エピローグ





 ゆっくりと、景色が目の端を流れていく。

 窓の外には、はらはらと舞い降りる白い雪。

 降り積もるほどではなく、曇り空が気まぐれに落としていったかのような白い雪。それは雲の切れ間から差しこ

む光に照らされ、まるで華のようにきらきらと光り輝き、志貴の目を奪った。

 所々に雪の名残を残す焦げ茶色の田が線路の脇に広がっている。その先には、白い化粧を施された山々。

 鈍行列車の窓から見えるその景色を見つめながら、彼はこの三日間を振り返っていた。

 実は一週間ほどいたのではないか。そう思えるくらいに、様々な事があった三日間。

 料理に舌鼓を打ち、冬の戸隠がもたらす絶景に皆で感嘆した。

 雪に彩られた社で、自らの学業と健康を神頼みし、そして祈ってもらった。

 しかし何よりも志貴の心に残った事は、二人の人との出会いであった。

 戸隠を守り続ける優しき鬼女、紅葉との出会いは、志貴に家族を、守る意思を再確認させ。

 そして人形の仮面の中に閉じ込められていた、本当の琥珀の姿は、志貴を、そして遠野家と言うものを仮初の

平穏から解きはなった。

 今まで知らずにいた事に嫌悪すら覚えるほどの、辛く哀しい彼女の過去。しかしそれを知る事が出来たから、

彼らは新しい一歩を踏み出す事が出来た。呪縛から解き放たれた琥珀は、本当に華のような笑顔を見せる事

が出来るようになった。

 翡翠も、琥珀も、そして秋葉も。彼女たちが自然に笑いあい、そしてどこか安らいだ姿を見せる様は、旅の前

には予想もしていない事だった。

 だから、それらを与えてくれたこの旅に万感の思いを込めて。

「……ありがとう」

 志貴の口から、そんな言葉が漏れ出した。

 と、自らの肩に何かが当たる感触に気付いた志貴は、そちらに視線を向け――その口元をほころばせた。

 何時の間にか寝息を立てていた秋葉が、彼の肩にもたれ掛かってきていたのだ。

 普段屋敷にいる時には決してのぞかせない、無防備な、安心し切った顔で眠る彼女。

 その様を目にした他の乗客から向けられる、少しの羨望が篭った温かい視線に、志貴は苦笑を浮かべる。照

れくささは合ったが、起こしてしまうにはあまりにも幸せそうな顔で眠っているので。志貴は諦めてちょっと固めの

枕に徹する事に決めた。

 そして彼がふと視線を前に向けると、翡翠と琥珀も寄り添うように体を預けて、すやすやと眠っていた。

 姉の肩に頭を預けるようにして寝息を立てている翡翠。彼女を優しく支えていた琥珀も、やはり少し疲れがたま

っていたのか、何時の間にか眠り込んでしまったようだ。

「なんか、妙に絵になってるなぁ」

 そんな変な感想を漏らす志貴。

「ん……んん……」

 それに答えるかのように、秋葉の口から意味をなさない呟きが漏れ、うっすらと目が開けられていく。

 彼の肩から頭を起こした彼女は、しばらくぱちくりと目を瞬いていたが、やがて自分がどんな状況に合ったかに

気付くと、一気に顔を赤くしてうつむいてしまった。

「あ、あの……その、ごめんなさい兄さん!」

「あ、起こしちゃったか。ごめんな秋葉」

 やんわりと掛けられた兄の言葉も、今の秋葉には恥ずかしさを引き起こすものでしかなかったようだ。

「本当にごめんなさい。なんか、ついうとうとと……恥ずかしかったでしょうに」

「いいさ。こんなに気持ち良さそうに寝てるのに、起こしたら悪いしな。

 ほら、琥珀さんと翡翠だって」

 そう言って微笑を浮かべながら二人を指し示す志貴に、秋葉の目じりも下がった。

「……私も人の事は言えないけど、兄さんの所を放って置いて寝てしまうだなんて。

 でも、本当に幸せそうね」

 そう言う秋葉の顔が、ふと心配そうな表情に変わる。

「兄さんは大丈夫ですか? 駆け足の旅になってしまいましたし、きっとお疲れだと思うのですけど」

 妹の気遣いに、志貴は慌てて首を振った。

「大丈夫だよ秋葉。疲れなんか感じないくらい楽しかったから。

 うん。本当に、楽しい旅だった」

 そう、噛み締めるように言う志貴。

「秋葉達が来てくれなければ、こんな思いはきっと出来なかっただろうから。だから、礼を言わせてくれ。

 本当に、ありがとう、秋葉」

 そのまま自分を見つめてくる兄の視線に再び頬を赤らめた秋葉は、ついとそっぽを向くとそのまま早口でまく

し立てる。

「お礼なんて言われるような事はしてません。楽しんだのは私も一緒なんですから」

「そうだとしてもね、やっぱりお礼を言っておきたかったんだ」

 秋葉はその言葉に根負けしたように、ふぅ、と溜息をつき、志貴に向き直った。

「いえ、私の方こそ、本当に楽しかったですよ、兄さん」

 ふわりと、温かく微笑む。ただ、そこで終わらないのがやはり秋葉というべきなのか。その顔をきゅっと引き締め、

真面目な口調で彼に言う。

「もちろん、屋敷に戻ったらまたビシビシとしごかせてもらいますからね? 試験までさほど時間の無いのは事実

なんですから。覚悟してください?」

「ああ、分かってるよ」

 そんな妹の行動に志貴は苦笑を浮かべた。

 口ではそんな事を言いつつも、予約していた新幹線をキャンセルして、こうして鈍行での帰り道を選択してくれ

た秋葉。

 「少しでも長く、皆と旅をしていたい」そんな思いが伝わってくるその行為に、志貴は心中で感謝の言葉を浮か

べていた。面と向かって言えば、きっとまた秋葉は恥ずかしがるだろうから。

 だから、口に出したのは別の事だった。

「アルクェイド達は今ごろどうしてるかな」

「……そうですね。一週間ほどの予定との事ですから。まだドイツに居られるのではないかと。

 やっぱり、顔が見れないと寂しいんですか?」

 ちょっと不満そうに言う秋葉に、志貴はゆっくりと首を横に振り、

「それも無いと言ったら嘘になるけどさ。早く話をしてやりたいなって思ったんだ、この三日間の事を。

 戸隠でおきた事、そして俺達の事。話したい事が沢山あるから」

「そう……確かにそうですね」

 その言葉に納得したように頷いた秋葉。その顔が真面目な物に変わる。

「兄さん」

「ん?」

「旅って、こんなに素敵なものだったんですね」

「そうだな、本当に良い旅だった」

「また、来たいです。アルクェイドさんや、アルトルージュさんも一緒に。いつか、必ず。

 だから、長生きしてもらいますからね? こういう楽しい事を、何度でも味わえるように」

 凛として、志貴に言い聞かせるようにそう言う秋葉。

「――ああ。出来るう限り、俺は頑張るよ」

 深く、迷いなくそう頷く志貴。満足そうに、こちらも頷く秋葉。

 と、その顔が驚きに満ち溢れ、彼女は思わず声を上げる。

「兄さん! 外、見てみてください」

「ん?」

 秋葉の視線を追った志貴も、思わず感嘆の声を上げた。

 厚い雲に覆われた空から差し下ろされる光。まるで天のカーテンのようなそれが、戸隠を中心に、白く染め上

げられた山々を照らし出している。

 本当に天に神が居るのならば、今にもそこから降りてきそうな。

 そんな、あまりにも幻想的なその光景に声すら出ず、しばし魅入る二人。

「別れの挨拶、なんでしょうね。あの人の」

 ややあって、名残惜しげに呟いた秋葉に、志貴は頷いた。

「素敵なお土産、持たせられちゃったな」

「ええ、本当に」

 その顔を華やかせ、うっとりとその景色を見つめている秋葉。ふと志貴が気付けば、琥珀と翡翠もまどろみから

目覚めようとしている。

 彼女達にもこの素敵なお土産を披露する事が出来そうで。志貴はほころんだ口元をそのままに、再び窓の外

へとその目を向けたのだった。








雪月華 了


 後書き。

 最初に、ここまで読んでくださった皆様に心から、感謝とお礼を言わせてください。
いまだSSを書き始めて四ヶ月ほどしか立っていない俺の、拙い中編作品。これに
最後までお付き合い頂いて、本当に有難うございました。

 最初にこの「雪月華」を書き始めたのは、確か九月の頭頃。その頃は自分のHP
など持ってはおらず、『七夜の隠れ里』様に投稿と言う形をとらせてもらってました。
 その頃の構想では、全四話ほど、およそ一月ほどで書き上げる予定で挑戦した
連載作品でした。
 それが気付けば十一月。随分と遅くなってしまった(汗
 自分の遅筆っぷりと、力量を弁えない題材の選択のダブルパンチに、本当に穴
があったら入りたい気分です……

 この話を書き始めたきっかけなのですが、「月下舞踏」「訪問者」と書いてきて、
やはり月姫表ルートにおける遠野家の存在が気にかかっていたのです。
 志貴はアルクェイドという最愛の人を手に入れて、心の救いを手に入れました。
だけど秋葉から命の『共有』を受けていることも知らず、琥珀の過去を知る事も無
い。そんなままで彼に結婚させて良いのだろうか、と。
 もちろん、『げっちゃ』で言及されているALLエンドという選択肢もあったのですが、
どうしても志貴をハーレム状態にさせるのが個人的に気に入らなかったのです。
書き手のエゴでもあるかもしれないですが、志貴に浮気はさせたくないな、と。
 それで、秋葉達遠野家の女性陣に何らかの救いのきっかけを与えてあげたい。
そう思ったのがこの話を書き始めた理由でした。

 しかし四季(ロア)は学校で完膚なきまでに死の点突かれて死んでしまっている。
さて敵役と言うか話の転がせ役どうするよ……という事で考えている内に、遠野家
のルーツが完全には言及されていない事に気付いて、じゃあ、捏造しちゃえ。とい
う訳で地元に近い戸隠の伝承を持ち出し決定。

 でもその時点では紅葉は完全に悪役の予定でした。
 四季の代わりを紅葉に務めてもらうつもりで、琥珀さんが秋葉を誘拐し、紅葉を
憑依させて紅赤朱とし、志貴と殺し合わせると言うプロット。
 でも、琥珀さんがそんな直接的な行動で遠野家滅ぼそうとするかなぁ、と疑問に
思ってしまい没に。でもひょっとしたらこっちのままで書いた方がまとまり良かった
かもしれない……

 救いの面をより強調しすぎて、話としては随分とまとまりが悪くなってしまったかも
しれません。だけど、こうして終わりまで漕ぎつけられた事で、どれだけ失敗作で
あろうと、「作品」とする事が出来たと思うのです。
 今の俺にとっては一作一作が勉強状態。この「雪月華」で得られた事を必ず次回
作に生かして、よりよい作品を書いていこうと思います。


 さて、こんなに長くなってしまった後書きを読んで頂いて、有難うございました。
お礼、と言う訳では無いのですが、ちょっと『結婚協奏曲』次章の予告などを書いて
みましたので、良ければご覧下さい。下の『NEXT』の先にあります。
 まぁ、予定は未定ですので、雑誌の嘘予告程度に思っておいて頂けれると嬉し
いのですが(w

 それでは、また次の作品でお会いしましょう。


2003/11/21 MAR