A/Pえくすとら2  そのいち

利一




 私はアルトルージュ・ブリュンスタッド。そして、ここは私の城だ。
 つい最近ちょっとした騒動があった。あったという言い方は間違いかもしれない。その問題は今尚継続中だからだ。
 事の発端は私の右腕ともいえる部下、プライミッツ・マーダーが失踪(本人曰く休暇)した事による。本人もただ消えるだけではさすがに後ろめたかったのか、自身の後継者と称して血縁者を一人置いてはいった。が、その後継者がとんでもないトラブルメーカーだったのだ。
 平和主義者で戦わない。自身の立場の自覚も無ければ能力を行使する要領も無い。唯一家事だけはソツなく……というよりカンペキに……こなせるが、そんなモノを私は欲してはいない。
 大体「霊長の殺人者」の代理が何故に優秀なメイド娘でなければならないのか。グレードダウンにしてももう少し愛想をきかせてくれるのがスジという物では無かろうか。
 まあ、とりあえず寄越されたモノはしょうがないので、目下のところリィゾを教育係に据えて訓練中だ。堅物のリィゾなら今までのようなトラブルはまず起きまいと考えてのことだった。
 が、どうも何故かリィゾは彼女の肩を持ちたがる。
「アルトルージュさまはプラ子殿の事を誤解なされています。彼女はとても真面目なだけです。アルトルージュさまの心労を和らげようと日夜努力しておいでですし、城の者もそれが嘘では無いと思うからこそ彼女を微笑ましく思い、城の雰囲気も和らいでいるのです」
 城の雰囲気が活気付いている事は聞いていた。その理由が彼女の性格による事も察しはついていた。
「私が必要としているのはプライミッツ・マーダーの代わりであってムードメーカーじゃないわ!!」
 が、しかし、この所巻き込まれた事件の数々を考えるに、どうにもそれだけでは許容しきれない気分であった。
 親衛隊長は身を滅ぼすし妙な衣装を着ては周囲を騒然とさせる。朝は不本意な起こされ方をされるし猫のような生体反応を持ち合わせるしニンジンは食べさせられるし……まあ、最後のはどうでも良いが。とにかく彼女が城に来てから落ち着いたためしが無い。
「それはよく存じております。しかし、少々お時間を頂きたいのです。もともと素質はあるのですから。心根の方は私が責任を持って教育させて頂きますし、フィナの行き過ぎた趣味には釘を刺しております。事実この頃は大人しくなりましたし、衣装も一時期ほどに華美なものでは無くなり……」
「ちょっと待ちなさいリィゾ」
「は、なんでしょうかアルトルー……ジュ、さま? ア、アルトルージュさま!?」
 私は自身の内からふつふつと沸き上がる感情を堪えながら……いや、堪えられていないかもしれない。なんか肩がわなわなと震えている。顔も引きつっているかもしれない。顔色が何故か青くなったリィゾを見るに。
「白スク水のドコが落ち着いた格好だって言うのよ!? えぇそうよ確かに一時期みたいなバカな装束じゃ無くなったわあの変態白騎士の衣装の悉くを焼き尽くしたんですもの無くなってくれなきゃ困るわでもね貴方白スク水じゃそれは元に戻ったって言うのよ解決なんかしてないわ本末転倒よ元の木阿弥よトドの詰まりよ支離滅裂よ解ってるの!? ねぇリィゾ解ってるの!!?」
「あ、アルトルージュさま。苦、しいで、す……」
「あ……」
 気付くと首を思い切り絞めていたらしく、リィゾは実に苦しげな表情で私に懇願していた。死徒になってまで何故に首を絞められて苦しいのかは皆目不明ではあったが。
「アルトルージュさま。その、彼女の衣装に関してはもう目を瞑られた方が……」
 そう提案らしきものをしようと試みたらしいリィゾを、私は睨みつけていた。
 が、まあ彼の言う事にも一理はあった。ひとえにフィナの暴走が原因なのだが、城の者達に認知されてしまっている以上、今更完璧に押さえ込むのも難しいといえた。
「解りました、リィゾ。もうあきらめましたから、せめて彼女にはもう少し貞淑で気品のある、身分ある少女が身に付けるような制服を着せるようにフィナに命じなさい」
 押さえ込むのが難しいなら、せめて今よりはマシな衣装を。そういう妥協である。
「は、しかしアルトルージュさま。フィナの趣味からして恐らくそのような衣装は……」
「簡単よ。その時には「貴方のコレクションはその程度なの?」と言っておあげなさいな」
 困惑するリィゾに、私は挑戦的な微笑みを浮かべながらそう言っていた。
 フィナがどれだけ服装に偏執していても、さすがにこの用件は満たせないだろう。そういう思惑も私にはあった。
 そして、事実その命令はフィナを落ち着かせるには効果があった。……たった三日間だけではあったが。


「ごきげんよう。アルトルージュさま」
「え?」
 命令をしてから三日後の午後。風変わりな衣装で茶を持って来たプラ子は、そんな聞き慣れない挨拶をしながら私に茶を淹れて寄越してきて、私はまじまじと彼女の衣装を見ていた。
 緑を一滴落としたような、光沢の無い黒い生地の上品なつくりのワンピース。カラーには黒いラインが一本入っていて、そこから下に伸びたタイと思しきリボンは、何故か曲がって結ばれている。ローウェストのプリーツスカートは膝下まで伸びていて、足元は三つ折りの白いソックスにバレーシューズのような革靴。
 落ち着いていて貞淑かつ上品と言われればその通りだが……正直言って理解不能な服装だ。いや、それより何より……
「プラ子、今何て言ったの?」
「は……はい。「ごきげんよう」ですが……?」
「誰がそんな挨拶しろと言ったのよ?」
 いや、解っている。一人しかいない。だから解っている。
「スヴェルテンさまが、この服を着る時は、えっと……「スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、天使のような無垢な笑顔で」……」
「何を読んでるのよ、貴方はぁっ!?」
「え、いえ、スヴェルテンさまが「全てのマナーはこの本を参考にするように」と仰って……」
「フィナを呼びなさい! 今すぐ!!」
 次の瞬間、私はそう叫んでいた。


「はっはっは。お呼びになりましたかアルトルージュさま! お気に召して頂けましたか? うん、そうでしょうそうでしょう。いやぁ、アルトルージュさまの困難なご要望にお応えする為、このフィナ。自身の矜持に掛けて極東の果てまで至高の一品を調達して参りました!! 気品ある令嬢のみが身に纏う事を赦される某女子学園の制服でございます!!」
「フィぃナぁぁ……?」
 肩をわなわなと震わせる私に気付いていないのか、フィナは上機嫌な笑顔のままでプラ子が着ているのと同じ服をもう一着、私の目の前に広げてみせた。
「さ、アルトルージュさまの分もご用意させて頂きました。これで違和感無くお楽しみを頂けます。ちゃんとプラ子のタイも曲げてございますので、キッカケ作りから安心してどうかスールの契りをいたイタタタ、頭を掴まないでくだ、アルトルー……いたたた!!」
「誰が、何で私の分まで用意しろなんて言ったのよ!? フィナ!?」
 どこかから苦痛に呻く声が聞こえるが知った事ではない。
「大体、違和感無くお楽しみって、スールの契りって何なのよ……?」
 尚も掴みながら訊くと、呻き声のようなフィナの声が聞こえた。
「決まっているではありませんか。まずはご自身の胸に掛かっているロザリオを手に取り、それを……」
「何で私が教会のシンボルなんて首に掛けてなきゃいけないのよぉっ!!!?」
 掴んだままぶんとフィナを振り回すと、フィナは壁に景気良く激突する。
「……いやぁ、しかし本当にアルトルージュさまはお目が高い。殿方に興味が無いと常々思っておりましたが、まさかこちらの手合いとは。さすがのこのフィナも今の今まで気付きませんでした。諸作法もキッチリ本から教育済み。仕込んでおきましたので。いやぁ原作の味を損なわずに書籍を翻訳するのがこれほど面倒とは……」
「貴様の性癖と一緒のレベルで考えるなこの変態色魔!!!」
 壁際に倒れながら尚もそう続けるフィナに思い切り踏み付けてトドメを刺すと、私はプラ子の方を向いた。プラ子は先ほどから直立不動のままだったが、私と目が合うと顔を赤らめ、そう挨拶していた。
「あの……ごきげんよう、お姉様っ」
「だーれーがー、お姉様ですかぁっ!!?」
 後から聞いた話しだが、騒ぎを聞きつけて駆けつけたリィゾや従者は、私を落ち着かせるのに三日を要したという。


つづく