■ デリバリー フロム ネザーランド ■



「子作りしましょう」
 満面の笑みを浮かべて、九頭竜天音がそんな事を口走った。
「…………はい?」
「子作りです。セックスです。性交です。まぐわいでも結合でも合体でもレイプでも何でもいいですが、とにかくシましょう、朝倉光明さん」
 フルネームで呼ばれるのなんて久しぶりだなとか思ったけど、それはともかく意味がわからない。ていうか最後は人としてまずいと思う。
「えーと…………なんで?」
「男と女の間に理由など必要でしょうか? シたいからスるで良いと思いませんか、朝倉さん」
 俺のお腹の上に馬乗りで見下ろしてくる、天音の目はマジだった。服装も本気だった。どのくらい本気かって言うと、いつもの巫女っぽい服装がなんだか思いっきり透けて見える。色々見えちゃいけない部分まで見えてる。てかブラは今更かもしれないけどせめてショーツは履いた方が!
 とにかく、彼女は本気らしかった。
 正真正銘掛け値なしで、俺と子作りしたいってそう考えているらしい。
「……オーケー。よく分かった」
 深呼吸を二度三度繰り返して、そして俺はきっぱりと口にした。
「チェンジ」
「は?」
「いやむしろゲタウト。出てって」
「な、何故でひぃあーっ!?」
 彼女の腰に手を掛けて、俺はぐいっと体をよじった。マウントポジション取られていても、何の予想もしてなかったらしい彼女はそれだけでこてんとベッドの上に転がる。
 寝ぼけてまだ少しくらくらする頭を振りながら、俺は体を起こして胡坐をかく。
「いたたた……朝倉さん、ひどいです……」
 恨みがましい表情を浮かべて見上げてくる天音と目があって、俺は顔をしかめた。
「それを言いたいのは俺の方だと思うんだけどね。ていうか、誰なんだあんた」
「誰って、何を言い出すんですか朝倉さん!」
「いやもうびっくりする位似てるけどさ。て言うか二人並んだら絶対区別つかないと思うけど、でもあんた天音じゃないよね?」
 ジト目で睨み付けてやったが、彼女の表情は変わらない。しかしあの七日間で鍛えられた俺の観察眼は、額に伝わる一筋の汗を見逃さなかった。
「で、誰なんですか?」
「いえですから、私は正真正銘九頭竜天音であり普通の女の子であり貴方にお仕えする敬虔な肉奴隷でありますが」
「鍵かけてる俺の家の中に、夜中に勝手に忍び込んできてる時点で普通じゃないだろ! って言うか最後待て」
 俺は家族と同居の身である。しかも高校生である。女の子と同棲などできる身分じゃない。なのに突然夜中に忍び込まれれば、異常を疑うのが当然だ。
 ……いやまあ、自分含めて異常の側に割と足を突っ込んでいたのは事実なんだけど。それでも。
「そこはそれ、何と言いますか貴方に対する愛情の深さといいますか恋人として当然といいましょうか。いつでもどこでも溜まった欲望を発散して頂くためにはこうして私も常にご一緒に!」
 ずい、と顔を寄せてくるその顔は天音そのもので、何にも知らない時だったら本当に彼女が俺の部屋に忍び込んできたんだと勘違いしてしまいそうになる。
 それでも、残念ながら俺の中の何かが警鐘を鳴らしてしまうのである、
「やあまあ天音と付き合っているのは確かなんですが。良くそこまで成り済ましているものだと思うわけで、素直に正体明かしていただけませんかね」
「……う」
 肩を落とした天音そっくりの何かが、ようやく体から降りてくれる。俺も体を起こして、ベッドの上で胡坐を書いて彼女と向き直った。
「で、何なんですか、あんたは」
「お歳暮です」
「…………は?」
 ちなみに今は十一月なので、ちょっと早い。
 いや、そもそもそういう問題じゃないよ。
「ええとですね。朝倉様は、先だっての東京封鎖事件においてベルの王として覚醒されましたよね?」
「ああ、うん。それは」
「ご存知でしょうが、あの事件の前に魔界ではベル・ベリトの野郎が多くのベルの魔王を取り込み、ブイブイ言わせていたわけです。でもそんな彼の今回の大失態で、現状魔界はすごい事になってます」
「そうなの?」
「この世界だって、おエライ指導者様が突然いなくなれば、大混乱するでしょう? ましてベリトの奴は一世一代の大博打で、写し身じゃなくて本体でこの世界に現れたんです。それが朝倉さんに完膚なきまでに滅ぼされましたからね。いやもう、いい気味ですザマーミロ」
 ……どうやら。
 目の前の天音の姿をした何か――まあ悪魔なんだろうけど――は、ベル・ベリトの事が大嫌いらしい。
 俺らの世界だって色んな勢力が色んなエゴで喧嘩したり握手したりしてるんだから、それが自然なのかもしれないけど。でも何だか新鮮な物を見ている気がする。
「まあそんな訳で、現状魔界の一部は政治的に空白状態。ベリトに目を付けられなかったような小物のベルたちが、色々騒いだりしているわけです」
「うぇ……まだいるんだ、そんなの……」
 俺たちが倒したベルの悪魔はどれもこれも強かったけど、そういうのが他にもいるなんて聞くとゾッとする。
 相当嫌な顔をしていたんだろうか。僕を見て天音の姿をした何かは意地の悪い笑みを浮かべると、
「沢山いますよー? 例えば、鐘の音を司り、人々の心を偽りの愛で満たし惑わせる魔界の広報官「ベル・マーク」」
「は?」
 今何だか、非常に聞き覚えのある名前を耳にしたような。
「はたまた、魔界の書籍印刷を一手に纏める悪魔の活字王「グーテン・ベル・ク」!」
「いやいやいやいや!」
「残されたベルの中では最大最強! 月を飲み込む熊と謳われた魔界の運輸王「ベル・トーコン・ベア」!」
「嘘つけーっ!」
「はぅっ!?」
 手近にあったクッションで、僕は目の前の天音っぽい女悪魔の頭を思いっきり引っぱたいていた。
「な、何するんですか朝倉さん!」
「それは俺の台詞だよ! 何思いつくまま口から出任せ垂れ流してるんだよ!」
 ベルマークだのグーテンベルクだのも絶対ないけど、ベルトコンベアが悪魔とかどんなベルだよ! 製造ライン監督官かよ!
「失礼な! 私は出まかせなんか言ってません! 事実に脚色するのが大好きなだけです!」
「それを口から出まかせって言うんじゃないのか!」
「確かにベル・マークやグーテン・ベル・クはあれですけど、ベアの奴は歴として!」
「そこが一番嘘っぽいんですが!」
「魔界一のパリィの使い手です!」
「何だよパリィって!」
 思わず叫んだ瞬間、ガタガタと廊下越しにドアの開く音が響いてくる。
『光明! 何こんな時間に大声だしてるのよ!』
「ご、ごめん母さん! なんでもない! ちょっと電話してただけ!」
 慌てて扉越しに叫んだ。そりゃー必死である。いきなりこの部屋のドア開けられて、ベッドの上に女の子いるなんて光景が見られれば、一体どうなるか。考えたくない。
『早く寝なさい! ……っとにもう……』
 いらいらとした母親の声が、閉まるドアの音にかき消される。それを確認して、僕は深いため息をついた。
「……で、だ」
「はい、なんでしょう! シてくださる気に……!」
「ないから」
 そこで話を最初に戻されても困る。
 悪魔だからしたくないとかそういう事じゃなくて、僕の恋人は天音なのだ。悪魔相手に浮気したとか耳に入った日には、無表情で泣きながら一週間位説教されかねない。
「工場長のベルもすげー気になるけどまあそれはそれとしてだ。結局お歳暮とやらの意味が分からないんですが」
「ああ、それは簡単です」
 女悪魔はにっこり笑って、
「賄賂です」
「はあ……?」
「ぶっちゃけご機嫌取りです、朝倉光明さん」
 女悪魔の目の色が変わる。
「天地魔界の理を狂わせうる、あなたへの」
 何というか。
 なんだか、ものすごく話がきな臭くなってきたような気が。
「先ほどのベルたちは、正直小物です。ベリトが好き勝手してた頃、必死で逃げ回って目に付かないようにしてたくらいの塵芥です。当然どんなに頑張った所で魔界の掌握など夢のまた夢。現状、魔界と人間界を見回して、状況を打開できるだけの勢力を築けそうな方は、朝倉さん。あなたしか存在しません」
「――俺は、もう人間だよ。大体、Compだって動かないんだ、悪魔の力を使う事なんか出来ないし」
「出来ないんじゃなくて、やらないだけですよね?」
 ずい、と、女悪魔が体を寄せてきて、僕は思わず後づさった。
「あのクソ忌々しいメタ……げふん、その、Mの奴からメールは届きませんでしたか?」
「っ!」
 ぞくり、と。背中が震えた。
「今のあなたの中には、ベルの力がほぼ全て、眠り続けているんですよ? 天界の連中だって全力で危険視するような物をこっちが放っておくわけないでしょう」
 目の前の女悪魔の姿は天音から変わっていない。その顔も、その体も、俺が知っている彼女のままだ。
 なのに突然、得体の知れない別の何かに変貌を遂げたような感覚がする。
「まー、私の旦n……ごほん、えー、ご主人様はまあ、力はめちゃめちゃありますけど考え方が特殊なんです。ベルの王位に興味はなくても、現在のベルの王と仲良くしておきたいと考えているわけです。そんなわけで……」
 ぽん、と。少女に胸を突かれた。
 それだけで、突然体の力が抜けてしまう。
 仰向けに崩れ落ちた僕に再び馬乗りになって、女悪魔が見下ろしている。
「え、ちょ、何を……?」
「大丈夫ですよ。朝倉さん。男の子は痛い事なんて何一つないんですから……!」
 ここで話が最初まで戻るのかよっ!?
「そう言う問題じゃないってっ!」
「主に私が動きますので、マグロでオーケーです」
「わーわーわーわーっ!?」
 いかなる手段を使っているのか、あっさり俺のズボンとパンツは引き下ろされて、部屋の隅に投げ捨てられてしまう。
「ほらほら、朝倉さんってば口ではそんな事言いながらもしっかり準備万端じゃないですか」
「やかましいってかソコは俺の意思とは無関係ですからーっ!」
 なんか、こう。
 一番敏感な先っぽに湿った熱い感触が伝わってくるのがものすごく生々しすぎて困る。
 本気か。本気でこの女悪魔は俺を犯す気なんでしょうか!
 じたばたともがいてみるけれど、先ほどと違って彼女を振り下ろせそうな気配が全くない。力とかそう言うんじゃなくて、こういう状況での男の扱い方を完全に知り尽くしているかのような不動ぶりだった。
 何より、姿は完全に天音なのである。
 ただでさえ機能性の欠片もない上にやたらと艶かしいあの巫女服の中身が透けて見えてしまっていて、見覚えのありまくるあのボディラインまで寸分の狂いもないときている。
「ご心配なさらないでくださいね。私の再現度は完璧です」
 俺の心の中を見透かしたように、女悪魔は笑う。ゆるやかに腰をすり付けてきながら、両の手で服の上から自分の乳房を強調するように持ち上げてみせる。
「イザ・ベルの記憶の横流しで、全てをトレースしてますから。言ってしまえば今の私は九頭竜天音そのものです。浮気という事にはなりませんよ」
「なるから! 中身が違うんだから別人だよ!」
「その辺は男の甲斐性で飲み込んでいただきませんと」
「厄介事だけ押し付けられても困るっての!」
 駄目だ。
 このままいくと本当に越えたくない一線を越えさせられてしまう。
 どうすれば。どうすればこの状況を……
 組みしかれて自由に動かない手で、打開策をまさぐってみるも、所詮ベッドの上ではそんな物が転がっているわけも……
「はい、それじゃイタダキ……」
「……魔界にも、クーリングオフ制度はあるんだろうか!」
「何ですって?」
 俺のその言葉に、女悪魔の腰が止まった。
 入ってない。ギリギリ入ってない。全部は入ってないといったら入ってないのでセーフである!
「あ、あるんなら、気に入らないお歳暮は、送り返す事だって出来るはずだよな!」
「そうですね。ですけど残念ながら魔界にそんな制度は――」
「「L」さん宛てなら別だよな!?」
「なっ!?」
 今度こそ、驚愕の表情で固まってしまう女悪魔の腰の下から、俺は慌てて抜け出した。
 右手に握り締めた愛用のCompの電源を入れると、メールの受信ボックスを彼女の目の前に付き付ける。
「これ、これを見てくれ!」
「これは、確かにあの方の……!」
「「M」からメッセが届いてるんだから、当然、その反対側の方からだって届いてたって不思議じゃないだろ?」
「だ、だからって! そもそも私はあの方からの命令でここに来てるんだからその発言は意味を持たないですよ!」
 取り繕うように胸を張って俺を睨み付けてくる女悪魔に、俺も嫌味っぽい笑みを浮かべて言う。
「だから、取引をしよう」
「取引?」
「このまま回れ右して帰ってくれれば、俺は「L」さんに当たり障りのない感謝のメールを送って済ませようと思う。でも、無理やりレイプしてこようとするんなら、「ふざけるな、部下の教育しっかりしやがれ」って送りつけてやる」
「う……っ!」
「どうする? 多分、あんたは有象無象の淫魔じゃなくて、それなりの立場とかあるんじゃないのか? ここで上司の不興を買うとか、よろしくないだろう?」
「それは……く、っ……!」
 悔しそうな表情を浮かべて、女悪魔は俺のベッドから飛び退った。その姿が天音から、半裸に蛇を巻きつけた妙齢の女性の物に変わっている。
「……あーあ。任務にかこつけてせっかく若い子美味しく頂けると思ったのに」
 残念そうに、頭を掻きながら女悪魔が呟いた。声だけだというのに、気を張ってなければ心が蕩かされてしまいそうなほどに甘く毒が満ちている。
 もし最初からこの姿で全力だったら、俺は抵抗すら出来なかったんじゃないだろうか。
「Compを隠しておくべきだったかしら。それとも、そのくらいの機転はきく相手だって、喜ぶべきなのかしら」
「無駄にサービス精神利かせてくれたお陰で助かったよ。とりあえず、そのままお帰りいただければ、俺としては泣いて喜ぶんですが」
「あら、約束なんだから、ここで「お歳暮ありがとうございました。今後ともヨロシク」って送って貰わなきゃ。さすがにそれを確認しなければ、私だって帰れないわ」
「……慎重なんだ?」
「当然よ。魔界は契約社会なんだから?」
 口元に手を当てて、女悪魔は小さく笑う。
 ああ、うん。間違いない。その仕草だけで、ともすれば気圧されそうな力に満ちている。
 多分彼女も、あのベルたちにも引けを取らない大悪魔なのだろう。
「……了解」
 俺は手早くCompを叩いて、「L」宛てにその内容でメールを送る。
「おーけー。それじゃ残念だけど、帰らせて頂くわ」
「出来ればもう来ないでくれると助かる。こんな深夜の訪問は心臓に悪すぎるから」
「可愛い事言うじゃない。それじゃ朝倉君、可愛いあの巫女さんと仲良くね?」
 楽しげに手を振って、彼女は踵を返すと、その姿が徐々に薄れていく。
 完全に消え去って、部屋に静寂が戻ったのを確認して、俺は深い深いため息をついた。
 危機は去った。
 あの七日間にも匹敵すんじゃないかと言う危機が。多分。




「なるほど。状況は分かりました。確かにその状況において、朝倉さんは最善の選択をなさったのだと思います」
「ああ、うん。俺は頑張った。天音の事を考えて、出来る限りの事はした」
「ですが、最後の最後の行動だけは頂けなかったと思います」
「ああ、うん。それも、今考えればそうだと思う」
 俺の部屋で、俺のベッドの上で、俺の腕の中で、天音は上目遣いで俺をじっと見つめている。
 互いの素肌の温もりが心地いいけど、今はそれも頭に入らない。
 その原因が、俺の部屋の中央でのんびりとお茶を啜っているのだから。
「まあまあ。こっちは気にしないでちょうだい? スるのも混ざるのも好きだけど、見てるのも割と大好物よ?」
 びっくりするようなスタイルを蛇で隠して、あの女悪魔がからからと笑う。
 昨日の今日で、突然だった。
 天音と脱がしあって色々してさあこれからと言う瞬間だった。

「「今後ともヨロシク」っていう事だったんだから、早速派遣されてきただけよ?」

 しれっとそんな事を言ってのけた彼女は、今度こそ梃子でも動きそうな気配がない。
「……どうすれば良い、かな?」
「……レミエル様にまとめて追い払っていただきましょうか」
「それか!」
「多分この家ごとなくなりますけど。ついでに朝倉さんも」
「……全力で怒ってますねっ!?」

 どうしてこうなったんだろう。
 ついとそっぽを向いた天音と、楽しそうな女悪魔を交互に見合って、俺はがっくりと肩を落とした。



■ 後書き

 多分戦闘時はインペリアルクロスのフォーメーション。元気があれば何でもパリィ!@ベル・トーコン・ベア

 だいぶ前に書いて出し忘れていた物ですが、デビサバアフターのバカ話でございます。こちらでのネコミミ君は天音と仲良くという事で。
 ていうか何度見ても天音の性的ぶりは異常。3DSにも移植されるみたいなので、あのけしからんおっぱいが3Dに! 3Dに!
 ああ、出てきた女悪魔ですがもちろんアレです。本編では出てこなかったのはCEROに引っかかってしまったのでせうかね?
 


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