息をかみ殺すようにそっと吐き出す。音をたてぬようにすり足で、毛の長い絨毯をゆっくりと踏みしめる。

 私は通路の曲がり角に背を張りつけ、少しづつ、少しづつ向こう側を覗きこむ。その先に、例え何がいたとし

ても気取られぬよう、細心の注意を払って。

 通路の先には、誰もいない。突き当たりに扉が一つあるだけ。

 その扉の鍵は、今私の手の中にある。

 扉の先、部屋の住人は今中にいないのも分かっている。

 千載一遇のチャンス。今この時を逃す訳には行かない。

 私は一歩を踏み出し、そして。

「何やってるんですか秋葉様?」

「――?!」

 ふいに背後から掛けられた声に、心臓が飛び出しそうになった。






すに〜く・みっしょん


MAR





 きっかけは些細な事。

 朝食後のお茶の席で、私の向かいに座っていたアルトルージュさんの服装に、ふと目が止まったのだ。深い、

艶やかな黒のセーターにフレアスカート。遠目で見ても分かる、非常に手の込んだ作りのその服は、確実に名

のあるお店の品。私もそう言う店を良く利用している手前、大体の想像はつく。

 まぁ、人では無いと言っても彼女は「姫」と尊称される方だし、普段の服装にもそれに見合ったものを求められ

る立場なのでしょうけど。

 でもアルトルージュさん、うちに来る時に荷物何にも持ってきて無い筈なんだけど。

 前にその事に触れた翡翠に、「何か服をお出ししましょうか?」と聞かれた時、「ああ、大丈夫よ? 気を使わな

くっても」と答えて、事実それから今日までの一週間、一日として同じデザインの服を着ていない。

 ……変よね。冷静に考えてみれば相当に変。

 確かに琥珀と連れ立って、夕方にたまに買物に行ったりする事もあるらしいのだけれど、その時だって特に服

などを買ってきている様子など無い。大体、この辺りの店に彼女を満足させられるような品揃えをした店がそう

そうあるとも思えない。

 一体、アルトルージュさんの服はどこから湧いてきている訳?

 その事が気になってしまった私は、午前のノルマであった書類の整理もはかどらず、昼食も上の空で取るハメ

になってしまった。

 アルクェイドさんに聞こうかとも思ったが、どうも仲直りしたのがつい先日だった模様で、この謎が解けるとも思

えない。一応彼女の身の回りを担当させている翡翠も分からないとの事。琥珀……に聞くのはなんか色々と後

で問題を招きそうな気がした。何となくなんだけど。

 本人に聞けばすぐに解決する問題だと言うのは分かっているんだけど、流石に面と向かって、「着ている服は

毎日どうされているの?」などとは聞きにくい。

 しかし、気になる。気になってしょうがない。

 ……そして、気が付いたら私は屋敷のマスターキーを持って、彼女の部屋の前にいた、という訳だ。




「なるほど、確かに気になりますよね」

 手ずからいれた日本茶を啜りながら、琥珀は笑顔でそう言った。

 あれから結局誤魔化し切れなかった私は、『作戦会議』と言う名目で彼女の部屋に連れ込まれている。この私

が持てる話術の全てを駆使して必死で話をそらそうとしても、全く問題にせずずばっと真実を引き出されてしまう

辺り、琥珀の尋問の才能は正に天才的。侍女として使っておくのは大いなる人材登用のミスなんじゃないだろう

かと、本気で考えさせられた。

 それにしても、琥珀の部屋に入ったのは久しぶりなんだけど……混沌としていると言うか何と言うか。今私が

足を突っ込んでいるこたつくらいならともかく、正直私には理解の出来ないものが沢山有りすぎる。こんな部屋に

いて息がつまらないのだろうか。

 でもまぁ、そんな事はどうでも良い事。

「で、『作戦会議』と言い出したからには何か案があるんでしょうね、琥珀?」

「あは、勿論ですよ」

 そう言うと、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて、指を一本立てると。

「潜入です。深く静かに潜行せよ、ですよ」

 潜入。

 彼女の言葉を一瞬噛み締め、そして理解する。

 そのままおもむろに彼女の肩を掴むと、あらん限りの表情筋を動員して彼女に微笑みかける。勿論目は欠片

も笑っていない筈だけど。

「私は、ついさっきそれをやろうとしたんだけど。

 思いっきり邪魔してくださったのはどこのどなた様?」

「あ、秋葉様怖いです。落ちついて落ちついて」

「あなたが邪魔さえしなければ、今ごろ謎は解けていたと思うんだけど」

「あ、あはー、だってあの時点じゃ状況分からなかったんです……って! って、痛いです痛いですから手に

力をこめるのは止めてください秋葉様!」

 正直納得はしていないのだけど、本気で琥珀が痛そうな顔をしてるので少し溜飲が下がった。

 手を外してやると、掴まれた肩を撫でながら、琥珀は私に向かって少し怒った顔を向けてくる。

「それに秋葉様、あれでは潜入とは言えません!

 スニークミッション
 潜入作戦というのは、数ある作戦行動の中でももっとも危険で難易度の高い物。入念な準備が必要ですし、

それを成し遂げる人材は最高の兵士、選ばれた男の中の男で無くてはいけないんですよ!」

「……私は兵士じゃないし、そもそも男ですら無いんだけど」

「その辺りは言葉の綾です。

 とにかく、秋葉様にはまず形から入っていただきます」

 そう言うと琥珀は立ちあがり、なにやらタンスから色々と引っ張り出し始めた。

 そして十分後。私は琥珀の言う所の「正しい潜入工作員の格好」とやらをさせられていた。

 体にぴったりフィットする、謎素材のボディスーツに、関節などを保護するためのラバープロテクター。お気に

入りのヘアバンドは取り上げられ、替わりに渡されたのは、頭に装着するタイプの無線機と、バンダナ。彼女の

言う所では「これが作法です!」との事。なんの事だか私にはさっぱりなんだけど。

 そしてスーツの上に着せられた野暮ったいベストには、ナイフやら針金やら催涙スプレーやら煙草やらがぎっ

しり。他のはともかくとしても、煙草なんか一体何に使えというのか。

「……ねぇ、琥珀」

「わぁ、お似合いですよ秋葉様。私の体型に合わせたデザインだったので、入るか少し不安だったのですが、

ぴったりみたいで嬉しいです!」

 手を叩きながら喜ぶ琥珀を、私は少し殺意を込めた視線で睨んだ。確かに丈は問題ないのだけれど、良い感

じに胸がスカスカなのは、私に対する宣戦布告と受けとって良いのかしら。

 しかしそんな私の視線も、喜色満面の琥珀には暖簾にうで押し。彼女はニコニコと笑顔のまま、私にポン、と

手に持っているものを手渡した。

 大きい。一抱え程もある。そして軽い立方体の箱。

 ダンボール箱。

 表面には私も見た事がある宅急便のマークが印刷されている。

「………………」

「ハイ、これで完璧です! もう秋葉様はどこに出しても恥ずかしくない、いっぱしの潜入工作員です」

 まるで一仕事やり終えた後のような充実した顔の琥珀。そんな彼女に向かって、私はどうしても確認しておか

なければならない事があった。

「ねぇ……琥珀」

「あはー、それにしても徹頭徹尾お嬢様な秋葉様をここまでコーディネイト出来ると、本当に達成感が……

 って、え、はい? 何ですか秋葉様」

「これ、ダンボール箱に見えるんだけど」

「ええ、勿論ですよ! 正真正銘掛値なし、猫のマークの宅急便屋さんのダンボール箱です」

「……邪魔だから、置いていって良い?」

 心の底からの私の言葉に、ショックを受けたかのように崩れ落ちる琥珀。目には涙すら浮かんでいる。

「あ・・…秋葉様、何て言う事を!

 伝説の傭兵、ソリッド・スネーク様の命を何度もお救いしてきたダンボール箱を邪魔だなんて! ひどい! あ

まりにもひどすぎます秋葉様!」

「誰よそれ……」

「とにかく! 騙されたと思って持っていってください!

 必ずやお役に立つ事請合いますから」

 そう言うと琥珀は強引に私にダンボールを持たせたまま、彼女の言う所の「潜入工作員の心得」を講義し始

めたのだった。




 そして、私は再びあの扉の前にやってきた。

 マスターキーは琥珀に取り上げられてしまっている。彼女が言うには、「その場にあるもの全てを利用してこそ

真の潜入工作員です!」との事。

 ……そんな者になる必要はないから、マスターキーが欲しかったんだけど。

 替わりに私の手にはダンボール箱。勿論中身は空っぽ。それも、上側ではなく底が抜いてあるという、理解に

苦しむ状態だ。一体、どうしろというのだろう。

 これに命を救われてきたというソリッド・スネーク氏の人生と人格に大いなる疑念を抱いてしまう。それとも、私

が知らないだけで、戦場には段ボール箱が欠かせない物なのだろうか。一瞬その光景を想像しかけ、私は首を

ふる。何か、想像したら負けな気がしてならない。

『秋葉様、状況はどうですか?』

「……取りあえず誰もいないわ、今から鍵開けに取りかかる所よ」

 無線を通してさえ喜色を隠し切れない琥珀に、小声で投げやりに返す私。どうにもこうにも琥珀のおもちゃに

されている感じが拭えないのだが、気になったことは突きとめねば気が済まないのが私の性分だ。

 私はダンボール箱を脇に置き、ジャケットから針金を二本取り出す。 お嬢様学校に通う現役女子校生として

ははしたない技能ではあるが、私は簡単な鍵のピッキングのやり方は知っていたりする。寮で同室だった羽居

の得意技を見よう見真似で覚えたという感じだったが、まさか自分の家の鍵で実践する事になろうとは。

 まず一本を鍵穴の中に入れ、鍵穴を回る状態にしておく。そしてもう一本で中のピンを解除していく。羽居の

手つきを頭の中で思い浮かべて、それを手先に伝える。

 ……外れない。

 まぁ、素人の女子高生に簡単に外される鍵を付けているようでは遠野家当主としては不安も良い所なんだけ

ど、いざそれを自分で外す側になってみると、こんな頑丈な鍵をつけさせた自分の父親に悪態を吐きたくなって

くる。全く、あの偏執狂め。

 躍起になって鍵穴と格闘し、ようやく半分ほど開いた手応えを感じた時だった。

 廊下の曲がり角。その向こうから聞こえてくる小さな足音。

 ……空耳だと思いたかったが、その音は残念ながらこちらに向かって近づいてくる。

 琥珀は自分の部屋にいる。私はここにいる。だから、近づいてきているのは、他の人。

 これって、もしかしてもしなくても絶体絶命のピンチなんじゃないだろうか。

「琥珀、まずいわ。多分翡翠がこっちに向かってきてる!」

『落ちついてください秋葉様! こんな時のための段ボール箱です!』

「こんなもので一体どうしろって……!」

 叫びかけた私の目が、まるで吸い寄せられるかのように段ボール箱に釘漬けになる。

 一抱え程もある段ボール箱。

 底の抜けた段ボール箱。

 歴戦の兵士の命を何度も救った段ボール箱。

 ああ、これは、こういう事だったのね。

 私は流れるような動作で段ボール箱を持ち上げ、頭から被る。そしてそのまま床にうずくまった。

 暗く、狭い箱の中。

 しかし不思議と心安らぐ箱の中。

 もはや近づいてくる足音にも動じる必要はない。私は何の変哲もない、宅急便の荷物なのだから。

 『秋葉様、大丈夫ですか?』

「ええ、琥珀。段ボール箱はこうして使うものだったのね!!」

 小声ではあったが、私もこの段ボール箱の偉大さに浮かれていた。色々疑いの言葉を言ったりしたけれど、

今はもう琥珀に感謝の抱擁を贈りたい気持ちで一杯。

 ほら、先ほど恐れおののいた足音だって私を通りすぎて……

 ……行かなかった。

 足音は私の前でぴたりと止まる。一瞬の間の後、私を守る偉大なる壁が取り払われた。

 しゃがんだままの私と、段ボール箱を持った翡翠。

 視線が、交錯する。

「あ、あの……秋葉様。こんな所で一体何を……?」

「え〜っと……」

 困惑の表情で見つめてくる翡翠に、私も何も言う事が出来ない。

 気まずい沈黙が場を支配する中、無線機から琥珀の声が空しく響き渡っていた。

『……秋葉様、どうしました?! 応答してください秋葉様。秋葉様、秋葉様!』





 困惑する翡翠を宥めすかして、私は逃げ出すように再び琥珀の部屋へと舞い戻っていた。

「こ〜は〜く〜!!! 結局あの段ボール役に立たなかったじゃない!」

「お……おかしいですね。スネーク様は何度も窮地を乗り越えたのですけれど」

 心なしか琥珀の声に元気がないのは、思わず顔見るなり『略奪』してしまったせいかも知れない。まぁ、私が翡

翠相手に掻いた恥の事を考えれば、そのくらいの罰は負ってもらわないと割に合わないわよね。

「……今度ゆっくりとあなたとそのスネークさんとやらの関係を聞かせて頂戴。

 で、次の作戦は勝算あるんでしょうね?」

「はい、今度こそは大丈夫です!」

 そう言うなり彼女がポンと手渡してきた物。

 小さ目の双眼鏡に何やら複雑な機械がついた感じの代物で、バンドで頭に装着出来るようになっている。

「何よこれ」

       ノクトビジョン
「あは、暗視鏡ですよ秋葉様。

 やはり正面突破は難易度が高すぎました。今度は潜入の王道、通風孔のプランで行きましょう!」

 ……どうして彼女は、こう次から次へと変な物を持っているんだろうか。

 私が深いショックを受けている間にも、琥珀はテキパキと使い方を私に教えていく。何と言うか、その顔が凄く

楽しそうだったので私が止める事が出来ないでいる間に、どうやら作戦決行が決まってしまったらしい。

「それで後は段ボールを……」

「要らないわよ」





 そして私は二階の天井裏に移動していた。

 鼻をつままれても分からないような闇の中を、暗視境の作り出す視界を頼りに進んでいく。

 高さがないからどうしても中腰での前進にならざるを得ず、積もり積もった埃に行く手を遮られてしまう。きっと

髪にも凄く沢山ついちゃってるんだろう。後でゆっくりとシャワー浴びないと。

 それにしても埃がひどすぎる。一度業者を入れて徹底清掃した方が良いかしら、これ。

『秋葉様、様子はどうですか?』

「……最悪。で、方向は合っている訳?」

『はい、あと十メートルほど進んでいただければアルトルージュさんの部屋の上につきますね。クローゼットの一

つが天井と通じてますので、そこから中に入れますよ』

 この無線機には探知機も付属しているらしく、琥珀は屋敷の見取り図と照らし合わせて私の動きをナビゲート

している。

 その辺の機材の入手先に関しては一度真剣に話し合わないといけない気も多々するが、今はさておこう。私

としては、早くこの埃塗れの空間から抜け出したいのだから。

 梁を避け、薄い床板を踏まないように柱に足を這わせる。私の体重程度で踏み抜けるほどやわな作りをして

いるとは思えないが、警戒に越した事はない。

 ゆっくりゆっくり。下に足音を響かせないように慎重に。亀の歩みのような速度ではあったが、やがて私の目の

前に嵌め込み式の板戸が姿を現した。

 到着。ここから中に入れば作戦成功。私は安堵の溜息をつき、板戸に手をかけようとした……のだが。

 ……これ、取っ手が付いてないんだけど。

 どうやら下の部屋からの引き戸になっているらしく、どうやっても天井側からは引き開ける事が出来ない。しっか

り鍵もかかっているようで、私が少々押した所でうんともすんとも言わなかった。

 まぁ、確かに普通に考えてこちら側から侵入してくる人間なんていないものね。そう考えれば納得も……

 ……出来ないわよ! 埃塗れになった私の意味は一体何なの?!

 私は怒りを露に、通信機のスイッチを押す。

「琥珀、ねぇちょっと琥珀!」

『どうしました秋葉様?』

「ここの戸、天井側からだと開かないんだけどどう言う事よ!」

『………………あはー』

「笑って誤魔化すな―! 他の入り口とか、なんとかうまい事ここの扉を開ける方法とかそう言う方法を教えなさ

いさあ教えなさい今すぐ教えないと毎晩血液400cc献血させるわよ!」

『え〜っと……その……あれです。

 気合でGO! ですよ秋葉様!』

「無茶言うなー!」

 私の叫びが、暗くて狭い天井裏に空しく響き渡った。






「……こうなったら最後の手段です。本当ならこういう手段はとりたくなかったのですが背に腹は替えられません。

 窓を破って突入しましょう」

 寒風吹きすさぶ屋敷の屋根の上。昨日降り積もった雪が、見渡す限りを白く染め上げている。窓から優雅に

お茶を飲みながら眺めるには素敵な光景だと思うが、正直寒い。というか、私がこんなに薄着で震えているとい

うのに、しっかりコートまで着こんでいる琥珀というのは、従者的にどうなの?

「……窓突き破るって、後で言い訳はどうするのよ。流石に誤魔化せないと思うんだけど」

「それはアレです。ほら、野良カラスが突っ込んできたとか。近所の野球少年の打ち込んだ流れホームランが

運悪く突っ込んでしまったとか、まぁ色々」

「無理ありすぎると思うんだけど……」

 私の呟きに、笑顔のまま固まってしまった琥珀だったが、さりとて私にも良い知恵があるわけでは無い。それに

ここまできたら意地でも潜入を成功させないと、私自身も納得がいかない。

 見てなさいよアルトルージュさん。意地でも、突き止めてあげるから。

 私は煙突に結わえたロープを強く引っ張ってみる。うん、これなら外れなさそう。

 そのままロープを下に投げ落とすと、装備の確認をする。厚手の手袋はしたし、ガラス切りもある。今度こそ、

作戦は成功しそうね。

 私は屋根の縁にたつと琥珀に向き直った。

「それじゃ、行って来るわよ」

「あ、秋葉様、腰の金具に……」

 琥珀の言葉を聞き終える事無く、私は足を踏み出した。一瞬の浮遊感の後、重力の腕が私の体を捕らえる。

 そのまま、何の抵抗も手加減も無く自由落下する私の体。

「うぇぇぇぇあっ?!」

 慌てて私はロープを持つ手に力をこめ、途中で止まろうとするが、高さが足りなすぎた。

 どすーん、と、凄まじい衝撃音と共に、私はあわれ庭へとまっ逆さま。

「あ痛たたた……」

 強く打ち付けてしまったお尻をさすりながら立ちあがる私。幸いにも、骨折も捻挫もしていないみたい。

 こんな時ばかりは『混血』である自分の体に感謝する。それでも、下に雪が積もってなければ打撲くらいはして

いたかもしれないけど。

「秋葉様〜、大丈夫ですか〜?」

 屋根の淵からぴょこりと顔を覗かせ、心配そうにこちらをのぞいてくる琥珀。

「……取りあえず怪我はしてないわよ。

 でも変ね、なんで止まれなかったのかしら?」

「だって秋葉様、腰の金具にロープ絡めないで、ただ持っただけだったじゃないですか!

 それって普通に飛び降りるのと何にも変わらないですよ!」

 その言葉に思わず納得する私……確かにその通りだ。

 私は苦笑しながらロープを金具に噛ませると、屋敷の壁に足をかけた。腕に全身の力をこめ、少しずつよじ登

っていく。こんな事したのなんか生まれて初めてだけど、正直、ちょっと楽しい。

 それにしても、兄さんは勿論、他の人間には見せられない姿よね。

 そんな事を考えながらも体は上へ上へと。やがて足裏の感触が変わる。取っ掛かりの無い壁面から、凹凸の

ある窓枠へと。

 到着。あとはこれで窓を抉じ開ければミッション・コンプリート。

 私は達成感と共に部屋の中を覗きこみ、

「何してるの秋葉ちゃん?」

 窓辺に立って、不思議そうにこちらを見つめているアルトルージュさんと目が合った。

 ……………………えーっと。

 ロープにぶら下がったまま、呆然としてしまった私の体を、ひときわ冷たい冬の風が揺らしていった。





「あっはっは。そんな事が気になってたんだ秋葉ちゃん」

 口元に手を当ててコロコロと笑うアルトルージュさん。その笑顔にも、私は恐縮して小さくなってしまう。

 結局、あんな無様な状態の説明を誤魔化す事など出来るわけが無く、私はアルトルージュさんに事の顛末を

一から十まで説明する事になってしまった。ちなみにそ知らぬ顔で逃げ出そうとしていた琥珀は、少し強めに

『略奪』しておいたので、ちょっとばかり目が虚ろになって私の隣で座っている。

「それにしても扉ピッキングしたり屋根裏這いまわったり窓ガラス破ろうとしたり……秋葉ちゃんって見た目以上

に行動派だったのね。ちょっとビックリしたわよ」

「いえ、その、それは結果的にそうなったというか、最初はそこまでするつもりは無かったんですけれど……」

 最後は消え入るような声でそう呟きながら、私はちらりと横の琥珀を見るが、彼女は「あはー、部屋の中にいる

のに寒いですというか痛いですというか秋葉様血抜きすぎ……」とか何とか虚ろな笑顔で呟き続けていた。

 ……ごめん、ちょっとやりすぎたかも。

 そんな私たちの姿を面白そうに見つめていたアルトルージュさんだったが、やがて目を細め、厳しい視線で私

の所を見つめてくる

「でも、私がこの家に御厄介になってる身分だとは言っても、プライバシーくらいは尊重されるべきよね?

 いくら秋葉ちゃんが主でも、やって良い事と悪い事はあると思うわよ?」

「はい、本当に申し訳ありません……」

 その言葉に、私はただ頭を下げるより他なかった。私のそんな姿を見たアルトルージュさんは、一転して悪戯

っぽい笑顔を浮かべて、

「だから罰として、私が服をどうしてるのかは教えてあげない♪」

「……ぇ?」

「ん〜、残念ねぇ。最初から聞いてくれてれば、喜んで教えてあげたのに」

 アルトルージュさんの言葉が、ゆっくりと頭の中に染み渡っていく。

 ……え〜っと、それってつまりは。

 私の行動は、全くの骨折り損だったという事?

「そのうち気が向いたら話してあげるわね。だからそれまではヒ・ミ・ツ♪」

 悪戯が上手く決まった童女のように、ニヤニヤと私の所を見つめて笑う彼女。

 あは……あははは………あはははははは…………

 そんな視線を受けながら、私はただ乾いた笑い声を上げるより他、無かった。




おしまい



後書き

 メタルギアシリーズは「MGS2」しかやっていません!(挨拶
 でも段ボールサイコー。

 えーっと、実はこれ、最初は真面目に志貴の事を秋葉とアルトルージュ
で話す話でした。それが何をどこでどう間違えたのかこんな話に。
 たまたま書いている時に、アルトルージュの服ってどうしてるんだろうと
いう疑問が作者の中で芽生え、きっと俺が疑問に思うくらいだから秋葉だ
って不思議に思うだろうと結論つけ、彼女に調査させる事に。
 で調査といったら潜入、潜入といったらスネークだろう、と。
 実は最初の琥珀との会話シーンでこんなやりとりを入れる予定もありま
した。

「もしこの格好が気に入らないという事でしたら、もう一種類有りますけど」

「………どんなのよ?」

「えーっと、くたびれたTシャツによれよれの革ジャン、目にはアイパッチで、
何か聞かれたら「スネークと呼びな!」と答えてください。それで完璧です」

「……こっちにしておいて」

 ネタがマニアック過ぎるので割愛しましたけど、これ分かる人いるかな?

 ともあれ、初めて書いたコメディですので、あまり笑えなかったとは思い
ますが、ここまで読んで頂けて本当にありがとうございました。