A/Pえくすとら2  そのに

利一




 私の午後のひと時は、陽が柔らかく差すテラスでのお茶から始まる。
 死徒の天敵といえば陽光がまず挙げられる。それは決して間違いでは無いのだが、逆にその天敵から趣きを見出し、優雅に嗜むだけの余裕を持てるというのも、死徒の中では一種のステイタスである。
「ごきげんよう、アルトルージュさま。お茶をお持ちしました」
 が……
「あの、アルトルージュさま?」
 この状況にだけは余裕を見いだせなくてもステイタスには影響無いと思う。いや、絶対に影響は無い。私が決めた。今決めた。
「プラ子……私はね……極東の少女小説にも同性愛にも興味は無いのよっ!!!」
 其処には、お茶を淹れる一式を持って、某女子学園(フィナ曰く)の制服を着たプラ子がいた。


「アルトルージュさま。最近プラ子殿に辛く当たり過ぎではございませんか?」
「別に。辛く当たってはいないつもりよ。むしろ優しいくらい」
 その日、朝一番に私の部屋に着たリィゾは開口一番にそう口を開き、私はその質問に鷹揚に応えていた。肩を竦めたリィゾの溜息が水を打ったような部屋の中に響いた。
「プラ子殿は最近お悩みです。アルトルージュさまのご機嫌がいつまで経ってもよくならぬと彼女は……」
「そう、悩んでるの。でもねリィゾ。悩みたいのはコッチの方よ。ねぇ、私が何をしたの!? 何か悪いことでもしたっていうの!? えぇ確かに良い事はあまりしてないわ。黒の女王なんて二つ名は伊達じゃないわよ、悪行の方が遥かに多いのは確かだわ。でも、何でこんな目に遭わなきゃいけないのよ!!」
「失礼致します。ごきげんよう、アルトルージュさま」
 コンコンとノックの音がした後、従者が茶を持って来た。僅かに緑掛かった黒地のワンピースに白いセーラーカラー。胸の真ん中に白いタイ。膝下まで伸びたプリーツスカートに三つ折りの白ソックス。 着用しているその服装はプラ子と同じ。そして何よりその挨拶!
 そもそもはプラ子用にとフィナが入手してきた制服と、どこにそんな暇があったのか翻訳された小説は、いつの間にか暴走した(私に拒否された腹いせとリィゾは言ったが)フィナにより城中にバラ撒かれ、そして……城内に勤める女性達を中心に大ブレイクしていた。
「まあ、周りに殆ど娯楽も無く、城内の異性の大半は筋骨隆々とした兵士となれば、そういう風潮が反動として蔓延する土壌は在ったのかも知れません」
 ブレイクに唖然としたリィゾが最初に私に漏らした言葉だ。しかし、ここからフィナの更なる暴走が始まる。コレクションを焼き尽くされた腹いせか、或いは単に面白そうだからなのか、よりにもよって極東からその小説に出てくる制服を大量に持ち込んだフィナは、従者達にそれをバラ撒いてこうのたまった。
「君達が関心を寄せるであろう制服を仕入れて来た。これより着用を望む者は申し出よ。そしてこの服を着て、その登場人物達に忠実に、優雅に日々の奉仕に励め。アルトルージュさまも承知済みだ。機嫌が不安な者も心配は要らぬ。この白騎士、フィナ=ヴラド・スヴェルテンが保証しよう!」
 最低でも私は承諾していない、全く。しかし従者の間ではフィナの名は、私に次ぎ、リィゾに並ぶ高位の名。ハッキリ言って雲の上の存在だ。それが自ら許可を宣言しているのなら、多少後ろめたい気があろうとも着たい者は「フィナがそう言った」のを大義名分として着てしまうだろうし、フィナもそれを計算ずくだったのだろう。
 かくして瞬く間にその制服は城内に広まり、今や我が城は小説の舞台である女学園なみの様相を呈してしまっている。
 最初に気付いた時に、私は即座にその仕業を止めようとはした。しかし、その広がり方があまりにも早かったので阻止出来なかったのだ。加えてフィナは高々と宣言済み。それを私が撤回させるとなるとフィナの信用は損なわれるし、リィゾや私との一枚岩であるべき関係にもヒビが入る。既に入っている面もあるが、最低でも城中にそれを喧伝する事になる。死徒の世界は平穏ではない。プライミッツ・マーダーが不在な事も、トップの信頼関係が破綻しかけている事も、知られてはならない相手も事情も山ほどある。
「自身の立場と趣味を秤に掛けさせるなんて……フィナめ……」
 結局恐る恐る「本当に許可を出したのか」と訊いてきた従者に、私はホゾを噛む心中を押さえて笑顔で答えていた。「えぇ、たまには娯楽にも目を瞑らないとね」と。結果このザマである。
「フィナも悪いヤツでは無いのですが……今回ばかりは張り切り過ぎというか何というか……しかし、よもやこのようなやり方がまかり通ろうとは……」
「擁護も嘆息も要らないわ! それよりフィナは何処に行ったのよ!?」
「は。それが、コレクションの更なる充実を目指す為とかで東奔西走している為、音沙汰が無いとの事です」
 ふつふつと煮え繰り返るハラワタを抑える私に、リィゾは努めて平静に答えていた。
「そう。フィナめ……帰って来たら八つ裂きよ。ナマス切りにして晒してやるわ!!」
「あの、アルトルージュさま。フィナの事はご存分にして頂いて結構なのですが、何分他の者にお赦しを出されている以上、プラ子殿の時だけに厳しく当たられるというのは……彼女は周囲にとても気を使う、純粋で優しい方です。どうか後継者であるという見方を一度お捨てになられて、一度ゆっくりお話なりともして頂ければ……」
「あぁ、解った。解りましたからもう下がりなさい。話せば良いのでしょう、話せば。考えるだけ憂鬱なのよ。色々ね」
 尚もそう嘆願するリィゾにそう答えて暇を乞わせると、私は暫し自室で佇んだ後、プラ子の様子を見に行くべく階下へと向かっていた。


 従者達の間に降りた私は、思わぬ嬌声を以って迎えられた。
「ごきげんようアルトルージュさま!」
「ごきげんよう、姫様」
「ごきげんよう。あの、あのお話は真でございますか!?」
 見ていると頭が痛くなる制服を着て、耳にする度頭の痛くなる挨拶を次々に口にしながら私に寄って来る従者達。まあ、恐怖政治を敷いているワケでも無いのだから、慕われていると考えれば基本的には悪い事ではない。どこの言葉かは忘れたが、人は城、人は石垣……ともいう。下々との強固な信頼関係は、それだけで不落の城と成りうるのだ。だから悪い事では無いのだ。が……この城の末路が多分に不安なのは気のせいだろうか? 
「何かしら、その「あのお話」というのは……?」
 と、覚えの無い話を耳にしてそう訊き返す。答えたのは別の従者だった。
「先ほどスヴェルテンさまが来られて仰ったのです。「我らが主、アルトルージュさまもこの制服は大層お気に召しておられる。機会があれば自身も戯れで身につけてみたいと仰っておられた。使用人の服など本来は論外であるが、特別に」と」
「は、はぁ?」
「アルトルージュさまならきっと誰よりもお似合いになられますわ」
「いつお越し頂けるのかと、私ども一日千秋の思いでお待ち申し上げておりましたの」
「お着替えのお支度は万全に整ってございます。さぁ、どうぞこちらに……」
「黙りなさい!!」
 意味不明にはしゃぐ一同を、私はそう一喝していた。途端に空間は水を打ったように静まり返り、従者達は例外なく床に平伏していた。
「全く……一体どうしたのよ貴方達。浮き足立つにも程という物があるでしょうに」
 先ほどスヴェルテンが、と言っていた。ならばフィナはこの近くにいる事になる。本来ならば真っ先に見つけて処刑したいところなのだ、が……
「申し訳ございません、アルトルージュさま!! 我々一同、調子に乗りすぎておりました。平に、平にお赦しを……」
 例外無く瞬間的に顔面を蒼白にして赦しを乞う従者達を見回すに、どうもこのまま立ち去るのは主君としてはよろしくない対応では無かろうかとか、そんな風にも思えてしまう。顔を蒼くして謝るくらいなら、調子になど乗らなければいいだろうに。と思うのはヤマヤマだったが……
「……別に着ないとは言っていないわ。ただ少し浮き足立っていたのを咎めたまで。あくまで戯れだけども、使用人の服というのも一度着てみたかったのよ。これは良い機会よね」
 考えた末に私はそう答えた。周囲には安堵と歓喜の声が広がったようだった。
「解りました。申し訳ございませんでした。行き過ぎは以後重々肝に銘じますので。では、改めてお支度の方が整ってございますので……」
「ええ、よろしくね」
 フィナの発言を無かった事にするワケにも行かず、怯えたままの従者達をそのままにしておくのも後味が悪かったのだ。だから私は従者に案内されるままにその服を着る事にした。
「フィナのヤツぅぅぅっっっ!!!」
 そんな声にならない声を心の中で叫びながら。


 不本意満点で着たその制服は、私には随分と似合っていた様だった。元々が少女用なのだから少女の姿をした私には相性が良いのかもしれない。勿論1ミリたりとも嬉しくは無かったが。
 着替えが済んで姿を現した私を、一同は歓声を上げて迎えた。というか……明らかに「私に」ではなく「制服を着た私」に視線を向けているという事実はどう解釈したら良いのだろうか。私は一応この城の主君なのだが。どうもそうは見られていない。というか一同のいつもと違う目の輝かせ方と、歓声はどう解釈したら良いのだろうか。
 っていうか明らかにいつもと違う目で見ている兵士とか一体なんだって言うのよ!?
 あー、もう変な汗でも出てきそうな勢いだ。笑顔でいなければいけないのが更に辛い。いや、それより何より……
 恥ずかしい。もうその一言に尽きる。よりにもよって下らない少女趣味の上品かも知れないがバカバカしい制服を、何が哀しくてこのアルトルージュ・ブリュンスタッドが着なければならないのか。これも元はといえば……
「あの、アルトルージュさま」
「なにかしら?」
 そこまで考えると側近の一人にそう声を掛けられえ、私は笑顔で応じていた。
「その御服を召されたからには、私共折り入って一つお願いが……」
「お願い? まあいいわよ。仰いなさいな」
 そう答えると、皆は何かを待望するような、期待するような、そんな目で一様に私を見据えてきた……いや、だから私が主君なんだけど。
「はい。平にお願い申し上げます。どうか是非に、登場人物のような立居振舞いを……」
「は、はい?」
 待て。いや、ちょっと待った。ちょっと待ちなさい貴方達。言うのか、私が? あの挨拶を!?
「どうかお願い致します。アルトルージュさま!」
「私からもお願い致します」
「姫様の凛々しいお姿を、どうかお見せ下さい!」
「アルトルージュさま、お願いします」
 なんなのよ、貴方達はぁっっ!!!
 真っ先に浮かんだのがその言葉だった。
 大体よりにもよって自分達のお遊びに主君まで巻き込む? そもそも私はこの衣装に興味は無いのよ。着たのだって嵌められたようなものだし今だって恥ずかしい事この上ないのに、更にお願いとか何とか言うんですかぁっ!? しかもよりにもよって頭の痛くなる人物達を真似ろと。っていうか其処の兵士。物凄く待ち遠しそうな目で私を見るな。そこのメイドもだ。何か私は主君ではなく別のモノに見られてるんでは無かろうか。
 そんな事を思う間に、みんなの期待の目はどんどん私に覆い被さってきているようだった。なんだか立場が逆転してやしないかと、若干本気でそう思う。
「アルトルージュさま、お願いします」
 次々に発せられる嘆願の、最後に聞こえたその声に、私は悟られないように小さく溜息をついた。
「わかりました」
 もういい、とりあえず恥を捨てて馬鹿になろう。
 そう思った。いつも仕えてくれる者へのサービスだ。そう、これはサービスなのだ。不本意なのは山々だったが、そう思う事にし、口を開いた。
「ご……」
 何故か喉がカラカラに渇いているような気がして、そう詰まる。周囲からはゴクリと生唾を飲む音が聞こえてきそうなほど、緊迫した雰囲気を感じる。だからなんでこんなメに私が遭わなきゃならないのか。白翼公や代行者と会う時でさえこんなに緊張も恥ずかしさも感じなかったというのに。
 あー、もう!!!
「ご、ごきげんよう……みなさん……」
 なんでこんなコト言わなきゃいけないのよーっ!!!!
 そんな心の叫びと、同じくらいの恥ずかしさを必死に抑えると顔が赤くなった。そうしながらも辛うじて出来た笑顔を、引きつりながらも何とかキープしながらそう言うと、途端に私は拍手喝采を浴びせられていた
 心配だ。そう思った。何がって、この城の末路が。あぁ、思ったことならもう一つ。
 フィナ。絶対に殺す!!!
「まあ、このくらいで。さ、行きましょうかプラ子さん」
 その気持ちを閉じ込めながら、私は彼女の腕を努めて優しく曳いていた。より優雅に、より親切に。そうして、とにかくその場からの離脱を図るべく歩き出していた。


 抜け出した私はプラ子に連れられ、城内での彼女の一日に付き合う事になった。まだ朝も間が無い時間であったので、プラ子の起きてからをそのまま再現するという事になった。従者用の寄宿所から出ると、プラ子はまず小さな中庭へと私を案内した。
「ふぅん……こんな所もそういえば在ったわね……」
 日頃最上階を中心に行動していると小さな空間は見過ごしがちだ。だから、そんな新鮮にも似た気持ちでプラ子を見ると、何故か両手を組んで拝んでいるようだった。見ると目の前には新しいらしく真っ白な大理石製の赤子を抱えた女性の像……って、マテ。
 それはまさか……
「ここでマリア様にご挨拶するんです。さ、アルトルージュさまも手を……」
 待て。
「ちょっと待って。今、貴方確かに「マリア様」って言ったわね?」
 マテマテ。落ち着け私。落ち着くのよアルトルージュ・ブリュンスタッド。ましてや今は着替えてるんだから。
「はい? 言いましたがそれがどうか致しま……」
 待て、マテ……待てるかぁっ!!
「何で教会のシンボルにご挨拶なんかしなきゃいけないのよ!? チョット待ったプラ子。貴方本気で言ってるの冗談でしょ冗談よね冗談だって言いなさいよお願いだからそう言って私達は死徒なのよ解る!? 死・徒!! そんな事するのは秘宝狂いのヤツ一人だけで十分よそれもカタチだけよえぇこんな像に手なんか合わせてたまるモノですか何考えてるのよプラ子!!」
「何をって仰られましても、実際皆さん毎日……」
「あぁもう解った。これは聞き違いよ悪いユメだわ私は忘れるわもう何も見なかった。此処には何も無かったわ綺麗なお庭ね心が洗われるわきっと自然に感謝でもしてたのねプラ子そうでしょ? 手まで合わせちゃって心の優しい子ね。えぇ解ってるわ、解ってる。だからそれ以上言う必要は無いわ。もういいから次の場所に行きましょう。えぇ、あきらめましたから次の場所に行きましょう!!」
 代行者第一位が聞いたら腰を抜かすかも知れない。いや、あの女の事だ。思い切り笑い転げて終わらすに違いない。ブリュンスタッド城ではマリア様に毎朝ご挨拶するのがみんなの日課です、なんて。……フィナのヤツ。寝返ったのかしら、教会に。これは新手の洗脳作戦なの?
「で、念の為に訊いておくけど、この次は……?」
 ここは仮にも死徒の城なのだが……みんな何か勘違いをしてやいないだろうか、不安だ。激しく。
「あ、はい。お聖堂に行って聖歌を歌い、心を静めて神様に「今日も一日正しく過ごせますように」と朝のお祈りをするのが……」
「何で貴方がそんなコトするのよぉっ!?」
 叫びながら私は、思い切り城壁に握り拳を撃ち込んでいた。


 城の各部署を案内され、廻って解ったコトが二つあった。一つはフィナがバラ撒いた小説は、悉くの範囲まで浸透し、支持を得ているという事。これは頭が痛いとしか言いようが無い。そしてもう一つ。コチラはありがたいと言えなくも無いかもしれない。プラ子の優秀さだ。
「疲れた……もう散々ね……」
 誰も居ないのを確認してから、そう独りごちて私は椅子に座りながら伸びをした。
 げに恐ろしきは流行の浸透の早さだった。フィナの手腕がよほど卓越していたとしても、こうも浸透してしまうものなのだろうか。
 午後になって、私はテラスに出ていた。いつもの茶の時間だ。プラ子は支度をしに行っている。そういえば私はプラ子に、着替えて以降努めて優しく接していた。リィゾに釘を刺されたというのもあったし、今更彼女一人にとやかく言っても始まらないという気もあった。しかし、自暴自棄とはいえ社交辞令で笑顔を作り続けるのが今更ながらにこうも疲れるとは思ってもみなかった。いや、それよりなによりこの城の行く末が心配だ。本当に。
 行く先々で皆が私とプラ子を見て言った。というか散々言われた。「似合いのスールですね」と。アレは一体どういう意味なのだろうか? 
 スールという言葉くらいは知っている。フランス語で「姉妹」という意味だ。しかし、ソレが何を意味するというのだろうか?
「失礼致します。アルトルージュさま」
 そう声がして目をやると、そこにはお茶の用意一式をご丁寧にワゴンに載せ、どこかオドオドとしたプラ子がいた。
「はい、お疲れさま」
 その、相変わらず私と同じ服を……正確には同じ服を私が、なのだろうが……私はぼう、と見つめていた。見慣れてくると案外悪い服では無いのかもしれない。ワケの解らない方向に走られ過ぎても困るが、楽しめているのならそれはそれで。
「あの、アルトルージュさま? 午前中は如何でした?」
 プラ子に声を掛けられて私が彼女の方を向くと、何故か彼女は憂鬱そうな顔をして、其処にいた。私はそんな彼女に笑顔を作って答えていた。
「楽しかったわよ。色々と。案外この服装も悪くないかもしれないわね。それよりプラ子があんなに要領が良いとは思わなかったわ。大した者ね、貴方」
 笑顔のままで言った言葉は半分ウソで半分本当。
 言いながら私は彼女を暫し見ていた。午前中付き合った結果。確かに彼女にはメイドとしての才能はあった。むしろ逸材と言っても良かった。下から家事だけは万能とは届いていたが、皆が一様にそう言っていたのも頷けるだけのものは確かに彼女にはあった。
 これがプライミッツ・マーダーの娘ではなく、ただの雇われ者に過ぎないのであったら真っ先に身近に取り立てていたのは間違いなかっただろうが……
「あの、アルトルージュさまはこの制服。お嫌いなんですよね?」
「はい? どういうことプラ子」
 するとそんな事を不意に言われ、私は即座にそう訊き返していた。プラ子は相変わらずおどおどしたままだ。
「今日、ご一緒させて頂いた時に思ったんです。皆さんが喜ばれるからアルトルージュさまは嬉しそうに着ておられますけど、ホントはただそれだけで、だから本当は凄く怒ってるけど、でも怒っちゃダメだから笑ってて、みんなはそれに気付いてないから喜んでますけど実はそうじゃなくて、だから今の私にもとても優しくて親切で、普段はもっと怒られるのに、今日だけは……」
「纏めてから言いなさいな、貴方」
 長くなりそうなのでそう水を差すと、彼女は赤くなって俯いてしまったようだった。
「で、何で突然そんな事を?」
 途中で遮って、そのままでは後味も悪いので、私はそう言って彼女に先を促していた。彼女は少し悩んでいるようで、そうした後で私に聞いてきた。
「スヴェルテンさまが「アルトルージュさまも着られる」と仰ったの。あれ、嘘ですよね。そもそも皆さんに「着ても良い」と仰ったのもスヴェルテンさまの独断だったんですよね……?」
「何でそう思うの?」
 質問に質問で返すのは良くない事かもしれなかったが、そう聞き返した。昼行灯な彼女がよくそんな事を言い出したものだと。それ以上に他の者ならいざ知らず、彼女がよく嘘だと気付けたなと。その点が妙に不思議だった。尤も、普通に冷静に考えれば誰だって気付くだろうという説もあったが。
「なんとなく、です。あの、私、アルトルージュさまがこの衣装の事、あまりよく思われてない事も解りますし、ですから、その……この服、お嫌いでしたらもう着ないようにしますし、皆さんにも脱いで頂くようにお願いしますし……」
 しどろもどろになりながらそう話し続ける彼女を私は静かに見ながら朝方リィゾに言われた言葉を思い出していた。なるほど、確かにまあリィゾの言う通りかもしれなかった。彼女は単純に真面目で気が利いてて優しいのだ、多分。課題は山積みだが。
「別に嫌いじゃないわ。その服。だから貴方もそんな事を考えるのはおよしなさいな」
 少しの間考えて、私は結局そう答えていた。ハッキリ言ってこの格好は好きではない。が……
「でも、アルトルージュさま……」
 尚も私に何か言おうとする彼女の口元に、私は人差し指を一本ゆっくりと押し当て、その言を塞いでいた。
「心配してくれたのは感謝するわ。だからお礼に一つ忠告してあげる。憶測で物は言わない事。よろしくて?」
 彼女が頷いたのを確認すると、私はそっと指を離した。
「申し訳ありません。アルトルージュさま……」
 途端に彼女はビクリとしてそう謝ってきた。少し私の言い方がキツかったのかもしれない。
「で、お茶を淹れてくれるのでは無かったの?」
「あ、はい。淹れさせて頂きます」
 話を変えようとしてそう訊くと、彼女は少しやり切れなそうな、怯えたような複雑な表情を浮かべながら、静かにワゴンの上に乗ったカップを一つ手に取っていた。
「そう、じゃ二人分お願いね」
 だからと言う訳でもないが、次の瞬間私はそう告げていた。言い終わると、目の前には目を白黒させたような彼女がいた。
「え? 二人分、ですか……?」
「そう。貴方の分よ。お互い使用人の格好だもの。同じテーブルでお茶を嗜んだって構わないでしょう?」
 私は笑顔でそう確認していた。先日とは随分な変わり様だ。と、我ながらそう思う。
「え、でも……」
「淹れてくれるの? くれないの? それとも、私と一緒じゃ嫌なのかしら?」
「いいえ、いいえ!」
 尚も躊躇う彼女にそうトドメを刺すと、彼女は慌ててカップをもう一つ取り出していた。お茶の香りが辺りに一面に漂うと、プラ子がカップとお菓子をテーブルに持って来ていた。
「そういえば一つ訊きたかったのだけれど……」
 椅子に座りながら彼女を見て、私は思い出したようにそう口を開いていた。ポットやカップを置き終わり、カップにお茶を注いだ後、彼女は私の方を向いた。
「はい、なんでしょうかアルトルージュさま?」
 私は手を口元に当て、彼女の胸元を見た。正面からだと、尚更目立った。
「ねぇ、プラ子。貴方のそのタイは何故いつも曲がったままなの?」
 最初はそういう特徴なのかとも思ったが、他の者を見る限りではそうでもない。何より私のタイも曲がってはいない。彼女はメイドとして優秀なようだ。自身の身嗜みに気付かないはずも無いだろう。
「あの、これはその……スヴェルテンさまから「誰かに直して貰うまでそのままにしてなさい」と言われまして……」
 すると、彼女は困ったような表情でそう答えてきた。なるほど、フィナの命令ではさすがに背くわけにも行かないという事なのだろうか。
「まあいいわ。みっともないわよ。コッチに来なさいな」
「はい?」
「タイ。直してあげるわ。私なら文句も言われないでしょう?」
 私はそう言って彼女を近くに呼ぶと、座ったまま彼女のタイを結び直していた。
「あ、あの、アルトルージュさま……」
 見ると照れてでもいるのか、私から目を逸らし、赤くなっている彼女がいた。
「別に大した事をしてるわけでも無いでしょう? 何を赤くなってるの」
 そんな彼女の表情がどこか可笑しくて、私はクスリと彼女に笑いかけていた。
 カシャカシャカシャ
 と、その瞬間。不意にテラスの隅にある茂みの方で、そんな乾いた音がした。その音が何かを思い出す前に、次の瞬間黒い箱のような物を胸元に抱えて、笑いながら誰かが姿を現したようだった。
「あっはっは! 遂に直されましたねアルトルージュさま! このシャッターチャンスを絶対に逃すまいと、このフィナ・ヴラド・スヴェルテン。必死でございました! マリア像の前でないのは残念でしたが、間違いなく今年一番の出来です!!」
 出てきた瞬間、ソイツは笑いながらそう言ってきた。まあ、確かに近くにいるとは思ったが……
「いやぁ、アルトルージュさまに何とか気を向かせようと、ここ最近は本当に苦労の連続でした。本丸を落とすにはまず外堀から、とは極東の言葉らしいですが正にその通りですな。いやぁ、アルトルージュさま、実に良くお似合いです。ベスト・スール賞はお二人で決まりでしょう。さぁ、プラ子殿。今から現像しますが、今の写真が欲しければ……」
 シャッターチャンスを得られたのが余程嬉しかったのか、なんだか雰囲気丸っきり無視してフィナはそう話し続けていた。タイを直す姿を写真に撮る事に何の意味があるのかは皆目不明だったが。しかし、そんな事はさておき。
「あ、あははははは……フィナぁ……」
 そもそもの発端を考えよう。その上で私、アルトルージュ・ブリュンスタッドが、フィナを見つけた場合、どうなるかという話なのだが……
「あ、アルトルージュさま? 殺気など向けられて、いや、落ち着きましょう。話し合いましょう、姫様ぁっ!?」
「……ふふ、ふふふ……フィぃナァぁぁぁぁ!!!」
 死刑執行。端的に言うと、まあ、そうなる。
「痛い。イタタタ!! 肘打ちに頭突きなんて反則です大人気ない。ひ、左目がぁっ!?」
「やかましい! 消えて無くなれぇっ!!!」
 以後、数週間。フィナの姿は誰にも目撃される事は無かったという。





 


 あとがき

 此処まで読んで頂きありがとうございます。期待外れで欲求不満な方には、ひたすら悪ノリで書いちゃってごめんなさいと謝らせて下さい。
 場面場面でのタメみたいなのが全体的に出来てないので、コロコロ場面が変わって寒かったかもしれません。ネタというのは、空振りしてるとイタいだけってのは承知しているのですが(−−; 
どうもアルトの冷静さとか、プラ子のおっとりさみたいなモノが書けなくて苦しいです。
 言葉遣いもかなりバラバラです。っていうかどうも二人とも特徴があるのか無いのかよく把握できないので○<\_
 ラスト、力尽きたので短絡です。ごめんなさい。
 あと、ヤマ場ももう少し起伏をしっかり作りたかったですが……次に活かします。
 では、機会がありましたら、また。




 利一同志から頂いたプラ子SSです。
 いやー、ロザリオですか。なるほどなるほど、確かに似合いそうというか似合うこと間違いなしでしょうな。
 しかし俺が書くよりどこかしっかりしていい娘なプラ子たん、こんな子なら一家に一匹欲しいですええなでくり回すために!

 同志、素敵なSSありがとうございました〜