私の目の前の少女は、昔からはた迷惑な癖を持っていた。

 名を両儀式と言う。肩口で切りそろえた艶やかな黒髪に、単衣の上に革ジャンを羽織るという一種独特なファ

ッションセンスの持ち主で、その中性的な顔立ちは、綺麗な少年と見間違える事もままある。まぁ、彼女の場合

はそうなるように育てられたのだから仕方ないとも言えるのだが。

 両儀は陰と陽の象徴。太極へと至り、人の身にて全てを備える事を望む一族。彼女はその集大成とも言える、

至高の芸術品。

 話がそれた。

 仕事の合間のお茶の席だ。私、蒼崎橙子の事務所『伽藍の堂』では、必ず午後三時にお茶を飲む。どんなに

仕事の納期が迫っていてもこれは欠かした事がない。同業の奴から「我が侭」だの「これだから天才肌は」だのと

陰口を叩かれる事もままあるが、余計なお世話も良い所だ。

 大体、人形製作も設計も、インスピレーションが勝負である。ダラダラ続けても良いものが出来るとは限らないの

だから、区切りをつける意味でも、体も頭も休めてやった方が良いに決まっているではないか。

 今日のお茶会は四人。私と黒桐幹也、両儀式と、私の『本業』への押し掛け弟子である所の黒桐鮮花である。

現役の女子高校生(しかも私の後輩だというのだから、世間は狭いと言うかなんと言うか)である彼女だから、毎日

ここに来ると言う訳にはいかないが、休みの日はここに通ってきては私から魔術の手ほどきを受けている。覚えが

良いから教え甲斐はあるが、問題は彼女の才能と私の才能の方向性が完全には噛み合っていない事だった。

 もっと良い先生を紹介してやりたい気もするのだが、私の立場が立場なのでそれもままならないのが、ちょっと勿

体無い気もする。

 ともあれ、そんないつものお茶会で、いつものように式がいつもの悪い癖を発揮してくれたのだ。

 式は話題を振る時、核心から話しだす事が多い。それは往々にして効果的であるが、時にはとんでもない誤解

やトラブルを生み出す事だってある。今日、今、この場のように。

 まぁ大概は笑って済ませられる事態で収まるのだが。

 でもな、式。

 いくらなんでも鮮花のいる前で、黒桐に向かって。

「六月、結婚式があるから準備してくれ、幹也」

 これはないだろう?






〜ティー・タイム〜






「何が可笑しいんだ、橙子?」

 鮮花と喧々囂々と言い争いをしていた式が、半眼で私を睨みつけてくる。

 しまった。どうも顔に出ていたらしい。

 だが、こんなに面白い見世物を見ながら笑わずにいるというのも酷な話だ。

「いやな。話を全て話さない女と、話を聞かない女の言い争いというのはここまで面白いものなのか、とな」

「橙子師、それは一体どういう意味ですか?」

 鮮花まで冷たい視線で私を睨んでくる。全く、兄の前なんだから少しは猫くらいかぶっておけば良いものを。

 妹の言葉に、妹と恋人の言い争いをおろおろと仲裁しようとしていた黒桐が、救いを求めるように私を見つめて

きた。観客としては見て見ぬ振りをしておきたいが、まぁそろそろ潮時だろう。私は新しい煙草に火をつけると、出

来うる限りもったいぶって喋り始める。

「鮮花、お前はもう少し人の話を聞く癖を付けた方が良いな。まぁあの言い方じゃ無理もないが」

「……おっしゃっている意味がよくわかりませんが」

「式は一言も、『自分たち』の結婚式とは言ってないだろう?」

「……あ!」

「式の父親は確か今体調が芳しくない筈だ。娘に名代として出て欲しかった。そんな所じゃないのか?」

 赤面する鮮花。式も面白くなさそうな顔でこちらを見ているが、否定はしてこない以上、私の推理は当たってい

るらしい。まぁ、こんなもの推理の内にも入らないお粗末なものであるが。

 それに、鮮花の誤解もまんざら間違いではないしな。

「でも……だからって何で兄さんまでそんなものに出なければいけないのよ、式!」

 ほら、気付いた。

「――! それは、親父が……」

「娘の婚約者をお披露目したいと言う思惑もあるんだろうな」

 さりげなく爆弾を投げこんでやった。途端に顔を真っ赤にする幹也と、別の意味で紅潮する鮮花。そしてこっ

ちを殺しそうな視線で睨んでくる式。止めてくれ。お前のその視線は洒落にならないのだから。

 まぁ、ケンカの第2ラウンドが始まる前に、私の知的好奇心も満たしてもらおう。

「――で、誰の結婚式なんだ? 両儀の本家の当主が呼ばれるくらいだ。よっぽどの家柄どうしなんだろ?」

 何か言いたそうな顔をしている式だったが、取りあえずは私の質問に答えてくれるらしい。おでこに手を当てな

がら必死で記憶を探っている様子だ。

「確か三咲町の遠野の長男で、名前は…志貴だったな」

「へぇ、式と同じ名前なんだ」

「……ちょっと待て、遠野家だと? あの遠野家か?」

 感心したような、面白がっているような微妙なニュアンスで相槌をうつ黒桐。しかし私としては名前より名字の方

がよっぽど重要な意味がある。

 遠野家……本来だったら式の両儀家とはすこぶる付きで仲の悪い家柄の筈なのだが。

 さすがにそっちの事は専門外な黒桐が、私に問い掛けてきた。

「あの、ってのは、何か曰くがある家柄なんですか? 橙子さん」

「曰く……というか、因縁だな。

 遠野家というのは、日本に数多ある『混血』の一族の中でも有力な家の一つなんだよ」

「混血……って、異民族との混血ならばそれほど珍しいわけではないでしょう?」

「異民族ではなくて、異種族だ。

 妖怪、アヤカシ、鬼…いろんな呼ばれ方をするが、要は人間以外の知的種族で強大な力を持ったモノ。『魔』

と呼ばれる連中の力を取りこんだ家系の事を、裏の世界では『混血』というのさ。

 遠野家はその中でもかなり古い。日本の裏事情に詳しい連中ならば、まぁ知らない者はいない家柄だな。そし

て、あそこの当主は代々異能の力を持っているのが常なんだ。私や鮮花が使うような魔術ではなく、式の持って

いるような、いわゆる『超能力』に近い力。当然、普通の人間には手に負えるようなもんじゃない。

 だから両儀家のような退魔の家系が生み出された。つまり両儀家と遠野家というのは昔から争い合う関係なん

だよ。まぁもっとも、ここの所は時代の流れか、昔ほど派手にはやりあわなくなっているみたいだがな。

 で、式? 相手の家はどこなんだ?」

「それが、外国人なんだと。オレは聞いた事ない名前だったんだけど、親父がそれ聞いた瞬間、鳩が豆鉄砲食ら

った顔をして、「絶対に結婚式に行って見て来い!」とか言い出しやがってな」

 ほう? それは確かに変わっている。ああ言った家は変化を好まないから、外国からの血を受け入れるなどあ

りえないと思っていたのだが。私の中の認識も、少しは改める必要がありそうだ。

「たしか、アルクェイド・ブリュンスタッドって名前だったな。橙子は知ってるか?」

 その言葉を聞いた瞬間、私は咥えていた煙草をポロリと落としてしまった。

 聞き間違いか? なんだか今、私は絶対に聞いてはいけない名前を耳にしてしまった気がするぞ。

 アルクェイド・ブリュンスタッド?! あの真祖の姫が結婚だと? それも人間と?

 ……今まで聞いた中でも最上級に性質の悪い冗談に、思わず呆然としてしまったらしい。気がつくと三対の視

線が私に集中していた。

「あの…橙子師、そんなに驚かれるような名前なのですか?」

「なんだ、やっぱり知っているのか橙子。教えてくれよ」

「……確認しておきたいのだが、本当にその名前で間違いないのか、式?」

「ああ。長くて変わった名前なら、むしろ逆にしっかり覚えるからな。間違いない」

 その言葉を聞いて、私は机に落としてしまった煙草を拾い上げ、ゆっくりと一息吸った。少しは心を落ち着け

ないととても説明する気にはなれない存在だからな、アレは。

 式も相当にイカレタ存在だが、アルクェイド・ブリュンスタッドに比べれば子供のようなもんだ。

「アルクェイド・ブリュンスタッドというのは、真祖という強力な吸血種が作り上げた最強の吸血鬼でな、言ってし

まえば、世界最強クラスの化け物だ。彼女一人で人間の国一国くらいなら優に滅ぼしうる、そんな力の持ち主な

んだよ。

 もし……もし仮に私がアレと戦え、等と言われたらすっ飛んで逃げるね。協会の全兵力を動員したって多分勝

てないだろうよ」

 私の説明に、半信半疑の視線を送りつけてくる三人。まぁ、それは無理もないが。事実なんだからしょうがある

まい。私だって性質の悪い冗談だと決めつけたい気分だよ。

 大体、なんだって真祖の姫がこの日本なんぞに来ているんだ?

「……そんな存在と人間が結婚だなんて……

 式が名前を間違えているとか、同性同名の別人と言う可能性はないの?」

「だから鮮花、さっきも言った通りオレは……」

「式の記憶違いでなければ、本人で間違いないだろうよ。ことヨーロッパで「ブリュンスタッド」の名は、畏怖と共

に最大のタブー視されている。命を張ってまで名を騙る輩なぞいるわけが無い。

 だから、間違いなくアルクェイド・ブリュンスタッドは日本に来ていて、遠野家の長男と結婚するのだろうよ。

 なるほど、式の父親の気持ちもわかると言うものだ。いきなり敵の家が神聖不可侵状態になってしまったのだ

ものな。確かに様子を見に行かなければ始まらないだろう。式の家だけじゃない。教会、協会は元より、日本の

退魔機関や混血、「魔」の代表者もこぞって参列を望むだろうし、入りこめない勢力だって有形無形の形でスパ

イを派遣してくるだろう。

 もはや結婚式というよりは「裏」のサミットだな」

 正直、私もこの身が封印指定でなければ見てみたい気はする。好奇心は猫を殺すというが、探求する者の端

くれとしては、真祖の姫は元より、その夫となる男の姿に興味を持たないほうがおかしい。一体何をどうすれば、

あんな存在を篭絡出来るというのか。

 一方、私の説明を聞いて、目に見えて顔色が悪くなっている黒桐。まぁ、無理も無いか。

「……僕はそんな恐ろしい所に連れていかれるのかい、式?」

「……オレも初めて知ったよ。だから覚悟は決めておいてくれ、幹也」

「ちょっと式! あなたまだそんな人外魔境に兄さんを連れていく気なの?!」

「仕方ないだろう! あいにくと両儀の当主はオレじゃなくてまだ親父なんだから、命令は絶対なんだ」

「そうじゃなくて! あなた一人で行ってくれば良いでしょう」

「――! それはっ!」

 思わず口篭もった式を見て、私は内心笑い出したい衝動に駆られた。

 まぁ、式だってオンナノコだ。まがりなりとも(いや、少なくとも表面上は間違いなくそのものだが)結婚式に女一

人で参列したいとは思わないだろうな。

 だがこのままでは臍を曲げて「出ない!」とも言いだしかねない。

 式が両親と気まずくなるのは私の知った事では無いが、見てきてくれないと私の知的好奇心が満たされない。

それは激しく困る。

「安心しろ、鮮花。いくら参列者が人外ばかりだからって、そんな席でドンパチ始める愚か者など送りつけて来る

わけがないから。一歩間違えばその他の勢力全てを敵に回しかねないのだからな。

 まぁ、しっかり観察してくると良いさ。ただ「眼」の事だけは悟られないようにした方が良いと思うがね」

 そう言って私は短くなった煙草を灰皿に押しつけると、新しい煙草に手を伸ばした。そろそろ仕事始めの時間

ではあるが、まぁもう一本くらい吸ってもバチは当たるまい。それに…

「ほら、橙子もこう言ってる。だから準備はしておいてくれよ、幹也」

「ちょっと式! 私は認めないからね!」

 まぁ、結局の所、私が何を言った所でこの二人のいさかいが収まるわけもなく。その二人に挟まれた哀れな従

業員も仕事には入れないのだから。

 なおも言い争いを続ける女二人を見ながら、私はゆっくりと紫煙を吸いこんだ。









 椅子から立ち上がって伸びをする。すでに時計は夜の十一時を回っていた。
 
思ったより図面を引くのに手間取ってしまった。普段なら残業など私のポリシーに反するのだが、納期が迫って

いる以上あんまり我が侭も言ってられない。

 最近『裏』の仕事もあんまり入ってこないし、金は稼げるうちに稼いでおいた方が良い。黒桐はともかく、私は飢

えとは無縁でいたいのだ。

 伸びをしたまま立ち上がり、手に新しい煙草と灰皿を持って、私は窓の方に向かう。冬とは言え、いい加減部

屋の空気も篭もってしまって気持ちが悪い。

 少し入れ替えよう。そう思って窓枠に手をかけた時だった。

 窓から見える外の景色の中、事務所の前に、人影が一つ。

 こちらを、見ていた。

 闇夜で、本来なら見える筈のない風体。しかし私がアイツの姿を間違える筈がない。

 赤く染めた、長い髪。白いロングスカートに黒の緩めのシャツ。使い古した旅行カバン。いい加減服の趣味が

よろしくないのも相変わらずだ。

 感知の結界に頼り切っていたのが迂闊だったか。よりにもよってアイツの接近に気付かないとは。私の結界から

隠行するとは、それなりに魔術の腕も上げたらしい。
 
ともあれ、ここまで接近されてしまったのなら、今更防御や攻撃の罠を作動させた所で効果は薄い。あっさり壊さ

れて終わるだけだろう。それなら懐に誘いこんで時間を稼いだ方がいくらかマシだ。

 私は中に入ってくるようにジェスチャーで指示する。

 見えたわけではない。わけではないのだが、アイツがにまりと笑った気がして。私は火もつけていない煙草を

握り潰してしまった。

 ああ、勿体無い。この煙草、いい加減買い置きも減ってきたと言うのに。



「相変わらずボロい事務所ねぇ。場所を移せとまでは言わないから、改装したら?」

 開口一番、招かれざる客であるところの蒼崎青子のセリフはそれだった。礼儀知らずな所もまったく変わって

いない。全く、これで私の妹だと言うのだから、つくづく血縁なんていう物のいい加減さがわかる。

 もっとも、世間一般の姉妹の図とは著しくかけ離れているだろう。数年に一度しか会わない上に、会った時は

例外なく命の取り合いをしてきた。お互いに、不倶戴天の敵同士と言う印象しかない。

 だが今日の青子の雰囲気には、少なくとも自分から戦いをしかけてくる様子は無かった。信じ難い事に、ここに

戦い以外の用事で訪れたらしい。

 それならばまぁ……少しくらいはこちらから仕掛けるのを控えてやっても良いだろう。

 だがそれはそれとして。礼儀知らずな台詞には礼儀知らずに返すのが礼儀というものだろう。

「やかましい。この状態が気に入っているんだ私は」

「たんに面倒なだけでしょ? あ、キッチンはどこよ?」

「そこの突き当たりの奥だ。なにか飲みたければ勝手に飲め」

「仕事先でいい葉を仕入れてきたのよ。姉貴もそれで良いわね?」

 その言葉に私はまた、吸い掛けの煙草を落としてしまった。

 青子が私に茶をいれるだと? 一体どういう風の吹き回しで、明日はなにが起こるのだ。

 昼間といい今といい、今日は私の予想もしていない事態ばかり起こりすぎだ。

 そんな私の葛藤を余所に、青子はてきぱきとお茶の準備を済ませてこっちに運んできた。一瞬毒殺と言う文字

が頭を掠めたが、あまりの下らなさに吹き出しそうになった。私も青子も、そんな手段で死ぬようなタマじゃない。

 月明りの差し込む窓の下、窓枠に持たれかかり、用意されたそれに一口、口をつけてみる。

 なるほど、確かにいい葉だ。青子の腕の悪さを差し引いても、中々の味だった。

「失礼ね。私だってイギリスにいるんだから、それなりに入れ方だって上手くなるわよ」

「おや、口に出して言っていたか?」

「顔見りゃ分かるわよ、姉貴の考えてる事なんか」

「それはそれは。

 ――で、今日は一体何の用だ? 人形製作の依頼だったら出なおせ。今日はもう営業時間外だ。

 命の取りあいだったらやっぱり明日にしろ。今から戦うのは肌に良くない」

 私の言葉に、青子は苦笑しながらソファに腰を下ろす。

「一つ頼み事があるのよ。私としても腹立たしい限りなんだけど、頼めそうなのが姉貴しかいなくてね」

「……聞くだけなら聞いてやる」

「魔眼殺し、作ってほしんだけど」

 ……なんだと? 

「ずーっと前に姉貴から借りていった魔眼殺し、あったじゃない? アレより強力なのが欲しいのよ」

「……ほう、借りていった、ね」

 この常識無しの中では、事務所を半壊させ、私の使い魔を根こそぎ破壊した挙句に、九割出来ていた「表」

の仕事の依頼品まで跡形もなく壊していって強奪していく事を、「借りる」と言うらしい。

 フフ……フフフ……

 さすがに、今のはカチンと来た。

 向こうにその気が無くても、私が殺し合いたい気分になった。この気分の前では、肌荒れなんぞ些細な問題だ。

 三階に放り込んであるアレを起動させてやる。

 どいつもこいつも勘違いしてるが、私は別に手元にトランクが無ければ使い魔が呼べない訳じゃない。まして

ここは私の城、私の世界だ。全ては私の思いのまま。

 難点は、アレを起動させるととにかく目立つと言う事だが……青子相手に忍んで戦えと言う方が無茶な話。この

際、後の事は後で考える事にしよう。

 未来の自分に厄介事を放り投げ、私が攻撃をしかけようとした直前、青子は私の目の前に両手を広げて、休戦

の意を表してきた。

「ちょっと待って。殺し合いなんかいつだって出来るんだから、最後まで話を聞いてよ」

「この無性に殺し合いをしたい気分を、我慢するだけの意味がある話なんだろうな?」

「多分ね」

「いいだろう」

 私の言葉に、青子は猫のような笑いを浮かべて言った。

「私、今先生やってるのよ」

「……は?」

「先生よ、先生。Teacher。

しかも学校の先生じゃなくて、人生の師ってヤツ」

「お前が、誰かを教え導いているだと?」

 「どう? 見直した?」と言わんばかりの青子の顔。

 私は、一瞬きょとんとして。

 それから大声で、腹の底から笑った。もう、腹がよじれるほどに。

 だってそうだろう? 傍若無人で無神経でガサツで男グセが悪くて(年下の少年を首輪つけて飼っていたりした

くらいだからな)まかり間違っても人生の指針になどしたくないこの最低女が、何を間違ったか人生の先生などと

言い出すのだから。最高に笑える冗談だ。

「……そこまで笑う?」

「いや……ハハハ、いや、これは、傑作過ぎる。

お前が、まさかよりにもよって先生などと呼ばれている姿を想像するとな。お前にこれほど冗談の才能があるだな

んて思いも寄らなかったよ。

 で、どんなヤツなんだ? その酔狂なヤツは」

「アルクェイド・ブリュンスタッドの婚約者よ」

 思わず私の動きが止まった。

 青子は神妙な顔つきで話を続ける。

「今真祖の姫が日本に来てるの、知ってる?」

「ああ。もっとも知ったのはつい最近だったがな」

 正確には今日の昼だが、そんな事はこの女に言う必要はあるまい。

「彼女が日本に来たのが一年くらい前だったんだけど、そのまま千年城にも戻らず日本にいるから、何事かとウチ

の上層部は大騒ぎ。で、調べてみたらどうもある一人の男に夢中のようで、あまつさえ結婚するみたいなのよ」

「ほう。真祖の姫君が結婚、ね」

 正直、昼間式からその事を聞いていなければ、間違い無く驚きの声を上げていただろう。私は少しだけ式に

感謝した。青子の前で無様に驚きの表情を晒すなど、ごめん被りたい。

「なんだ、あんまり驚かないのね。

 ともかく、その相手が遠野志貴って言って…昔私が姉貴作の魔眼殺しの眼鏡をあげた少年だったって訳。

 凄く感謝されてね。それで先生だなんて呼ばれてるの」

 なるほど。この女の気まぐれが一人の少年を救ったと言うわけか。こっちは良い迷惑だったが。

 それにしても、あの眼鏡はかなりの自信作だったのだが、どんな魔眼持ちに使われているというのか。

「その、遠野志貴の魔眼と言うのは何なんだ? あれ以上の魔眼殺しを欲するとなると、尋常じゃないぞ」

「『直死の魔眼』」

「……なんだって?」

「『直死の魔眼』よ。信じられないけど、本当の話」

 今度こそ。私は呆然とした顔つきをしてしまっただろう。飲んでいた紅茶を吹き出さなかっただけでも自分の所

を褒めてやりたい気分だ。

 『直死の魔眼』だと?

 まさか式以外にもあんなイカレタ能力者が居るというのか。しかも名前の読みまで一緒。挙句それが真祖の姫

君の婚約者だという。

 ……世間は狭いと言うが、さすがに狭すぎやしないか?

 直接間接の差はあれ、生きている間に二人もの「直死の魔眼」持ちに関わる事になろうとは。全く、今日は昼間

から驚かされ通しだ。一年分ぐらいは驚いた気がする。

「強い力の持ち主は、別の力を引き寄せる――昔どこかで聞いた台詞だったけどさ。

信じられる、姉貴? 「直死の魔眼」の持ち主が、アルクェイド・ブリュンスタッドを妻とするだなんて。引き寄せすぎ

も良い所よ」

「何だ、えらく残念そうじゃないか」

「ん、正直言うとね。志貴にはもうちょっと真っ当な道を歩んで欲しかったのよ」

 そう言うと、遠い目をする青子。こんな妹の顔を見たのは、私の記憶には無かった。もっともここ十年以上、顔

を見れば殺し合いしかしていないのだから、当たり前かもしれないが。

 ふと思う。私達が蒼崎でなければ。この憎たらしくてたまらない妹の顔も、別の一面が見れたというのか。

 同じ魔術師として根源を目指す道を選んでいたとしても、蒼崎でなければ、また違った関係があったと言うの

だろうか。

 少し考えて、止めた。

 私も青子も、蒼崎として生まれて、蒼崎として生きている。

 青子は辿りつき、私は辿り着く事は出来なかった。

 青子は後継者として認められ、私は認められなかった。

 だから私は青子を心底憎み、青子も私を憎む。それが唯一の現実であり、これからも変えようの無い未来だ。

 イフなど、何の意味もない。

「どうしたの、姉貴?」

 青子の声で、ふと我に返る。自分でも思ったより深く、考えに沈んでいたらしい。

「……何でもない。少し意外に思っていただけだ。お前がそんなに一人の人間の所を気にかけているなんてな。

 また首輪でもかけたくなるような少年だったのか?」

「……違うわよ。

最初あった時の志貴ってさ、凄く危うかったの。だから気にかかったって訳。

だってそうでしょう? 死ぬような怪我と引き換えに、十歳かそこらで『直死の魔眼』だなんて、人間には過ぎた代

物を与えられて、普通真っ当に成長出来ると思う?」

「まぁ、無理だろうな。気が狂うか、己の内の衝動に屈して殺人者となるか……いずれにしてもろくな未来はない

だろうよ」

 私は式の姿を思い浮かべて、そう言った。

 彼女も『直死の魔眼』を手に入れたのは偶然の産物だったが、元々両儀は『完全な人間』を作り出す事を目指

していた一族。その完成品たる両儀式は、普通の人間とは比較にならないくらい器の広さがある。

 そう言った支え無し偶発的にあんな力を与えられれば、普通の人間だったら耐え切れるとはとても思えない。

「でも、志貴は違った。真っ直ぐに、本当に素敵に成長していたのよ。私の予想以上に。

ほとんど奇跡よね。

でも、だからこそ、こっちの世界には関わってきて欲しくなかった」

「それが、よりにもよって真祖の姫か。こっち側の中心も良い所だな」

「ホント、要領が悪いと言うかなんというか…一番問題なのは、彼がそれを是としている事ね。

それじゃ私にはどうにも出来ない。私が出来るのはせいぜい、転ばぬ先の杖を渡してあげるくらいなんだから」

「それで、青子『先生』としては。生徒に新しい魔眼殺しを与えてやりたくなった、と」

「そう。姫君の影響か、志貴の魔眼の力は段々強まってる。このままだと、あの眼鏡でも押さえるのが限界ね。

一応『先生』としては、少しでもマシな未来を送ってもらいたいし」

 そう言う青子の顔は、確かに『先生』が教え子を見守るような、そんな顔をしていた。多少、フラレタ女の未練

みたいな物を覗かせている辺りはやっぱり青子だったが。

 それにしてもこいつは、私の前でこんな顔をしていると言う自覚があるのだろうか。逆の立場だったら絶対にこ

んな顔など見せたくはないのだが。

 私は思わず笑い出したくなったが、それは心の中だけに留めておいた。

 まぁこいつのこんな顔を見れただけでも、代金の価値はあるかも知れんな。からかうネタにもなりそうだし。

「いいだろう。魔眼殺し、作ってやろう」

「うっそ、マジで? 姉貴がそんなにあっさり了承するなんて…」

「ああ。だが、勿論タダじゃないぞ」

「……遺産をよこせとか言い出すのかしら?」

青子の目が剣呑な光を帯びる。

 ああ、その目だ。それでこそ蒼崎青子だよ。今日はあんまり変な顔を見せているから、思わずお前が青子であ

る事を忘れそうになっていたよ。

「ふん、お前どうせ協会から、姫君の監視員として派遣されてきたんだろ? だったら、私がここにいる事は絶対

に向こうには黙っておけ。報酬はそれで良い」

「呆れた。何にも話してないのに、その辺りの洞察力はさすがね」

「一応これでも封印指定だからな。バレて連れ戻されるのは御免こうむる。

 フォルテが来る事を考えれば、お前でまだ良かったよ。あいつ相手じゃ交渉も成りたたん」

 私は協会で同窓だった風使いの女の姿を思い浮かべた。風の魔杖を携え、「外れ」たり、封印指定を受けた

魔術師を猟犬のように追いまわす、協会の数少ない戦闘魔術師。職務熱心な彼女が私の所在に気付いたら、

間違いなく殺し合いになるだろう。

 私は荒事が好きなわけじゃない。そんな関係は青子一人で十分だ。

 そんな私の言葉に、青子は意外そうな顔で私の所を見てくる。

「随分と気前が良いわね。眼鏡もかけてないのに」

「やかましい」

「良いの? 遺産を取り返す最後のチャンスかもよ?」

「あれは元々私の物だ。報酬として受け取る物じゃない。

心配してくれなくても、お前を殺して、必ず取り返してやるよ」

「いつでも待ってるわよ、姉貴」

青子の周りの空気が変わった。こちらを射抜くような視線と共に、あいつの中に膨大な魔力が流れこんでいくの

が感じ取れる。

 ここは私の「城」。本来ならば全て私の支配下にあると言うのに、相変わらずの規格外め。

 対抗するように私も自分の中の魔力を練り上げ、いつでも使い魔を呼び出せる準備を整える。平行して守護

結界のルーンの駆動式を起動させ、あいつの一撃を無効化する策を編む。

 準備は整った。後はきっかけだけ。

 が、青子のヤツはニッコリ微笑んで私にティーポットを差出してくる。途端に魔力も霧散し、辺りの雰囲気も夜

の静寂を取り戻した。

「ま、でも今日は月も綺麗だし。

もうしばらくお茶でも飲んでおかない? お代わりは?」

「――ああ、貰おうか」

私もにやりと笑って、空になったカップを青子に向けた。琥珀色の液体が注ぎ込まれ、鼻腔を芳醇な香りがくす

ぐってくる。

 ――青子と一緒にお茶を飲む。

 昨日までの自分が見れば、驚きと怒りのあまり声も出ないような状態だが。しかし、今日はこれだけ驚きずくめ

の一日だったのだ。最後までそれで押しとおすのも、まぁ悪くない。

 だから、仕事も殺し合いも一旦脇に置いておいて、しばらくはこのティー・タイムを楽しむ事にしよう。





END


 変奏曲の第一段は、空の境界より橙子さんに出張っていただきました。
 それにしても…橙子さん書くの難しい(涙 空の境界で一番好きなキャラなんです
が、好き=書けるでは勿論ないのが辛い所ですね。

 本来ならばであった瞬間に殺し合いをしている妹と、たまにはゆっくりと話をさせて
みたい……そう思ったのがこの話を書いたきっかけでした。
 目論見が上手くいって、皆様に楽しんで頂ける作品になっていると良いのですが。

 それでは、また次の作品で。