。貴女も声を押し殺す様子もなかったですし。この身はサーヴァントです。あれに気づかないほうが無理と言う物でしょう?」
「う……」
 羞恥に顔を真っ赤に染めて、凛は湯船に沈み込んだ。このまま逃げ出したい欲望に駆られたが、もはやこの状況では後の祭りだろう。しばらくはライダーのおもちゃにされる事を覚悟するより他ないと、彼女はジト目で目の前の美女を睨みつける。
「リンも覚えたての少女という訳でもないでしょうに。そんなに恥ずかしがらなくても」
「……無茶言わないでよ。目の前でそんな事言われたらもう死にそうよ」
「なるほど、そういうものですか」
「あー、もう。何でここでそんな事してしまったんだか。穴があったら入りたいわ……」
「ふふ。でも気持ちはわかりますよ? サクラも士郎も互いに愛し合う事は真に結構ですが、もう少し周りにも気を使っていただけると良いのですけどね」
 そう言ってくすくすと笑うライダーの目の色が、微妙に変わっていた。凛の頭にわずかな違和感が掠めるが、自分の意識のしすぎだろうとそれを脇に追いやる。
「……本当よ。こっちはお蔭で……」
「では私が慰めて差し上げましょうか? リンも今だ物足りない様子ですし」
 そんな言葉を、ライダーがさらりと口にした。
「えっ?」
 凛が理解するより早く。ライダーの手が凛に伸び、一息で引き寄せられてしまう。浮力も手伝って、まるで鉢植えの花を引き抜くようにあっさりと、凛の体はライダーの腕の中に収まっていた。
「ちょ、え、えっ?!」
「ああ、温かいですね。それにサクラと同じ匂いがしますよ、リン」
 ライダーの胸に顔をうずめる形になっている凛が、自分の状況が飲み込めずばたばたと手を振る。お湯が跳ね上げられ、派手な水音が浴室に響くが、ライダーの柔らかな腕の檻は緩む気配が無かった。
「綺麗な背中ですね。肌も滑らかで、こうして撫で下ろすだけで指が吸い付きそう」
「ちょ……やめ、ライダー……」
 背骨に沿って二度三度、ライダーの指が行き来するたびに一瞬凛の体から力が抜けるが、すぐに逃れようと力が込められる。腕をつかんで引き剥がそうとする様子に、ライダーが眉宇を寄せた。
「落ち着いてください、リン。痛いことはしませんから、ゆっくりと身を預けて……」
「ちが……っは! く、苦しい、息が……」
「ああ!」
 確かに凛の頭はライダーの胸に押し付けられていて、そこはちょうど水面の辺り。得心したライダーは彼女の肩に手を掛けて、くるりと向きを変えてやる。
「っ! はぁ! はぁはぁ……」
 乳房とお湯の圧迫から開放された凛が荒い息をつく。
「ライダー! 貴女いったい何を……!」
 呼吸が落ち着きを取り戻すと直ぐに、いささか剣呑な悪戯の主に向き直ろうとする凛だったが、ライダーはそれを許してはくれなかった。 
 自分の足の間に凛を挟みこむような格好。両の腕を輪にして凛の腕ごとその体を押さえ込んでしまい、その首筋に顔を寄せていく。
「申し訳ありません。お詫びにしっかりリンの体を満足させて差し上げますので……」
「ちょ、そういう事じゃ……ああっ!」
 凛の抗議の声はすぐに尻すぼむ。
 ライダーの舌が、顎から喉へと伝っていく。やわらかく熱く濡れたひとつの生き物が、ゆっくりと凛の肌をはいまわるかのように。お湯とは違う、彼女の唾液の後がてらてらと跡を残していく。
「あちらの水は肌には良くないと言う話ですが、なかなかどうして。しっとりとしていて美味しそうですね、リン」
「美味しそうって、貴方何を言って……ああっ……」
 凛が身を捩っても、サーヴァントの力から逃れられる筈も無い。手の中のいたいけな獲物を弄ぶように、ライダーは彼女の肩口に唇を押しつける。
「んむぅ……ここならキスマークをつけてしまっても大丈夫ですね。それとも首筋につけてしまいましょうか? リンは、私の物だって……」
「ダメ、止めて……」
「こんなに白くて美しい肌を見せられてしまっては、逃がすわけにはいきませんね。この牙を付きたてて、貴女の血潮を吸いたてたら、さぞかし私の心も力も満たされる事でしょうに」
 その気持ちを見せ付けるかのように、ライダーは伸びた犬歯の先で二度三度、凛の肌を突ついてみせる。、
 温かい唇に混じる冷たい刃の感触に、凛の背中に怖気が走った。
 その神気めいた外見で忘れかけていたが、ライダーは吸血種である。それを思い出し、身震いする。
「いや、止めて、そんなの……ライダー!」
 逃げ出したくてももはや籠の鳥も同じ。しかし血を吸われる、と言う行為に生理的嫌悪感を感じ、必死でライダーの腕を引き剥がそうと、凛は手に力を込める。
 その様子すらも楽しむように、ライダーは笑い、唇を凛の肌から離す。そのまま彼女の耳元に唇を寄せて、そっと囁いた。
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。リン、貴女はとても綺麗です。私は唯それをこころゆくまで可愛がりたいだけなんですから……」
 吹きかけられる息は熱く、囁かれる言葉は蜜のように甘く凛の心を溶かしていく。言葉の媚薬が彼女の意思を突き崩し、引き剥がそうと腕に篭っていた力がゆっくりと抜けていく。
 それでも僅かに残った彼女の理性が、これから先に行われるだろう行為へ抵抗した。
「ダメ、よ……貴女も私も、女でしょう、に……」
「何故女同士だとダメなんです?」
「何故、って……はぁうっ! そこ、ダメェ!」
 まるで分からないとばかりに、不思議そうな声でライダーが言う。その間も手を休める気は無いらしい。耳たぶを甘噛まれた凛の声に、甘い悲鳴が入り混じる。
「こうしていると思い出しますよ。かつては島の巫女やニンフたちとも、こうして甘い逢瀬を楽しんだものです。リン、貴女は彼女たちに勝るとも劣らない」
「そんな事、言われても……」
 どうやら筋金入りらしいライダーの言葉に、凛は言葉の向け所を見付けあぐねた。褒められて悪い気はしなくても、やはり自分も相手も女だと言う意識が先に立つ。そもそも何故こんな事になってしまっているのだろう。
「良いじゃないですか。痛い思いなどさせませんし。今この時くらい、そんな面倒なしがらみなど取り去ってしまいましょう」
 そんな凛の葛藤を押し流してしまうかのように、ライダーの指が凛の顎に掛けられる。
 顔を回され、肩越しに彼女の目に映るライダーの顔は、やはりそこにある事が信じられないほどに美しい。その唇から漏れる吐息は熱く、見つめてくる眼鏡越しの瞳はとろんと潤んでいる。直に重ね合わされたライダーの豊満な乳房の感触が背中に伝わる。その奥から伝わる鼓動は早鐘のようで、彼女もまた興奮しているのだと凛に伝えてくる。
 興奮している。
 こんなに美しいライダーが。美の女神のように綺麗なヒトが、私を見て欲情を浮かべている。私を欲しいと、訴えている。
 その思いが、凛の最後の壁を突き崩した。
 そのまま首を伸ばして、凛はライダーの唇に自分のそれをそっと重ね合わせた。最初は小鳥が餌をついばむように、細かく何度も何度も口付けを交わしていく。徐々に重ね合わせる時間が長くなる内に、凛の手がライダーの頭へと伸びていた。うなじの解れ毛を指先で弄び、濡れて輝きを増した髪に指を通していく。湿って重くなっている筈の髪が、ふわりと凛の指に絡みつき、自分の髪とは違うその感触に陶然となる。
 伝承ではこれは蠢く蛇だと言う。戦女神(アテナ)をも嫉妬させ、そんな呪いを掛けさせた神性の美しさは今もなお健在だと、凛は火照る頭で感嘆する。そんな女神様と、こうして口付けを交わしている。唇の動きだけで翻弄されてしまう。キスとはこんなに気持ちいい物だったのだろうか。自らの乏しい経験では及びも付かないライダーの口技に、凛の頭の中が蕩けていく。
 もっと欲しい。そう思う絶妙のタイミングで、凛の口内にライダーの舌が滑りこんでくる。ここは本当に蛇なんじゃないだろうか。そう錯覚してしまう長さと動きで、歯面をゆっくりと舐めまわし、隙間を見付けて潜りこむ。
 敵わないのは分かっていても、負けっぱなしじゃ悔しい。そう言わんばかりに凛も積極的に舌を絡めていく。背を預けるような態勢では首が苦しかったから、くるりと身を捩ってライダーと向かい合う態勢に。両の腕を彼女の頭へと回して、もっとシテと引き寄せる。
 ぴちゃぴちゃと濡れた水音が響き渡る。互いの口の端から、漏れた唾液が糸を引きお湯の中に落ちていく。
「んむぅ……ふぁ、あぁ……」
 凛の口から堪え切れない声が漏れる。
「ふふ、キスだけでそんな声を上げてしまうなんて。リンはいやらしいのですね」
「んぁ……そんな事、ない……」
「女同士は禁忌だと、あれほど拒んでいたのに。自分から舌を絡めて来るとは、なんてはしたないのか」
「それは、違うのぉ……」
 口付けの合間に囁かれる、揶揄するようなライダーの声にいやいやと首を振る。今だって自分が同性愛の素養があるとは思っていない凛であったけれど、ライダーの唇はそんな気持ちを容易く揺さぶってしまう。
「ライダーが……綺麗だから。ライダーになら、って……」
 だから、潤んだ瞳で彼女を見つめ、熱い吐息でそう呟いた。
「……そんな事を言われてしまったら、もう離してあげませんよ?」
 凛の言葉に一瞬目を丸くしたライダーは、満足げに再び深い口付けを贈る。舌同士を絡めたまま、両の頬をやんわりと指先でなで上げ、喉へ、そして肩口へと滑らせていく。指の感触すらも、自分とはまるで違う。そのまま肌に溶け込んで、交じり合ってしまいそうだった。その指で鎖骨をそっとなぞられて、凛の体が震えた。
「そろそろキスだけじゃ物足りないでしょう?」
 その言葉を合図として、ライダーの指が更に下へと進み出す。緩やかな膨らみを堪能するかのように、浅く指先を沈みこませ、ゆるゆるとその頂を目指す。数瞬後の快感を待ちわびて、凛は無意識に自分の体を摺り寄せていた。
 自分の乳房と、そして凛の乳房に挟まれたライダーの手は、しかし目標を見失う事はない。桜桃の種のように固く勃ち上がっている凛の乳首を、二本の指で優しく摘み上げる。
 ライダーが口付けから顔を上げた。互いの舌先を繋ぐ糸がたわみ、ぽたりと雫となって豊満な胸元に落ちる。
「こんなに固くなってしまってますよ。リン」
「だって……ライダーの指……気持ちいい」
「ふふ、それじゃもっと気持ちよくしてあげますね」
 するりと凛の腕の輪から頭を抜いて、彼女の体を半回転。再びライダーが、凛を背後から抱きしめる形となる。
「あん、ライダーぁ……」
「ふふ、この態勢の方が、ゆっくりとリンを楽しめますから」
 その言葉は偽りでは無いと言わんばかりに、凛の脇の下から潜りこんだライダーの手が、彼女の乳房をまさぐっていく。小ぶりな二つの膨らみを、愛しげに両の掌でそれぞれ包みこみ、ゆっくりと指を動かしていく。しなやかなライダーの指が凛を爪弾く度に、水面に漣が立っていった。
「ふふ、あなたの方がお姉さんなのに。サクラの物とは大きさも重さも違いますね」
「……意地悪……んふぅ」
 ライダーの囁きに頬を膨らませる。いつサクラの物を確かめたのだろう、そんな疑問がちらりと彼女の頭を掠めたが、お詫びとばかりに掌の中で乳首を転がされて声に愉悦が混じる。
「ですが、敏感なのは二人とも変わりませんね」
「ライダー、だって……背中に、貴女の当たってる。ライダーの乳首も固くなっちゃってるわよ」
 凛の背に押し付けられる、絹のような肌触りと綿毛のような柔らかさを持っているライダーの双丘。しかしその先端は明らかに尖り、彼女の手が動く度に凛の背中を突ついていた。
 意地悪をお返しするつもりでそう口にした凛だったが、艶事の心得の経験値が圧倒的に違う。ライダーは微笑を浮かべて、更に彼女の背に押し当ててみせた。
「ええ。リンの体はどこを触っても素敵な反応をしてくれますから、私も楽しいんですよ」
 その言葉通り、凛の全身は既に真赤になっていた。それがお湯のせいでないのは彼女の表情を見れば明らか。目はとろんと潤み、薄く開かれた口元からは艶の篭った吐息が途切れる事無く漏れている。しかしそれすらも前菜とばかりに、ライダーはそのまま片方の手を凛の乳房から外して、下へ下へと滑らせていく。
 お臍を通って、その先へ。指が目指す先を想像し、凛の両足が緊張ですり合わされる。誰にも触られた事の無い場所に、ライダーの指が伸びてくる。未知への恐れは、しかしすぐに快感の期待にすりかえられた。
「お願い、その……優しく……」
 消え入りそうな声で凛は呟く。ゆっくりと、ゆっくりと太股が開かれていくのを満足げに見やったライダーの指が、お湯に揺らめく彼女の恥毛を掻き分けて……するりと脇へ逸れた。
「え……」
「どうかしたのですか、リン?」
 内腿を撫でまわし、また耳元に口を寄せてライダーが囁く。
「その、指……」
「この辺りをマッサージすると、全身の疲れが取れると聞きましたから。リンの体の疲れを取ってさし上げようかと」
 言葉が嘘では無いと示すかのように、ライダーは手全体を使って凛の太股を撫でさすってみせる。しかし声には零れ落ちそうなくらい艶が篭っていて、凛の耳を熱く犯していく。
 自分に言わせようとしてる。ライダーの意図に気付いて、凛の顔はもう火が出そうであった。口にするのも恥ずかしい所を触ってくれとせがむ、そのはしたなさに頭がくらくらする。優雅の対極、体全てがいやらしい物で出来てしまっているような錯覚に、お湯の中にも関わらず背筋がゾクゾクする。
 この遠坂凛が、はしたなく足を開いておねだりをする。想像するだけで達してしまいそうな快楽。
 先ほど自分で慰めたものの比ではない。お湯とは違うぬめった蜜が、股間から溢れ出しているのを感じる。我慢など出来ない。魔術師である事も今はどうでもいい。
 遠坂凛は、気持ち良さを求め続ける一匹の獣だった。
「それとも、どこか別の場所がこっていたのですか?」 
 どこを慰めて欲しいのか、口に出してごらんなさい。
 ライダーの誘いに突き動かされるように、凛は腰を滑らせる。頭を彼女の胸に預け、腕を伸ばして彼女の頭に絡めた。逆しまに写る神代の美女に向けた笑顔は期待に熟れ蕩けたものだった。
「貴女の指で私の奥を抉って頂戴。こりこりに固まってしまったクリトリスを転がして、ぱっくり広がってるアソコを慰めて。こんなにはしたない私を、お仕置きしてください、女神様……」
「ふふ、よく言えました」
 すらすらとはしたない台詞を紡ぎ出す凛の唇は、熱く濡れたライダーに再び塞がれる。常とは逆に重ねられる唇の感触に酔いしれる間もないまま、彼女の体に快楽の津波が打ち寄せた。
 ライダーの指が凛の女陰に滑りこむ。人差し指と中指が潜りこみ、凛のオンナを暴き出していく。くぷり、と聞こえる筈のない熟れた水音が耳に届いた気がして、凛の口からくぐもった悲鳴が漏れる。しかしライダーの唇はまるで蛭のように吸い付き、どんなに凛が身を捩っても決して離れようとはしない。
 女神様のお仕置きは苛烈だった。口内にしのびこんだ舌は下顎を、歯裏を、舌唇の裏を舐めまわし、突ついて回る。恥じらいながら伸ばした凛の舌にはまるで蔦のように絡みつき、溶け合い混ざれとばかりにくちゅりくちゅりと音を立てている。左手は凛の乳首を摘み上げ、粘土細工のように捏ね上げている。これ以上されれば痛いという絶妙の力加減。そして右手は凛の蜜に滑りこんだまま、激しい愛撫を続けている。膣の壁を二本の指の原で擦り上げ、親指は勃起した肉芽を探し出してくりくりと弄んでいる。湧き出す蜜が湯に混じり、ライダーの手をとろとろにしていく。
 三箇所から沸き上がる悦楽の波紋が凛の体の中でぶつかり合い、より大きな波を生み出していく。何も考えられず、ただ自分がキモチイイでしか出来てないような錯覚に溺れて凛の体が震えだす。ばしゃばしゃとお湯を跳ね上げて、波に耐え切れない体が反りかえって際限なく高みへと上り詰めていく。
 もう、イッてしまいそう。
 凛が絶頂を感じかけたその瞬間、ライダーの指がぴたりと止まって、舌が引き抜かれてしまう。
「ふぁ、あぁ……?」
 何で止めてしまうのか、そんな胡乱な目で見つめる凛に向かって、ライダーが意地の悪い笑顔を浮かべる。
「ふふ、お仕置きしてと言われましたから。すぐにイかせてあげるわけにはいきませんね」
「そん、な……?!」
 泣きそうな声で呟く凛。体は今にも燃え尽きそうなのに、最後の一押しで止められてしまった。逃げ場をなくした熱が体の中で渦巻いて、気が狂いそうなほどだった。
「お願い、ライダー、お願いだからぁ……」
「最後までイかせて欲しいですか? 自分の指で慰めて、イってしまえば良いのに」
「いや、いやぁ……お願い、ねえ……」
 ライダーに高められた性感は、もはや自分の指などで満足出来るとは思えなかった。目の端に涙を浮かべて凛がせがむ。ぺろりと舌を伸ばしてその雫を舐め取ったライダーが、囁いた。
「それでは、湯船の縁に仰向けに持たれかかって、お尻をこちらに向けてください。ああ、片足は縁に掛けると素敵ですね」
「ふぁ……?」
 ふわふわとした頭で、凛は言われた姿を思い浮かべ、そのはしたなさに陶然となる。自分の秘唇も、そしてお尻の穴まで包み隠さずさらされてしまう。ライダーの目に、自分の一番恥ずかしい所を見せつける格好。
 逡巡なく、立ち上がった凛は言われた通りの格好をして見せた。
「見てェ……ライダー、私の一番恥ずかしい所、見て頂戴……」
 湯気でけむる浴室に露になる肢体。それでも足りぬとばかりに、凛は両手を後ろに伸ばしてお尻の肉の間を広げてみせる。
「そんな事までして見せるなんて、リン、貴女は本当にいやらしいのですね」
「ええ、私はいやらしいの……ライダーに、全部見てもらいたいのぉ……」
「やらしい花弁が真赤に染まって、蜜が滴ってますよ。後から後から、太股までドロドロですね。それにお尻の穴までひくつかせて。それでも魔術師なのですか?」
 ライダーの声も喜悦に震えていた。しかしそれすらも分からないほどに、凛の頭は思考を止めて、快楽の出口を求めて暴れそうになっている。
「ひゃうっ!」
 生暖かい刺激が秘唇に走り、凛は身を縮こまらせた。霞の掛かった頭でどうにか、息を吹きかけられたのだと理解する。
「メスの匂いが立ち込めてますよ。悪い虫が沢山、沢山寄ってきて貴女の蜜を根こそぎ吸い尽くしてしまいそうな位、いやらしい匂いですね」
「やぁ……意地悪。そんな事言わないでぇ……」
「まったく、貴女はお仕置きをされているというのに。口答えをする悪い口はここですか?」
 くすくすと笑い声を上げながら、ライダーの唇がそっと凛の唇へと重ねられる。
 秘蜜を垂れ流し続ける、下の唇へと。
「ふぁ、ああああぁっ! ひぃう……」
 指で触れられるのとは全然違う。熱い感触に凛の腰は跳ね上がる。足に力が入らない。辛うじて体を支える太股ががくがくと揺れて、水面が激しく波立つ。ライダーの感触が感じられる全てになってしまう。じゅるじゅると音を立てて自分の淫らな汁を吸い上げている。あんなに綺麗な女神様が、お尻の間に顔を埋めて。腰に手を絡めてしがみつく様にして、人の子の体を貪っている。
 唇の位置がじりじりと上がっていく。会陰を過ぎてその先へ。目指す先を理解して、凛がいやいやと頭を振る。
「だめぇ……ライダー、そっちは汚い、から」
「ここはお風呂ですよ? それに見てと誘っておいて今更ですね」
 それはまるで符丁のようなもの。いやいやと呟いておきながら凛の手は裂けんばかりにお尻の肉を割り開いていて、ライダーの唇は易々と窄まりへと辿りついた。菊座は、しかしお湯とは違う粘り気のある液体に濡れ、ひくついていた。ライダーの舌に突つかれる度に凛の体に電気が走る。自分で触れた事もない場所を、舌で弄られる。未知の感触に彼女の視界は先ほどから明滅を繰り返している。
「こんな所をいじられて感じてしまうなんて、リン、はしたないにも程がありますね」
「ふぁ、ひぃあぅ……ライダー、ライダーっ!」
 漏れ出す言葉ももはや意味を為さない。ただそれだけを求めるように、凛はお尻をライダーの顔へ摺り寄せる。不浄の穴をライダーの長い舌が掘り返し、違う遠坂凛を引きずり出していく。腸の壁がまるで膣のように舌を迎え入れ、閉めつけていく。熱い舌とひやりと冷たい眼鏡の感触。枯れる事なく湧きあがる快楽が今の彼女の全てだった。
「もう……貴女のようないやらしくて、可愛らしくて綺麗な子は……しっかり天国へ連れていってあげましょう」
 ライダーの唇が再び下がっていく。腰を抱えた手をさらりと滑らせ、はちきれんばかりに真っ赤に膨らんだ凛の陰核を摘み上げた。同時に女陰の奥深くに、伸ばされたライダーの舌が滑りこむ。指よりも熱く柔らかく自在に動く生物に奥底を抉られ、溢れ出す蜜をすすり上げられる。もっとも敏感なスイッチをこりこりと摘み上げられる。今の凛には耐えられるわけもない、強烈な悦楽の二重奏。
「あぁっ! あああああああっ! イっ……くぅ!」
 ばちばちと音を立てて神経が焼き切れるような錯覚。ここが浴室ではなく、白い白い部屋に放り投げられたかのような浮遊感。高く高く際限なく意識が上り詰めてしまう。手足はこわばり、背筋が仰け反って、意味をなさない悲鳴が浴室に響き渡る。秘肉から蛇口が壊れたかのように蜜が溢れだし、ライダーの口元はとろとろに汚れてしまっていた。
 くたりと崩れ落ちた凛の様子を見て、満足げに舌を引き抜いたライダーがその耳元に囁く。
「気持ちよかったですか、リン?」
 その声に答える事が出来ない。凛の意識は悦楽に翻弄され、忘我したまま今だこちらに帰って来る気配はないようだった。







「まったく。湯当たりするなんて姉さんらしくない。ライダーが見付けなかったら大変な事になってたかも知れないんですよ?」
 冷水に浸したタオルを固く絞って、小さく畳む。呆れた声で呟きながら、桜は凛の額にそれをあてがった。
「疲れが出たのかもな。しばらく寝てれば治るだろうけど、あんまり無理はするなよ?」
 隣に寄りそう士郎は心配そうに凛を見つめている。
「……そうね、お風呂入りながら寝ちゃうなんて恥ずかしすぎたわ」
 頬を赤らめ、目を閉じて凛はそっけなく言い捨てた。その胸にちくりと罪悪感の刺が刺さる。
 恥ずかしい。二人の顔を見れない。本当の事など、言えるわけがない。ライダーにイカされて、気絶してしまったなど優雅さの対極だ。
 体の奥底はまだ疼いている。自分はここまで淫蕩だったのかと、凛は途方に暮れる思いだった。そもそもは所構わずな桜と士郎がいけないのだと、そう言えればどんなに気が楽だったろうか。出来るわけのない想像を投げ捨て、彼女は深い溜息を付いた。
「サクラ、林檎を持ってきました」
 涼やかなその声と共に襖が開けられる。林檎とナイフを入れたボウルと皿を手にしたライダーが、静かに部屋の中に入ってきた。
 その顔を見ると先ほどの痴態を思い出してしまうかのようで、思わず凛は顔をそむけた。あてがわれたタオルがその拍子にずり落ちてしまう。
 姉の子供っぽい挙動に桜は口元を尖らせた。
「もう、姉さんったら。ライダーに助けてもらったからって、そんなに恥ずかしがらなくても。女同士なのに」
 ……女同士だったからよっ!
 心の中で吠える凛。もちろん伝わるわけはない。伝わっても困っただろうが。
 その様にライダーの口元がゆるく孤を描いた。何事か思いついたように目を細めて、桜に向き直る。
「サクラも、士郎もお休みになってください。あとは私がしておきますので」
「え、でも……」
 なんですって?!
 桜の声と、凛の心の叫びが見事に重なる。
「もう夜も遅いです。私はそもそも積極的に眠る必要がありませんし、リンも大事はない御様子です。後はお任せを」
「え、ちょっと……それは」
 慌ててライダーを見上げる凛。間違いなく、眼鏡の奥の瞳が不穏な輝きを放っているように見えた。獲物を目の前にした肉食獣の目に、嫌なくらい似ている。
「えー、でもライダーにそんな事をお願いするのは……」
「ですが、リンもあまりサクラに迷惑を掛けるのは忍びないという顔をしてますよ? 私の事は気にせず」
「ちょっとライダー?!」
「そうなんですか、姉さん? そんな事気になさらなくて結構なんですけど」
 思わず叫んだ凛に向かって、桜が問い返す。
 お願いここにいて、というかライダーと二人っきりにしないで。そう言い掛けた凛の目が、桜の肩越しに微笑んでくるライダーの顔をしっかりと捉えてしまう。
 バラシテシマイマショウカ?
 その笑顔ははっきりとそう語っていた。希望の扉が閉じていく音が、凛の耳にはっきりと聞こえてきた。
「……私は大丈夫だから。桜も士郎ももう寝なさい」
「はぁ、そう言う事でしたら」
 怪訝な表情を浮かべながらも、桜と士郎は立ちあがり、部屋を後にした。
 静寂を取り戻した後に残される、獲物とハンター。
 狩場を見まわるかのように、ライダーは部屋のあちこちを歩きまわる。その顔には抑えきれない喜悦の表情。
 意地でも起きあがり逃げ出したかった凛だったが、どうにも体に力が入らない。正に蛇に睨まれた蛙の状態である。
「あの、えと、ライダー? なんで窓の戸締りとかしっかり見てるのかしら?」
「外に声が漏れたら大変ですから。私は構いませんが主にリンが」
「声って何よ! て言うか何でジーンズやセーター脱ぎ出すのよ!」
「ふふふ……夜は冷えますからしっかり人肌で暖めてあげないといけませんし。ああ! 何て事でしょう、ひどくリンが寝汗をかいておられるのに気付かなかったとは!」
「あ、いや、その、やめてのしかからないでボタンに手を掛けないでああ、耳は弱いのぉ……」


 衛宮家の夜は今日も平和に更けていく。
 月の光降り注ぐ闇の中、庭の桜の花弁が、風に吹かれてはらりと舞い落ちていった。




<おしまい>