はぢめてのごほうし。




 そこに顔を寄せるだけで、熱が伝わってくる。
 プラ子の頭の中は、くらくらと、くらくらと揺れ動いていた。
 本当に、こんな事をして良いのだろうかと、彼女の心の半分がは訴えている。けれど、あの人に教えられたのだ。大事な主には精一杯奉仕しなければいけないと。教えられた事なのだから実践しないといけないと、もう半分が焚き付ける。
 しばしの葛藤。そしておずおずと舌を伸ばしたプラ子は、立ち上がっている突起をぺろりと舐め上げた。
「ん……んん……」
 途端、悩ましげな吐息が耳に届いて、プラ子の顔は一気に真っ赤になってしまう。
 今まで耳にした事もないような、艶の篭った呟き。
 それが、少女の壊れかけた堰を切ってしまった。
 薄く開かれたアルトルージュのソコは、淡いピンクに色付いている。その端から、ゆっくりと、透明の雫が伝い落ちて行く。
 ゆっくりと伸ばされたプラ子の舌が、その雫を掬い上げた。
 口の中に広がっていく、初めての味。どこか少し甘酸っぱいようなそれは、少女の中に新たな感情をもたらしていく。
「これが、アルトルージュ様の……」
 憧れた主に擦りより、心の底からのご奉仕をしている。
 その幸せに陶然となったプラ子は、ひしとアルトルージュにしがみつき、自らの唇をゆっくりと寄せていく。
 触れ合うか否かの距離。伝わる熱に焼けてしまいそうになる。初めて身を焼く淫らな熱に突き動かされたプラ子が、あと一息身を進めようとした瞬間。
 ぱちりとアルトルージュが目を開けた。
「あ……」
 視線が交錯する。とても間直で。
 口付けまであと薄紙一枚の距離で、見詰め合うプラ子とアルトルージュ。
「…………何をしているのかしら、プラ子」


 ドイツとオーストリア国境。深々たる森のさらに奥深く。
 幽玄に聳えるアルトルージュの城の夜更けは、今日も主の怒りの叫びで幕を開ける事となった。







 例え目覚めがどれだけ不本意なものであろうとも、一日は容赦なく過ぎていく。アルトルージュは女王であり、怒りに任せて不貞寝をしているわけにもいかない。
 苛立ちを隠せない表情ながらも鏡台の前に腰掛けたアルトルージュの髪を、後ろに立った女性が丁寧に梳いていた。
 格好こそ他のメイドたちと同じ姿だったが、その立ち居振る舞いには無駄も隙も存在しない。外見は三十に届くか届かぬか。豪奢な金の髪を結い上げた、すこぶるつきの美女だった。
「ねえレア。ちょっと聞いてくれる?」
「何でございましょう、アルトルージュ様」
 レアと呼ばれた彼女は、鏡越しに柔らかい笑顔を浮かべて応えた。
 エレノアと言うのが、このメイドの本名だった。アルトルージュに仕えて既に四桁の年月を数える古株の死徒であり、立場こそメイド長であるが実質は城の裏方を全て取り仕切っているに等しい。「彼女が咳をすれば城が風邪を引く」とはもっぱらの評判だ。
 下手な死徒の祖よりも遥かに古くから在る彼女は、当然アルトルージュの信任も篤い。親しみを込めて「レア」と呼ばれるのがその何よりの証拠である。アルトルージュにとっては数少ない、心を許せる相手だった。
 そんな彼女に甘えるように、ここ数日、愚痴を漏らす回数が増えている。良くないと思ってはいても、積もり積もったアルトルージュの心労は捌け口を求めていた。
「最近ね、どうもメイドたちの私を見る目がおかしいのよ。貴女何か知ってる?」
 主のもらす深い溜息に、エレノアは手を止めて微かに眉を寄せた。
「おかしい、と仰いますと?」
「変に熱っぽい視線で物陰から見つめてきたり、二人三人で何かひそひそ話していたり。かと思えばこちらを見ながら何か熱心にメモを取っていたり。貴女何か心当たりはない?」
「心当たり、ですか……」
 しばし考え込んだエレノアは、得心がいったか小さく笑い声を上げて、髪梳きを再開した。
「ちょっと、一人で納得しないで欲しいのだけど」
「失礼しました。ですがアルトルージュ様らしいなと思いまして」
「どういう事?」
「アルトルージュ様が愛されてると言う事ですよ」
「愛されてるって、何よそれ?」
 くすくすと肩を揺らすエレノアの態度に、アルトルージュは口を尖らせる。しかしそんな主の顔もまた楽しみの一つなのだろう。エレノアは朗らかに答えた。
「あの子たちくらいの年頃の娘って、他人の色恋沙汰は興味深々ですもの。しかもそれが、憧れの姫様の物となれば尚更でしょう?」
「私の色恋沙汰って、ここしばらくそんなの無いじゃない……って、まさか」
 言いかけたアルトルージュは、すぐにその言葉の裏に気付いて露骨に顔をしかめた。エレノアは楽しそうに言葉を続けていく。
「ふふ、「憧れの姫様と、彼女に憧れる少女の秘めたロマンス」。ああ、なんて素敵な話なのでしょう」
「……………………えーっと」
 油の切れた発条のような動き。ぎちぎちと軋んだ音が聞こえてきそうな振る舞いでアルトルージュは振り返った。
 目に映るのはいつもと変わらぬエレノアの、のほほんとした表情。
 ひどく見覚えがあって、アルトルージュがとても苦手な表情だった。
「ああ、ですがわたくしは悲しいです。以前は頻繁にお声をお掛けくださいましたのに、最近はとんとご無沙汰。素敵な殿方が出来たのであれば涙を拭い祝福するつもりでしたのに、まさかそういう趣味だったなんて」
「ちょ、ちょっとレア。待ちなさい」
「やはり、やはりわたくしのようなおばさんではなく、若い娘の方がよろしいのですか?」
「そもそも私と貴女にそんな関係は最初から無いでしょうがっ! 大体私のほうが年上じゃないっ!」
 額に冷や汗を浮かべて叫ぶも、聞いた端から右から左か。エレノアの口は留まるところを知らない。
「確かに、確かにプラ子殿はなでくり回したくなるくらい可愛いですけど。でも、でもわたくしもテクニックでしたら何処のだれにも引けを取らない自信がありますのに。やはりそれでも若さを選ばれてしまうのですか。ああ、若いというのはそれほどまでに……」
「話を聞いて少しだまれーっ!」
 すぱこん、と。
 アルトルージュは手に届いたクッションで容赦なく殴りつけた。一瞬よろけたエレノアが涙目で、恨みがましく主を見やる。
「あたま、痛いです……」
「うるさい、レアあんた全部分かってて楽しんでるでしょっ!」
「誤解ですアルトルージュ様。私も最初耳にしたときは驚きだったんですよ! まさか自分のお仕えしている敬愛する主が、戸を開け放ったままイタイケな犬耳少女に「脱ぎなさい!」と迫るような、露出狂で同性愛者で少女趣味だったなんて。でも、その程度の事でわたくしの忠誠心はいささかも揺るぎませんので御安心下さいませ」
 叩かれた頭を摩りながらも笑顔を崩さない。アルトルージュはがっくりと肩を落とした。
「……誤解だって言って、信じてくれると思う? あの子達」
「あらあら、誤解だったんですか?」
「当たり前よっ!」
 部屋を震わせるような大声で叫んだアルトルージュだったが、すぐに項垂れた。エレノアも目尻を下げたまま、再び主の髪を梳いていく。
「でも、本当に、ほんとーに誤解だったんですか?」
「……いやに絡むわね」
「いえ、本当にアルトルージュ様にそのケが無いのでしたら良いのですが。ですがもしプラ子殿を見て邪な気持ちが刺激されるようなら、少しシフトを考えなきゃいけないじゃないですか。メイドと主のただれた関係は、はたで見てる分にはとても楽しいですけど、統括する立場だと色々大変なんですから」
 いやに真面目くさって呟くエレノアの言葉に、アルトルージュは露骨に眉をしかめた。
「断じて少女趣味はないから安心なさい。というか、そもそも前提からおかしいわよ。何でいつの間にか普通にメイドやってるのよあの娘は」
「本当に助かってますよ。人手が足りませんでしたから」
「それはよかったわね、代わりに軍編成はガタガタになっちゃってるけど。代わりに貴女入る?」
「御冗談を。もう無理ですよ」
 ころころと笑ったエレノア。その表情がふいに真面目な物に変わった。
「どういたしますか?」
「ん?」
「本当にアルトルージュ様がお困りなのでしたら、わたくしからプラ子殿に言って聞かせますけれど。メイドの人手はまぁ、シフトをやりくりすればどうにかなるでしょうし」
「そうね、その言葉は嬉しいけど……あまり貴女に頼るわけにもいかないでしょう。私の迂闊な行動が原因だったのだから、私がどうにかしないと」
「ですが、それでアルトルージュ様がお悩みになる方が問題だと思いますよ」
「でもね……」
 しばらく考え込んだアルトルージュだったが、やはり疲れはたまっていたらしい。差し伸べられた手を振り払う気にはなれなかった。
「ならあの「朝のご奉仕」だけはどうにかして頂戴。毎朝毎朝顔をぺろぺろ舐められるのは、さすがにいい気分はしないから」
「……は?」
 思い出し、顔をしかめたアルトルージュの言葉に、逆にエレノアが呆けた声を上げた。
「は? って、え、だってここ一週間ずっとプラ子が……」
「……アルトルージュ様。確かにわたくし、あなた様の困った顔を見るのは大好きですけれど、これでもメイドと言う仕事に誇りを持っております。そんなトンチキな事をさせる筈ないじゃないですか」
「……ちょっと待って。じゃあ、プラ子の服装が日替わりなのも」
「存じ上げません」
 ちなみに本日はパンツの見えそうな(と言うか見えた)ミニスカートと、胸を強調した半透けのメイド服。
「…………」
「…………」
 主とメイド長は顔を見合わせて。
 そして、深い、深い溜息をついた。
「まただというの、あの男は」
「困ったものですね、スヴェルテン様も」
「……掃除の用意はしておいて」
「畏まりました。ああ、あまり血を流さないでくださいね。シーツやレースについたりすると、染み抜き大変なんですよ」
「ええ、前向きに善処するわ」



「さて。申し開きはあるかしら? 首を刎ねる前に聞く準備はあるけれど」
 デスクの上で頬杖をついて、アルトルージュは半眼で睨みつけた。向かい合う男は眉を顰めて、主に問いかける。
「姫様、その台詞は先日もお聞きした気がしますが」
「そうね、前回の時点できっぱり打ち首獄門したはずなのだけど。貴方の不死身っぷりも大したものね」
「ははは、敬愛する姫様のためならこのフィナ=ヴラド・スヴェルテン、地の底からでも蘇って見せましょう。ですが、さすがにこう立て続けと言うのは些か厳しいかと」
 フィナが身を捩るたび、きこきこと軋んだ音が響き渡る。
 それも当然。何せ今の彼は鎖でがんじがらめに縛り上げられ、天井から逆さ吊りされているのだから。
 端々から覗く服はボロボロ、そんな中でも全く翳りの見られない整った顔立ちはいっそ見事とも言えるが、逆さ吊りでは魅力に溢れていても宝の持ち腐れであろう。
 それでも余裕を崩さずに、彼はアルトルージュに笑いかける。
「大体、何故そんなに腹を立てておられるのですか。プラ子殿は頑張っているじゃないですか」
「貴方がその頑張りを嫌な方向に捻じ曲げているからよっ!」
 だんっ! と鈍い音が響き渡る。
 これで今週七台目のデスク昇天を成し遂げたアルトルージュが、半眼でフィナを睨みつけた。
「ねぇ? 毎日毎日ベッドに潜り込んで来て顔をペロペロ嘗め回されて起こされるのって、一日の始まりとしてはひどく不本意な物だと思わないかしら? 本当に、一体何処のどなたが「朝のご奉仕」なんてろくでもない物をあの子に教え込んだのかしらね」
「ははは、手取り足取りお教えしたかったのですが、さすがに女の子相手には厳しいものがありましてな」
「……今度はカルハインの廃墟に放り込んできて上げましょうか?」
「これはこれは手厳しい」
 逆さ吊りで氷点下の視線に射抜かれても、白騎士は余裕を崩さない。その表情はどこか嫌な方向に崩れている。
「でも可愛いじゃないですか。「ご奉仕」を勘違いしてるとはいえ精一杯尽くしているというのは。私の過去を思い出しますよ。ああ、ヨシュアは甘えん坊だったなぁ。一人寝は寂しいのかいつもいつも私のベッドに……」
 陶然とした表情で目を細めるフィナ。
 アルトルージュは頭を振って、頭に思い浮かんだ汚い図を月まで投げ捨てる。
 犬か猫の事に違いない。ヨシュアとは変わった名前だが無くはないはずだそう決めた。決めたったら決めた。
「ねえ首を刎ねる前にきっちりきっぱり確認しておきたい事が在るのだけれど」
「耳の裏に舌を這わせてやると、ヨシュアは真っ赤な顔で悶えて……と、何でしょうか姫様」
「……プラ子の服装よ」
「おお! 今日はお気に召しましたか姫様。我が小姓に命じて、毎回選りすぐりのラインナップを揃えさせているつもりなのですが」
「私、貴方の制服コレクションは部屋ごと焼却処分したわよね。だと言うのに何であの子は、毎回毎回毎回毎回違う服着て来られるのかしら?」
「はっはっは。姫様、私を舐めてもらっては困ります。このフィナ=ヴラド・スヴェルテンが千年集め続けた古今東西珠玉の品の数々、よもやあの程度で全て始末できたなどと思われてはマニアの名折れ。プラ子殿に渡してある鍵だけでも悠に一ダースは姫様熱い! 熱いです姫様! 鎖をバーナーで炙るのはご勘弁を!」
「……今度徹底的に城の掃除をしないといけないわね……」
 うなだれたアルトルージュは、何かを思い出したのか怪訝な表情で白騎士を見やる。
「ちょっと。貴方確か男の子が好きって公言してたわよね? 女に興味なんか欠片も無いって」
「勿論ですとも。何も知らないいたいけな少年に一から愛を教え込んでこそ痛い痛い! 姫様鎖を締め上げるのは御勘弁を! 肉挟んでますっ!」
「ならなんで貴方が持ってる制服、皆女性用なのかしら?」
 それもプラ子にぴったり合うようなサイズばかり。
 眉を顰めた主に向かって、白騎士は胸を反らした。
「勿論愛しい我が天使たちに着せるために決まってるじゃないですか」
「……男の子に?」
「さよう。何が悲しくて女の子用の制服を女の子に着せなければいけないのか。そんなの欠片も楽しくないじゃないですか。まだ淡い体の少年が、羞恥で身もだえしながらスカートを抑えて恥らうのを見る時の胸の高鳴りといったらもうっ!」
「…………」  今に始まった事ではない。
 今に始まった事ではないのだが。
 自らを守る至高なる騎士の歪みまくった性癖に、アルトルージュは頭を抱えた。
 全てを兼ね備えた逸材など、そうそう手に入らないことは分かっている。
 分かってはいても、さすがに同性愛者で年少趣味で制服愛好癖は、死徒としても終わっている。奈落の底だ。
「……一応確認しておくけれど、プラ子は女の子よ? その理論でいうならば欠片も楽しくない部類なんじゃないの?」
 よもや勘違いしているのか。心配する必要があるのかどうか微妙だが、プラ子の貞操が掛かっているっぽい。
 頭痛を抑えて問いかけたアルトルージュに、フィナはきっぱりと言い切った。 「それは勿論、可愛いプラ子殿を見てあたふたする姫様を観察するのが楽しげふ」
「一編死んできなさいっ!!」
 電光のような右ストレートを顔面に叩き込んで、アルトルージュは目の前の不忠者を沈黙させた。
 なんか拳が貫通していたが、彼女は些細な問題だと思う事にしたらしい。
 そう、まだびくんびくんと体が波打っているし、多分大丈夫に違いない。
 多分。





 一方その頃。
 メイドたちの休憩室において、斯様な会話が繰り広げられていたとかいないとか。

「ねえプラ子ちゃん。今日はどうだった?」
「駄目です。やっぱり怒られちゃいました……こんな事じゃメイド失格ですね、わたし」
「駄目だよ諦めちゃ!」
 しょぼんと項垂れるプラ子の手を、メイドの一人が握りしめる。
「大丈夫よ! あたしが最近読んだ日本の小説に「嫌よ嫌よも好きの内」って言葉が出てきたの」
「え、それってどういう事ですか?」
「つまり! アルトルージュ様は口ではプラ子ちゃんの事嫌がってるけど、実際は気になってしょうがないはずよ」
「ええ。間違いないわ。アルトルージュ様は受けな顔をしてるもの」
 別のメイドが眼鏡越しに、瞳を嫌な光で輝かせる。片手に抱えているのは妙に肌色の割合が多いイラストが描かれた、数冊の本。
「押して、押して。押して駄目ならさらに押して。そうすれば必ずアルトルージュ様はオチるわね。欲望に負けたアルトルージュ様がこのちいさな体を組み敷いて、そして……ああっ!」
 音も無くプラ子に忍び寄り、空いたぺたぺたと少女の体を触りまくる。その息が段々荒くなっていくは気のせいではなかっただろう。
 普通ならば様々な危機を感じて逃げ出すべき所業だが、残念ながらプラ子には人生経験が足りなくて。
 そして、刷り込みされやすかった。
「分かりました! わたし、頑張ります! 頑張って頑張って! 必ずやアルトルージュ様の全ての御期待に添えるようなメイドになって見せますっ!」
 決意を込めた瞳を燃え上がらせるプラ子。
 部屋の中に割れんばかりの歓声、そして拍手が満ち溢れる。
「がんばれー!」
「応援してる! プラ子ちゃん、お似合いだよ!」
「初めての夜の報告はお願いね!」
「薄闇の中に浮かび上がるような淡い体に指を這わせて、熱い吐息を漏らすアルトルージュ様。プラ子ちゃんが身じろぎするたびに、奥底の嗜虐心がくすぐられて……嗚呼……」



 黒の姫君アルトルージュ・ブリュンスタッド。
 望む安息の日々の訪れは、果てしなく遠いようだった。



おしまい。




 ・姫様のお城は今日も平和らしいです。ええ。