■ 真剣勝負 ■



 サルモン神殿最奥、ダームの間。
 今まさにイースを飲み込まんとする『魔』の中心であり源である魔王、ダームの玉座にして戒めの牢獄である。
 ここに足を踏み入れる事ができる者は、精強を以って為す魔軍の中でも二人しかいない。
 すなわちダームより分かたれた純粋たる者。
 魔軍指令たるダレスと、その補佐であり右腕となるザバである。
 奇しくも男女として分かたれた二人は、その恐るべき魔術の才を以ってイースを席巻し、そして次なる矛先を地上へと向けようとしていた。
 障害たる女神は既に彼らの手へと落ちている。忌むべき六神官の子孫は四散し、もっとも強き魔力を秘めていたファクトの末裔は、あろう事か魔軍へと身を投じていた。
 障害はない。もはや障害は存在しない筈なのだ。
 柳眉を寄せたザバの口から、小さな溜息が漏れた。その魔力と共に魔軍随一と称えられる美貌には、今一抹の陰が差している。
 彼女の視線の先には、唯一彼女が敬意を払う二人の男が向かい合っていた。金糸の施された漆黒のローブに身を包んだダレスと、光をも飲み込むほど深い闇の塊。その先から伸びた巨大な手が先ほどからしきりに動かされている。彼らの間には巨大な遊戯卓が置かれていて、その上には精緻に彫りこまれた無数の人形が並んでいる。
 巨大な手が人形を一つ掴み上げ、別の場所に重々しく置き換える。その様はダレスに対して詳細な命令を下しているかのように見えた。
 本当にそうだったらどれだけ良いか。
 こめかみのあたりに走る頭痛に、ザバは露骨に顔をしかめた。
 彼女の表情には気づく様子もないダレスの右手が、別の駒を摘み上げ、動かした。その瞬間。
「待て! それは待つのだダレスよ!」
「またですか? それで三回目ですよ。ここで使ってしまって良いんですね?」
「ぐ、し、仕方あるまい。別の手に代えよ!」
「分かりました。それではゲアロットを1−5でゼアーロット成にて王手」
「なんと! よもやそのような真似を……おのれダレス、貴様には親を思う子の心という物が……」
「それはまたの機会に発揮しますが、投了でよろしいですかダーム様?」
「……投了だ!」
 遊んでいた。
 彼らは全力で、遊んでいた。
 のしかかる目に見えない重みに、ザバの足腰はちょっと砕けかけた。
 取るに足らない障害だと思っていたあの赤毛の剣士があれよあれよとこのサルモン神殿まで押しかけているというのに。
 ベラガンダー、ティアルマス、そしてゲラルディ。砕かれた魔軍の再編成に迎撃、警備部隊の再配置。人間たちを締め上げ情報の再整備。やらなければいけない事が沢山ある筈なのに、彼らは遊んでいた。
 限界だ。もう限界だ。
 ザバが小脇に抱えた書類の束がぷるぷると震えている。判子をもらえないから未処理案件が山のように貯まってしまっている。具体的に言うと一週間家に帰れないくらい。
  目の下の隈はもう化粧では隠せない。寝不足で血走った目で二人を睨みつけ、ザバは叫んだ。
「お恐れながらダーム様! ダレス様!」
「うん、どうしたザバ?」
「すまぬがもう一勝負待ってくれザバちゃんや。一度このドラ息子に父親の怒りと実力を見せ付けねばならぬゆえな」
「それは後で思う存分見せ付けてくださって構いませんから! お願いですのでこの書類に目を通してサインをしてください。早急です。もう一日たりとも待てません! 押してくれないと予算が下りないんです!」
「予算なんてそんなの、政務調査費から立て替えておけば良いだろう。いつもの事だが固いな、ザバは」
「出来ればやっていますわ! でも最近監査が厳しいんです。それにあの三馬鹿中隊長トリオの遺族慰問金となると額が莫大で、とても今月分の調査費では賄い切れません!」
「ならとりあえずお前のポケットマネーで立て替えておくとか、色々方法はあるだろうって、ダーム様何いきなり始めてるんですか! しかも駒一個多いですよ!」
「お言葉ですがわたくしの給料も三ヶ月間滞納されてるんですが!」
 つかつかと歩み寄ったザバは、遊戯台の真ん中に書類の束を叩き付けた。
「ちょ、ザバ、お前……」
「一体何をする……」
 飛び散る駒に文句を言い掛けた二人だったが、ザバの顔を見て言葉が止まる。
 息を呑むように美しかったが、目は欠片も笑っていなかった。どちらかといえばそのまま息が止まってしまうくらい凄惨な表情で、彼女は二人に微笑みかける。
「ダレス様? ダーム様? 丸一月、食事が塩スープのみというのは中々素敵だと思いません?」
 もう上司も部下も関係ない。ザバの殺る気満々の視線が二人を射抜き倒している。
「判子、押していただけますね?」
 かくかくかくと、振り子時計のように首を振ったダレスは書類を拾い上げるが、
「まあ、待て。わしの話も聞け」
 腹の底に沈みこむように重いダームの声が、その手を押しとどめた。込められた威厳と圧力は正に魔の王。手が震えてなければもっとカッコ良かったかもしれない。
「……何か? わたくしが納得出来るお話なのでしょうねダーム様」
「いやだからそんな怖い顔で睨むなと。ともあれだ。わしらにも提案がある」
「提案、ですか?」
 訝しげに眉を顰めたザバに向かって、ダームの指が転がった駒を差した。
「わしとダレス、勝った方がお前と勝負をしようではないか。そこでお前が勝てば、我々は何も言わずに全力で仕事を片付ける。まずはあの赤毛の剣士の排除だな」
「いえその前に判子を。具体的に言うとわたくしの給料払って下さい。それともまさか勝負に負けたら、わたくし給料踏み倒されるんですか?」
「分かった。分かった大丈夫だ安心しろ。それから片付けるから。勝っても負けても給料は払うからだからそんな目で睨むな怖いから!」
「……で、わたくしが負けた場合は?」
 給料の確保は確約して、ちょっとだけ心が休まったのだろう。やや穏やかな表情になったザバに向かって、ダームはきっぱりと言った。
「おっぱい揉ませよ。存分に」
「……………………は?」
 聞き間違いだろうか。ザバはそう思った。
 まさかそんな事を、魔の王ともあろう方が言うわけが。
「縦に横にハードにソフトにこねくり回して指立てて、もう思う存分魂抜けるまでお前のおっぱいを揉ませるのだザバちゃんや」
「それはいい! それは良いですねダーム様!」
 あった。
 しかもバカはもう一人いた。
「いや実は昔からザバのおっぱい略してザッぱいに羽目をつけてたんですが、チャンスが無くて無くて!」
「分かる、分かるぞ我が息子! あれはクレリアにも勝る至宝、男子たるもの眼を奪われぬわけがないからな!」
「ええ全くその通りです! バルキリアの中には惜しいレベルのものもいますがやはりザバには敵う筈もない。でもあんな格好してるくせにガードが固くて今の今まで諦めておりました!」
「え、その、ちょっと……ダーム様? ダレス様?」
「ふふふ、忌々しい女神どもに追いやられて七百年、久々にこの体が滾ってきおったわ」
「く、思わず気圧されるほどの闘気を! ですがこのダレス、ことおっぱいに関してだけは例えダーム様相手でも譲るわけには!」
「いえですから、わたくしのおっぱいって、その、ちょ、えー?!」
「よかろう、もはや待ったなどという姑息な手は使わぬ。我が本気、しかと受け止めてみよ」
「よもや今までの私の打ち筋が本気などと思われてはおられますまいな? ダーム様、貴方に真の絶望を思い知らしめて差し上げましょう」
 聞いていなかった。
 もはやおっぱいの鬼と化した二人は書類をザバに押し付けると、鬼気迫る表情で駒を並べ始める。
 ザバの背中を、冷や汗が伝った。
 拙い。これは本当に拙い。何とかしなければ色々と危機だ。というかザっぱいってどうよそれ。
 だが、どうすればいい。
 ザバとて将棋にはそこそこ自信はある身だが、多分今の二人には勝てない。こうそのメンタルの部分で圧倒的に勝てる気がしない。
 負けたらどうなる? 揉まれるのだ。もう舐めまわすように揉まれるのだ、彼らに。
 絶望で頭が真っ白になりかけたザバの脳裏に、その時一瞬の閃きが舞い降りた。
 自分では無理だ。しかし、少なくとも精神的に同じ土壌に置いた相手を使えば?
 どす黒い闘気を撒き散らしながら駒を動かす二人から踵を返して、ザバは駆け出した。






「そういうわけで貴女が代打ちよ、リリィ。勝った暁には何でも言う事聞いてあげるから、あのバカ男どもコテンパンにのしてあげて精神的に」
「はぁ、状況はよく分かりませんが。何でも、ですか」
 小首をかしげるリリィに向かってザバは、満面の笑顔を浮かべた。
 いまだ少女の面影が残る顔立ちに似合わず、リリィこそはザバが右腕と恃む相手である。彼女が過労死寸前で踏みとどまれているのは、リリィの卓越した事務能力に拠るところが大きい。
 それでもザバの前の執務卓に堆く詰まれた書類は増えていく一方なのだ。これが減らないばかりかおっぱいまで揉まれるわけにはいかないアレに負ければ。女として睡眠時間とおっぱいは守りたい。
 だから彼女こそが、ザバにとっての必勝の切り札だった。
 リリィの将棋の腕は、平常でもザバを上回っている。そこに人参をぶら下げる。これで精神的土壌もイーブン。これならば、これならばバカ上司二人のどちらが勝っても互角以上に戦える筈である。
 おそらく要求されるのは休暇だろう。しわ寄せが自分に来るのは間違いない。しかしダレスとダームが仕事する上におっぱいまで守れるのだから、間違いなく状況は好転する。筈だ。そうであってくれ頼むから。
 内心で安堵の溜息を漏らしたザバに向かって、しばらく考え込んでいたリリィはぽんと手を叩いて、
「じゃあ、勝ったら私にもザバ様のおっぱい揉ませてくださいね」
「……………………は?」
 また何か、信じられない言葉が聞こえた気がした。
「いえ実は同僚の間でも話題になってて、皆チャンスを虎視眈々と狙ってたんですよ! 何でも言う事聞いてくださるんですから、おっぱいくらいお安い御用ですよねザバ様!」
「いやちょっと」
「背後から襲いかかろうにもザバ様ッたら隙見せてくれないし、迂闊に揉んで殺されちゃったらたまらないですから。でも良かった、ザバ様自ら揉ませてくれるなんて言って下さって。これで勇気百倍、あんな男どもコテンパンにのしてさし上げますわ!」
「いやだから待ちなさい」
「ああ、揉み方はソフトが良いですかハードが良いですか? どっちも好きですけど私としては少しハードくらいをお勧めしておきます。任せてください! 散々鍛え上げたこの指技、三揉みもすれば天国へお連れしてさし上げまげふっ?!」
「ちょっと黙りなさい頼むからー!」
 リリィの脳天に杖をめり込ませたザバの叫び声が、執務室に響き渡った。
「何で?! 何で貴女もおっぱいとか言い出すわけ?!」
「だっておっぱい揉むの気持ち良いじゃないですか!」
「だったら自分の揉んどきなさい! 立派なの二つついてるんだから!」
「分かってないですねザバ様」
 でっかいコブを擦りながら、どこか遠くを見つめてリリィは言い切った。 
「自分の揉んだって何にも楽しくないじゃないですか! 思わず顔をうずめたくなるような他の人のおっぱいにこそ価値があるんです!」
「だからって何でわたくしのなの! 言っておくけどそっちの気は欠片もないわよ!」
「大丈夫です私も嗜み程度にしかありませんから! でもおっぱい揉むのは別腹です。豪華ディナーの後のケーキのようなものです!」
「意味がわからないわよ! というか嗜みって何?!」
「バルキリア部隊は女ばっかりでしたからねぇ。お望みでしたら懇切丁寧に何が行われているか語って差し上げますけど」
 もう魔軍だめかもしれない。
 机につっぷしたザバの瞳から、一滴の涙が零れ落ちた。
「それじゃそろそろ行ってきます。ザバ様はしっかり準備して待っていてくださいねー」
 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか。晴れやかな表情でリリィは執務室を後にする。
 その両の手が嫌な感じにわきわきと動いているのは目の錯覚だろうか。ザバとしてはそういう事にしておきたかった。
「ねえ、私ってNo3よね? 偉い立場よね?」
 消え入りそうな声でザバはつぶやく。もちろん答える者など誰もいない。
 ただ、山と積まれた書類の束が、彼女目掛けて降り注いできただけだった。









「そういうわけでご褒美、美味しく頂きますザバ様!」
「なんかおいしくの文字が違うんじゃない?! それと何よその手に持ったエプロンは!」
「いえこう、生で直も良いんですがエプロン一枚挟んだものもまた乙かなと思いまして。時間はたっぷりできましたし、楽しませて頂きますね!」
「いやー! 助けてー!」




【おそまつ】




後書き
 年末年始にかけてどっぷり嵌ってたイースの小ネタで。フェルガナでもオリジンでもなくて2ですが。
 魔軍は黒真珠のご加護できょぬーが多いんです。ザバ様はその極み。至高の一。だから揉まれるのも必然です(ノ∀`)

 おバカなお話でしたが、息抜きにでもしていただければ幸いです。
 次の更新は連載の方かなぁ。


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