AFC




「ねえアルクェイド。私一週間ぐらいそっちに行ってもいいかしら?」
"んー。いきなりだね姉さんったら。いいけど。お土産楽しみにしてるから"
「それは期待してくれて構わないけど。何が良い?」
"んー、前にウィーンで食べたザッハ・トルテ、また食べたいなぁ……あん、志貴、そこはだめぇ"
「……アルクェイド?」
"ああ、ごめんね姉さん"
「いえ、急に電話掛けたのは私の方だし。もし用事があるならそっちを優先してくれて構わないんだけど」
"あはは、大丈夫大丈夫。さっきまで寝てただけだし。でもさ、姉さんこそ大丈夫なの? わたしはこうしてのんびりとしてるけど、姉さんいつも忙しいんじゃないの?"
「そりゃ本当は忙しいけど。でもこれ以上ここにいると私がもうダメ。無理」
"そっかぁ。それならゆっくり来るといいよ。泊まりはウチでしょ?"
「そう、ね。出来ればそうしたいな。ゆっくり貴女ともお話したいし」
”うんわかった、部屋用意して待ってるから……あん、志貴…………んぁ、んむぅ……"
「……アルクェイド? ねえ、アルクェイド貴女さっきから何を?」
"んちゅ……ん、ううん……んあっ! こらー、志貴! 今はダメだよぉ、姉さんと電話中なんだから。後でいっぱいしてあげるからぁ"
「な、何してるのよあなたはーっ!」
"な、何って、そんなの志貴の……"
「ああもう! 分かった、止まる場所は別に探すから貴女たちはそのまま仲良くしてなさいっ!」
"えー、だめ! そんなのつまらないよ。わたしは気にしないし志貴も姉さんが来るの楽しみだって言ってるし……あ、あん、そっちはだめぇ。あ、ああっ!"
「全然説得力ないじゃないのよー!」
"んぁん、は、はぁぁぁ……い、いいよ、志貴。そっちも、そっちの穴もとても感じちゃうぅ……ああん、ダメ、太いよぉ!"
「せめて返事くらいまともにしなさいっ! ていうかそっちの穴って何なの?! 志貴君に一体何されてるの?!」
"え、え……それはわたしの……やだ、姉さんのえっち。そんな事言わせないでよぉ"
「いいわよ言わなくてっ! 想像したくないからっ!」
"むー、言ってる事支離滅裂だよ。何そんなに怒ってるのよ?"
「いえ、いいわよ怒ってないわアルクェイド。そりゃ貴女も志貴君の事が大事なのだもの、四六時中一緒に居たいわよねええ怒ってないわ。ただちょっと秋葉ちゃんとかの気持ちが分かっちゃっただけよええ」
"やっぱり怒ってる。でも姉さんだって最近彼女出来たんだから、その子も連れてくればいいじゃないのよ"
「……………………はい?」
"んー。姉さんが年下少女趣味だってのはちょっとショックだったけどね。でもまぁ、あの子可愛いし。まぁあれなら姉さんもよろよろっと性別の壁踏み越えちゃっても不思議じゃないかなぁって"
「ね、ねえアルクェイド。ちょっと聞いてもいいかしら」
"なに? あん、あ、ダメ、そんなに激しく突かないでぇ"
「…………いえいいわ。貴女の状態はあえて言うのは止めとくけど。とにかくっ! わたしによりにもよって彼女が出来ただなんて、そんな馬鹿話一体どこで聞いたのよっ!」
"え、だってAFCの会報最新号にデカデカ載ってたわよ?"
「え、AFC……?」
"何よそんな変な声出して。姉さんの公式ファンクラブの事に決まってるじゃない。あ、わたしが何で入ったかって言うとメレムから薦められたの。ほら、わたしはこうしていつでも話できるけどさ、これも姉孝行だと思って……って、姉さん? 姉さん?"



 豪奢な天蓋の付いたベッドの上には、放り投げられた携帯電話。
 心なしかフレームが歪になったそこからは、持ち主の名を呼ぶ声がしばらく響き続けていた。






「――この城の者だけでも九割九分の人間が加盟しておりますな。外に広がったものを含めますと、総加盟人数は軽く2万人を超えているかと。なお、このAFC内でもいくつか派閥がありまして。代表的なもので言うならば「アルトルージュ様にタイを直してもらい隊」「寝顔拝見血盟団」「姫様に押し倒してもらい隊」「幼女マスターアルトルージュ様ハァハァ」などなど、後者になるにつれ人数は減っておりますが、より先鋭化され……」
「……もう良いわ」
 なおも延々と報告書を読み上げるリィゾ=バール・シュトラウトに手を振って止めるよう告げると、アルトルージュ・ブリュンスタッドは執務卓(千二百七十四代目)に突っ伏した。実は机の一部が特注の衝撃吸収剤となっており、主の理不尽な暴虐にも黙って耐える優れ物。顎の辺りがひんやりやわらかく気持ちいい。
「最近慣れてきたわ。ええ慣れたくなんかなかったけど。でもどうしても解けない疑問があるのよ」
「は、何でしょうか?」
「どこのどなたが作ってくださったのかわからないけれど、そのAFCって、私のファンクラブなのよね? 何で私に関する事なのに、いの一番に私の耳に入らないのかしら」
「……真に申し上げにくい事ながら、この城の裏方一切を取り仕切っておられるのは、エレノア嬢でありますが故に」
「……納得したわ」
 眼鏡の奥の瞳を細め、にまにまと意地の悪い笑いを浮かべているだろうメイド長の顔を思い浮かべて、アルトルージュは眉を顰めた。
 あの女、絶対私をいぢって楽しんでいやがる。
 姫にあるまじき雑言を頭の中に思い浮かべて罵るも、現状の解決には何の役にも立つわけもなく。アルトルージュは深い、深いため息をついた。
 そう、今重要なのは現状の解決。一度とっくりと話し合うのはその後でも遅くない。
 アルトルージュは体を起こして、頬杖を付くと、リィゾに半眼を向けた。
「シュトラウト。とりあえず首謀者を見つけ出してAFCとやらを解散させなさい。今すぐ」
「無理ですな」
 返答にはためらいも容赦もなかった。
 かくん、と手から顎が外れて、アルトルージュは盛大に顔面を打ちつける。衝撃吸収材のない所にぶつかる辺り、運からもきっちり見放されてるようだ。
「アルトルージュ様、先ほどからいささかはしたないかと」
「ほ……ほっといて頂戴!」
 額に大きなこぶを作って、アルトルージュはよろよろと起き上がった。
「ていうかおかしいじゃない! それは「私」のファンクラブなのでしょ? 何で私の一存で解散できないの!」
 額をさすりながら、彼女は怨嗟に満ちた声と涙目で黒騎士をにらみつける。しかし彼は小揺るぎもせず、淡々と報告書を読み上げていく。
「すでにAFCのメンバーには幾人かの大物死徒の名が見受けられます。中でもヴァン=フェム殿の名前が大きいですな。またAFC発行のグッズ等の売り上げは年間数百万ユーロに上っており、これだけの規模のプロジェクトとなると、個人的な感情で一方的にストップさせるのはデメリットの方が大きいかと」
「メリットデメリットの問題じゃ……って、ちょっと待ちなさいシュトラウト」
「は、何か問題が?」
「……グッズって一体何?」
「生写真・カレンダー・CD・DVD・後は自叙伝回顧録マスコットフィギュア等々、クオリティも高いと好評ですな。しかも、先日プラ子殿がそのラインナップに加わった事により、各種商品売り上げが軒並み右肩上がりを示しております。ヴァン=フェム殿の力により、造形のクオリティと販路が圧倒的に広がった事も好材料ですな。売り上げのいくばくかは城の運営費にも還元され、良い事尽くめかと」
「プラ子も加わった……?」
 訝しげに呟くアルトルージュに答えるように、ぱんぱんとリィゾが手を叩く。ゆっくりと応接間の扉が開けられて、巨大なワゴンを押しながら中に入ってきたのは件のプラ子であった。格好はメイド姿ではなく普段の白スク水。それが普段の格好だと最近認識している自分が、アルトルージュにとってはひどく欝。
 しかしそれも、目の前に広がる呪いのアイテムに比べればまだ些細な問題だった。
 ワゴンの上に所狭しと並んでいるのは、リィゾの言う所の「グッズ」の数々。取られた記憶のない写真を引き伸ばされたポスターや、ラミネート加工された写真。DVDは全12巻、CDは主題歌ED挿入歌、各キャラクターの曲まで完備。書籍の種類等にいたっては数える気にもならなかった。
 そもそも主題歌って一体何なのだろうか。
 頭痛に打ちのめされそうになったアルトルージュの脳裏に、先日行われた祖の会合の場面が思い出される。
 そういえばあの時、ヴァン=フェムやリタの奴は妙ににやけた顔を浮かべていた気がする。不気味に思って傍に近寄らなかったが、まさか裏でこんな事が行われていようとは。
「……これ、全部貴女の物だったりするのかしら、プラ子?」
「はい! いくつかは光栄にも「もでる料」として頂いたものなのですが、後は頑張って集めました!」
 なんの衒いも迷いもなく、朗らかな笑顔でプラ子は言い切った。ぱたぱたと尻尾が揺れている辺り、本当に嬉しそうだ。
「ああそう、頑張って集めたのね。そう、そうなの……」
 呟くアルトルージュの越えには欠片も力がこもっていない。
 悪気はないのだ。
 プラ子に悪気はないと分かってはいるのだ。
 いるのだが、この胸の中の怒りとやりきれなさはどこに向ければいいのだろうか。
 答えを見つけられず執務卓に崩れ落ちたアルトルージュの視界を掠めるのは、ワゴンの傍らに積み上げられた、一冊一冊がいやに分厚いA4サイズの冊子。これがアルクェイドの言っていた会報の事であろうか。
「ちょっと、それ取って頂戴」
「かしこまりました、アルトルージュ様」
 ニコニコとプラ子に差し出された会報を、ぱらぱらと中を眺め見て数分。
 アルトルージュは全力でそれを窓の外に投げ捨てた。
「ああああっ! 何をなさるんですかアルトルージュ様っ! それ、もうバックナンバー手に入らないんですよっ!」
「うるさいっ! 何なのよあれは! 何で私が貴女と昼も夜もあんな事やこんな事をする色情両刀使いになってるのよっ! そもそもそんな趣味は無いって言ってるでしょうがっ!」
「そんな、あの時わたしを抱きしめて「服を脱ぎなさい、優しくしてあげるから」って囁いてくださったじゃないですか! あれは嘘だったんですか?!」
「後半部分脚色しないで頂戴!」
「シュトラウト、ちょっと見てないで何とか言って……」
「ふむ、このフィギュアはかなり作りこまれているようだ。我々もあまり眼にした事のない、姫様の真のお姿を良くぞここまで再現を」
「ですよね?! ですよねシュトラウト様! それは手に入れるの苦労したんですよ! 限定百個生産で、ちゃんと台座の裏にはシリアルナンバーが」
「……ちょっと、貴方たち人の話を聞いているのかしら?」
「という事はこれも限定生産か。入ったばかりのプラ子殿の姿を、良くぞここまで再現されているものだ」
「それはもでる料として頂いたものなんですよ。だけど、その隣の物は苦労しました。スクール水着とメイド服と、ミコフクって言うらしんですけど、三種類のアルトルージュ様のフィギュアなんですよ。今まで貯めてたお小遣い、全部使っちゃいました」
「なるほど。その一念やよし。君の忠誠は見上げたものだな」
「いえ、わたし、まだ半人前ですから。こういう小さい事からこつこつとアルトルージュ様のために!」
「少しは人の話を聞きなさいそこーっ!」
 熱心にグッズについて意見を交し合う部下たちに、アルトルージュは髪を振り乱して叫ぶも、暖簾に腕押しか。笑いあう二人の耳にはまったく届いていないようだった。
 ふつふつと煮えたぎるアルトルージュの心の中のマグマが、のど元まで競り上がってくる。
 もう限界だ。
 我慢した。だけどもう限界だ。
 震える拳が振り上げられて、霞んだ。
 刹那響き渡る、落雷のような轟音が部屋を揺らした。
 何事かと振り向いた、犬耳娘と騎士の視線の先。
 黒い鬼が、そこにはいた。
 木っ端微塵に粉砕され、その若い命を散らしたデスクの破片に仁王立ち、アルトルージュは般若の形相で二人を睨み付けた。
「いい事、今すぐにそんなふざけた団体は絶対に確実に塵一つ残さず殲滅させなさい。関わった者たちには忘れて生きるか思い出を抱えて墓に直行するかの生か死よ! さあまず貴方たちはどっちを選ぶのかしら? 懸命な貴方たちの事だもの、色好い返事を期待しても良いわよね私」
「も、ももももも申し訳ございませんアルトルージュ様っ! ですが、ですが何卒そのフィギィアを握りつぶすのはああああああっ!」
「アルトルージュ様! お怒りはごもっともなれど、兵士やメイドたちの憧憬の的となるのも、為政者の務めかと」
「やかましいっ! 憧憬どころか思いっきり変態御用達じゃないのっ!」
「それは否。長き時をともに歩ませて頂いた私には分かりますぞ。アルトルージュ様がプラ子殿を憎からず思っておられるのは事実である以上、やはり倒錯しゅげふっ!」
「――ねえ、プラ子? 貴女にはシュトラウトと違って正しい答えを期待してもいいわよね」
 爽やかに傍らの少女に微笑みかけるアルトルージュ。ひどく顔を青ざめさせているように見えたが、アルトルージュは気のせいだと思うことにした。リィゾの顔面を貫いた右手にちょっと力が入りすぎて、拳に壁の感触が伝わってきてる気がするが、不死身だから大丈夫だ。多分。
「あ、アルトルージュ様……申し訳ありませんでした……」
「そう、やっぱり貴女は物分りはいいの……」
「ですが、やっぱりお言葉に従うことはできませんっ!」
「……は?」
 予想の外の答えに、一瞬アルトルージュの言葉が止まる。
 殺せそうな視線に射抜かれてるプラ子は、確かに怯えて体を震わせてはいる。だが、見つめ返してくる目には固い決意の光が篭っていた。
「確かに、確かにわたしはアルトルージュ様のことを尊敬し、お慕いしてますから……AFCに入ることで今まで知らなかったアルトルージュ様の事を知ることが出来るって思ってました。だけど一緒に活動することで分かったんです、アルトルージュ様はみんなの大事な憧れなんだって! そんなみんなの大事な想いが詰まったAFCを解散させるだなんて、そんな事、たとえアルトルージュ様のお言葉でも従うわけには参りません!」
「……よく言ったわねプラ子」
 黒騎士だった物体を窓の外に投げ捨てて、アルトルージュは血に塗れた拳を少女に向ける。
「貴女の事は嫌いじゃないわ、だけどもう限界。そろそろ冗談も冗談だって受け止められなくなってきてるの……」
「アルトルージュ様っ!」
 振りぬこうとした拳を止めたのは、悲痛な少女の叫びだった。
 思わず動きが止まった、血に塗れたアルトルージュの拳を、小さな柔らかい手がそっと包み込んでいる。
 そのまま顔を寄せてきたプラ子は、舌を伸ばしてそっと拳を舐め上げた。
「ちょ、ちょっと?! な、にをしてるの貴女はっ!」
「アルトルージュ様、怪我、されてますから……ん、ちゅ……」
「いえちょっと、私は死徒なんだからそんな傷すぐに直……」
「だめですっ! アルトルージュ様は常に綺麗でいてくださらないと、わたし……いえ、みんなの憧れなんですから……ちゅ……んん……」
「いや、大丈夫だか、だ、め……そんな所は怪我なんかしてないからっ!」
「ここも血で汚れてしまってます、ですから……」
「いや、やめ、本当に、ああっ……」
「アルトルージュ様? 何かひどく大きな物音が……あら」
「え……あ」
 いつの間にか床に押し倒されていたアルトルージュが、耳に届いたどこか面白そうな声に首をよじると、そこには、ティーセットを抱えたエレノアが口元に笑みを浮かべて立っていた。
「そろそろお茶のお時間だと思いましてお伺いしたのですけれど」
「待って、ねえ。逆接はいらないわ! こうやって誤解されるパターンはもう勘弁なのだけれどっ!」
「いえいえ、お気になさらず。プラ子殿もこの後非番にしておきますから」
「あ、こんな所にも血が、ん……」
「だめ、そこは……って! だから誤解はやめてと!」
「所でアルトルージュ様」
「な、何よレア。その嫌な笑顔は」
「わたくし、AFCの会報に、毎週コラムを一本書かせてもらっているのですけれど」
「…………はい?」
「少しばかりネタに詰まっていた所でしたので、本当にありがとうございました。早速書かせていただきますね」
「ちょ、ちょっとちょっとちょっとレア! 待ちなさいー!」
 優雅な仕草でデスクの上にトレイを置くと、エレノアは笑顔とともに深々と礼をして身を翻した。無論主の静止などに聞く耳など持ってはいない様子。
「ね、ねえちょっとプラ子離して、お願い本当に離してくれないと色々と私のプライベートとアイデンティティが崩壊の危機よっ!」
「だめです、アルトルージュ様に怪我や汚れがあるまま生かせるなんて出来ませんっ!」
「いやー! 助けてー!」






 それから一週間ほどたったある場所にて。



「どうしたアルクェイド。なんか随分と楽しそうな顔して」
「んー。志貴はさ、妹に彼氏が出来たら嬉しい? 悲しい?」
「秋葉にか? うーん……まぁ、寂しいとかは思うかもしれないけどさ、あいつが幸せならやっぱり俺も嬉しいよ。まぁただ有彦とかは勘弁だな。あいつにお兄様なんて呼ばれるのはぞっとする」
「あはは、そうだよね。わたしもそう。やっぱりさ、姉さんが幸せだと思うと楽しいの」
「そっか。アルトルージュさん、いい人出来たんだ」
「うん、また今度つれてきてくれると思うよ。あ! そうだ、志貴志貴、またあれやってー」
「あれって、耳掻きか? つい一週間くらい前にもやったじゃないか。大体お前の耳は綺麗なもんだから、取るものなんて何もないのに」
「んー、でもやって! 志貴の膝枕、とっても気持ちいいんだからっ!」
「はいはい、分かりましたよお姫様」

 苦笑を浮かべてベッドの端に腰を下ろした志貴の膝に、満面の笑顔を浮かべてアルクェイドが頭を乗せた。その腕には一冊の雑誌を、きゅっと大事そうに抱え込んでいる。
 端から覗ける本の背には、凝った意匠で「AFC」とプリントされていた。





おしまい。





・年に二回、日本の某所では売り上げすごいらしいですよAFC会報とか公認の出版物とか。